第29話 遥かなる時を超えて、隻腕の怪物は荒野に目覚める

 この一週間、騎兵隊はギリギリのところでアバドンと戦っており、前線を押し上げることも切り込む事もなかった。それが今回突然アバドンに対して圧勝をして見せて前線を押し上げてきたのだ。

 この報告を部下から聞いたレッド・キャベンディッシュは怒る事も悔しがる事もなく、ただ「フッ」と微笑んだ。


「おもしれぇ、手応えなくてつまらねぇと思ってたところなんだ。その棺桶の機械人形とペンギン野郎は俺様を楽しませてくれそうじゃねぇか」


 レッドは椅子から立ち上がって歩みを進める。

 洞窟の中に作られた拠点にはアバドンが押し込められている。これらは奥にある巨大な物体が生み出しており、まだまだ余裕があった。

 レッドは洞窟奥へ向かい巨大な物体の発掘現場まで行く、そこには小汚い服に身を包んだ眼鏡の壮年男性がいた。彼は元々ここの発掘現場を担当していた学者であり、名前をグラニーといった。


「ようグラニー、発掘はすすんでるか?」


 レッドはまるで友達に挨拶するような気さくさで話しかける。

 対するグラニーはまるで親しい友に出会えたような笑顔をむけて「キヒヒ」と不気味な笑い声をあげた。


「こぉれはこれはキャーベンディッシュさんじゃぁないですかぁ、グヒヒ、もうじゅぅんちょうですよぉ、あと一時間もいりませぇん」

「相変わらず腹立つ喋り方だな、まあいいさ。終わり次第そいつを起動させてくれ。かつて世界を破滅に追い込んだ兵器を見られるなんざ最高だからな」

「えぇそれはもぉちろん。あぁばれますよぉ」

「おう、じゃあ俺様はそれまで遊んでるからよ」


 ヒラヒラと手を振ってレッドはその場を後にする。

 後に残されたグラニーはヘラヘラした表情をキュッと引き締め、冷たい瞳でもってレッドの背中を刺すように見つめる。


「期待には沿えますよ、ただしあなたには死んでもらいますが」


 キヒヒと不気味な微笑みを捨てるようにあげ、彼は発掘に精をだした。


――――――――――――――――――――

 

 レッド・キャベンディッシュが現れたという報告が上がったのは先の戦闘から僅か二時間後であった。


「もう親玉の登場か」

「行くぞヨハン」


 早速前線へ、親玉というからにはアバドンを大量に引き連れているのだろう。と思いきや、意外や意外、なんとレッド・キャベンディッシュ一人だった。

 機械人形にも乗らず、単身でこちらへ向かっているのだ。


「どう思う? スコッチ」

「ただの馬鹿か、降伏しにきたか」

「どっちも違ってそうだな」

「あぁ、何か策がある」


 レッドは丘陵地帯の真ん中で止まり、大声を張り上げた。


「俺様はぁ!! レッド・キャベンディッシュだ!!」


 それなりに距離があるのに、ハッキリ耳に入る程の大ボリューム。


「アバドンを! 倒したという! 棺桶野郎! ペンギン野郎! 俺と戦え!!」

「どうやら俺達と夜の遊びがしたいらしい」

「いやだねぇ、俺考古学者だから暴力は苦手なのに」


 と言いつつ二人は前に出る。何だかんだ血気盛んなのだ。

 ご指名とあらば承ろう。


「よお、俺が棺桶野郎のヨハンだ」

「そして見ての通り私がペンギン野郎のスコッチ」


 二人並んで自己紹介。念の為ある程度距離は保つ、勿論召喚銃は手に握ったままだ。


「ほう、なるほど理解したぜぇ。確かにお前ら相手だとアバドンでは役不足だな」


 何故そこで理解したのかヨハンにはわからなかったが、次の瞬間その意味を嫌でもわかることとなる。

 レッドは腰のガンベルトから銃を抜いて上に向けた。その銃はヨハンもスコッチも見覚えのある銃で、今も尚手に持っている召喚銃と同じ物だった。

 信じられず一度自分の銃を見たほどだ。


「まさかあいつもフロンティアシリーズを持ってるのか!」

「ヨハン! こちらもだすぞ!」

「おう!」


 レッドが引鉄を引いてすぐ、ヨハンとスコッチも同じ様にして召喚銃を撃って自分の機体を呼び出す。

 最初に降りてきたのはレッド・キャベンディッシュの機体、真っ赤に染まったカラーリングに人型、背中に剣を三本背負っている。頭は少し尖っていて鳥のようであった。

 そしてその風貌には見覚えはないが、ある物を連想させた。クリス・アダムスの日記にあったローンレンジャーの風体にそっくりなのだ。

 遅れてペイルライダーとペンギンダーが降りてきたので素早く搭乗する。


『おいおい、まさかまさかその機体、ローンレンジャーとか言わないだろうな』

『あ? なんで俺様の機体の名前を知ってんだ棺桶野郎』


 最悪である。クリスの記述によればローンレンジャーはペイルライダーとは相性が悪い、まともに戦えば致命傷は避けられないかもしれない。


『下がってろヨハン、あいつの相手は私がする』


 確かに同じ近接機なら勝負にはなるかもしれない。

 言われた通り後ろに下がって見守る事にする。


『ほう、俺様の相手はペンギン野郎か』


 剣を一本引き抜いて振りかぶった。ペンギンダーはローンレンジャーの上段からの斬り下しをステップで躱し、更にリズミカルに二回跳んでローンレンジャーに体当たりをする。

 バランスを崩して倒れるが、受身をとって直ぐに起き上がって剣を構える。

 流石は盗賊の頭目、戦闘能力は高いらしい。

 ペンギンダーは鰭からブレードを出して切りかかる。それをローンレンジャーは剣で一つずつ丁寧にさばいてから隙をついてペンギンダーの脇腹当たりを切り裂くが、表面にかすり傷がついたぐらいで大したダメージにはなってない。

 体勢が悪く、切っ先に思うような力が込められなかったのもあるが、それ以上にペンギンダーの装甲が異常に硬かった。


『何だてめぇの装甲! 馬鹿じゃねぇのか!?』


 正直ヨハンもそう思ってる。

 レッドはペンギンダーの硬さには恐れをなすが、しかしそれでくじけるような慎ましい精神力ではないらしい。


『ハッハッハ! どんだけ斬ればぶっ壊せるんだあ!?』

『さあな、あと一回で済むといいな』


 一回どころか二回三回と何度も剣で切りつけていくも、決定的なダメージには届かない、それどころか所々でペンギンダーがカウンター仕掛けてくるので累積ダメージはローンレンジャーの方がでかい。

 だがそれでもレッドの楽しそうな声は変わらない、またあれだけ弾かれても剣は刃毀れ一つしていないのだ。ペンギンダーの装甲も恐ろしいが、ローンレンジャーの剣もまた恐ろしい。


 言わば最強の剣と最強の鎧が戦っているようなもの。決着は中々付きそうになかった。

 誰もが固唾をのんで見守る中、ふと、ヨハンはある悪巧みを思いついた。

 どうせみんなペンギンダーとローンレンジャーの戦いに見入っているのなら、その隙に盗賊のアジトを攻撃すれば良いのではないか、幸いにもペイルライダーのカラーリングは濃い青で夜になった今なら見えづらい、静かに移動すればバレない可能性がある。

 流石に棺桶を持ったままだと目立つのでこれは置いていく。


『スコッチ、俺はこの隙にアジトの方叩く』

『セコいな』


 なんとでも言え。

 意図がわかればあとは簡単だ。ペンギンダーが上手いこと死角になるよう立ち回ってペイルライダーの動きを見えづらくさせてくれる、その隙に移動である。

 丘陵地帯なのが助かった。盛り上がった丘や坂を利用して姿を隠しながらアジトである洞窟に辿り着く。


「思ったよりスムーズに入れたな」


 銃を構えながら慎重に中へ、洞窟の中だと射撃はやりやすい。流石にロングバレルのライフルだと難しいが、ショットバレルのライフルなら狭い洞窟内でも取り回しやすい、いざとなれば鈍器にもなる。


「さあて何があるかな」


 洞窟の中に進むと、まず最初に格納庫代わりになってる広場に出た。そこにはギッシリとアバドンが詰まっており、おぞましい事この上ない。しかし十機しか収まっていない、それどころかこの十機で一杯一杯だ。

 とても六十機のアバドンを格納できるスペースはない。

 強いていえばアバドンの後ろに通路のような物がみえるが、はたしてこれが何なのかはわからない。


「どうなってんだ? つか他の盗賊はどこだよ」


 盗賊団は小さいながらも百人近い人数がいると聞いている、これはヴァージニアからも聞いた話だが、アバドンは無人機なので百人の盗賊は全員無事な筈なのだ。


「行くしかないか」


 と言ってもペイルライダーで行けるのはここまで、この格納庫より後は降りるしかなかった。

 まず格納庫を抜ける。見張りはいない。隣の部屋に入る。誰もいない。洞窟ゆえか一本道の通路を歩き進めながら、見かけた部屋に片っ端から入るのだが、やはり誰もいない。

 そして通路の奥の部屋、そこは他と違って本や紙のファイルが大量にあった。


「資料室?」


 興味を惹かれたヨハンは誘われるまま棚を物色、そこにはこの地の地形に関する記述や、歴史、過去に掘り出された物の記録が収まっていた。間違いなくこれは学者の物だ。

 ただの盗賊が学者のような事をしているのは何故か、やはりここにはアバドン以外にも何か眠っているのではないか、そう仮説を立てることができる。


「ふむ、じっくり調べたい所だけど今は無理だな」


 ペンギンダーもいつまでローンレンジャーをくぎ付けにできるかわからない。

 早目に済ませないと、棚を調べ、やけに高級そうな机の引き出しもみる。拳銃が入っていたので貰っておく。

 一番下の引き出しを開けようとすると、鍵がかかっていて開けられなかった。


「あらら、でもこの手のやつって鍵かけてもあんま意味ないんだよな」


 上の引き出しを全て抜き取り、下だけ残った状態にする。それから銃底で仕切り板を破壊すれば完璧である。

 悠々と一番下の引き出しに入っていた物を取り出して電灯の下に晒してみれば、思わずギョッとなった。

 それはヨハンとスコッチが召喚銃を手に入れた時に傍にあった箱、クリス・アダムスの日記が入った箱に瓜二つだったのだ。


「いや、そうか。レッド・キャベンディッシュが召喚銃持ってるなら、合わせてこいつも持っていて不思議じゃない」


 とりあえず開けたい所だが、今は夜なので不可能だ。と思ったら引き出しの中にクリス・アダムスの日記と思しき書類の束があった。

 既に開けていたらしい。


「たまたま開けられたのか?」


 それはひとまず懐にいれて持ち帰る事にする。ヨハンは資料室を出て更に洞窟の奥へと向かった。

 最奥はまた開けた空間だった。さっきまでとは違いここからは生活音、というより作業音がそこら中から響いている。どうやら盗賊団は全員ここで発掘作業をしていたから静かだったのだ。

 端的に言えばそこは発掘現場だった。掘り出して居るものは巨大な人型、おそらく二百メートルはあろう。ヨハンの位置では全体像を見られないが、巨大な人型には右腕が欠如していた。

 その時脳内に浮かぶのはマーシャル遺跡で見つけた巨大な腕。


「まさかこれ、巨大物体」

「何者だ!」

「ちっ」


 見つかった。ここまで静かだったゆえ油断してしまった。

 踵を返してヨハンはペイルライダーの元へと向かう。一本道ゆえ直ぐに盗賊達が追いかけてくるが、何とか格納庫に辿り着いてペイルライダーに乗り込んだ。


『あばよ』


 立ち去り際にアバドンに向けて銃を乱射、十機のアバドンを活動不能にしてから洞窟をでた。


――――――――――――――――――――

 

 ヨハンが逃げた後の発掘現場にて。

 盗賊団の一人がグラニーに話しかける。


「起動準備、整いました」


 その瞬間、グラニーの顔が破顔する。「キヒヒ」と不気味に笑いながらグラニーは巨大物体クロースの元へ、入口から中へ入る。

 反対に盗賊達はクロースがよく見える場所へ移動した。


「あぁ、久しぶりだねぇ我が子。あの時は無惨にやられてしまったけど、ローマの時のようにたくさん暴れようねぇ」


 その言葉は誰に向けて言ったのか。グラニーがクロースのコアに触れると、コアが淡く点滅を始めた。合わせてグラニーの身体が徐々にコアの中へ沈んでいく。


「なるほど、そうか。君達は人間を取り込むという事を覚えたのか。素晴らしい。それでこそ作った甲斐があるというもの」


 グラニーはかつてNASAで働いていた。そしてある日、南極海で成長していたメテオライトを十二人の仲間と共に回収し、巨大物体を作り上げた。それらは造物主の手を離れて勝手に暴れ回り、挙句造物主を殺そうともした。

 グラニーはそれを巧みに躱し、時には捕まってあえて巨大物体にとって不利な情報を流したりと世界を引っ掻き回していった過去がある。

 最終的に脱走し、コールドスリープ装置で二千年の眠りに着いたわけである。


「さあ目覚めるのです、そしてまた楽しく暴れよう。ボクと一緒に」


 二千年の時を超えて、巨大物体クロースが動き出す。

 自分の身体をおさえつけている岩盤を無理矢理こじ開けるようにして起き上がる。真っ先に犠牲になったのは様子を見ていた盗賊達だった。

 彼らは逃げ遅れてしまい、崩落する洞窟に飲み込まれて次々と押し潰されていく。

 盗賊団はこうしてあっけなく壊滅した。

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