最強の『魔王殺し』と病み系聖女は静かに暮らしたい

赤黒 明

第一話『うるせえ』

『オオオォォォオオオオ゛オ゛オ゛!!!!』



 咆哮が王都を震わせた。

 半人半竜の赤黒い化物は、二十メートルはある巨躯をうねらせ、中央区に建つコーザ城に着々と進行していた。



「ま、魔王だぁああああ!」

「とっとと道を開けろお! 死にてえのかあ!!」



 路は馬車と人がごった返し、混乱は極まる。王が放った騎士団はすでに壊滅し、希望の潰えた人々は、我先にとこぞって外門を目指していた。



   ボォォオオオオウッッ!!



「ぎゃああぁぁぁぁぁああああああ!!!!」



 化物のあごが大きく開き、灼熱の火球が、アリのように群がる民衆の中へと放たれた。

 国の滅びる瞬間は、こうも呆気ないものなのか。連綿と受け継がれてきた人や文化は、奴ら――『魔王』によって、駆逐されてしまうのか。



「なんで……なんでこんな奴らが、この世界に来たんだよ!!」



 誰かが叫ぶが、それは誰にも届かず、火球によって虚しく燃えカスへと変わった。



 今から十年前、人類が魔法を産業に組み込み、飛躍的な魔術産業革命を成し遂げた時代に、突如それは起こった。

 空が割れ、禍々しい赫き光とともに降り立った彼らによって、世界は激変してしまった。



   『百体の魔王』



 彼らは自分たちをそう名乗った。

 人ならざる姿を持ち、人を超えた力と知能を有する彼らに、人類は為す術なく滅ぼされていった。

 カイゼル武国、アレスター連邦国、ギアゼル帝国。どれも順調に成長を遂げれば、のちの世界で大国となり、人類の叡智に貢献するであろう国々だった。だが魔王と全面戦争を開始し、すべてが灰と帰すのに五年とかからなかった。




『チィィイイ! なんだこの貧弱な人口は! こんな国を滅ぼしてもロクなポイントにならんわ!!』



 魔王が舌打ちをする。

 無慈悲なその態度に、コーザの民は改めて、自分たちの矮小さを突きつけられて涙した。



「あ、っは、ははっ、ははははははは!」

「俺たちは……なんのために今まで生きてきたんだ……!?」



 打ちひしがれて泣き叫ぶ民を見下ろしながら、魔王は嬉々として嗤った。



『ゲハアハハハハハハハハハ! 知れたことよ! お前たちは我ら魔王の格を決めるための点数として生まれたのだ!』



「か、格……?」



『そうだ。我ら百体の魔王の中から、誰が最強かを決める魔王大決戦。その地にこの世界が選ばれたことを、光栄に思うがいい!』



 崩れ落ちる国の中で魔王は、それがお前たちの存在価値だと断言した。人の命は彼らのポイントであり、苦しみや叫びは決戦を盛り上げるバックミュージックでしかないのだと。



『最強はこのアポリカス様に決まっている!! さあクズ共よ! 我に命(ポイント)を献上せよ!! ゲハハアハハハハハハハハハハハ!!!!!!』



 ――しかしそこへ、






「うるせええええええええええええええええーーーーーー!!!!」






 どでかい怒声とともに、大火球が魔王アポリカスに放たれた。



   どがぁぁあああああああんっっ!!



 火球は魔王の右腕に直撃し、先ほどまで街を悠々となぎ払っていた怪腕が、ぼろりと崩れて落ちた。



『ギャアアアアアアアアアアアア!? なんだ!? なにが起きた!! なぜ我の腕が!!??』



「てめえの声は頭に響くんだよ! こっちは気ままなスローライフ送るためにこんな辺境の国にきたんだ! 少しはわきまえろボケカスがあッ!!」



 そう言ってファックサインとともに民家の屋根からメンチを切るのは、黒髪黒目、黒のローブを羽織った、年若い青年だった。

 そして負傷した人々の中から、その青年に声をかける影がひとつ。



「ねーラグナー。この人たち全員蘇生させないとダメー?」



 面倒そうに頭を掻きながら、純白のローブを纏った銀髪の美しい少女がぼやいた。



「ったりめえだろがセイラ! そいつら蘇生させてたんまり金出させねえと、こいつに燃やされた我が家の修繕費が出ねえだろうが!!」

「ええええええ……修繕費はまた教会からせびればいいじゃん!」

「二日前に竜退治で巻きぞれにした街の修繕費で、もうせびっちまったよ!」

「やだー! 魔法つかうの疲れるし、おうちで寝っ転がって本読みたいよぉお!」

「うるせえ! 言う通りにしろ! じゃねえともうお菓子買わねえぞ!」

「うぅぅ……病みそう……」



 押し問答が続く中、腕を再生させたアポリカスが、再び威厳を取り戻して告げる。



『ゲハハハハハ! 人間よ、中々強力な魔術師のようだが、所詮は下等種族! 世界を征服するために生まれた魔王種とは、どんなに努力をしても天と地ほどの……ん?』



 だがラグナと呼ばれた青年は、魔王に指を指して、なにかを数えるように熱心に唸っていた。



『……貴様、何をしている?』

「ああ? 部位破壊だよ。どっか高く売れそうな箇所があったら、焼くともったいねえだろ」

『……ッッ!!』



 その言葉に血管を浮き立たせた魔王は、前腕を地面に突き、口を青年に向けて大きく開くと、



『減らず口もそこまでだクソガキがァ!! 我が最強の《滅殺灰燼砲》で塵すら残らず消しとばして――』



 だが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。



  「――わりいな、魔王同士の戦いは、もう飽きたんだ」



 アポリカスは今際の際に、そんな諦観じみた声を聞いた気がしたが、






 ――カッ





 突如、青年から放たれた眩い閃光に飲まれ、跡形もなく消滅したのだった。













 その日、魔王討伐の報は世界に轟いた。



『号外! 号外! 小国のコーザを襲撃した魔王アポリカスが討伐されたぞおおおおお!!!!』



「なんだって!? あのコーザが、魔王を討ち取ったっていうのか!?」

「わからねえよ! ただ被害は甚大らしいぞ!」

「そりゃそうだ、あの魔王とまともにやりあったんだぜ。国がなくなってもおかしくない」

「……いや、それが」

「ん? どうした?」

「ほぼなくなったらしい。とりあえず首都の半分は眩い光で消し飛んで、コーザ城は粉々にふっとんだってよ」

「マ、マジか……」

「じゃあ……コーザ王も……」

「それが不思議なんだが、どこからともなくやってきた黒髪の男と銀髪の少女のコンビが、灰から復活させたらしいぜ。王も国民も」

「……なん、だと……」

「そんな神級の蘇生魔法を使える奴がいるのかよ……!」

「ああ、ここにインタビューが載ってる」



 そう言って男が紙面の一箇所を指差して、音読した。



『敬愛するコーザ王を救うことができて、大変嬉しく思います。……え? 俺たちですか? ……タダノトオリスガリノ旅人デスヨ? イヤ、ホントーホントー。


……で、王様。蘇生代金のほうなんですが……』

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