1.4 日本語に主語はない(4)

ハとガ(1)


 「あなたが好きです」は、「好きです」という述部に対して、「好き」の対象である「あなた」を補ったもの、と説明した。

 そこで問題である。英語のI love youとI like youは同じ文型だけど、日本語にすると「あなたヲ愛します」「あなたガ好きです」というように、ヲとガの違いが出てくる。「あなたガ愛します」だと意味が違うし、「あなたヲ好きです」とは普通は言わない。どうしてか? また、「好きです」を否定する言い方は?

 ついでに脱線……「好き」という言葉は結構難しい。昔、日本語学校で授業をしていたとき、「AさんはBさんを殴りました」→「BさんはAさんに殴られました」。では「AさんはBさんが好きです」→「BさんはAさんに・・・」とやって失敗したことがある)

 学校文法では助詞「ヲ」は「対象・目的」を指し、「ハ」や「ガ」は「主語」を指すとされている(らしい)。しかし、(右でみたように)そんなことはない。

 たとえば「象ハ鼻ガ長い」(古典的な文法問題として有名な例文)はどうなるのか? という問題が生じる。

 日本語文法(日本人が学校で教わる文法を「学校文法」と呼び、外国人に教える文法を「日本語文法」と呼ぶことが多い)では、「ハ」が主題を指し、「ガ」が「主語」を指す、としているようだ(少なくともぼくが日本語教師をやっていたころは・・・)。

 つまり、こうなる。「象(について)ハ(→主題の提示)、鼻ガ(長いの主語)長い、耳ガ(大きいの主語)大きい、体重ガ・・・」と、ハで提示された主題(話題)について、いくつもの述文(主語+述語)が続く。

 こうして「主語+述語」という学校文法の主語概念の一角を崩したわけだが、ぼくはいっそ「主語(という文法概念)はない」と主張したほうが論理的にも一貫性を持つと思う。

 では「鼻ガ長い」の鼻は何だ? と言われるだろう。そこでぼくは「主語」に替わる言葉として「当物」という新語を提出してみたい。つまり、「長い」という述語で言われている当の物、という意味である。

 つまりこうなる。ガ→象について「長い」と述べられている当のモノは何か?(=当物)。ハ→「鼻が長い」とは何について述べたものか?(=主題)

 例えば学生が遅刻して教室に入っている。「遅刻しました、すいません」と言って入るのが普通で「わたしハ遅刻しました」とか「わたしガ遅刻しました」とは言わない。しかし先生がその遅刻者に気づかなかった。そこで遅刻を主題にして「遅刻したのハ誰かね、手を挙げなさい」と聞く。そのときは「ハイ、私ガ遅刻しました」と手を挙げて答えるだろう。つまり「ガ」は遅刻した当のモノが「私」である、ということである。

 こういう例文はどうか? 妻の浮気現場を目撃した亭主。「こんなところを見つかったら大変」「大丈夫、大丈夫」と二人が言っているところに踏み込んだ。浮気相手がびっくりして言う「だ、誰だ、おまえは?」。そのとき「私ハ亭主だ」では「だから何だ」となるかもしれない。「ハ」は主題の提示だからである。やはりここは「私ガ亭主だ」と言わないと収まりが悪い。「浮気されている当の亭主が私である」という断固とした主張が必要だ。

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