奇跡のマジ

 杉浦一騎、通称イッキは卒業後も良くしてもらった大切な友人だ。俺がニート時代のさなか、イッキは真っ当に企業に就職し、彼の呼びかけで幾度か飲み会を開いたものだ。


 彼は知り合いの中でウミンに次ぐ出世頭のように当時の俺には見えた。

 が、世の不景気が祟り、イッキの会社も経営不振で止む無く倒産したらしい。


 その後、イッキは少ない資本金を元手に起業したようだ。


 時期にして四年も前のことで、当時の俺は彼から一緒に働かないかと誘われたが、実家に残している愛猫やら、当時から追い続けていた小説家になる夢が後ろ髪を引いて結局断ってしまった。


「へぇ、そうだったんですね」

「大体それであってるな」

 今はそのイッキが運転する車に乗り込み、彼の家に向かっている。


 イッキは現在沖縄在住で、加熱し始めた沖縄興行ブームに乗った偉人だ。


 身長一八〇センチの恰幅の良さに加え、髪は清潔感溢れるリーマンカット。車のハンドルを握る彼からは、俺やウミンにはない年齢に見合った大人の雰囲気が窺えて、どうして人間はこうも違う育ち方をするのか不思議でしょうがない。


「……結婚したんだな」

「去年の春先にな。彰は? 結婚の一つでもしたのか」

「結婚が人生の目標じゃないし、俺は当分いいや。と言うか無理だ」


 自分の生活力では結婚なんて夢のまた夢。

 そう愚痴ると、イッキとトオルさんは声を揃えて笑うが。


「トオルさんは他人のこと笑えたものじゃないでしょ」

「仰る通りですが、僕は結婚したとて上手くやれる自信ありますよ」


 ぐうの音も出ねぇ。


 イッキが運転する車の窓からは、晴天下の真冬の海が見える。

 視線をちょっと泳がすとヤシの木が林立してたりする。

 さすがは沖縄、日本の中でも異国の風情を伴っていた。


 情緒溢れる景色を一瞥したあとは、イッキの家にトオルさんと二人して上がり込んだ。


「めんそーれ沖縄、でも家屋の中は意外と普通かな」

「家内は今不在してるみたいだな、後で紹介してやるよ彰」

 友人の嫁と言えど、誰かと改まって挨拶するのには緊張してしまう。


 どんな人なんだろうという未知の恐怖よりも。

 どんなこと言われるんだろうという不安の方が大きい。


「イッキ、実は俺たち、ある目的があって沖縄に来たんだ」

「っていうと?」

「人探し、名前は鈴木多羅さんと言って」

「あ、俺その人知ってるよ」

「ふーん、そうなんだ」


 鈴木多羅さんはイッキの知り合いらしい。

 俺は恍けた頭で事態を理解できず、生返事するに留まっていた。


「……え? そうなの?」

 しかし次第に理解力が追いつき始めると、数奇な現実を再確認した。


「鈴木多羅さんだろ? 知ってる知ってる」

「これは来ましたね三浦先生!! 先生の天運が尽力したかのような奇跡!!」

「彼女は飲み仲間のような感じで、行きつけの居酒屋でよく会うよ」


 マジか。

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