3.4 時間の相貌(2) 

「時は流れる」か?


 時間を川の流れにたとえることが多い。「時の流れに身をまかせ」と歌いながら、少しも不自然とは思わない。

 でも、ちょっと考えてみると「川の流れ」の比喩はずいぶんヘンだ。川が川であるためには、その両岸に動かない大地がなければならない。時間にそのような物があるのだろうか? 

 じつは「ある」というのがぼくの答えだ。時間の流れは、ときに早くときに遅く、あるものは山のように流れずに留まり、あるものは泡沫のように消えていくのだ、と思う。しかしそのためには、時間はいつでもどこでも均一に同じ時を刻んでいるという観念を変更しなくてはならない。だから、それまではこの「答え」を保留しておこう。

 で、「川の流れ」の比喩に戻る。

 これを書いている今も刻々と時は流れており、目をつぶっても息を止めても、時の流れを止めることはできない。時計の針を5分間止めたとしても、その間に5分が経過している(でないと5分間という意味がない)。つまり、誰もが(すべての存在物が)すでに「時の流れに身をまかせ」ているし、それ以外にないのだ。

 ここで余談。昔のTVドラマで、少年が「時間よ、止まれ」と言うと少年以外のすべてが静止し、その間に事故を未然に防いだりするというのがあった。もしそのとき、少年も含めてすべての時間が止まり、世界が静止したらどうなるか? 例えば、10時10分に時間が止まったとしよう。そしてまた10時10分から動き出すのである。その間、どのくらい時間が止まったのか、時間が止まっているのだから計りようがない。10分とも100日とも言えない。あえて言えば、時間がないのだから0秒。そして時間が止まった10時10分とまったく同じ状態で10時10分から動き出す。それって、時間が止まったことになるのか?

 では、本当に時間は川のように流れているか?

 時間はどこでも誰にでも同じ早さで流れているとしよう。例えば時速1時間のスピードで川(時間)が流れており、自分もその中にいる。自分の周囲の水も同じスピードで流れ、そこに浮かぶ他人もゴミも、目に入るすべてが同じスピードで流れている、ということは止まっているのと変わらないではないか。

 時の流れを感じるのは、明日が今日になり、そして昨日になっていくということだろう。それを川の流れにたとえるなら、前方に見える橋がだんだん近づいてきて、今その橋をくぐり、その橋がだんだん後方に遠ざかっていくことになる。そのためには橋が時間の流れから独立していなければならないが、すべてが同じ時間の流れにあるという前提に反する。橋も同じスピードで流れるなら、前方1日の距離にある橋はけっして近づくことがない(明日になってみれば、その1日後はやはり明日だ)。位置関係がすべて保たれるということは静止と同じであり、前方、後方という方向も意味を持たないだろう。距離関係だけが存在する。そして、その人のいる位置は常に今である。永遠の今だけがあり、過去や未来はそこ(今)において見える風景(パースペクティブ)ということになる。それ(過去・未来)は見える(想起や予期)だけで、その水に浸かる(経験する)ことは決してできない。

 つまり経験(知覚や行為)は常に今に属している。というよりも、本当は経験の生起する場所を〈今・ここ〉と呼ぶのだ。

 月面着陸した宇宙飛行士の「今、ここから青い地球が見えます」と言う声が数分遅れて地球に届き、管制官が「今、ここから満月が見えています」と言ったときのそれぞれの「今」がある。あるいは、タイムマシンで300年前の江戸に行ったレポーターは「私は今、江戸時代に来ています」と実況し、それを今わたしたちが聞く。(その声が私たちに届くのに300年かかるのだろうか?)

 川の流れに浸かっているかぎり、いつでも今だし、あれも今、これも今、どこでも今である。「今」がすべてである(独今論?)。だから、過去も未来も「今」にあり、時間の流れも「今」のなかになければならない。そして、それはあるのだ、とぼくは思う(それが先の答えにつながる)。「今」の中に時間の秘密のすべてがある。なので、次回は「今」について考えよう。

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