第36話 「美味しい。」

 〇神 千里


「美味しい。」


「確かに美味いが、俺はそろそろおまえの飯が食いたい。」


「…嬉しい事言ってくれるのね。」


「本心だぜ?」



 結局、ソファーでイチャイチャした俺達が飯にありつけたのは…

 着替えて食いに行くか。って言ってから三時間後だった。


 まあ、腹が減ろうが眠たかろうが。

 知花のメンタルを修正するためなら、なんでもする。



「咲華に連絡して、また近い内に行こう。」


「そうね。リズちゃんにも会いたいし。」



 知花がシャワーをしてる間に、まずは陸と早乙女に連絡をした。

 朝霧とまこちゃんは電話に出なかったが、陸から連絡を回してもらう事にした。

 今夜か明日の夜、予定を空けろ、と。


 それから、瞳に連絡をして…知花と聖子がメンタル的に弱ってる話をした。

 瞳は大昔ではあるがメディアにも出ていたし、ステージも数こなしている。

 SHE'S-HE'Sには途中加入だし…さほど気にしてないだろうと踏んでの人選だったが…


『そうよね~。いくら肝が据わってるとは言っても、プレッシャーも半端ないはずよね。お察しの通り、あたしは楽しみでしかないから任せて。可愛い妹達のためなら、なんでもするわよ』


 …間違いなかった。


 さすがだな。



「……」


 連絡が来た。と思ってスマホを見ると陸から。


『今夜全員空けました』


 よし。


『りょうかいですにゃ(スタンプ)』


 スタンプを陸に返して、瞳に。


『今夜決行』


 とLINEした。


『わー、千里から文字来た(笑)』


『じゃ、女性陣には連絡回すわ』


『ありがとにゃ~(スタンプ)』


 そしてすぐさま。


『咲華、明日の昼か夜、家に行っていいか?知花の飯が食いたい』


 そうメールをした。

 メール。

 なぜなら…咲華はLINEをやめた。

 おかげでスタンプが送れない。


 スマホをテーブルに置きかけると…


『わーいヾ(*´∀`*)ノあたしも母さんのご飯食べたーいヾ(*´∀`*)ノ』


 すぐさま返信が。


『じゃあ昼飯を』


『えー。夜にして。そしたら海さんも帰って来れるから』


 …仕方ねーな。


『じゃ17時に』


『えー?15時頃来てー』


『…分かった』


 あまりにも俺がスマホをいじってるのが気になったのか、知花が首を傾げて俺を見た。


「…ああ、悪い。咲華に連絡してた。」


「あっ、早速?」


「17時に行くって言ったら、15時にしてくれってさ。」


「ふふっ。お茶からって事ね?」


「だな。」


「嬉しい。楽しみ♡」


 知花は明らかにウキウキした様子になって、サラダを取り過ぎなほど皿に盛った。

 すると…


「あ、あたしにも咲華からかな?」


 知花がスカートのポケットからスマホを取り出した。


「……」


 ディスプレイを見て少し固まってるこれは…

 たぶん、咲華じゃなくて瞳からだな。


 俺は知らん顔をしてサラダを食べる。


「何だろ…瞳さんから、LINEのグループに招待された…」


「…へー。何のグループだろーな。」


「…世界的有名バンドの妻グループ…」


「ふっ。何だそのネーミング。」


 瞳。

 いい仕事してくれるぜ。


 そう思ってると…俺にもLINEが来た。


「…俺もアズから来たぜ。『世界的にイケてる男達グループ』への招待が。」


 スマホを見せながら言うと。


「…何だか…すごく濃くて楽しい新婚旅行。」


 知花は俺が見たかった笑顔になった。





 〇東 瞳


「圭司、グループ作った?」


「うん。今みんな招待した。」



 お昼前に千里から電話があった。

 知花ちゃんと聖子が…メンタル的に弱ってる。って。

 夕べあんなにカッコいいステージをこなしたのに…知花ちゃんはともかく、聖子までなんて、ちょっと意外だったけど。


 …打ち上げで飲み過ぎてたのは、そのせいなのかしらね。



「…圭司、あたしがメディアに出るの、心配?」


 スマホを持ったまま問いかけると。


「え?なんで?」


 予想通り…キョトンとした顔であたしを見る圭司。


 だよね。

 何の心配もしてないよね。

 圭司は、あたしがバックボーカルって立ち位置でも…歌う事を喜んでくれてるものね。


 SHE'S-HE'Sのバックボーカルは…めちゃくちゃ厳しい。

 キーも高いけど、複雑な旋律。

 常に喉にも体調にも気を使ってる。

 ま、お酒はたくさん飲んじゃうけどね。



「わー、みんな暇なのかなあ。すごいスピードで全員参加だよー。」


 圭司がソファーで足を組んで笑った。

 あたしは隣にドサリと座って。


「どれどれ。」


 圭司の手元を覗き込んだ。


「…瞳、いい匂いがする。」


「何もつまみ食いしてないわよ。」


「そうじゃなくて。シャンプー?香水?」


 圭司があたしの頭や首元に鼻をくっつけて、くんくんと匂いを嗅ぐ。


 あー、もう。

 くすぐったい。


「香水。一昨日圭司が買って来てくれたやつよ?」


「えー、こんな匂いだったっけ。」


「そうよ。」



 圭司は…ほんと、優しい。

 時々とんちんかんな事言うし、いつもふざけてるように思われがちだし(実際ふざけてる事が多いんだけど)、悩み事なんてないんじゃないかなって思うほど能天気だけど…


 とにかく、優しい。


 結婚して26年だけど…あたしたぶん一度も圭司に怒られた事ない。

 それが反対に物足りなく感じた頃もあった。

 …若かったのね、あたしも。


 そんな事で愛を計るわけじゃないけど、本気であたしの事愛してるの?って言った事はあった。

 絶対、腹が立つこと、多々あったはずなのに。って。


 すると圭司は…


「腹が立った事なんて一度もないのに、なんで怒らなきゃいけないのー?」


 悲しそうな顔をして、そう言った。



 超人見知りの京介さんとは正反対の、超、人好きで。

 あたしなんて、人の好き嫌い激しかったりするけど…圭司は誰の悪口も言わない(たぶん)。

 あたしの事も、結婚当時からずーっと…誉め続けてくれてる。


 そのおかげでなのかなー…

 あたし、自分磨きは怠っちゃいけないって思ってるもんね…。


 千里みたいに鋭いカッコよさみたいなのはないし、変人って思われがちだけど…

 圭司は…

 世界一懐の深い男なのよ。



「女の子達はどこ集合?」


 女の子だなんて。

 もう、おばさん集団だって言うのに。

 圭司は年上だろうが年下だろうが…

 女の子はみんな可愛い。なんて言う。


 …確か、母さんの事も可愛いって言って、よく叩かれてたっけ。

 母さん、まんざらでもなかったクセに。



「あたし達はカプリにしようかな。」


「あー、みんなおかわりして食べてたよね。ソーセージとアヒージョとチーズ。」


「…よく覚えてるわね。」


「みんな可愛かったから。」


「……」


 ニコニコ。

 圭司はいつもニコニコ。


 あたしがじっと圭司を見てると。


「ん?」


「ううん。圭司、いつも楽しそうだなって思って。」


「うん。楽しいよ。」


「そっか。」


「瞳は楽しくないの?」


「楽しいけど?」


「けど?」


「楽しい。」


「じゃ同じだ。」


 ギュッ。


「……」


 珍しく…抱きしめられた。


 正直…千里と知花ちゃんを見てると、何でこの二人はいつまでもこんなにラブラブなの!?って…

 鬱陶しい気持ちも多少あるものの…不思議な気持ちと、あとはー…羨ましい気持ちもある。


 圭司は優しいけど、ほんっっっっっっとに淡泊と言うか…

 昔から、あまりくっついて来ない。

 だから…

 たまにこんな事されると…



 ……照れる。



「…瞳、いい匂い。」


 あたしを抱きしめて、耳元でそんな事をつぶやく圭司。


 圭司の胸に顔を埋めて…


「…こうされると、癒される。」


 ちょっと…素直に言ってみた。




 〇神 千里


 アズ『女の子達はカプリで待ち合わせみたいー。俺達どこにする?』


 京介『女の子って言い方やめろよ…』


 早乙女『事務所のロビーとか』


 まこちゃん『セン君の見事なスルーに笑ってしまいました…事務所だとオマケがついて来そう』


 陸『オマケあり得る』


 朝霧『お任せします』


 アズ『神がインスタに載せてたお店は?』


 陸『いいっすねー』


 アズ『あ、それと、映は誘ってないから。朝子ちゃんの付き添いしていたいだろうし』


 アズ『妻会の方も、朝子ちゃんは招待してないから妥当だよねー』


 京介『諸々決めてから回せよ』


 アズ『えー?みんなで話し合うためのグループじゃないのー?』


 アズ『あ、せっかくだから健ちゃんも誘う?』



 グループでのやり取りが始まったが。

 打ち込むのは、ほぼアズ。


 そして…里中を誘うかって話題で…全員が返信しなくなった。


 京介は嫌なんだろーな。

 SHE'S-HE'Sは…里中が知花に惚れてたのを知ってたんだろうし。

 俺に気を使って返信しないのかもしれない。


 あまりにも誰も反応しねーから…


『いいよー(スタンプ)』


 笑顔の猫を送ってみた。


 アズ『じゃ招待してみるねー』


 間もなくして、アズが里中を招待したが…そこからしばらく進展はなかった。


 俺は知花と美術館に出掛けて。

 苦手だった買い物にも付き合った。

 知花は始終笑顔で。

 それで俺も満たされた。


 その間に里中もグループに参加して、何やら控えめなトークが繰り広げられてたが…



「おまえ、妻会何時になった?」


「18時にカプリ。千里は?」


「19時に事務所のロビー。」


「事務所?」


「ああ。まだ行先決まってねーから。」



 実は…Lipsって話が出てたが。

 飯後の妻会が流れて来るんじゃねーか?って話になって。

 ついでに、せっかく野郎ばっかで集まるんだから、野郎ばっかで楽しめる場所に…って事になった。


 しかし、俺達は仕事で何度も渡米してるのに。

 誰一人、気の利いた店を知らない。

 どれだけ仕事人間なんだ。と、苦笑いした。



「ねえ、千里。」


「ん?」


 知花の手を俺のコートのポケットに入れて手を繋いだまま歩いてると。

 赤い鼻をした知花が俺を見上げた。


「…今夜…あたし、飲んでもいい?」


「……」


 瞳か聖子に釘を刺そうか悩んでた所ではあった。

 だが、妻会のメンバー…誰一人下戸はいない。

 それどころか…

 みんなよく飲む。

 そんな中で、知花だけ飲ませるなと言った所で…

 酔っ払ってしまえば、誰からともなく知花にも酒は回る。


 …それ以前に…


「…飲みたいなら飲んでいい。」


 つい正面を向いたまま、目を細めて言ってしまうと。


「嫌々ながら言ってる?」


 知花はずいっと俺の顔を覗き込んだ。


「…女ばっかりで集まるなんてないからな…楽しんで来い。」


「ほんと?ありがと。」


 知花はみんなで飲める事が相当嬉しいのか…

 俺の腕にギュッと抱き着いて、嬉しそうな顔をした。


 そんな顔を見てると。

 …カプリ、貸し切りにしてやろうか…

 なんて、心配になる俺がいた。

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