第十一話 決死大根

「え…」


『跡追い人形』は、地面にあたってばらばらになっていた。


 なんで?


「ちょ、え?」


 起こったことは簡単だ。

『跡追い人形』がオレをかばったのだ。そして、代わりにイノシシに襲われた。


 墜落するように落ちた人形はピクリともしない。右腕がちぎれて、離れたところに落ちていた。


「…くそ」


 まさか人形にかばわれるとは思わなかった。

 こんな機能付いてるのか?


「キーファ」


「わかりません。私も、内部情報以上のことは…」


 とはいえ、実際人形はオレをかばってしまった。この際、畑のことなんかどうでも良い。

 オレは体を引きずって、人形の方に進んでいく。

 幸いなことにイノシシはまた藪の中に突っ込んでいったらしい。今のうちしか時間がない。

 

 人形のところまで行けば、その有様は悲惨だった。

 あのきれいだった顔は半分割れ、きれいなガラス玉の目は潰れている。服もずたずたにされていた。


「おい、生きてるか?」


 声をかければ、ピクリと反応する。

 よかった、といえばいいのか?


 状況は最悪だ。死にかけ二人。おまけにほとんど動けないときた。

 しかもその二人を殺す存在は、まだ周りの藪をガサガサと動き回っている。

 オレとキーファだけならともかく、こういう道連れができるのは望んでいない。

 だができることは少ない。


「…キーファ、あとどれくらいだ?」


「あと3分です」


 時間を聞けば、もう殆どない。

 まずい。

 また藪が大きく揺れる。 


「おいおい…」


 いよいよイノシシが出てきた。

 どうやらとどめを刺しに来たらしい。

 とはいえ、できることがあるか?

 

 周りに役に立ちそうなものは殆どない。

 せいぜい、小石が落ちているくらいだ。

 

 イノシシが突っ込んでくる。


 思わず右手で人形を抱え込むと、ぐしゃりと、嫌な音がした。

 またごろごろと枯れ葉の上を転がされる。

  

 獣に人間が貼れるアドバンテージなんて、道具を使えるか使えないかくらいだ。

 こうやって同じ目線になってしまえば、身体能力で勝ち目はない。

 とっさに空いた左手を付けようとしたが、左手に力が入らない。どうやらそっちで体をかばってしまったらしい。

 右手で懐に抱えている人形が、モゾリと動く。


「…まさか、かばってくれるとは思わなかったぞ?」


 人形にそう言えば、やっぱりもぞもぞと動く。

 人形の生命活動とかどうなってるんだろう?


「キーファ、人形、直せないか?」


「今は無理です。ゴーレムのたぐいなので、自動修復機能くらいは付いてると思いますが…」


 なんとか右手に持ったままだったキーファに言えば、そんな答えが返ってきた。

 理屈はわからないが、キーファが言うならそうなんだろう。

 また衝撃が来て、転がされる。なにかが頭にぶつかった。頭から温かいものが垂れた。


「まいったね…」


 自分はどうでもいい。

 だが、人形が巻き込まれるのは望んでいなかった。

 せいぜい半年の命だが、彼女は確かに生きていただろう。

 オレはどの道もうじき死ぬ。だが、それを目の前で奪われるのをみすみす見逃すというのは、違うと思うのだ。

 なにかできることはないか?


「…あれか」


 片目に血が入って見ずらいが、さっき作ったログハウスが目に入った。

 幸いなことに、人形は飲み食いする必要はない。

 そして、イノシシも動物だ。オレが死ねばそれを食うなり何なりするだろうが、いつかはいなくなる。

 ならばそれまで中にこもっていてもらえばいい。

 イノシシはまた藪の中をまだ駆け回っている。

 今しかない。

 

「…くそ」


 片手片足がやられて、這いずるようにしか動けない。痛む左腕で人形を抱え、右手と右足で移動する。


 時間がないのに。


 後ろでまた藪がひときわ大きく鳴った。

 懐で、もぞもぞと人形が動く。


「すまんね、キーファ、人形ちゃん、こんなマスターのところに呼んじゃって…」

 

「…そんなことありません」


 そう答えるキーファを持った手で、地面をひっかくように移動する。

 痛かったりするなら申し訳ない。


「人形ちゃん、置いていくようですまん」


 もぞり。


「たぶん、何日かしたら、アイツもいなくなるはずだ。しばらく、あそこでおとなしくしててくれ」


 もぞもぞ。


 抗議するように、骨の折れた左腕の中からはみ出そうとするように人形が動く。頼むからおとなしくしててくれ。


「ぐ…」


 ざりっとなにかが背中をかすった。

 イノシシが目測を誤ったかなにかしたらしい。

 よかった。まだ大丈夫。


「キーファ、すまん。ちょっと置くぞ?」


 ログハウスの前になんとか辿り着くと、キーファをおいて、空いた手で人形を掴む。


「ああ、ちょっと動かないでくれ」


 まるで逃げ出すように懐で動き回る。この痛む体で捕まえるのは大変なんだ。

 なんとか胴体を掴んで引っ張り出す。


「…すまんね」


 引っ張り出した人形は更に悲惨なことになっていた。

 体を引きずるうちに、地面にでもこすってしまったのかもしれない。きれいだった顔は潰れたところからヒビが入り、見る影もない。

 

「なんとか、生き延びてくれ」


 幸いドアは開けっ放しだ。腕を伸ばしてなんとか押しこむ。 

 ドアを締めると、中から弱々しいが、開けようと力を込められた。出ようとしているのか。

 体を引きずり、ドアの前に体を横たえる。たぶん、これオレの死体がどけられない限り出られないだろう。

 正直警察とかが来たらどうするのか、その後人形がどうなるのか、色々考えないといけないのだが、今オレができることなんてこれくらいしかない。窓があるから、出ようと思えばなんとかなる、はずだ。

 あとは助かるのを祈るしかないだろう。


「…さて」


 また藪からイノシシが出てくる。

 しっかとオレを睨みつけ、やる気十分といった具合だ。

 普通、イノシシはここまで凶暴な生物じゃない。なんでこいつがこんなに凶暴になっているんだか。

 ようやく一息つけたおかげか、やっとイノシシを見る余裕ができた。


「あー、そういうことか…」


 さっきは気づかなかったが、イノシシの尻から、小さな棒が生えている。

 多分ボウガンの矢だ。

 誰だか知らないが、とんでもないいたずらをしたらしい。


「化けて出たら覚えてろよ…」


 イノシシを撃つときに、それを撃ったバカが姿でも見せたのかもしれない。このイノシシは、人間を恨みの対象にしているわけだ。


「…お前も気の毒にな」


 ぽつりと、つぶやきが漏れる。

 おそらく、このイノシシもついていなかったのだ。

 また食べ物を探して山を降りた辺りで、心無い人間にでも見つかったのだろう。そしてそれをオレにぶつけてしまったわけだ。多分このイノシシも長くは保たない。


「…オレで憂さが晴れたなら、人形ちゃんは見逃してくれよ?」


 ざりっと、イノシシが地面を踏みしめる。

 

「マスター…」


 キーファが心配そうに声を上げる。

 地面に放ったままだが、このまま体当たりを食らうよりは良いだろう。

 

「ほら、来い…」


 あとどれくらいだか知らないが、もうじき終わる命だ。

 せいぜい、お前の恨みを晴らせ。

 イノシシの黒い瞳と目があった。

 

 イノシシが黒い影になって、突っ込んでくる。


 ゴキリと、音がした。

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