第2話

龍介と悟が揉めたのは、早くも、さあ班行動となって直ぐだった。


歩き出して暫くして、とある立ち入り禁止区域の前で、先頭の悟が止まった。


先生の説明を聞いていたんだか、いなかったんだか、龍介の鋭すぎる睨みにも気付かず、渡された探検マップを見ていた悟は、龍介の予想通り、イレギュラーな事を言い出した。


「この部分、ショートカットしたら、ずっと早いと思うんだ。丁度、チェックポイントも無いし、この長い迂回部分すっ飛ばしたら、1番で着けるんじゃないかな。」


直ぐに立つこめかみの青筋。


「てめえ、話聞いてたのか。ここは通っちゃいけないから、迂回させてんだよ。」


「でも、方位磁針もあるし、大丈夫だよ。立ち入り禁止区域の端っこだし。」


「誰が大丈夫って言った?危険だから、立ち入り禁止区域なんだよ。」


ところが、例の問題児の女子2人は、超乗り気だった。

そもそもこの2人、探検ゴッコなんて、タリイとか言ってたから、ショートカットだとか言われたら、何も考えずに賛同するだろう。

それに、普段から、嫌われ者の鼻つまみ者だというのは、自分達も分かっている。

それが、1番にゴールとなったら、普段、遠巻きにして、悪口を言っている女子達の鼻を開かせるという魂胆も見え隠れしている。


「いいじゃん。行こうよ。いい子ちゃんのの加納なんかほっといてさあ。」


「おい、分かってんのか。ここ、なんで迷子になったら、見付けられない、出られないって言われてると思う?磁場が狂ってんだよ。磁場が狂ってたら、方位磁針なんか効かねえし、人間の感覚もおかしくなっちまうんだ。」


「うわ、うるさ。だから頭いい奴って嫌い。」


「佐々木、行こ行こ。加納はほっといて。」


そして、3人で先生の目を盗んで、入って行ってしまった。


「おい!」


朱雀は、龍介の腕を掴んで、今にも泣きそうな顔になっている。


「どうするの…。龍…。」


龍介は、不機嫌そうながらも、冷静な目で答えた。


「仕方ねえな。俺はあいつら追い掛けて、連れ戻す。朱雀は先生に知らせろ。」


「龍、大丈夫?気を付けてね…。」


「おう。」



ところが、朱雀と話している間に、龍介に止められないようにとばかり、3人は猛ダッシュで行ってしまっており、追い付いた時には、かなり奥まで入ってしまっていた。


「あ、あれ!?」


悟が慌て始めた。


女子2人も騒ぎ始める。


「ちょっと何よ!」


「佐々木、大丈夫、こっちだって言ってたじゃん!」


級友達の声はもう聞こえない。

広がるのは、不気味な林。

悟が取り出した方位磁針がグルグル回転しているのを見て、女子2人はパニックに陥る。


「どうすんの!?」


「なんとかしてよ!」


「やだあ!もう!ママー!」


そして泣き出す。


悟は呆然としていて、為す術も無い。


ただうなだれ、小さな声で呟く様に言った。


「加納の言う通りだった…。ごめん…。」


龍介は、なんだかそれが、物凄くカンに障った。


「ーあんだけ自信満々だった癖になんだよ!謝ってんじゃねえ!」


そして、女子に一喝。


「おめえらうるせえ!」


静かになった所で、早口にまくし立てた。


「さっきも言った様に、磁場が狂ってる所じゃ、磁石も人間のカンもあてにならねえ!つまり俺達は遭難したんだ!そうなった以上、やれるだけの事やって、生きてこっから出るしかねえんだ!ガタガタ騒ぐ暇があったら、どうすりゃいいか考えろ!」


そう言うと、龍介は、地面に腹這いになり、耳を着けた。


「加納、何して…。」


「黙ってろ。」


龍介は目を閉じ、暫くして土を払いながら起き上がった。


「8時の方向で、子供の声がする。確認しながら進むが、途中で切れるかもしれない。」


もう3人共黙って龍介の言う通りにしている。


龍介の後を黙って付いて行ったが、暫くして、龍介が立ち止まり、先ほどと同じ様に地面に寝そべっていたが、動かなくなってしまった。


悟が不安そうに顔を覗き込んで聞いた。


「加納?」


「ーやっぱりな。俺達がここに入った事で、中止になって、移動しちまったんだ。」


「じゃ、じゃあ、どうしたらいいのよ!」


叫んだ女子に間髪を容れず怒鳴り返す。


「一々騒ぐな!自業自得だろうが!」


黙った所で静かに言う。


「長丁場は覚悟した方がいい。闇雲に歩き回って、体力使うな。」


龍介は地図を出し、陽射しから、太陽の方角を確認し、自分のGショックを見て、時間を確認した。


「今4月。時間は14時。陽射しから逆算して考えると、俺達は、西に向かって歩いている。地図から行くと、このまま真っ直ぐ行けば、このポイントに着くはずだ。つまりここがこの区域の出口。しかし、磁場の狂いから、真っ直ぐに歩いているつもりでも、ずれて行く可能性がある。佐々木は陽射しを3分置きに確認。山田はこの…。」


龍介は、黒いフェイルラーベンのカンケンバックからロープを取り出し、木に結わき着けると、山田という女子に渡した。


「このロープを1メートル置き位に手頃な木に絡めながら持って歩け。後で振り返って真っ直ぐかどうか分かる。」


「あ、は、はい。」


「鈴木は磁石を確認。効く様になったら教えろ。日没までが勝負だ。急ぐぞ。では出発。」





知らせを受けたしずかの、


「ええ!?龍が遭難ですか!?」


という叫び声で、双子をいっぺんに抱え込んで、飛行機をやってやるという神業を披露していた竜朗が電話口に吹っ飛んで来て代わった。


「龍の爺ちゃんだ。どういうこったい。…うん…うん…。やっぱ佐々木は鬼門だぜ…。ああ、いや、こっちの話。分かった。直ぐ行く。」


電話を切り、心配しきりで、珍しく真っ青になっているしずかに笑いかけ、頭を撫でる。


「大丈夫だ、しずかちゃん。ちょっと行って来て、見つけ出してくっから。」


そして、愛車のアウディRS6に乗り、急発進させて出て行った。

交通法もなんのそので、猛スピードで運転しながら、息子の龍太郎に電話をかける。


事情を説明している最中に、思わず電話から耳を離してしまうような声で龍太郎は叫んだ。


「龍がですかあ!?なんで!?どうして!?」


「佐々木の息子だあ!コンチクショウ!親子2代に渡って、俺を焦らせるとは、いい度胸してんじゃねえかああ!」


「す、すいません…。すぐヘリ出します!」


「自衛隊が私用でヘリ出したら問題になるだろうがよ。」


「でも、青木ヶ原ですよ!?」


「龍なら大丈夫だよ!珍しくお前と俺が仲良く仕込んだの忘れたか!」


竜朗は、もしかしたら、自分にもそう言い聞かせていたのかもしれない。

龍太郎は、それを察したかの様に、静かな口調になった。


「そうですね…。でも、万が一の時は言って下さい。富士で陸自が演習してますから、言い訳はつきます。」


「おう。じゃあな。」


「お父さん。」


「なんでえ。」


「いつもすみません。」


「ー謝るくれえなら、もうちっと親父やれっつーんだよ!この唐変木がああ!」


そして、一方的に電話を切る。

いつものパターンだ。


ー龍…。1人で頑張り過ぎんなよ…。無事でいてくれ…。


竜朗は唇を噛み締め、祈る様にそう思った。




その頃、亀一はホテルで暴れていた。


「だから、搜索隊が出るんだから、お前はここで待機していなさいって言ってるの!」


担任の先生に引き止められても、ノートパソコンを開いたまま持っている寅彦と2人で、現場に行くと言って聞かず、先生4人ががりで押さえ付けているのである。


「磁場が狂ってたら、あいつは、音か陽射しで方角導き出すしかねえんだってば!

寅が見てるネットの気象情報だと、これから大雨になるんだぜ!?

陽が陰ったら、音しか無い!

大雨じゃ、音も聞こえなくなる!

今、出てきそうなポイントで笛鳴らしてやるしか無いんだって!」


「分かった!伝えておくから!二次被害だけは避けなきゃならないんだ!分かってくれよ、長岡あ!」




悟が不意に言った。


「加納、雨が降るかもしれない。」


「なんで分かる。」


「風向きが変わった。それに、風自体も強くなってきてる。結構大雨かもしれない。」


「陽が陰っちまうな…。」


言ってる側から、真っ黒な雲が上空を覆い、林の中は真っ暗になってきてしまった。


「仕方ない。スコールみたいなもんかもしれない。ここで雨宿りの準備しよう。濡れるのは、それだけで体力奪う。」


龍介は今度は大きなビニールシートを出し、その辺の小枝を拾うと、4人が小さくなって座ればどうにか入れるテントの様な物を、あっという間に作ってしまった。


出来上がった時、雨が降り出した。

急いで4人で入る。

悟の言った通り大雨だ。


龍介は、ライターで火を起こし、焚き火にして、女子に当たらせながら、やはり無表情に言った。


「よく分かったな。山の天気知ってる感じだ。」


「よく自転車で丹沢の方まで行くんだ。」


「友達と?」


「いや。1人で。みんなゲームとか、うちで遊んでる方がいいって言うから。」


「ふーん。雨でも無え限り、うちでんな事やって遊んでたら、爺ちゃんと母さんに蹴り出されるけどな。」


「き、厳しいの?加納んちって…。」


「いや、別に。所謂そういう最近のガキ的な事が嫌いなだけ。」


「そうなんだ。」


「お前は、外の方が好きなんだ。」


「うん。ゲームも好きだけど、自転車で色んな所に行っちゃうのが好き。」


「ふーん。」


「加納は何して遊んでるの?長岡や加来と遊んでるんだろ?」


「家ん中だと…。あんたウォーゲームって知ってる?」


「知らない…。」


「知るわけねえよな。父さん世代のボードゲームだもん。アレに最近はまってる。」


「どんなゲームなの?」


「その名の通り、自分で戦略練って、軍編成して、戦うんだ。難しいけど、面白いよ。」


「へえー。やってみたいな。」


ここで誘ってやるべきなのか、スルーしていいのか、龍介には判断がつき兼ねた。

正直、一緒にはやりたくない。


返事に困って黙っていると、山田が龍介を見た。


「何?」


「外では何してるの…。」


「自転車レースとか。」


「レース?」


「そう。空き地などで、暴走して、競争する。

きいっちゃんズルいんだよ。すぐ改造するから。時々やり過ぎて、ぶっ飛んでって帰って来ねえけどな。」


3人共笑い出した。

あの、学校ではクールに決めてる、天才少年とまで呼ばれている亀一が改造に失敗して、叫びながら、あらん方へ走り去って行ってしまうのを想像したからだ。

でも、龍介は、聞いた山田の寂しそうな顔が気になった。


「山田は何してんだ。」


「あたしは…。外で友達と喋ってるだけ。」


「だったら家でやれば?危ねえだろ。」


「家、居たくないんだ…。」


「あたしも…。」


鈴木も頷いてそう言った。

噂では、2人共母子家庭だという。


「お袋さん、忙しいとか?」


「ううん。家にいる…。」


「仲悪いのか?」


「てゆーか…。男が来てるから…。その人嫌いなんだ、あたし…。」


「あたしも…。」


「お前らに暴力振るうとか、なんかしてくるとか?」


山田が先に答える。


「ううん。そういうのは無い。でも、なんかママとイチャイチャしてるの見せるんだ。気持ち悪い…。」


「そういうのも、虐待なんだと聞いた事あるぜ。鈴木は?」


「お酒飲むと暴れるんだ…。怖い…。」


「それも問題って言えると思うぜ。先生とかに相談した?」


2人して首を振る。


「した方がいいと思うけどな…。それ、2人で抱えこんでちゃいかんヤツだろ。」


どうも2人の問題行動や、捨て鉢な態度は、これが原因の様な気が、龍介にはした。


「児童相談所に行ってみるとかさ。」


2人は何故かニヤニヤと笑った。


「あんだよ。人が真面目に考えてんのに。」


2人は顔を見合わせ、頷き合い、山田が言った。


「いや、加納って、とっつき悪くて、いい子ぶりっ子なんだって思ってたら、凄いいい奴なんだなと思ってさ。」


「はあ。」


「ありがと。」


「いいえ。」


話が丁度終わった時だった。

テントの外に、人が一杯いる様な気配がした。

でも、それも突然だ。

なんだか妙だと思ったが、悟は止める間もなく、開けてしまった。


「助けてくださ…。」


そして、4人は凍りついた。








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