パッション

 ともあれ、俺はトオルさんを連れて家に戻った。


 聞いた話によるとトオルさん、今は野宿生活をしているらしい。


 鬼畜だったとは言え、かつての恩もあるし、一宿一飯ぐらいなら。

 そう言うと本間トオルとかいう鬼畜野郎は図に乗り始めたようだ。


「先生、今月のお給金ください」

「……お給金って?」

「いやだなー、鳴門くんや本城さんの小説の指導料ですよ、指導料」


 と言い、差し伸べられた手を俺は自由な左手で器用に払った。

 そもそもが、そもそもの話で。


「トオルさん、一泊ぐらいなら許容出来ますけど、今日で何日目になりますか」

「うわー、三浦先生は路頭に迷った僕を野に放とうと言うのですね、鬼畜だなー」

「貴方に言われたくないです」


 仕方ないから、トオルさんには五千円札を渡し。

 絶対パチンコで消費しないでくださいよと忠告した。


「大丈夫ですよ、この金を使って履歴書一式をそろえるだけです」

「……トオルさんのバイタリティー、能力であればどこにでも就職出来ますよ」


 だから頑張って。


 トオルさんが俺の家に居座るようになってから、弟子たちにも向上が見られた。

 トオルさんの具体的なアドバイスに鳴門くんや本城さんは頷き、昇華している。


 さすがは元敏腕編集だけあるよな。


「ただいま父さん」

「三浦くーん、今日も私に奥義を伝授してくれー」


 トオルさんが五千円札を手に外に出かけた頃、宰子ちゃんたちが帰って来る。


 宰子ちゃんはランドセルを机の下に潜り込ませると、パソコンを起動していた。


 その時不意に、ウミンの様子が気になった。

 トオルさんや宰子ちゃんの顔を見ていると、彼女の後姿を彷彿とする。


 そう言えば、ウミンに飼われていた二匹のマンチカンはどうしているのだろう?


「宰子ちゃん、プリンとミカンは今どうしてるの?」

「死んじゃったよ、去年」

「……そっか」


 去年と言うと、俺が目を覚ました頃合いか。

 できればあの二匹に、線香の一本でも上げたい所だけど。


「天国で待っていてくれるといいな」

「プリンとミカンのこと?」

「そうだ、俺も昔猫を飼ってたんだけど、当然のように先立たれてさ」


 愛猫に先立たれ、渡邊先輩から勇気づけて貰った覚えがある。

 そう言うと宰子ちゃんは無表情のまま俺の見詰め始めた。


「父さん達の仲って、不思議だよね。普通じゃない絆で繋がれてる」

「三浦くん、実は君幽霊なんじゃないか?」


 三浦くんの本体は井戸にいて、海ちゃん達を呪う地縛霊になったんだ。

 若子ちゃんが愉快気にそう言う中、宰子ちゃんは尚も俺を見詰めている。


 この子、将来俺と結婚したい(ガチ)とか言いそうだな。

 嬉しいような悲しいような惨めなような、彼女の熱意が若干怖い。


 すると宰子ちゃんは俺に詰め寄るよう歩んできた。


「父さん、キスしてもいい?」

「駄目」


 実の娘からパッションな気持ちを伝えらえ、将来が不安になったもんだ。

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