第12話 エピローグ

 健人と二人の生活がしばらく続いたある日、美知は以前に集めていた御朱印帳を手にする機会があった。すると、そこには健からもらった名刺が挟まれているではないか。健の消息を知る術がなく諦めていたが、まだ、大学に確認するという方法があるのに気付いた。美知は、思わず名刺に記された電話番号に連絡を取ってみた。

「こちらは島根大学です。どのようなご用件でしょうか?」

「私は、小出美知と申します。突然の電話で失礼します。実は、行方不明の者を探しています。私の家族で黒神健という者ですが、以前にそちらに勤務していたはずなのですが、ご存じないでしょうか?」

「クロカミタケルという人物は居りませんが、クロダタケルという者は在職しておりますが。」

「もしよければ、クロダタケルさんに代わっていただくことはできませんでしょうか?」

「呼び出しますので、しばらくお待ちください。」

「もしもし、お電話代わりました、黒田ですが。」

「私は、小出美知と言いますが、私のことご存じありませんか?」

「やあ、美知さん、久しぶり。どうしてた?」

「健さん、よかった。生きていたのね?」

「何言ってるの。僕は元気だよ。東京で別れてから、美知さんから連絡がないか気になってはいたけどね。」

美知は、うれしくなって思わず涙が溢れた。

「私が出雲に行って、健さんと玉造温泉にいっしょに泊まったこと覚えていないの?」

「えー、そんな楽しいことあったっけ?」

「あなたの息子もいるのよ。」

「僕の子供?」

「そうよ、あなたと私の子よ。あなたの名前をもらって健人って名付けたのよ。」

「そうだったんだ。君たちとゆっくり話がしたい。明日、東京に行くから、会ってくれないか?」

「いいわ。じゃあ、明日の十一時に東京スカイツリーのソラマチひろばの噴水のところで待ち合わせっていうのはどうかしら?」

「わかった。そうしよう。」

「ラインや電話の連絡先が消えてしまってるんですけど。」

「えっ、そんなことはないと思うよ。」

美知が、スマホを開くと、すでに健の連絡先は登録されていた。

「いや、大丈夫みたい。じゃあ、明日の十一時に。」

「了解。明日が待ち遠しいなあ。」

二人は、そう言って電話を切った。


 ソラマチは、客で賑わっていた。美知は健人の手を取り、ゆっくりとソラマチひろばに向かった。夏の終わりとはいえ、まだ、日差しが強く、子供たちが噴水に興じていた。健人もその中に入って遊んでいると、まもなく、健が現れた。

「久しぶり。美知さんも変わりないね。」

「健さんも。」

健は、やはり細マッチョを維持していた。出雲での出来事が、美知の脳裏に蘇って来た。そして、これが夢でないことを祈った。

「健人も、もうすぐ、三歳になるのよ。健人、お父さんよ。」

「お父さん?ほんとだ!うちでのこづちだ!」

健は、健人を抱き上げて、頬ずりしながら、スカイツリーを見上げた。

「健人、ごめんな。お父さん、遠くに行ってたから、お前たちに寂しい思いをさせたな。もうずっといっしょに居るから安心していいよ。」

「お父さん、お月さんにはもう帰らなくていいんだよね。健人と遊んでくれる?」

「もちろんだよ。キャッチボールだって、鬼ごっこだって、何でも、健人と遊んであげるさ。これ、プレゼントだよ。」

そう言って、野球のグローブとボールを健人に手渡した。

「ありがとう。僕もこういうの欲しかったんだ。」

健人は、グローブを手にはめて、ボールに興じている。


「健さん、ありがとう。でも、あなたが出雲の旅館から消えたときは、私は困惑したわ。」

「僕にも、何故そうなったかはよくわからないが、たぶん、タントラという即身成仏の類いじゃないかと思うんだ。」

「それって何?」

「それは、君と僕が結ばれて、僕の魂が生身のまま成仏したってことだよ。僕の魂はこれまで幽神界に囚われていたけど、君のお蔭で、生きたまま仏になって、幽神界から解放されたってことじゃないかな。」

「よくわからないけど、とにかくあなたは現世に生きる人でありながら、仏陀のように悟りを開いて、自由になったってことね。」

「まあ、そういうことかな。だから、もうこれからは、君たちのために人として生きて行けるし、急に居なくなることもないはずだよ。」

「それを聞いて安心したわ。悲しい出来事はもう沢山。私たち幸せになれるわよね。」

「もちろんだとも。まずは、籍を入れて、結婚式を挙げてみんなに祝ってもらおうよ。」

「そうね。計画を立てなきゃね。」

「僕も東京の大学に移籍するよ。いっしょに東京に住もう。」

「ありがとう。私たちのマイホームね。」

二人は、双方の両親への挨拶を済ませ、東京の郊外に住居を定めると、入籍して、健人と三人の新しい暮らしを始めた。健の両親は格式のある裕福な家庭だったが、美知と健人のことを温かく迎え入れてくれた。当然、美知の両親も賛同してくれたのは言うまでもない。そして、いよいよ結婚式の当日がやって来た。


 美知は、純白のウェディングドレスに身を包み、父親の光一と共にバージンロードを進み、健と健人の待つ場所で父の手を離れると、三人で新しい道を歩み始めた。そして、祭壇で健人を挟んで二人は愛を誓い、指輪を交換した。

披露宴でも、入場、ウェディングケーキ入刀、キャンドルサービスなど、いずれも家族三人で手を携えての作業となった。編集長の宮田は、スピーチの後、中島みゆきの『糸』を歌い、美知の友人の結衣と果歩は、木村カエラの『Butterfly』を歌い、そして、健の友人の翔太は、長渕剛の『乾杯』を弾き語りで歌い、皆で祝福してくれた。健と美知は、参列者にお礼を言って、美知が両親への手紙を読んだ。そこには、二人の不思議な出会いと別れ、健人の出産、それを乗り越えて、こうして親子三人でこのときを迎えられたこと、そして、そんな時いつも両親や周りの人が支えてくれたことなど、みんなへの溢れる感謝の気持ちが綴られていた。美知は、途中で涙に声を詰まらせながら、幸せを噛み締めていた。二人は、参列者への引き出物に副えて、勾玉のネックレスと、打ち出の小槌の絵がデザインされた財布を用意した。家族三人を交えてみんなで撮った写真には、しっかりと健と健人と美知の笑顔が刻まれていた。


この物語はここで終わりを告げることになるが、生きとし生けるものの物語は、宇宙の星々が回り続ける限り、流転して子子孫孫へと生まれ変わり永遠に続き、成仏した魂は、智慧を実践することで宇宙意志と繋がり、永遠の幸福を得るのである。

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弥生の輪廻 育岳 未知人 @yamataimichi

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