第6話 大樹の楽園からの脱走

 ピッ  ピッ  ピッ  ピッ  ピッ  ピッ………


 大樹の楽園にそびえる[いばらの城]の医療室で、断続的な機械音が響いていた。


 その音は、機械音の変化で患者の異常を知らせる医療装置のものである。


 床と壁に施設された様々なコードが繋がれたその内部に、人ひとりが丸々入れられたカプセルが存在した。


 内部には、羊水に浸かる聖少女アムルの姿があった。


 全裸ではなく、一応、薄手の生地でできたレオタードが着せられている。


 だが、注目すべき点は他にあった。


 一見して解るように、身体に足りない部位がある。


 両腕である。


 その両腕は、四時間弱前に、根元からスッパリと切り落とされていた。


 無理矢理にではなく、本人が望んだ通りに。


 両腕を切断する処置を、先輩である♤マイネリーベ♢に施してもらった後、アムルは両肩に新しい腕を形作るための補助具を付けられ、カプセルに入れられていた。


 治療装置の甲斐あってか、すでにカプセル内部のアムルの腕の根元、その切断面は幾分か盛り上がり、新たな腕が生えてくる兆候が見て取れた。


 実際、両腕と共に失った血液と体力も、その治療時間分、再生産されていた。


 元々、人間の身体から聖少女の身体へと細胞が入れ替わる途中であったことから、アムルの細胞新生、古い細胞との入れ替わりが早まり、人為的に切り落とされた両腕部分も復活しようとしていた。


 (ふうっ。一次はどうなるかと思いましたが、これでしばらくは………)


 「…もう大丈夫ですよね」


 これならば、一週間もすれば両腕も生え、アムルの全身は医療装置の助けもあり、完全な聖少女のものとなるだろう。


 ようやく一安心である。


 異変が生じたのは、遠隔操作で医療室から送られてくる情報を眺めていたレムが、別室で「もう大丈夫よね?」と思った時のことであった。


 …ピッ  ピッ  ピッ  ピッ  ピッ  ピッ  ピッ……… 

 

 (…我、一日の鍛錬を千日分の鍛錬とし、十日の修練を千日分の修練とする者なり…(咒文省略)…錬気化神! 迅雷無双!)


 カッ!


 ゴガァッ!!! ドォオオオオオオン!!!


 ザァアアアアアアアー


 グラッ  グラッ  グラッ  グラッ


 カランッ! ガランッ! カラカラ………


 眠っていると思われたアムルが、いきなり身体能力強化の固有術式を発動した後、双眸をカッと見開き、閉じられていたカプセルを、強化された足で叩き割ったのである。


 ガランッ!と、医療装置の外装が落下した後、パチャンッ、パチャンッと、羊水の溢れ出た床を急いで歩いていく足音が響く。

 その足音は、医療室から出た辺りで、廊下を走るタタタタッ………という音に変わった。


 (まずは霊番符倉庫!)


 自分が向かい、やるべき順番は、すでに決定済みだ。後は実行するのみ。


 アムルは、零番符倉庫へとひた走り、多量の術式符を口に銜えて後、空間転移フラフープという固有魔法が設置されている部屋へと疾走した。


 エクレルール、クラレント、ループという聖少女たちが驚いて各処を見て回ると、被害はそれなりに大きかった。


 所々、設備は破壊され、宝具、術符の類が持ち去られていた。


 まるで台風が過ぎたような有様である。いばらの城が、身内の手によって荒らされる事態は、今回が初めての事だった。


 医療室に零番符倉庫はいうに及ばず、フラフープ設置場所へと向かってみると、フラフープの移動先…すなわち、現世某所にある私有地へのリンクが途切れていた。

 現世某所側から、フラフープの片方が破壊されたのだろう。


 「えへへ、やるなー♬」


 「アムルちゃん、すごい行動力だ。誤解してた」


 「一人で魔獣退治に向かうなんて、恐れを知らない問題児だねぇ」


 始めて経験した身内の脱走劇に、クラレント、エクレルール、ループの三人の聖少女は、その行為に対して妙な感動を抱いていた。

 そのため、結構余裕を持って、ポジティブに事態を分析できていた。


 一方。


 「おお………♤私が何をしたっていうの♢ ♧酷いわよアムルちゃん♡」


 がっくりと両膝をついて、哀しい声で言う♡マイネリーベ♢パイセン。


 キリキリキリッ!


 (キラキラの霊圧が………完全に消えたのです)


 「………お腹が…お腹がペインなのです」


 そう呟き、痛むお腹を押さえるレム。


 騙されたとはいえ、自分たちにもこの不祥事の責任があると自覚する♤マイネリーベ♢とレム。

 二人は罪悪感を覚えてると同時に、この理不尽に憤慨と、哀しさを覚えていた。

 

 また、自分たちの甘い見込みの結果、いばらの城に被害を与える結果となった。

 そんな責任感で心は苦しく、お腹も痛い。

 正直、怒るりよりも、裏切られたという哀しさが大きかった。



◇ ◇ ◇



 「「うふふ♬」」


 「脱走と♩」


 「術法符の持ち逃げなんて♫」


 「「ずいぶんと大胆な子ね♪」」


 後輩の聖少女たちからアムル脱走の報告を受け、大樹の楽園の統率者がコロコロと笑う。まるで、連なる鈴がみずからを鳴らすような、見事な二重奏だった。


 統率者ツイン・タニアは、二人で一人の聖少女。ダブルという固有術式で自分の身体を二つに分割した聖少女である。

 その言葉は、後輩の聖少女たちには絶対だ。


 「「面白いわ♬」」


 「一人だけで♫」


 「あの新人聖少女が♩」


 「「どれだけできるか観察してみましょう♪♪」」


 金色の髪を伸ばした頭を左右に揺らし、嬉しそうに二重奏でツイン・タニアは語る。

 それもまた、鈴が風に揺れるようだった。


 「「手出しは無用。今は見守りなさい♬♩」」


 「あの娘が脱走したことをき奇貨にします」


 「魔獣を釣り出す囮とするのです」


 「「解りましたね?」」

 

 その言葉の意味に、後輩聖少女たちは困惑の表情を浮かべ、互いの顔を見合わせるのだった。

 

 



  

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