ゾンビ殲滅部隊 -ゾンビの倒し方②-

 僕とゴブリンはマネキンや武器を片付けていた。真夏だからか、ちょっと動いただけで汗が吹き出した。

 バットを杖代わりに休憩すると、汗が地面に落ちてアスファルトの上に水たまりができた。

 アウトドア椅子に座ってアイスを食べているバレンタインが羨ましい。

 僕は自分が持っているバットを眺めた。

 とにかくゾンビを倒すときは首から上を狙うべきだそうだ。顔面や頭部に衝撃を与えられたら、ゾンビをのけぞらせることができる。その隙に次の一撃を与えられる。

「平林は『バタリアン』は見たことあるのか?」

 僕は首を横に振って答えた。

「じゃあ相原コージの『Z〜ゼット〜』っていう漫画を読んだことは?」

 それもない。というか、どんな漫画なのか知らない。たぶん、ゾンビの漫画だとは思うが。

「うーん。そうかー。結構知らないんだなー。まぁ、とにかくあれだな。現実のゾンビっていうのはロメロゾンビと違うことが多いんだ。まず、ロメロゾンビは頭を破壊したら死ぬだろ? 現実のゾンビはそうじゃない。で、次に現実のゾンビは人肉を食べない。ただし噛み付いては来る。これはおそらくゾンビにとって一番有効な攻撃手段が噛み付くことだからだと言われてる。獣が噛み付くのと一緒だな」

 言われてみればそうかもしれない。理性を失った者がなんの躊躇もなく全力で噛みついてきたら、それは殴られるより脅威かもしれない。

「噛まれるとゾンビになる。これはロメロゾンビと一緒。だけど、噛まれた傷が浅ければゾンビになる可能性はかなり低い」

「なんでゾンビ化するんですか?」

「それがわかってないんだよな。ウイルスとか化学物質とか菌とか色々憶測されたけど、これといった研究結果は出てないんだよ。ゾンビを調べようにも、身体が傷んでるから何が原因なのか特定できない。腐った死体が病原菌だらけなのは当たり前だろ? それに日本国内でしかゾンビは発生してないから、他の国の協力を得られにくい」

「最近は外国でもゾンビが出始めましたよね?」

「だな。だから今後は状況が変わると思うぜ。とにかく今わかってるのは年寄りがゾンビ化するってことだけだな。一説では認知症の一種だと言われてるけど」

「噛まれたら、年齢関係なくゾンビ化するんですか?」

「そ、噛まれたら年齢関係ない。若いやつでもゾンビ化する」

「じゃあ、僕らも気をつけないとですね」

「だな」

「僕らがマスクやゴーグルするのもそれがあるからですか? ゾンビの血液を浴びるとヤバいとか?」

「うん、まあ、それもある。だけど、ゾンビに限らず人間の体液を浴びるってのは危険なことなんだ。どんな病気が伝染るかわかったもんじゃない」

 ゴブリンがバットを指差した。渡せということだろう。

 僕がバットを渡すと、ゴブリンはハイエースの荷台に積んだ。

「ゾンビの顔面を殴った後は、すばやく脚を折ることをおすすめする。そうすれば、ゾンビが起き上がってくることはない。それだけだと不安だから、余裕があるときは脚を縛り付けたりする。ゾンビの顎や歯をへし折ったら噛み付いてくるのを防げるからおすすめだけど、現場でそれほどの余裕はない」

「そこまでやったらゾンビは死ぬんですか?」

「いやー無理だね。あいつらはそれでも動く。あいつらを完全に消滅させたいなら人体を徹底的に破壊するか、焼却するかだな」

「僕らが今まで退治したゾンビの死体はどうなってるんですか?」

「俺らが倒したゾンビは俺らが撤収した後に社協がチェックして回るんだ。で、社協が処理業者に頼んでゾンビの遺体を焼却処分してもらう」

「火葬場ですか?」

「昔はそうだったが、今はそれじゃあ追いつかないから、専用の焼却場を作ったみたいだな」

「焼却場って…。なんだかゴミみたいですね」

「ゾンビは遺体だからな。法律上遺体は物だから、ゴミってのもあながち間違いじゃない。葬儀場に家族の遺体を持って行ったら実費で火葬だけど、ゾンビとして処分されたら税金で処分だしな。結構ゾンビ化が流行って喜んでる奴もいるらしいぜ」

「喜ぶ人なんているんですか…」

「平林はまだまだ世の中を知らねぇな」

 ゴブリンは呆れたような顔をした。僕はそれが少しムッときた。

「一応僕なりに世の中のこと考えてますよ。他の大学生なんて社会問題に全然興味ないですもん」

「へー、平林は社会問題に興味あるのか」

「だからこうして来てるじゃないですか、ゾンビ退治に」

 ゴブリンは意外そうな顔をした。

 僕の言ったことにピンときてないようだった。

「他の大学生なんて酷いもんですよ。チャラチャラしてるし、正しいことなんて全然知らないし」

「正しいことって?」

「僕らがショットガンでゾンビを退治してると思ってるんですよ。後はゾンビがゲームや映画みたいに両腕を前に垂らして歩くもんだと思ってるんです」

 ゴブリンはケラケラ笑った。

「ね、おかしいでしょう?」

「いや、そんなことにムキになる平林がおかしいなと思ってさ」

「なんでですか?」

「さっきも言った通りゾンビを銃で倒すってのは難しいんだ。そもそも日本で銃を所持するのは法律上難しいしな」

「でしょ!?」

「だけど、さ」

 ゴブリンはまた笑った。

「平林はどれくらいゾンビについて知ってるんだよ? まだ殲滅部隊に入って数日だろ? すっかりゾンビ専門家だなぁ」

 なんか腹立つ。

「平林は今まで会ったゾンビを思い返しておかしいと思わなかったのか?」

「え? とくに」

「橋の上で見たゾンビと背広のゾンビの違いは? 職員寮で見た肉塊のゾンビは?」

「それは、姿形は違いましたけど」

「うーん、それだけじゃなくてさ」

 ゴブリンが何が言いたいのかわからない。

「じゃあ、オリジナルの『ドーン・オブ・ザ・デッド』とリメイクの『ドーン・オブ・ザ・デッド』の違いはなんだよ」

 だから、そういう例えはわからないんだって。

「答えはゾンビが走るか走らないかって点。じゃあも一つ質問。平林が今まで遭遇したゾンビは全員走ったか?」

 僕が今まで遭遇したゾンビ。ノロノロ動くやつがほとんどだった気がする。初めて遭遇したゾンビもせいぜいペタペタ歩いてくるくらい。いや、背広のゾンビは違った。奴は思い切り走って襲ってきていた。僕にタックルしてきたくらいだ。後は、あれだ。この前の八女の施設では走るゾンビがいた。バレンタインがスリングショットで撃退してたけど。

「現実のゾンビには個体差があるんだよ。走るやつもいればそうじゃないやつもいる。この個体差は発症から経過した時間が短いほど顕著。肉体が十分に腐ってないから生前の運動能力が残ってるのさ。つまりさ...」

 ゴブリンは得意げな顔をした。

「お前はまだゾンビについてよく知らないってこと。そもそもゾンビの研究だってまだほとんどされてないんだから。だから、あんまり知ったかぶりしない方がいいぜ」

 なんかむかつく。僕は知ったかぶりをしたいわけじゃない。世の中の人は社会問題に興味がないって言いたいんだ。

「お、我らがドンが戻ってきたぞ」

 ドンとライアンが車で戻ってきた。

 ライアンはコンビニの袋の中からスポーツ飲料を出して僕らに渡してくれた。

「ありがてぇ」

 ゴブリンがスポーツ飲料をがぶ飲みした。

 ドンは僕ら全員を見渡せる位置に立った。

 バレンタインは顔を上げた。ゴブリンもドンの方に視線を移した。

「今から数日以内に日本財団がやってくる。ちと忙しくなるぞ」

「また"あれ"やんのか!?」

 ゴブリンが訊いた。

「"あれ"ってなんですか?」

 僕がドンに訊くと、代わりにライアンが答えた。

「アセスメント調査だ。米軍の非常事態計画8888-11と日弁連災害復興支援委員会の災害ケースマネジメントを参考に緊急時対応計画を立案する」

(続く)

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シルバー・オブ・ザ・デッド あやねあすか @ayaneasuka

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