第5話 両腕切断の条件 

 アムルの願いは、誕生より半世紀以上を経た大樹の楽園の中でも異例のことであった。


 まあ、自分の両腕を切り落としてくれなんて狂気染みた願いなど、普通の感覚を持つ者にしてみれば、あり得ないことだ。

 

 聞いた♤マイネリーベ♢の精神状態が、下記のようになるのも当然と言えた。


 あり得ない願いを言われた。聞き間違いカナ?


 中二ってコワイナ。さすがに怖気るナ


 誰かー! 助けてー!


 レムゥォオオォ! 何でコレを私に押し付けるのぉぇ………ええええんっ!

 

 叫びたくても叫べない。狂人の願いを受け止める側も、それはそれは大変なのである。


 狂気の後輩から聞かされた♤マイネリーベ♢は、頭を抱える他にない。


 (エクレルールちゃん! アムルちゃんは大人しくしているって、さっき報告してきたばかりじゃないー! 話が違うわよー!)


 後輩に、アムルは「今は大人しいよ」と報告を受け、安心していたところにである。


 ♤マイネリーベ♢もレム同様に、精神値がガリガリと削れた。


 とは言え、後輩であるアムルの願いを、駄目だと一方的に無視してしまうのも違うと思う………web内でのレスバトルで、荒らしのコメを無視できずに、反論カキコしてしまう精神状態と同じである。


 荒らしはスルーが原則なのだから、反応しちゃ駄目。絶対。


 それは兎も角。


 「♧マイネリーベ♢さんにも、頼めませんか?」


 荒らしに反応してしまう気質の♤マイネリーベ♢に、アムルは一見、真摯な双眸を向けてお願いする。


 (…だっ、騙されちゃいけないわ!  この子の願いは、自分の両腕を切り落としてくれっていうキチガイ沙汰よ!)


 「♢魔獣討伐に参加したいって想いは理解するわ♡ ♧でも、人間のままの部分を無理矢理に切り落とすっていうのは違うと思う♤ ♡あなたはもう少し、長年お世話になった自分の身体を労わってあげるべきと思うの♧ ♤これまでお世話になった自分の身体でしょう?」


 早口で言い切る♧マイネリーベ♢。少し口調が上擦っていた。


 「それは…理解できます。でも、所詮は誰かを守るに足る力のある身体じゃないんです」


 「♡それは…昔、何かあったの?」


 「大好きだった友人が、右腕だけ切り落とされて、今も失踪扱いで行方不明です」


 「♧それは…お悔やみ申し上げます♡ ♤魔獣の話を聞いて、その友人も魔獣の類に殺されたんじゃないか…そう考えた?」


 「…(コクリッ)」


 先輩聖少女の予想に、無言で肯くアムル。それで、居ても立っても居られなくなっとのだと、決意漲る双眸で語っていた。


 「♤復讐………友人を奪った相手ではなく、悲劇に遭遇した友人を守れなかった…何もしてやれなかった脆弱な過去の自分自身に対しての………だから両腕を切り落としたい?」


 「………そうかもしれません」


 秘めた思いを言い当てられた羞恥で顔を逸らし、そう♤マイネリーベ♢に応えるアムル。


 その様子を見てフウッとため息を吐き、♤マイネリーベ♢が虚空を見上げる。そして、おもむろに喋り出す。


 「♢両腕を切り落とすだけなら、雷霆招来を応用した手術で比較的簡単にできます♡ ♧切断部も高熱で焼いて塞ぐのも一瞬でやれますよ♡ ♢安全です♢」


 「!? じゃあ!」


 その切断方法を聞き、アムルが喜色満面となって聞き返す。


 「♧ただし! 条件があります♡」


 「! それは?」


 「♡両腕切断後は無理せず、医療カプセルで羊水に浸かっていてください♧ ♢両腕が生えて再生するまで出てきちゃ駄目ですよ♤」


 「でも…」


 「♤デモも、ストライク・ザ・ブラッドもなし♧ ♡魔獣討伐の準備はしておくので、安心して回復に専念していなさい♢」


 「はい…理解しました。言われた通りにします!」


 真摯な表情と微笑みを浮かべ、アムルは指示に従うと約束した。


 しかし、それはもちろん上辺だけの嘘である。精神が坂東武者気質のアムルは、正しいと信じる目的を達するためならば、嘘を吐くことにあまり抵抗がない。

 ただし、多利のため、利己的でないこと前程であるが。


 「♡では、処置のために医療室に行きましょう♢ ♤今回だけ、後輩である貴女の我儘に、先輩として付き合ってあげる♧」


 そうして、アムルとの話を付けた♡マイネリーベ♤は、アムルを連れて医療室へと向かっていった。


 ♢だって、早期にこの話の決着を付けないとまいね、自分が発狂しそうなのだもの♡


 それが本音だったからである。


 だが、後に♤マイネリーベ♢はこの事を深く後悔することになる。


 それは、そう遠くない未来に、じつはアムルの真摯な態度が振りだけで、一人で魔獣と戦うための嘘だったと知るからであった。

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