第52話 1on1 後
振り返ると、近藤はさっきまで立っていた場所で頭だけ回して俺を見ていた。その表情には少なくない驚きと警戒の色が浮かぶ。俺は近くで弾むボールをすくって山なりに投げた。
「先輩の番ですよ」
「……チッ」
舌打ちを一つだけしてコート中央に立つ。電子音が近藤の攻撃開始を告げた。
近藤はその高いフィジカルを使ってディフェンスに回った俺をド突く。ファウルを取られるか取られないかの瀬戸際の、見た目通りのパワープレーだ。正道にのっとって半身に構えた後ろの手でボールを保持しつつ、前の手で俺をのけようとする。
パワー差でたたらを踏んで下がれば好機と見てさらに押す。俺は脇を抜かれないようにだけ注意を配って緩やかに退く。
近藤の狙いは明白だ。パワーで押し切って自分のフィールドであるゴール直下に持ち込む。そこなら近藤自身の戦い方ができるし、たとえ奪われても奪い返せるという目論見なんだろう。
とはいえ、俺は邪魔なはずだ。
一対一はどうしたって自分でボールを運んで、自分でゴールを決めなければならない。ゴールチャンスを作るためにディフェンスを引き剥がす必要もある。
「どけっ!」
俺をどけようと体の前側でボールを衝く手を変えようとする。
それは関東レベルのセンターなら十分通用する技量なんだろう。だが同レベルのポイントガードと比べたら甘さが残るフロントチェンジだ。
若干のリズムの穴を刺すように、床から反発したボールを奪った。
衝くつもりだったがために姿勢を傾けた近藤が、それでも俺を捕らえようと反対の手を伸ばしてくる。誰が捕まえさせるものか。
それを俺はさらに外側へボールを弾き、ロールターンで遠ざけた。
「っと」
さすがにここからだとレイアップは望めず、俺はボードに当てて二点目を決める。
これで『2―0』か。
俺はボールを回収して、苛立ちを露わにした近藤に問いかける。
「先輩のターンでしたけど、俺が取ったんで次先輩にしますか」
「馬鹿にするんじゃねぇ。奪われたのは俺のミスだ。今度は止める」
それに頷いて、俺はサークル内に入った。今度はより近い位置で近藤が待ち構える。得意のゴール下を捨てたというよりは一度抜かれることを承知の上でリカバリーするための距離を稼ぐためか。
三回目の開始の合図が鳴り響く。打って変わって体格を武器に俺に詰め寄る近藤を片手で押さえ、パワー負けする前にターン。一度目は通じたこの動作も二度目の今回は完璧には決まらない。スリーポイントラインの外側を左側に展開していく。
体格に勝る相手のスクリーンは非常にやっかいだ。
「っ!」
レッグスルーでボールを左手に持ち替え、左側に大きく動くように見せかけてから即座に左手をしならせてボールを体の後ろ側を通すバックビハインドで右に切り返す。さらに右手でバックビハインド・ドリブル。
受け取った左手を軸に体を回転させ、近藤のスクリーンを脱する。
「っちぃ!?」
一時引きはがせたものの、体はコート中央に向いてしまっていた。近藤は俺を深追いせずにゴールのやや手前を確保しに向かう。
俺がわずかに出遅れた形だ。
姿勢を低くしドリブルを細かく刻む。危険を承知で近藤を抜いてレイアップか、確率下げてでも遠くからシュートを狙うか。
「そうこなくっちゃな!」
俺は特攻を選んだ。俺のドリブルはスモールフォワードになれるほどの速さはない。だがその分を密度と手数で補う。
近藤の三メートル手前、速度を上げフロントチェンジで一度左に切る。もちろんこれに近藤がつられる訳がない。返す刀で右と見せかけさらに左に切るペースを落としたインサイドアウト。歩調に合わせて遅めのレッグスルーでボールを右手に。
その手首をひねって左に鋭いターンを切れば近藤の右脇にあるスペースが見える。
「しっ」
「こまごまと!」
相対距離二メートル弱。前に直る視界に、近藤の右足が浮くのを捕捉する。
ボールを衝く左手を緩から急へ。半歩分で戻ってきたボールをレッグスルー。
斜めに近藤と体の正中線を合わせるように接近し、さらに早いペースでインサイドアウト。もう相手をつかめる距離だ。左手を近藤との間に置き、右足の踏み込みと同時に右手をはじいてロールターンし近藤を撒く。
ゴールを通り過ぎ、振り向き様に放ったレイアップはきちんとゴールに収まった。
『3―0』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます