コーヒー・アンド・ストッキング12

 肌寒さで目が覚める。

 開け放たれた窓から、肌をくすぐる冷たい風が入ってきていた。秋の涼やかな足音が聞こえてくるようだ。

 凜は上半身を起こした。


「おはようございます、姫宮さん」


「おはよう、凜くん。今朝は冷えるね」


 纏は寝返りを打ち、タオルケットを身体に巻きつけた。


「そろそろ窓を閉めてから寝た方がいいですね。風邪を引いてしまう」


「うん。もし凜くんが風邪を引いたら、私がつきっきりで看病してあげる」


「それはありがとうございます」


「じゃあ、もし私が風邪を引いたら、凜くんは看病してくれる?」


「もちろんいいですよ。その時はお見舞いにストッキングを買っていきますよ」


 相変わらず纏との関係は曖昧だが、暗黙のうちに友達ということになっている。四歳も年上の友達というのも珍しいが。

 纏が反対を向いている間に着替えを済ませる。洗面台で顔を洗い、ワックスで整髪する。着替えた彼女と入れ違いになり、キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。喉の渇きが潤ったところで、テーブルの上のDVDに気付く。

 纏と一緒に鑑賞した恋愛映画だ。これは、彼女が選んでレンタルしたものだった。なかなか面白かったが、少々べたな恋愛の描写が目立った。確か、今日中に返しに行かなければならないはずだ。

 洗面台に戻ると、纏は黒髪を櫛で丁寧に梳いていた。


「姫宮さん、このDVD、今日中に返さないといけませんよ」


「あっ、すっかり忘れてた。じゃあ、コンビニに行くついでに返しに行こうか」


「はい」


 外出の準備が終わり、纏はドアノブを回した。が、ドアを開けた途端に玄関でぴたりと止まってしまった。

 纏の背後から外を覗き込んで、凜は息を飲んだ。

 玄関の前には、夏の死体が転がっていた。それは仰向けになって、虚ろな目で二人を睨みつけていた。


「蝉だ」


 纏は呆然と呟いた。

 監視されていたような、待ち伏せられていたような。一匹の蝉の死体がひどく不気味に思えた。


「夏の終わりですね」


「うん。なんだか寂しいな。せっかく夏を好きになったのに、もうお別れだなんて。凜くんともっと夏を満喫したかったなぁ。海とか花火とかお祭りとかさ」


「来年までお預けですね。楽しみができてよかったじゃないですか」


「それもそうね。さよなら、また来年」


 夏に別れを告げ、二人は蝉の死体を跨いだ。

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コーヒー・アンド・ストッキング 姐三 @ane_san

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