第3話

竜朗は、アウディを飛ばしに飛ばして、先生達が言葉を失う速さで到着していた。


「そんで!?」


「え、あ、は…。今、捜索隊も一回戻って来ちゃったんです。酷い雨なもんですから…。ロープを繋いで、探しに入って頂いてますが、柏木君が教えてくれた、彼らが入ってしまった所の近くには居ませんでした。」


「うーん…。あの辺、磁場狂ってんだろう…。」


「そう言って、加納君も止めてくれてたそうです。本当に申し訳ありません…。」


「先生のせいじゃねえやな。気にすんな。」


竜朗が到着したのを聞き付け、亀一達が走って来た。


「加納先生!」


亀一と寅彦は、週に1回、竜朗に剣道の稽古をつけて貰っているので、先生と呼ぶ。


「龍のお爺ちゃあん!」


朱雀はずっと泣いていたのか、目が真っ赤になって、腫れ上がっている。

竜朗は朱雀の頭をガシガシ撫でた後、亀一と寅彦の頭も同様に撫でて微笑んだ。


「大丈夫だ。龍は無事だよ。ちょっと行ってくらあ。」


「先生1人で?俺も行く。」


亀一と一緒に寅彦も言った。


「俺も。」


「ありがとなあ。お前らの龍を思ってくれる気持ちは、本当に嬉しいぜ。

でも、俺1人で大丈夫だから。お前らは、ここで待って、龍が帰って来たら、労ってやってくれ。お前らに何かあったら、和臣や加来に申し訳が立たねえ。な?」


笑顔だが、有無を言わせぬ強さに、亀一達はうんと言わざるを得なかった。




その頃…。

龍介達の目の前には、10頭ちょっとの熊が居た。

しかも、立ち上がってしまっている。


ー食われる!


全員そう思った。

春だし、お腹を空かせて出てきたのだろうと。


龍介は思わず腰に手を当て、ソレが無い事を思い出し、どうするか考えた。

ソレとは、銃だ。

竜朗と龍太郎の3人で行くキャンプでは、丹沢の山奥の為、龍介も、自衛隊支給の物らしい銃を渡され、腰のホルターに着けている。


かなり危険で、食料も現地調達。

テントなんか持って行かない、まさしくサバイバルキャンプだが、この話はまたにするとして、銃が無い以上、簡単には撃退できない。


そもそも青木ヶ原樹海に熊が出るなんて聞いた事が無かったから、そういう事を想定しての物も持って来ては居なかった。


龍介は3人に静かに言った。


「このまま後退って、木に登れ…。なるべく高くな…。」


女子2人を先に行かせ、悟も言われた通り、前を見ながら後退しつつ、龍介を不安そうに見た。


「加納はどうすんの…。」


「一か八かやってみる…。10頭だから、俺1人じゃ腹一杯にはなんねえかもしれねえけど、時間は稼げるだろ。」


笑って言う龍介に、悟は声を荒げた。


「嫌だよ!加納犠牲にするなんて!」


「最初から諦めちゃいねえから、安心しとけ。いいから早く行け。」


悟が渋々登り始めると、龍介は、ゆっくり立ち上がり、ジーンズのお尻のポケットから小型の飛び出しナイフを出した。


ー一頭一頭、確実に、そして手早く仕留めるしか策は無い…。飛びついて、首の後ろをグサリだな…。


熊は、小首を傾げた。


ーは!?今何か、人間みてえな仕草しなかった!?


そして、10頭ぐるりと輪になって、何か相談でもしている様子になると、龍介の方に向き直り、10頭一緒に、丸で『違う違う。』と身振りで示しているかの様に、右手を縦に立てて左右に振った。


「はあ!?」


思わず驚きの声を上げる龍介に近寄ると、今度は、10頭代わり番こに頭を撫で撫で…。


ーなんだこの熊はあああー!俺は質の悪い夢でも見てるのかああー!


木に登った3人も、目を点にして、言葉を失っている。


そして、一頭が龍介の脇に手を差し込み、何をするかと思えば、高い高い…。


「何すんだ、こらあ!子供扱いすんなあ!」


龍介の間の抜けた反応に、思わず山田が叫んだ。


「そこなの!?加納!」


確かに、突っ込むところはそこじゃない気がする。


熊は、龍介にそう言われると、悲しそうな感じで、龍介をそっと下に降ろして、ごめんねという感じで、頭を下げた。


龍介は申し訳なくなってしまい、ちょっとバツが悪くなり、熊を見つめた。


「ごめん…。でも、人間の言葉が分かるのか?」


10頭揃って頷く。


「ここ、詳しい?」


再び頷く熊。


「俺達、迷い込んじまったんだ。遊歩道の方に出たい。道分かる?」


なんだか嬉しそうな感じで頷いた熊達は、一頭が龍介を抱っこ。後の三頭は、木から悟達を抱きかかえて、丁寧に降ろし、そのまま抱っこして、大雨の中歩き始めた。


「あの、熊さん…。抱っこしてくんなくていいよ…。」


熊は酷いショックを受けたという顔をして、バッと龍介を見た。


「い、いいです…。このままで…。」


ご機嫌に戻り、いそいそと歩く。


ー子供好きなんだろうか…。


まず、この熊は一体どうしてこうなったのかとか、何処から来たのかとか、誰かに飼われているのかとか、そういう疑念を考えそうなものだが、あまりの衝撃に、龍介には、そんな疑問の方が先に湧いてしまった。

実際、悟達は、その手の質問を熊に投げ掛けては、熊が返答に困るを繰り返している。


ーこっちの言葉は分かっても、喋れないんだから、質問の仕方変えりゃいいのに…。


気が動転する余り、妙なところで冷静な龍介だった。




竜朗は、受信器の様な物を持って、遊歩道を歩いていた。

受信器に映っているのは、龍介の発信器の信号だ。


何故龍介に発信器なんか付けているのかという話は、いずれまた。


「お、反応アリだ。ここだな…。あれ。真っ直ぐこっち向かって来てんな…。なんだおい、随分早えな。走ってんのか?」


遊歩道の柵の向こう側に大雨の水煙でよく見えないが、人影の様な物が見え始め、竜朗は目を凝らした。


「ん!?多くねえか!?遭難者は4人だよな!?」


どう見ても、10人近くは居そうだ。

しかも、デカイし、黒い。


「んんん…?」


竜朗の目に、それらが漸くはっきり映った瞬間、竜朗は我が目を疑った。


2本足で立って歩く熊が、大事そうに、可愛い孫とクラスメートを抱っこしてこちらへ向かって来る。

竜朗は、グッチの眼鏡を外し、両目をゴシゴシと擦った。


「幻っつーのは初めて見んな…。年かなあ…。」


眼鏡をかけ直し、もう一度見る。

もう直ぐ近くに居て、龍介が満面の笑みで言った。


「爺ちゃん!来てくれたんだ!」


竜朗は目を点にして、マジマジと、熊に抱かれる愛する孫を見つめた。

熊は龍介を可愛いと言わんばかりに、頬擦りなんかしている。


ーなんだ…。どういうこったい…。着ぐるみ?

ファスナーは…、無えな…。


「爺ちゃん、こちら助けてくれた熊さん。素性不明だけど、人間の言葉が分かって、子供好きらしく、害は無いから撃たないでね。」


竜朗は、必死に事態を整理しようとしたが、あまりに不可思議過ぎて、直ぐに無理だと結論を出した。


そして、取り敢えずこの場からさっさと立ち去る事しか自分の精神状態を守れないと判断。


寄って竜朗はにっこり笑って、熊に言った。


「ありがとなあ、熊さん。助かったぜ。」


しかし、言葉とは裏腹に、龍介と他の子供達を熊からもぎ取る様に奪い、遊歩道側に立たせた。

作った笑顔は跡形も無く消え去り、眉間に深い皺を刻みながら、熊10頭と本当にしたのかという素早い握手を交わし、ぺこりと頭を下げると、子供達を促し、猛スピードで、走り出した。


「じ、爺ちゃん?どしたの?」


「この事は誰にも言うんじゃねえぞ!?誰も信じてくれねえし、仮に信じた奴が居たとしても、そいつらは、あの熊達の生活壊しちまうだけだからな!?」


確かに、噂を聞きつけたマスコミや、そうでなくても、興味本意で熊さん達を見に来たりする奴が続出したら、熊さん達の生活は脅かされてしまう。

まあ…どんな生活をしているのか、龍介達も全く把握出来てないが。


ヤケに必死に走る竜朗の背中を見ながら、龍介はやっと分かった。


ー爺ちゃん、無かった事にしてえんだな…。


実際、その後、熊さんのクの字でも言おうものなら、竜朗は目をかっぴらいて、『言うんじゃねえぞ!?。俺は忘れてえんだ!』と訴えていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る