ナイトホラー

「……ごはん、普段食べているのより不味いだろ?」

 冷えたコンビニ弁当を箸で突き、宰子ちゃんと若子ちゃんに感想を聞く。


「そうでもないよ、母さん達が忙しい時は大抵これと同じだった」

「慣れたものだよなー」

 でも彼女たちは普段から往々にして食べていたみたいで。

 いかに、ウミンが子育てを怠けていたのか判ったようだ。


 あの後結局、俺はなし崩し的に宰子ちゃんを預かることになった。


 ウミンは逃げるよう宰子ちゃんを置いて行き、三度彼女への失望を募らせた。


 午後八時、普段は宰子ちゃんたちを帰す時間に、俺たちは食卓を共にしている。


「若子、若子」

「何だい本城さん?」

「からあげくれよ、若子」

「あげるよー、はい、あげたー」

 と言い、箸で掴んだからあげを頭上にあげる悪戯をする若子ちゃん。


 その悪戯、まだ絶滅してなかったんだな。


「腹立つっ、若子みたいなクソガキから得意気な顔されると無性に腹立つ」

「本城、他人様のお子さんをクソガキ呼ばわりするな」

「文句ある? お前みたいなクソデブが誰かに意見しようなんて百年早ーい」


 比較的成人に近い本城さんと鳴門くんはいつも午後十時近くまで教室にいる。しょっちゅう喧嘩するけど、小説には真摯だから、二人の揉め事を看過してしまったんだよな。


 何にせよ、俺は渦中にいる宰子ちゃんに事情を聞いてみたかった。


 それとなく事情を聞こうと呼び寄せるのだけど。


「……」

「? どうした急に黙って」

「父さんと、いつか一緒に暮らしたいと幼い頃から想ってたから」


 ――今の私は本望なんです。


 宰子ちゃんは童顔だったウミンをさらに若くしたような幼い容貌だった。母親譲りの黒い瞳、母親譲りの清廉な存在感、彼女は俺の子としてはデキ過ぎていた。本当に俺と血を通わせているか甚だ疑問だが控えめにいって可愛い。


 すると彼女は車椅子の俺の両足の上に座ろうとしてきて、介助してやった。


「父さん」

「何?」

「これぞ、親子のスキンシップだよね」


 彼女の台詞に、自分の幼少時代を思い返してみた。あの頃の俺はひな鳥のように父親と母親に甘えていて、正直な話、小学校を卒業した後も一回だけ両親と一緒に寝たことがある。


「当時画期的なホラー映画が流行ってて、それ観て怖くなって寝れなくてなー」

「どんなホラー映画?」

「何なら今観るか?」


 と言うわけで、弟子たちと一緒になって往年の名作ホラー映画を鑑賞することにした。聞くところによると鳴門くんや本城さんも観た試しがないらしい。こんな名作を勿体ない。


 それは呪われたビデオに纏わる物語だ。

 勘のいい人、俺と同じ時代を過ごした人ならこの時点で映画の題名が判ると思う。


「あぎぁ……! あ、あ、あ! イ――――――ヤ――――!!」


 オーバーリアクションとも呼べる悲鳴を、若子ちゃんは上げる。

 彼女は元気があって大変宜しい。

 母親譲りのスタイルの良さに、切れ長の目をした願望は男を惹きつけるだろう。


「いやぁあああああああああああ!! 来るな! く! 殺せぇええええええ!!」


 しかし、喧しいなおい。


「師匠、今日は私も泊ってっていいですか?」

「なら鳴門くんも泊っていくか?」

「師匠の望みとあれば、いいですよ」


 鳴門くんを誘うと本城さんが口うるさくなるが、微笑ましい光景だ。

 すると、先ほどの映画で一番怖がっていた若子ちゃんは次を観ようと催促する。


「……」

 俺の余生は恐らく長くないけど、この光景を、お目にかかることが出来たのは。

 本当に、またとない僥倖だと思える。


 事故に遭った後の、ウミンの変わりようや、環境の変化に、目には見えない自身の不幸を妬む時間はままあったけど、今こうして宰子ちゃんや、若子ちゃん、本城さんに鳴門くんたちと過ごす些細なひと時は、生涯忘れないとの誓いを立てるほど、大切な心の支えだったのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る