第3話 少女が両腕を切り落とした理由

 囮と定めた和夫の後を追い、山中へと分け入るアムル。


 そのはためくセーラー服の両袖には、通すべき両腕は存在しなかった。


 なぜか?


 その答えは、先輩である聖少女♧マイネリーベ♢に頼み、切り落としてもらったからである。


 その狂気染みた話は、約半日前に遡る。



 ◇ ◇ ◇



 「魔獣が現れて、幼女を攫ったってことですか?」


 「そう。一応アムルちゃんにも言っておくね。倒そうなんて思って、この大樹の楽園から出ちゃ駄目よ」


 「そんな存在が………もしかして、そいつは以前にも人里に現れて人を…?」


 「うんにゃ。御新規さんみたい。魔獣は各地で如意宝珠を核にして誕生するの。天狗って連中は化生鬼って呼んでるね。それを人知れずに私たち聖少女や、魔術師、エルダーフレイム団といった連中が始末しているの。今回はそこの山中で誕生したみたいよ」


 「…」


 人間社会でもニュースになっている山地を映す鏡の画像を指し示して、聖少女エクレルールが説明する。

 その先輩聖少女の説明を聞いて、何事か考え、黙り込むアムルであった。


 「あの」


 「なぁにアムルちゃん? 大抵のお願いは、この先輩のエクレルールが聞いてあげるよ!」


 「では、魔獣はどうやって退治するのです?」

 

 「うん?………そうね、ゴリ押し!」


 「ゴリ押し?」


 「零符庫の攻撃用符を大量に用意して、遠距離から複数人で連続使用するの。魔獣はそこそこ頭が良くて、待ち伏せ、罠は無意味なの………」


 そこで一旦話すのをやめて、考えを纏めるエクレルール。何を伝える必要があるか、何を伝えないでおくか。改めてそれを吟味する。


 「…囮に人間を使うが、一番魔獣を見つけやすい方法。でも、それはさすがに聖少女がしてはいくないことなの。だから、一定区画を区切ってローラー作戦ね。それで居場所を特定して、ドッカーンて始末しちゃう訳」


 そして、やさしくて、豊かで、キラキラしているべき聖少女がやっちゃいけないことを重点的に伝える、エクレルールだた。


 「囮に人間を使っちゃ駄目?」


 「Oh YES!」


 「それで、魔獣は一対一では危険な相手なのですか?」


 「そうよ。決闘する訳じゃないから確殺狙いの一斉攻撃よ。無駄な接近は無用なの」


 「そうなんだ」


 「後は核である如意宝珠の回収と封印ね。それをしないと魔獣は復活しちゃうから」


 「人間たちだけで、対抗は可能な相手なんですか」


 「漫画やアニメのヒーローレベルが仲間にいない限り無理よ。魔獣には、大地と同化する奴や、魔女の心臓のように核を別の場所において、傀儡である肉体を遠隔操作する奴もいる。つまり、人の常識で動く司令官では軍隊でも無理ね。勝手が違い過ぎるの」


 「じゃあ、まだ半分人間のままの、私では無理ですね………」


 そう言って、アムルは自分の右腕を左手で撫でた。聖少女として細胞が生まれ変わる途中のアムル。その身体は所々人間のままだった。


 その様子と言葉を聞いて、エクレルールが安堵の溜息を吐く。

 この後輩は、新しい力を手にし、早く使いたいと躍起になっている子供と違い、冷静だと。


 「うん。だからアムルちゃんはここでしばらく大人しくしていて。身体の細胞が完全に生まれ変われば、一緒に魔獣狩りもできる。ね?」


 「はい………」


 後輩が無謀な行動にでないか心配するエクレルールに、アムルは素直に返事をして、微かに笑ってみせる。

 エクレルールが再び安堵の表情となった。素直に後輩が言うことを聞いてくれるのは気分が良い。


 「まあ、そう言う訳よ。連絡事項は終わり。私は魔獣の対策をお姉さまたちと話し合ってくる。アムルちゃんはレムちゃんと一緒に大人しくしていて。じゃあね」


 じゃあのと言い残し、聖少女アムルとレムの部屋を後にするエクレルール。パタンッと扉が閉まると、部屋に一人残ったアムルの表情が厳しくなる。


 「…魔獣。もしかして、あの娘…ふたばちゃんの右腕を切り落として連れ去ったのも………その類なんじゃ…」


 そう呟くアムルの表情が鬼気迫るものになっていた。真紅に染まったその両の瞳にも、虚無の霞が懸かる。


 トンットンッ♪


 「!? はい」


 そこに、外側からノックの音が聞こえた。


 「ただいま! なのですぅー! 不肖レム、トレーニングを終え、帰還したのです!」


 アムルが返答するとガチャリとドアを開き、軽口を言いながら同室のレムが入室してきた。

 彼女はアムルがやって来る前まで、一番下の立場であった魔法少女である。

 しばらくの間、アムルの世話役として同室で暮らすルームメイトで、エクレルールと入れ違いに戻ってきたのであった。 


 「レム先輩」


 「何なのです、アムル後輩?」


 早速、パイセンであるレムに話掛けるアムル。まだレムは気付いていないが、下を向いて顔を上げないアムルの表情は、幽鬼のそれであった。


 コワイ。


 「私、両腕を切り落としたいのですが、良い方法って知っていますか?」


 「へぁ?」


 アムルの不吉過ぎる言葉の意味が理解できずに、キョトンとした表情で、素っ頓狂な声を上げるレム。


 「!?」


 そして、幽鬼のようなアムルの表情を見てしまうレム。両の瞳がぜんぜん笑っていなかった。


 (この子、本気だ!) 


 レムは背筋に悪寒をが奔らせ、全身に鳥肌を立てる。

 

 ゾクッ! キリキリキリッ! キリキリッ!


 レムは背筋に悪寒を走らせ、全身に鳥肌を立てる。心なしか、胃と腸も痛みを感じる。


 もう無力で惨めな日々は飽き飽きなの。 魔獣退治を果たせば、そんな過去から脱却できるかもしれない。


 いつの間にか、そんな歌を背負っていたルームメイト。


 その言葉に決意を感じて、レムの胃と腸が激しく悲鳴を上げ、気管に吐き気を催した。


 (ちょっ、聖少女は太陽光のように豊かで優しく、月光のように妖しく蠱惑的、星光のようにキラキラしている存在のはずでしょう!? その境地は、復讐の剣鬼や暗黒面に堕ちた人たちの行くべき場所よ!?) 

 

 だが、吐き気を催す狂的な少女が、レムの眼前に存在する。


 そんな聖少女はあってはならないことのはずだ!


 (どうして!? なぜアムルちゃんは闇よりも深い深淵に捕らわれているのです!? どこぞのフロムゲーのお話ですか!?)


 キリキリキリキリッ! キリリッ!


 (あいたた! 痛い痛い! ポンポンがペイン!)


 レムがこんな神経性の胃炎状態になるのは、聖少女になってからは始めて経験する事態だった。

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