第11話 「うおー!!赤子がフォーク使ってやがるぜ!!」

 〇曽根仁志


「うおー!!赤子がフォーク使ってやがるぜ!!」


 俺がそう言って赤子を誉めると、赤子は相変わらず可愛い声で笑った。


「リズ、あのおじさんにそんなに可愛く笑わなくていいぞ?」


 来れないって言ったクセに、俺より先に来てたニカが赤子に耳打ちする。


「なんでだよ!!てか、おじさんじゃねーっつーの!!」


「ふふっ。おじちゃんがうるさいねえ。リズ、廉斗君みたいに優しくてカッコいい男の子と仲良くしようね?」


「サクちゃんまで…」



 今日の動物園あーんど水族館っつーお出掛けプランは、俺らが帰国する前に決まってた話で。

 だから当然…行くのは俺とニカとサクちゃんと赤子と沙都君…って思ってたのに。

 キリと紅美ちゃん誘っていいか…って沙都君が言って来て。

 まあ…そこは百歩譲っていい事にした。

 俺はキリが来るのは大歓迎だけどさ…

 ニカはいいとして…沙都君は平気なのか?って気になったんだ。


 だってさ…

 沙都君の想い人、紅美ちゃんは…今やキリの彼女だ。

 それに、ニカの元カノでもある。

 サクちゃんも気にならないのか?


 …ま、俺が気にする事じゃないか!!



「リズ、ほら、ママといい顔して。」


 …それにしてもー…ニカ。

 初めて会った頃とは随分印象が変わっちまったぜ。

 めちゃくちゃカッコいい兄貴だ!!って思ってたが…

 いやまあ、今も十分カッコいいっちゃーカッコいいんだけどさあ。


「海さん、ここマヨネーズがついてる。」


「あっ、リズめ。」


「リズがつけたんじゃないわよねえ?パパってば人のせいにして、やだなあ。」


 …もう、なんて言うか…

 とにかく、サクちゃんと赤子にデレデレなんだよなー。


 俺は、紅美ちゃんと付き合ってた頃のニカを知らないけど…

 沙都君に聞いたところ…


「んー。まあ、今の海君とは違ってたよ。」


 って苦笑い。

 口の回りにマヨネーズつけて、それをサクちゃんに拭いてもらってニヤけるなんて…

 俺のニカはどーしたんだー!!??



「曽根君、いつも沙都の面倒を見てくれてありがとう。」


 俺がニカ観察をしてると、ふいに優しい声をかけられた。

 えっ。と思って振り向くと…


「あっ…いえ!!俺の方こそ、沙都君のおかげでいい思いを…」


 沙都君のお父さん、朝霧光史さん!!


「いい思い?」


「あっ、いえいえいえいえ…あの、あちこち旅が出来て…」


 そう。

 ツアーで世界を駆けまわって。

 観光する時間なんてのはないけど…

 きれいなお姉ちゃんとのアバンチュールはある。


 紅美ちゃん以外の女の子じゃダメな沙都君が不憫だけど…

 俺は俺で、楽しませてもらってる。

 悪いな!!沙都君!!



「君のおかげで、うちのみんながどれだけ安心してる事か。本当に感謝してるよ。」


「えっ…あ、いや~…そんなに感謝されるほどの事はしてないんで…恐縮です…ははっ…」


 ほんとに!!

 俺は事務所側から言われる事をやってるだけだし、うちに帰るとニカ(今はサクちゃんと赤子もいるが)が、ほとんど家の事してくれてるから、なーんにもしてないし。

 グレイスに口うるさく言われる事を除けば…俺、本当マジで…

 沙都君のマネージャーになって大正解!!

 しつこく勧めてくれたキリに感謝だぜ!!



「曽根さん、こちらもどうぞ。」


 沙都君のお父さんの横から、沙都君によく似たきれいな顔の女の人が。

 ああ…沙都君ちも両親共に美形だ。


「あっ、いただきます…」


 俺が遅れて動物園と水族館の間にある公園に到着すると、そこには、当初聞いてたメンバーとは大幅に違う面々がいた。

 気にかけてるキリと紅美ちゃんはまだ来てないが…

 あっちでもよく会うニカの両親と、まだ会うのは三度目ぐらいの沙都君の両親と。

 で…何より…

 俺が誰に会うよりも、ガチガチに緊張してしまう…キリの両親。


 まだ沙都君のマネージャーになる前、ただの酒屋の息子だった頃に観たLive aliveでノックアウトされてファンになった、F'sの神千里と…

 もう、そのギャップに悶えるほどファンになった、SHE'S-HE'Sの桐生院知花…


 誰にもぶっちゃけてなんて言えねーけど…

 キリのおふくろさん…

 マジで可愛い。

 今日なんか、度肝抜かれる可愛さだぜ…


 親父さんが密着してて、あんまりジロジロ見れないのが残念だが…

 まさか自分が熟女好きだとは思わなかった!!

 っつーか、知花さんは熟女とは言わねーけどな!!



「おす。」


「あたっ。」


 俺がチラチラとキリのおふくろさんを見てると、背中に蹴りが入った。


「いてーな!!」


 もう、やったのは誰か分かってる。

 振り向きざまにタックルしてやるぜ!!と思って立ち上がる。


「遅かったじゃねーかよ!!」


 俺がキリの腰回りに抱き着いてタックルすると、きっとキリはそれをかわす。

 俺は芝生に転がって、『つめてーな!!キリ!!』って言えば…


 だが。

 俺の予想とは正反対に。

 キリはいとも簡単に俺のタックルを受けて。


「うおっ。」


「えっ。」


 二人して…芝生に転がった。



「にゃはははははは~!!」


 赤子の笑い声が響き渡って。


「もう。小学生みたい。」


 サクちゃんの冷たい声を受けながら。

 俺は、俺の下になって弱った顔をしてるキリを…見下ろしてた。




 〇二階堂咲華


 動物園と水族館の間にある公園。

 そこでランチが始まって…

 海さんのご両親は、朝霧さんご夫婦と一緒に、リズと廉斗君を連れて遊具で遊んで下さってる。

 沙都ちゃんは遅れて来た華音と曽根君とで、何やら…密談中。

 華月は…まだ来ない。



「美味しく作ったわね。」


「ほんと?でも、母さんのはもう少しパンチがあったような気がするんだけど…」


「ああ…あれは少しだけ辛子を入れてたの。」


「辛子?」


「そ。だけどあれは大人向け。リズちゃんが小さい間は、これぐらいがちょうどいいわよ?」


 あたしの作ったお弁当を食べながら、母さんとそんな会話をしてると。


「次はいつ帰って来るんだ?」


 まだ…行ってもないのに、父さんが海さんにそう言った。


「…大事な用がある時は必ず…」


 海さんが少し小声で答えると。


「毎週作ろう。」


 父さんはニヤリと笑って言った。


「海さん、本気にしなくていいから。」


 少し困った顔をした海さんに、母さんがそう言うと。


「何言ってる。俺は本気だぞ。」


 父さんが母さんに突っかかった。


「あら、これも美味しい。」


「知花。」


「ほら、食べてみて?あーん。」


「あ…あーん…」


「ね?美味しい。」


「……」


 と…父さん…

 完全に、母さんに手の平で転がされてるよ?


 それにしても…

 二人きりで暮らし始めて、まだ二日だよね。

 なのに、何だか…二人の様子が以前と違う気がする。

 まあ…ファッションからして…全然違うんだけど…


 以前は、父さんからの一方的な愛情表現に、母さんが少し困ったような照れたような…

 嬉しいけどやっぱり困る。みたいな表情をしてる事が多かった気がする。


 それでも、あたしや華月に難関が訪れると、今みたいに自分から助け船を出してあたし達を救ってくれてた。

 でもその時の助け船はー…頑張ってそうしてる。って感じだったけど…

 今の『あーん』は…すごく自然だったなあ。



「…父さんと母さん、何だか新婚さんみたい。」


 あたしが二人をマジマジと見て言うと。


「えっ。」


 母さんが小さくそう声を上げて…みるみる赤くなって…


「えへへ…恥ずかしいけど、何だか嬉しい。」


 首をすくめて父さんを見上げて…

 くすぐったそうな笑顔になった。


「……」


 あたしは…つい、その母さんの姿を…目を丸くして眺めてしまった。

 だって今、母さん…あたしより若く見えちゃったよ…!?

 すごく可愛いし!!


 娘のあたしがそう思うって事は…

 隣にいる父さんは…


「…ふっ…し…新婚って。結婚して何年だとお…思ってんだ…」


 やだー!!

 父さんが緊張してるー!!

 噛みまくってるー!!


 父さんのそんな様子に、あたしの隣の海さんはうつむいて肩を震わせてる。


 …うん…笑いたいよね…

 分かる…

 あたしだって…笑いたいよ…


「…歩くか。」


 ふいに、父さんが立ち上がって…母さんに手を差し出した。


「…うん。」


 それを…少し恥ずかしそうに。

 だけど、可愛い笑顔で立ち上がって手を委ねる母さん。

 ああ…なんて幸せな光景なんだろ…

 あたしが感嘆のため息を漏らすと。


「…今、じーんと来た。」


 隣で海さんがそう言って。


「…あたしも。」


 あたしがそう答えると。


「お手本にしたい。」


 海さんは、あたしの肩を抱き寄せてそう言った。




 〇桐生院華月


「え?行けないの?」


 あたしはDEEBEEのルームの前で、詩生に言った。


「楽しみにしてたのに…」



 昨日、お兄ちゃんからLINEが回って来た。


『明日、午前中に動物園、昼飯挟んで午後から水族館。参加者は海と咲華とリズと俺(俺は午後から)、沙都と曽根。参加希望者は早めに名乗り出るよう』


 そりゃあ、行きたいよね。

 お姉ちゃんとりっちゃんは、もうすぐ渡米しちゃうし。

 だけど午前中は撮影があるから、それをさっさと終わらせて…午後から水族館に合流したい!!って。


 ついでじゃないけど…

 詩生も行けないかな?と思って連絡すると、午後はどうにかなりそうだって。

 だから…楽しみにしてたのに…



「わり。高原さんに呼び出されて。」


「…おじいちゃまに?」


「ああ。」


「…早く終わる用件?」


「さあ…行ってみないと分からない。」


「……」


 ぶー。

 心の中で、盛大にブーイングした。

 おじいちゃま…

 今日のお出掛けには行けないって書いてたけど…

 最初から詩生の事、呼び出すつもりだったのかな?



「…じゃあ待ってる。」


 詩生を見上げて言うと。


「何言ってんだ。一人でも行けよ。」


 詩生はあたしの前髪をかきあげて、ついでのように額をツンツンって…人差し指で突いた。


「……」


 唇を尖らせる。

 だって、一緒に行きたかったんだもん。

 …我儘って言われればそれまでだけど…

 あたし達、デートらしい事なかなかできないし。

 家族ぐるみのお出掛けなら…父さんだって、とやかく言わないかなあって。



「高原さんの用事が早く終われば、追いかけるから。」


 詩生が仕方なさそうに、あたしの目を覗き込む。


「…ほんとに?」


「ほんとに。だから、そんな顔すんなよ。」


「…わざとだもん。」


「はっ。計算女め。」


「知ってて好きなクセに。」


 詩生は小さく笑ってあたしの頭をぐいっと引き寄せると。

 耳元にチュッと音を立ててキスをして…


「後でな。」


 エレベーターに向かって歩いて行った。


「……」


 もうっ…バカ。



 ちゃんと付き合うって事になってからは…楽しい事ばかりじゃなかった。

 だけど今は落ち着いてて…

 それは、すごく…なんて言うか…

 あたしが求めてた形って言うか。

 お互い、何を言っても解かり合えてる感じ…?

 意に反したことを言っても、思いを汲み取れるみたいな…


 …あー…

 あたし、いつの間に…こんなに詩生の事、好きになっちゃったんだろ。



 事務所を出て、バスに乗る。

 変装のつもりじゃないけど、眼鏡をかけると、誰もあたしには気付かない。

 そのまま…バスに揺られて30分。

 あたしは水族館でみんなに合流した。


 デニムファッションの父さんと母さんに挟まれて写真を撮って。

 りっちゃんを抱っこして写真を撮って。

 廉斗君をギュッとして写真を撮って。

 お姉ちゃんとソフトクリームを食べながら写真を撮って。

 海君と沙都ちゃんと曽根さんとでピースサインで写真を撮って。

 お兄ちゃんは…何だか元気がなかったけど、後ろから頬っぺたを挟んだ瞬間を曽根さんに撮ってもらって。

 なぜかお兄ちゃんはあたしじゃなくて曽根さんを怒って。

 もちろん、水族館も楽しかったけど…

 みんなと写真を撮るのが楽しくて。

 ずっと笑ってた。


 そして、早く…詩生が来ればいいのに。って…

 何度もスマホを見たけど。

 詩生は…



 来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る