第22話 「ホテルに戻るか?」

 〇神 千里


「ホテルに戻るか?」


 ケリーズを出た所でそう問いかけると、知花は少し不思議そうな顔で俺を見上げた。


「え?どうして?」


「疲れたんじゃねーかと思って。」


「あたし?」


「ああ。」


「疲れてないけど…千里、疲れた?」


「…いや…」


 昨日こっちに着いてからというもの…カプリに出掛けるまでに少し眠って。

 それからはカプリにLipsに…もう一軒バーに寄って飲んで。

 そして、今日のケリーズ。


 普通にダラダラ遊んでるだけならまだしも…

 高原さんと義母さんの思い出めぐり。

 そこには、二人を知る人達がいて。

 だが俺達は知らない人物で。

 まあ…俺もそこそこに人見知りではあるが、京介や知花ほどじゃないとは思う。


 知花は昨日からずっと、義母さん達の知り合いに会うたび…ハグをしたり話をしたり…

 一気に詰め込み過ぎなんじゃねーか?と心配になった。


 だが…

 もしかしたら、これが俺の知らない知花なのかもしれないし。

 本人が大丈夫と言うなら、付き合うか。



「どこに行く?」


 知花の肩を抱き寄せて問いかけると。


「…ここから、2ブロック先にある場所に行きたいの。」


 これまた知花は…地図を見るでもなく、ケリーズを出て右前方を指差した。


「あ、その前にちょっと…買い物していい?」


「ああ。」


 ケリーズでは、ツリーのオーナメントを大量に買った。

 そして、高原さんと義母さんの名前で桐生院に送り付ける事にした。

 今年は大きなツリーを飾ってもらおう。

 俺と知花は…今年だけは二人きりで過ごすけどな。



 通りを渡ったケリーズの向かい側に花屋があった。


「花を買うのか?」


「うん…ちょっと、お供えって言うか…」


「……」


 それでやっと、ピンと来た。

 知花が行こうとしてるのは…あそこか。

 丹野さんが、撃たれた場所。

 だが、なぜだ?



 知花が花を見ている間、俺は外に出て…環さんに連絡をした。

 今から丹野さんの慰霊碑に向かう事。

 だがそれを提案したのは…知花である事。


 義母さんは二階堂の人間だった。

 俺はそれを華音と環さんから聞いた。

 最初は『は?』と思ったが、まったく不思議な事じゃなかったし…

 むしろすぐに納得がいった。


 華音は知ってるのに、どうして俺達が知らされてねーんだ?って、少しイラッとした。

 だが、おそらく華音も知らないとされる…ある事件にかかわったがために、記憶を消された事。

 それでも高い能力は消えていなかった事。

 そして…消されていた記憶が戻った事。


 それらを環さんから聞いて…色々思う事があった。


 …義母さんは、知花に負い目がある。

 たっぷりと。



「お待たせ。」


 知花が小さな花束を持って出て来た。


「…寒いな。風邪ひくなよ。」


 知花のマフラーを巻き直して、肩をギュッと抱く。


「…ありがと。」


 くすぐったそうな知花の顔を覗き込んだが…

 知花の真意は、俺には分からなかった…。




『私達は忘れない』


 ケリーズから歩いて15分。

 そこには、小さいが立派な慰霊碑があった。

 知花はそこに跪くと、花束をたむけて…頭を下げた。


「…偉大なボーカリスト、丹野廉は…ここで亡くなったのか。」


 ポケットに手を入れたまま、そうつぶやくと。


「…母さん…この慰霊碑に来たのかな…」


 知花は小さな声でそう言った。


「……」


「母さんにとって、丹野さんと浅井さんは…恩人だよね。」


 冷たい風が、知花の前髪を揺らす。


「その丹野さんはここで亡くなって…浅井さんは今も行方不明…母さん、今幸せそうだけど…色んな事背負って…」


「……」


「色んな事…」


 俺は知花の隣にしゃがみ込むと。


「義母さんだけじゃねーよ。みんな、色んな事背負ってんじゃねーか?」


 知花の頭をポンポンとしながら言った。


「…そうだけど…」


「俺や知花が思うよりずっと、義母さんは強い。だけど同じぐらい繊細でもあると思う。でも、だからって俺達が義母さんに何が出来る?」


「……」


「俺達の幸せが義母さんの幸せでもあるんだ。欲張るなら、俺達の幸せにそうしてくれ。」


 俺がそう言うと、知花は小さく笑って顔を上げて。


「…そうね。」


 首を傾げて俺を見た。


 そうしてると…


「こんにちは。」


 声が降って来て顔を上げると、逆光でよく見えなかったが…

 この色男な立ち姿を見間違うわけがない。


「環さん…?」


 知花も気付いたのか、ゆっくりと立ち上がって。


「どうしてここに?」


 環さんと俺を見比べた。


「新婚旅行の邪魔をしに。」


「よく言うよ。」


「ははっ。今日は紹介したい人が。」


 環さんはそう言うと、自分の後ろに立ってた人を隣に並ばせて。


「二階堂になくてはならない人。山崎さん。」


 そう紹介した。


「頭、こんな年寄にそれは…」


「本当の事ですけど?」


「…恐縮です。」


 何度か…見た事がある人だ。と思った。

 知花もそう感じたのか、山崎さんの事をじっと見ている。

 …って、おい。

 見過ぎじゃねーのか?



「何か?」


 知花の視線に気付いた山崎さんが笑顔でそう言うと。


「あっ、あ…すいません。どこかでお会いした事が…と思って…桐生院知花です。娘が海さんと結婚して、二階堂さんにお世話になる事になりました。よろしくお願いします。」


 知花は慌てたように、珍しく早口でそう言った。


「ええ、お会いしていますよ。」


「えっと…どこで…」


「陸坊と麗さんの結婚式の時、とても素敵なプロポーションを披露して下さいましたね。」


「……」


「……」


 つい…知花の隣で俺も無言になった。


 ……キューティーサリーか!!


「(きゃー!!)」


 知花が両手で頬を押さえて俺を見る。

 あきらかに口は悲鳴を上げているが、声にはなっていない。

 俺はそれに対して目を細めて。


「…山崎さん。頼むから、あなたの記憶からその姿を消してやって下さい。」


 真顔で言った。


「俺も覚えて」


「あんたも忘れろ。」


 環さんの言葉も遮って言うと。

 それまで穏やかな顔をしていた山崎さんは…


「ふ……あははははははは!!」


 なぜか…一人、大ウケした。




 〇11月27日 夜

 神 千里


 丹野さんの慰霊碑の前で環さんと山崎さんが合流して…

 軽い自己紹介の後で、環さんが。


「海を迎えに行って、そのまま家に押しかけるとするかな。」


 って言った。


 てっきり知花は…


「それは二人に悪いんじゃ…」


 って言うとばかり思ったが。


「二人ともビックリするかしら。」


 ワクワクした顔で、そう言った。


「…いいのか?無理してないか?」


 小声で問いかけると。


「内緒で結婚したって驚かされたんだから、これぐらいいいんじゃない?」


 上目使いで…何とも楽しそうな笑顔の知花。


 ふっ。

 あの時おまえ、みんなが度肝を抜かれてる中…一人だけ喜んでたクセに。



 そんなわけでー…

 ホテルに戻らず、そのまま二階堂の本部とやらの近くにある『シモンズ』という店に連れて行かれた。

 そこの窓際の席に知花と座って待つこと、ほんの数分…

 歩いて来た海が、時計を見て…顔を上げた瞬間、ガラス越しに俺達と目が合って。

 一度逸らした目が、もう一度こっちを見て。


『えっ。』


 二度見の後で聞こえた声は、そうとう大きかったのだろう。

 海の後ろで大笑いしてる環さんと山崎さんが見える。

 …海の家には、山崎さんも同行するのか。



「ど…どうしてここに?」


 海が目を丸くしたまま、店の中に入って来た。

 こいつ、表情豊かになったな。


「新婚旅行だ。」


 知花の肩を抱き寄せて言うと。


「この事…咲華は?」


 海は小声。

 なぜ小声だ。


「言ってないの。サプライズよ?」


 知花が嬉しそうな顔をすると、それを見た海は。


「…いいですね。全面協力します。」


 知花に負けないぐらい、嬉しそうな顔をした。



「海、富樫が車を回してくれた。行こう。」


 店の入り口で環さんがそう言うと。


「…親父も来るのか…」


 海は少し目を細めたが。


「ふふっ。楽しい。織さんはいらっしゃらないの?」


 知花は相変わらず楽しそうだ。


「母は今日本です。知ったら怒られそうだな…」


 海と並んで外に出ると、大きな車が横付けされていた。


「環さん、織さんと一緒に来れば良かったのに。」


 乗り込みながら、知花が環さんにそんな事を言う。

 …意見するほど仲が良かったか?と思いながら、その様子を眺める。


「残念ながら俺は一応仕事で来てるから。」


「織さんも仕事で来たかったかも。」


「…明日には帰るけど。」


「一日も離れていたくないって思ってるかも。」


「いや…来れたとしても、一緒に居られるのは移動中だけだろうし…」


「一緒に居れるのがジェットの中だけだとしても、来たかったかも。」


「う……」


「これから起きる楽しいサプライズの場面にも、一緒に居たかったかも。」



 知花のストレートな言葉に、環さんだけじゃなく…みんなが黙った。

 たぶん、運転席にいる『富樫』という男と、助手席にいる山崎さんは顔を見合わせているような気がする。

『頭が言い負かされてる』的な顔で。



「…知花。よそ様の事情に突っ込み過ぎだぞ。」


 俺が知花の耳元でそう言うと。


「はっ…」


 知花はビクッとして俺を見て。


「あっあああああ!!ごめんなさい!!余計なお世話様です!!」


 慌てて環さんに謝った。

 余計なお世話様ですって…おまえ。


「ははっ…いや…そうだな。俺ももう少し、織に対して愛情表現をしないとな。」


 そう言う環さんの隣で、海が『愛情表現?』と言いながら眉毛を八の字にする。


「神君みたいに。」


「それは…二階堂の者全員が驚くから、人前ではやめた方が。」


「おまえだって、サクちゃんと随分じゃないか。」


「俺は新婚だから。」


「俺は結婚して31年だが、ずっとこんな感じだ。」


 俺が自慢するように知花を抱きしめてそう言うと。

 環さんと海は一瞬キョトンとした後。


「…見習おう…」


「親父たちのそんな姿は想像できない…」


 小声でそう言い合った。



「そこです。」


 あまり車通りの多くない、だがそこそこに家が立ち並ぶ場所に、その家はあった。

 前庭には大きな木が一本と、木造りのベンチが一つ。

 玄関アプローチの右脇に、小さな花壇。

 …まあ、桐生院の庭とは比べ物にはならないが…

 これだけのスペースにも温か味を感じる事は出来る。

 十分に。


 二階建ての一軒家。

 周りの家と比べると、随分古く感じる。

 …当然か。

 昔ここで…義母さんが暮らしていた。

 丹野さんと浅井さんと共に。


 だがその古い家も、人が生活を始めた事で息を吹き返したのか…

 ただ古いというイメージではなく、ホッとするような懐かしさを感じさせる物がある。


 ここには、義母さんの計らいで…海と華音と沙都と曽根が、数か月生活をした。

 その後、ここを気に入った海が買い取って…沙都と曽根もそのまま居座り…

 …経緯を思い出すと少し面白くないが、咲華もここに嫁いだ。



「先に行きますね。」


 少し離れた場所に車を停めて、まずは海が車を降りて家に向かった。

 そして俺達もゾロゾロと後に続いた…が。


「おかえりなさい。」


 海が玄関にたどり着く前に、ドアを開けて出て来たのは…


「……織?」


 俺の隣で、環さんが珍しくキョトンとした表情をした。

 そんな環さんの顔を見た織さんは、すごく嬉しそうな顔。

 そして、その織さんの後ろから…


「おかえりなさい。ビックリし……えっ…」


 リズを抱えた咲華が出て来て、俺達を見て。


「父さん…母さんも…?え…えっ?」


 織さんと海を交互に見る。


「新婚旅行…こっちに来たの!?」


「賑やかでいいだろう。」


 得意そうな顔をする俺の隣では。


「どうして織がここに?」


 環さんが振り返って、富樫と山崎さんに問いかけてる。

 だが、問われた二人も。


「いえ…私達も何も…」


 驚いた顔のまま、首を横に振った。


「海。」


「いや、俺も…さっきから驚きの連続だ。」


「神君?」


「俺は知らない。」


 本当に。

 咲華と海だけを驚かせようとしたのに。

 次から次へとついて来るオマケに、少し面倒だと思っていたが…

 これはちょっと面白い。


「…やったな?おまえ。」


 俺が小声で知花に言うと。


「えへへ。ダブルサプライズ、大成功。」


 知花はそう言って笑って。


「一度やってみたかったの。こういうの。」


 織さんも、咲華の肩に手をかけて…

 俺達にピースサインなんてして見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る