待機、仁王立ち

「師匠、新作のプロットが出来たんで見てくれませんか?」

「いいけど、いつになく殊勝だな本城さん」


 その後、本城さんと合流した俺達は旅館の空き部屋を二つ借りる運びとなった。


 伍堂アラタと女将さんによる喧嘩は日が暮れる頃に終わり。

 喧嘩した後、二人は別々に謝罪してくれたよ。


 特に旅館の女将である荏原さんは目に涙を浮かべて謝罪していた。

 むしろそうなることが分かりきっていた俺の方が申し訳ないぐらいだ。


「本城さんの作風が変わりつつあるね」

「んー、いつまでも恋愛に主眼おいてても、それだけが人生じゃないっしょ」


 本城さんから寄越された新作のプロットを拝見し、彼女の変化に目を見張った。

 いい意味でも、悪い意味でも変化することはこの世の摂理だ。

 本城さんの作風が今変わりつつあることは、成長の証と認めたい。


 そう言えば。


「そう言えば、本城さんの憧れはウミンだったな」

「ですよー、千年千歳先生の新作、師匠はちゃんと読んでます?」

「……もちろんだよ」


 事故に遭ってからの俺はウミンが八年間の間にしたためた作品全てに目を通した。

 あの時の俺はウミンとの関係を忘れられなくて、執着していた節があったから。


「……師匠、私もね? いつか師匠と本間さんのような恋愛してみたいんです」

「最終的には酷く傷つくだけだけど?」

「そんな筈ない、そんな筈はぜぇーったいありません」


 俺とウミンのような恋愛をしてみたい、か。

 他人様に勧めるような恋愛経験って、何だろうか。


 どんな恋愛経験にしろ、勧めるのは厚かましい気がしてならないのは俺だけか?


「父さんは、次の恋人候補を考えた方がいいね」


 俺の部屋で相変わらず甲子園中継を見守っていた宰子ちゃんがそう言った時。


「失礼します」


 軽装姿の女将さんが俺達の部屋に立ち寄ったんだ。

 彼女の来訪に本城さんと宰子ちゃんが同時に会釈していた。


「荏原さん、この間のことでしたら気にしなくていいんですよ」


「ですがあの一件は明らかに私の不手際ですので、お詫びと言ってはなんですが三浦さんを是非ご招待したい場所があるんです」


 今お時間宜しいですか? と女将さんは俺をどこかへ案内したいと言い始めた。


 障碍者の俺を誘うということは、彼女は何かしらの準備をした上での行為だろう。


 もしかしたら行き先の施設に連絡がいってるかもしれない。


 それらを考え、彼女の誘いを断るに断れそうにないと思えた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ありがとう御座います、三浦さん以外の方も是非一緒にいらしてください」


「あ、はいはいはい、私は一緒について行きます」

 本城さんは積極的に女将さんの誘いに乗っている。


「宰子ちゃんは甲子園観戦でここを外したくないか?」

「……そうだね、私は遠慮する」


 ◇


 して、俺達は旅館のマッサージ師兼、住職の兵藤さんが運転する車に乗って一路目的地へと向かった。


「今から向かう場所は、私のお気に入りの観光名所なんです」


 荏原さんは晴れやかな声色でそう言い、俺達の期待を募らせる。


 これが先日見せた失態のお礼だというのだから、彼女は思いやり深い人なんだ。と言うことは分かるけど、その気遣いを伍堂アラタにも向けてやれば良かっただけの話だ。


「……荏原さんはどうして伍堂さんに対しては」

「彼の話はやめてください」


 彼女は頑なに伍堂アラタに拒絶反応を示しているようだ。


 もしかしたら、荏原さんと伍堂アラタは別世界のウミンと俺の関係であり、俺とウミンの関係を羨んだ本城さんには、恋愛の、いい所、悪い所を、二人を通して考えて貰いたく思う。


「着きましたよ皆さん」

 兵藤さんが目的地に到着したことを告げると。


「もしかしてここって水族館? 私初めて来たぁ」

 本城さんはらんらんとした様子で初上陸した水族館に胸を躍らせている。


 本城さんが体現していたように、今回の観光は楽しいこと尽くめのはずだったのだが。


「ようタカコ」

「……どうして貴方がここに?」


 水族館の入場口には、伍堂アラタが仁王立ちするように座して待っていた。

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