第38話 「かんぱーい。」

 〇桐生院知花


「かんぱーい。」


 18時にカプリ集合。

 の前に…

 あたし達は、全員で映君のお嫁さん、朝子ちゃんのお見舞いに行った。


 志麻さんの妹さん…って事で…

 あたしは少し、肩身が狭い気がしたんだけど。


「咲華さんが幸せそうで良かったです。」


 顔半分に包帯を巻いた朝子ちゃんがそう言ってくれて、救われた。



「みんな明日からどんなスケジュールなの?」


 瞳さんがそう言うと。


「本当に行き当たりばったり。」


 麗が首をすくめると同時に、鈴亜ちゃんと瑠歌ちゃんと世貴子さんも『ね』って顔を見合わせた。


「聖子は?」


 隣で大きな肉と格闘中の聖子。

 聖子って…お肉が似合うなあ(笑)


「あたし達も行き当たりばったりみたいなもんよね。瞳さん。」


 あたしの問いかけに、お肉をもぐもぐと食べながら。

 聖子は手にしてるフォークをソーセージにグサッと刺した。


「最初からさほどプランなんて立ててなかったのよ。朝子ちゃんのお見舞いついでに、どこかふらっと行ってみようかって。知花ちゃん達は?明日からどうするの?」


「明日は咲華の所に行くけど、あたし達もこっちでの行きたい場所は回ったから、あとは…千里のプランに任せる感じ。」


「ふふっ。結局はみんなノープランなのね。」



 みんなで美味しい物を食べて、あたしは少しだけワインも飲んで…

 カプリに三時間も居座った。

 音楽の話は全然出なくて。

 ただ、夫と子供達と、孫の話をする時間。

 何だかそれはすごく…自分が歌う人間だって忘れてしまいそうになる時間だった。


 次はどうする?って話になって。

 何となく…Lipsは男性陣も行きそうだなと思って言わずにいると。


「あたしの泊まってるホテルのバーに行く?」


 って、瞳さんが提案してくれて。

 意外とみんなノリノリで…ホテルに向かった。



「今更だけど…最年長から、挨拶させてもらっていいかしら。」


 ホテルのバーに着いて、夜景を見渡せる席に座って。

 お酒が全員に行き届いてから…世貴子さんが言った。


「今までメディアに出なかったSHE'S-HE'Sが、いよいよ世界に出る事で…本人達もだけど、あたし達も生活環境が変わるかもしれない。」


 その言葉に、今までワインで少し気分良くなってたあたしは…

 酔いから醒めたし、背筋も伸びた。



「だけど、何も心配しないで。」


 世貴子さんは、あたしと瞳さんと聖子に向かって。


「あたし達は、SHE'S-HE'Sが世界に出る事、楽しみで仕方ないから。」


 笑顔で言ってくれた。


「そうですよ。今まで…あたし達家族との時間を大事にしてくれた分も、これから世界で暴れて下さい。」


「瑠歌ちゃん…」


 隣に座った麗が、頬杖をついてあたしの手を握った。


「そうよ。姉さんは存分に歌って、寝言みたいな幻説を吹き飛ばしてくれたらいいの。」


「…麗…」


「あたし達、みんな都合ついたらツアーにも同行しちゃうかもしれないし、それはそれですごく楽しみにしてて。」


「そうそう。楽しみ。」


 鈴亜ちゃんと瑠歌ちゃんが、顔を見合わせて笑って。


「あたし達の夫、どうよ。って、威張れちゃうなんてね。」


「ほんとほんと。」


「あたしなんて、夫と姉がいるんだもん。」


「こんなに応援されちゃうなんてね…そりゃあもう、腹括らなきゃね。」


 瞳さんは腕組みをして夜景を眺めてた視線をあたしと聖子に向けて。


「不安なんて、SHE'S-HE'Sが結成されて今日までの事を思うと、なんて事ないんじゃないの?」


 きっぱりと言った。


 …結成されて、今日までの事…


「いつだって、みんなで助け合って頑張って来たのよね?辛い事も苦しい事も、あのメンバーなら大丈夫って超えて来たのよね?」


 …そうだ。

 渡米して、あたしの妊娠が分かった時も。

 みんなが…助けてくれた。


 朝霧さんから色んなダメ出しをされた時だって、みんなでセッションもディスカッションもたくさんして…

 幻説が出て、本当はみんな悔しかったはず。


 実在するアーティストが話題集めでやってるんだ…って言われて。

 それでも、自分達が選んだ道だから…って、スタンスを変えずにレコーディングをして、発表して…沈黙を守り続けた。



 みんなの言葉が嬉しくて、涙を我慢してると唇が尖ってしまって…

 麗が、そんなあたしの頬をツンと突いて…


「姉さんの事だから、義兄さんと離れると寂しい~って不安定になっちゃうのかもしれないけどさ…義兄さん、ほんっとに姉さんの事大好きでたまらないんだから。義兄さんのためにも寂しさは超えてよね。義兄さんの自慢の奥さんなんだから。」


 そう言った途端…我慢してた涙がこぼれてしまった。


「何か怖いって思ったら、みんながいるって事、しっっっっかり思い出して。」


 瞳さんが聖子の肩を抱く。


 …そうか…聖子も不安だったんだ…

 だから、あんなにあたしに抱き着いて…



「…ありがとう…」


 あたしは立ち上がって、みんなにお辞儀する。


「もう…不安になんてならない…」


 麗の手を握ったままでそう言うと。

 みんなも…潤んだ目のまま、頷いてくれた。

 すると、聖子もあたしの隣に立って…無言で頭を下げた。


 …あたし達…

 大丈夫だ。



 もう…何も怖くない。




「…見てよこれ。」


 バーで飲み始めて一時間が経った頃。

 瞳さんが、スマホを片手に首をすくめて言った。


「夫達、ストリップに行ってたみたいよ。」


「えっ!?」


 瞳さんが差し出したスマホの画面には…千里のインスタグラム。

 SHE'S-HE'Sの男性陣が、千里とアズさんと京介さんと里中さんに顔を隠されて…

 後、五人…知らない若い男性と一緒に写ってるんだけど…


「どうしてストリップ?」


 聖子が眉間にしわを寄せてそれを眺めてると…


「後ろの看板。」


「……」


 本当だ。

 里中さんの後ろに少しだけ入り込んでる看板に…『Strip』の文字…


「……」


 何となく…あたし達全員が黙ってしまうと。


「京介、ちゃんと楽しめたのかな…」


 聖子が眉間にしわを寄せて言った。


「圭司は喜んでそうだわ。」


「お兄ちゃんはともかく、まこちゃんがストリップ…」


「確かに…光史と陸さんは喜んで行きそうだけど、まこさんとセンさん…」


「誰がこんなとこに誘ったのよー!!」


「う…麗、落ち着いて…」


「ま…まあまあ…可愛いじゃない。この歳になって、みんなでストリップに行くなんて。」


 世貴子さんがなだめてくれたけど、麗の怒りが収まらない。

 あたしはー…何となく、微笑ましいって思ってしまったけど…

 以前だったら、嫌だなあって思ってたかもしれない。


「じゃ、目には目をって事で…あたし達も行っちゃいます?」


 そう言ったのは…瑠歌ちゃんだった。


「…ストリップに?」


「そう。男性ストリッパーが踊りまくるお店。」


「……」


 あたしと麗は口を真一文字につぐんで、目を見開いた。


 男性ストリッパー…

 …裸の男の人が踊るお店…


「…そ…そんなお店…瑠歌ちゃん…」


 あたしがしどろもどろに言うと、瑠歌ちゃんはサバサバと。


「昔あたしがバイトしてたお店の店長の息子が、ストリップクラブを経営してるの。」


 セロリを食べながら言った。


「……」


「あっ、あたしがバイトしてたのは、ベーカリーショップよ!?」


「男性ストリッパーって、全部脱いじゃうの?」


 瑠歌ちゃんのバイト先なんて気にしてなかったかのように、聖子が興味津々な目で問いかける。


「脱いじゃうんじゃないかな。」


「近くなの?」


「タクシーで10分ぐらい。」


「怪しいお店…?」


「女性限定だし、警備もちゃんとしてるって。」


 やたらと詳しい瑠歌ちゃんに。

 たぶんみんな…『行った事あるんだな』って思ったはず。


 あたしと麗がパチパチと瞬きしながら顔を見合わせてると。

 瞳さんと聖子と…世貴子さんと鈴亜ちゃんは。


「行こう行こう!!」


 張りきった様子で立ち上がった。





 …行くのー!?





 〇神 千里


「いらっしゃーい。」


「あーっ!!んあっ!!んばっ!!」


「よお。」


 玄関のドアが開いてすぐ、咲華の腕に抱かれてたリズが俺に手を伸ばした。

 いつも可愛いリズだが…数日会わなかっただけで大きくなった気がする。

 相変わらずよく食ってよく寝てるんだろうな。



「…母さん?どうしたの?」


 俺の後ろでどんよりとしてる知花に、気付いた咲華が声をかけたが。


「う…ううん…何でもない…」


 知花は二日酔いで痛む頭を抱えて、ゆっくりと俺について玄関に入った。



 夕べ…俺達はLipsで調子に乗り過ぎて…朝方まで飲んで歌っての大騒ぎ。

 ショーンが気を利かせて店を閉めてくれてたおかげで、存分に楽しめた。

 ただ…環さんは途中で帰っていたが。


 妻会の方はと言うと…


 俺が帰った頃には知花はベッドでうつ伏せになっていて。

 ひたすら唸っていた。

 飲み過ぎたのか?と聞くと、飲み過ぎたし衝撃的過ぎた…と、訳の分からない事を言った。

 何が衝撃的だったんだと聞いても答えないし、今朝、瞳に電話してみると…



『あー…刺激が強かったのかしらねえ』


 どうやら俺のインスタを見て、妻会も男性ストリップを見に行ったらしい。


「どう刺激が強かったんだ。」


『んー…知花ちゃんと麗ちゃん以外は、超盛り上がっちゃったんだけどねー』


「桐生院家の女達には、強烈過ぎたって事か。」


『超イケメンのナイスボディー達が、席まで来て腰振ってくれたのよ』


「……全裸か?」


『ショーが始まってからはね』


「……」


『何だか違う生き物じゃないかしらって思うようなモノ見せられて、あたし達は大ウケだったけど、二人は白目向いてたわよ』


「…ま、これで俺達は誰も責められる事はないだろうから…サンキュ。」


『言っとくけど、提案したのはあたしじゃなくて瑠歌ちゃんだからね』


「…朝霧に礼を言っておく。」


 違う生き物と思うようなモノって何だ?と、小さく鼻で笑いながら。

 イケてる男達のLINEに何か反応がないか待ってると…


 アズ『奥様達…かなりフィーバーしちゃったみたいだね…』


 京介『何だ?何があった?』


 アズ『あれ?京介聞いてないのー?』


 京介『なぜか朝から俺を見て鼻で笑う…』


 陸『うちのは撃沈してますが…』


 早乙女『うちの嫁さん、楽しそうに話してくれたけど、俺がちょっと衝撃で…』


 まこちゃん『内容までは言わないけど、うちの奥さんも楽しかったみたいです』


 里中『何となく察し(笑)』


 朝霧『…すみません』


 俺はそれらを見て。


『負けるなよ』


 Deep Redスタンプを送った。

 すると、どういう意味だの、負けてないだの。

 俺のスマホはしばらく賑やかだった。




「大丈夫?母さん。そんなので料理出来る?」


 咲華が眉間にしわを寄せて、知花に冷たいレモネードを作った。


「ありがと…」


 知花はレモネードをコクコクッと飲むと。


「…大丈夫。何もかも大丈夫。」


 そう言って顔を上げて笑った。


 ふっ…。



 どんな衝撃を受けたのかは知らないが…

 女ばかりでの飲み会は、少しは知花の力になったようで。


「楽しかった。」


 知花は、多くを語らなかったが…それは何度も繰り返した。

 笑顔で。



 夜には帰って来た海も交えて、久しぶりに知花の作った飯を食って。

 翌日はのんびりして…その後のプランを立てた。


 誓のアート展に行くと、そこでも陸と麗に会って。

 久しぶりに、誓と乃梨子と六人で飯を食った。


 その後、陸たちは帰国したようだが…俺と知花はイギリスの事務所訪問をして、その後イタリアに行って俺の両親の家に二泊した。


 それから…急に海に行きたくなった俺は…残りの休み全部をモルディブで過ごす事にして。

 知花に水着を買って、二人で泳いだりもした。


 最後の最後に新婚旅行らしくなった気がする。



 とにかく、二人でたくさん写真を撮った。

 目隠しをしてインスタに載せる物と、何も隠さずに…二人で頬を寄せ合っての物と。

 知花とのインスタには、毎回何万という『いいね』がついて、読み切れねーコメントも書かれた。

 俺はいつもそれらを読まないが、浜辺でのんびりしてる間に、知花が俺の隣で眺めて小さく笑ったりする。


「何だよ。」


「神千里、ギャップ凄すぎるって。」


「そーか?俺はいつも自然体だけどな。」


「笑顔が増えたなって思うよ?」


「…それは、おまえのおかげ。」


 知花の頭を抱き寄せて、幸せを噛みしめる。



 帰国したら…仕事が山積みだ。

 考えるだけでうんざりだが、始まってしまえばそれも楽しみでしかない。


「この写真の千里、華音の横顔とそっくり。」


「俺のがいい男だ。」


「ふふっ。もう…」


 こうして俺と知花の新婚旅行は、抱き合って笑って歌って…の、濃い旅となった。



 新婚旅行後半と大晦日まで続いた甘い甘い話は…



 …聞きたいか?




 俺は自慢したいばっかりだが…



 知花がいいって言ったら、教えてやる。




 それまでは…まあ…



 苦しい事が続いた時にでも、思い出すとするかな。





 44th 完

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 えー!!ここで終わり!?な感じですよね…ごめんなさい!!


 さくらちゃん、何しに行ったのー!!←


 この続きやスピンオフは、また違う回で…。


 44th、ありがとうございましたm(_ _)m

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いつか出逢ったあなた44th ヒカリ @gogohikari

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