フリマアプリでアンドロイドを買った話

おうさか

フリマアプリでアンドロイドを買った話

 フリマアプリでアンドロイドを買った。超高性能、新型、その上セールマーク付き。この三つの煽り文句に惹かれて、気軽な気持ちでタップしてしまったのだ。学食のランチを3回我慢すれば、簡単に手が届く価格。アンドロイドブームの昨今、キャンパス内でもその手の話題に花が咲く。アンドロイド、その上新型なんて喉から手が出るほど欲しい。というわけで、いささか怪しいという気持ちはありつつも、購入を決めたのだった。

 失敗してもこの安価だし、平気平気。とどのつまり、私は浅はかだった。




「そのお皿だけはやめて!」

 私が叫んだ直後、鋭く高い音が狭いワンルームに響き渡る。皿の破片が無残にも床に散らばり、それを呆然と見つめる私と、もうひとつ。

「申し訳ございません」

 低く抑揚のない声。目の前の"これ"は頭を下げた。そして、そのまま皿の破片を拾おうと指を伸ばしたので、それを慌てて止める。

「危ない、怪我しちゃうよ」

 私の言葉に、"これ"は面を上げてこちらを見やる。ローズピンクの瞳子とかち合った後、形の良い唇が開かれた。

「ご冗談を。私は、アンドロイドですので」

 そうだ。そうだったのだ。目の前の"これ"はアンドロイドなのだ。


 私のアンドロイドはぽんこつだ。料理を任せれば危うく火事になり、掃除を任せれば逆に散らかる始末。しまいに皿洗いをすれば、このざまだ。一体、なにが超高性能だ、新型だ。長所といえば人に模して作られた見目だけで、まさに顔しか取り柄のない紐男。いや、紐男は火事など起こさないから、余計たちが悪い。

 以前そのことを本人に告げると「なにを仰います。私ほど高性能なアンドロイド、他にいませんよ」と一蹴された。その自信はどこからくるのだろう。

「絶対返品してやる!」

 コップを洗いながら私は声を上げた。破片を片付け終えたアンドロイドは、ちょこんとテーブルの横で正座している。それを、ちらりと盗み見る。程よく筋肉がついたように見える体、淡く柔らかな色の茶髪、筋の通った輪郭。どこからどう見ても、男の人だ。

「トオル、私を返品するのですか?」

 アンドロイドの首が動き、正面から私を見据えたので、ぐっと唾を飲み込んだ。顔だけは、本当に良いのだ。正直にいえば好みの系統だったけど、絆されてなるものか。もはや動く粗大ゴミといっても過言ではない。その上、電気代はかかるのだ。

「当たり前でしょ。こんなの詐欺だ!」

「詐欺ではありません。私は正真正銘、超高性能アンドロイドです」

 若干誇らしげに胸をそらしながら、アンドロイドが言った。こういう感情の機微だけは妙に精巧なのに、どうして洗い物のひとつすらまともにできないのか、不思議である。

「とにかく、返品するって決めたんだからね」

「無駄ですよ、トオル」

「無駄? どうしてそんなこと言い切れるの?」

「一切の返品は禁じられていると、規約にあります。ノークレーム・ノーリターンです」

「……はあ?」

 素っ頓狂な声が出てしまう。そんな規約、あっただろうか。皿を洗う手を止めて、テーブルの上に置いてあったタブレットをひったくる。

「……本当だ」

 アプリのトップ、でかでかと返品不可の旨が記載されている。今日日、そんなフリマアプリがあったなんて、開いた口が塞がらない。というかこのアプリ、いつインストールしたんだろう。

「ほら、私の言った通りでしょう」

 勝ち誇ったように告げるアンドロイドを、きっと睨め付ける。

「返品が駄目なら捨ててやる!」

「アンドロイドの処理には手数料がかかります」

「……それって、いくらなの?」

 恐る恐る尋ねると、アンドロイドが耳打ちしてくれた。その額を聞いて、思わず驚愕する。無理だ。家賃を払ったばかりの苦学生には、到底払えない。

 思い返してみれば、アンドロイドを持ってる友達は、皆実家暮らしの上にお嬢様だった。

「アンドロイドなんて、お金持ちの娯楽だったんだ……」

「ちなみに、不法投棄は禁じられていますからね」

「うるさい! わかってる!」

 手近にあったクッションを投げつける。アンドロイドは自分の胸元にあたったクッションと私を、交互に見つめただけだった。

「どうしてトオルが私を嫌がるのか、理解できません。私は非常に経済的に造られていますし、統計に基づき女性が最も好む容姿を選び抜きました。本来なら、私が来て泣いて喜ぶところなのですが……」

 さも不思議と言わんばかりに、アンドロイドは首を傾げて見せた。その仕草が余計に苛立たしい。

「なんでそんなに自信たっぷりなの?」

「超高性能ですから」

 そればっかりだ。

「じゃあ、私を喜ばせてみて。簡単なんだよね?」

 意地の悪い気持ちになって、私は半ば笑い気味に問いかけた。言った直後、アンドロイド相手に何ムキになってるんだと虚しくもなったが、それよりもこの天より高い鼻を折ってやりたくなったのだ。

「やれやれ、皿洗いより容易いことです」

 アンドロイドが肩を竦める。その皿洗いすらまともにできなかったのに、どの口が言うのかと呆れたが、あえて黙っておくことにした。

 何をするのだろうと待っていると、アンドロイドはじっと私を見つめるばかりだ。こうして黙って、かつ動かないでいれば、顔はいいのだ。涼しげな目元に長い睫毛。アイドルにだって負けていない。いや、それどころか……。

 そう、考えているうちに、なんだかむず痒い気持ちになってきた。イケメンに見つめられているのだと意識すると、途端に恥ずかしくなる。いや、相手はアンドロイドなんだ。照れる必要はない。

「トオル」

 名前を呼ばれて肩が跳ねる。いつもは機械的なのに、どうしてか親密な響きを感じた。

 アンドロイドの手が緩慢にこちらに伸びたかと思うと、背中に回ってぐっと抱き寄せられた。胸元にすっぽりと頭がおさまる。不思議に思って顔を上げると、唇が重なった。

「な、なに」

 隙を見計らって抗議の音を上げると、その隙間から舌が差し込まれそうになる。私はひっ、と喉を鳴らして、それから精一杯の力でアンドロイドの胸元を押しやった。

「ぽ、ぽんこつアンドロイド!」

 ぐっと顔を背けて叫ぶと、ようやく解放してくれた。頬が熱い私とは対照的に、アンドロイドは無表情でこちらを見ている。

「な、なにするの!」

「だから、命令されたではないですか」

「してないしてない!」

「二分四十八秒前、悦ばせてみてと、確かに仰っております」

 絶句ものだ。私は距離を取りながら、首を横に振った。

「そういう意味じゃない!」

「しかし、好みのタイプの異性との身体的接触は、精神に高揚をもたらすのでは?」

「……まあ、そうかもしれないけど。大体、そういうのは合意の上で、というか第一アンドロイドだし」 

 ぶつぶつと呟く私に、アンドロイドは再び首を傾げる。

「けれど、トオル。勝手ながら先ほど身体データを観察しましたが、喜んでおいでだったのでは?」

「ちがう! うるさい! もう黙って!」

 そう叫ぶと、隣の部屋からどんと壁を打ち付ける音がした。……このアパート、壁が薄いのだ。

「とにかく、もう知らない」

 つんと首を横に向けるが、アンドロイドが近寄ってきたので身構える。手近にあったテレビのリモコンを掴んで、いつでも臨戦態勢はバッチリだ。それをみたアンドロイドは、そろそろと両手を上げて、降参のポーズを取った。

「でも、トオル。私、すごいでしょう?」

 表情は変わらない。しかし、やはりどこか誇らしげに言われたので、私は無言でリモコンを腹部に向かって投げつけた。


 

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