第36話 ノーサイドゲーム
「よっ」
白地に橙のラインが走る星崎高校のジャージの中、天パをもみくちゃにして可愛がられている怜王に声をかけた。首がもげるんじゃないかと思うスピードで振り向いた怜王はぐっと拳を突き出す。
俺が合わせて軽くぶつけると人好きのする笑みを咲かせた。
「ハルト! 久しぶりだな!」
「ああ。アメリカの高校に行ったんじゃなかったのか?」
俺がそう聞くと怜王は嫌そうにしかめっ面をする。
「あいつらオレがチビだからってボール回さねぇんだもん。点取っても喜ばねぇし。ダルいから帰ってきた」
「ははは、怜王らしい」
そのなんとも変な理由に笑ってしまう。こういうヤツだったな、と空白の期間を埋めるようにかつての空気感を俺は思い出していた。
「ハルトがどこ行ったのか忘れてさ、この県のどっかの高校ってことは覚えてたんだけど。星崎じゃなかったみたいだな」
「さっき戦ってた明新だよ」
「そうだったのかぁー。あそこはちっと学力が足りなくて無理だったわ」
片づけ始めている明新の応援席に流し目をして答えると、怜王はあっちゃーと天を仰いで、あれ、と固まる。
「……でも出てなかったよな?」
「……もうバスケはやめたんだ」
俺がそう返すと、怜王はまるで不思議な生き物でも見たような表情をした。
「なんで?」
その言葉が余りにも曇りなく鋭利に俺の心を抉る。吐き出す言葉が苦々しいものになるのを感じながら、俺は正対したかつての仲間を見据えた。
「なんでって……お前も知ってるだろ。あの事件のせいで全国に出られなくなったこと」
怜王と俺と、三人で全国まで駒を進めた快進撃は、たった一つの濡れ衣であっけなく途切れてしまった。苦々しい記憶だ。それのせいでかつてのチームは『自主辞退』を余儀なくされ、出場権と引き換えにそれはもみ消された。火が付いたのと同じくらいの速さで鎮火されたあっという間の出来事。
そうして夏が終わり、オファーを受けていた怜王はアメリカへ汚名を拭い去るため俺は県外の高校へと、別々の道を歩んだ。
「でもよ……」
戸惑い気味に声を発する怜王に俺は静かに首を横に振った。
俺が髪を染めて制服を崩してイケてる紺野のグループに加わったのは、高校デビューをしたのは、あの事件で染みついてしまったものをなかったことにするため。明新で優馬と再会するというハプニングはあったものの、なんとか『一人四役』の田崎春人、という人物像は隠し通せた。
それでいいんだよ。
今の俺は、それで納得している。
「お前と一緒にバスケしたのは楽しかったよ」
また遊びでバスケができたらいい、そんな内心を言葉に込めながら告げた。
じゃあと片手を上げて別れようとする。
「見つけた!」
しかしそこではいさよなら、とはいかなかった。
「げ」
ちんたら話していたツケか、声のした方に視線を投げれば息を切らしながらこちらに向かってくる紺野と、その後に続くユニフォームのままの近藤の姿がある。思わず後ずさるとパーカーの裾を高坂に掴まれた。
「逃げんな」
わずかに怒りを滲ませた声音。俺はそれに抗議する暇を与えられず紺野に距離を詰め切られてしまった。
「ちゃんと観に来てくれたのね。偉いじゃない」
「……まあ、な」
紺野も俺が来ないと予想していたらしく、意外そうに鼻を鳴らす。俺は歯切れ悪く相槌を打つにとどめた。観に来たと一口に言っても、ただ観に来ただけだ。それ以上の他意はそこにはない。
だというのに、それを期待するように紺野は垂れた髪を不敵に払う。
「ど、どう? バスケ部に入る気になった?」
「いや全く」
「なんでよ!!」
なんでと言われても……と俺は嘆息した。
いくら星崎にイレギュラーの怜王がいたとはいえ、準決勝で敗北、つまりは毎年出場していた関東大会を目の前で逃してよく言えるな、という心境だ。たとえ星崎を下して関東大会に勝ち進んでも入部する気はこれっぽっちも起きないけど。
返答に詰まり気まずい沈黙が漂う応援席の空気を換えたのは怜王だった。
「オマエらじゃハルトを活かせない。宝の持ち腐れだ」
「なんですって!?」
その言葉を皮切りに、バチバチと怜王と紺野の間で火花が飛び散る。
「オマエらのチームには決定力が足りてない。ハルトはなんでもできる。オフェンスも、ディフェンスも、囮やゴール下だってなんでもソツなくこなしてくれる。オマエらには突出した何かもない」
「なっ……!」
「ハルトが活きるのは、そういう尖ったヤツを支える時だ」
いつになく真剣な口調で、怜王にしては珍しい長広舌を打った。それにひそかに胸を打たれるものを感じつつ、ふるふると肩を震わせる紺野を視界に収める。
「あなたが田崎の何を知ってるって言うのよ!」
何を知ってるか。
同じバスケ部の仲間として戦った三年間。
グループでバカ騒ぎし、彼氏彼女としても過ごした一年間。
二人の間には二年もの大きな開きがある。
「オマエがハルトのなんなのかは知らないが、ハルトはオレの戦友だ」
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