彼女たちのカルチャー

互いの生活があった

 彼女のために何が出来るか考えたのが、今回の導入だった。


 ウミンのことは決して嫌いじゃない、嫌いになれるものか。


 彼女は唯一無二の相棒であり、良き理解者だ。


 そんな彼女を本能の赴くままに抱く行為は、バツが悪かった。


 何の見返りも与えず、ただ彼女の純潔を穢しているだけだ。


「はぁ……今年ももう終わるのか、どうするアキ」

 彼女は掘りごたつに掛け布団を敷き、本格的になって来た冬に対策を取っている。寒さに弱いのはウミンばかりではなく、彼女が寵愛しているプリンとミカンの二匹もそうだ。

 

 仲の良い二匹は掘りごたつの中で眠りこけているだろう。


「ウミン、ここは一つ互いに打ち明けないか」

「何を?」

「生涯でこれだけはどうしても叶えたいことってないのか?」


 安直だったかなぁ……これじゃあ彼女の願いを俺が叶えるって言ってるようなもので。

 何らサプライズが足りてない。

 俺から問われた彼女は茶柱に息を吹きかけ、ゆらゆらと揺らしていた。


「生涯で、これだけはどうしても……あるような、ないような」


 と言うことは、彼女には胸の内に秘めている願望があるのだ。

 これは彼女の癖で、話を遡れば彼女と過ごした大学生時代――


 ◇


 同じ文芸サークルに在席していた俺たちは、偶々一緒に大学の図書室に向かう場面があった。彼女と並び立って歩くだけでも当時の俺は心浮かされていたと思う。


「ウミンはこのままずっと公募に出し続けるのか?」

 あの時、彼女は各出版社が主催する新人賞に作品を応募する行為に耽溺していた。

 彼女の凄い所は長編小説を月に二本は書きおろしていた特筆すべき筆の速さだ。


「しばらくは……アキは将来どうするの?」

「俺は、将来の目標が漠然としててな、何を目指そうか考え中」

「ふーん」


 お互いに互いの将来を推察していれば、次第に図書室に辿り着く。


 俺は借りたかった本がなかったため、彼女に声を掛けて部室に帰ろうとしたんだ。


 そしたら、彼女は背丈を超えるほどの本を借りようとしていた。


「こんなに借りてどうするんだよ?」

「もちろん読むんだよ」

「まるでアメリカ大統領みたいだな」


 言いつつ、彼女が抱きかかえている本の大半を持ってあげた。

 すると彼女は拙いお礼を言う、のかと思いきや。


「おい、どこ行くんだウミン」

「まだ気になってた本があるかもしれない」

「これ以上借りるのか? 冗談だろ」


 彼女は更に本を借りたいと言い、図書室を練り歩く。

 俺は嘆息を零しながら都度に聞いたんだ。

 まだ借りたい本あるのかよって。


「あるような、ないような」

「とか言いつつ本を手に取るな」


 これは大学生時代から耳にして来た彼女の口癖だ。

 彼女は自我や主張を安易に出さない性格をしているが故の、癖だった。


 可笑しなことに、ウミンが図書室に行くといつも大量に本を借りるため、学園側は他の生徒への配慮として、一度に本を借りられる数に上限を設け始めた。当時、共通の知人だった司書さんが「この規約が施設されたのは本間さんのテロ活動にも似た図書室への問題行為のせいです」と断言したのもので、彼女はそれが甚くショックだったようだ。


「でも、同居人からもいい加減にしてくれって揶揄されてたし、いい塩梅だった」

「同居人って、女子寮の? ウミンって寮生だったんだっけ?」

「私はアキと違って上京組だから、住まいは寮に頼るしかない」


 当時の俺達は互いのことを十全と理解していた訳ではない。

 俺には俺の大学生活があって。


 彼女には、彼女の大学生活があったんだ。

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