第7話 産休の沙也伽に代わって

 〇桐生院きりゅういん華音かのん


 産休の沙也伽さやかに代わって、希世きよが練習に付き合ってくれて。

 久しぶりに、集中できた気がする。

 いつも集中してるつもりだが、やっぱり…リズムマシーンと生のそれは違う。

 希世と沙也伽、二人の気遣いに感謝だ。



紅美くみ。」


 ルームに戻って、紅美の背中に声をかけると。


「なっなな何っ!?」


 あきらかにー…動揺してる様子。


 呼んだだけだぜ?

 何で狼狽える?


 紅美の手には、スマホ。

 …沙都さとと連絡取ってた…のか?

 だが、どうしてそれを後ろめたそうにするんだ。

 何もないなら堂々としてろよな。



「…明日どうする?」


 椅子に座って、指を組んで問いかける。


「え…?」


「水族館。」


「あ…あー…うん…どうしよう…」


「……」


 煮え切らない紅美にイラッとした俺は。


「…ま、俺は行くけど。おまえは明日の気分で決めれば。」


 そう言って、紅美の顔も見ずに立ち上がった。



 …上手く付き合えてるって思ってた。

 だが、よく考えたら…紅美は周囲にはバレないようにしてるわけで…

 陸兄が紅美の男関係に過敏になってるから。ってのは…分かるが。

 そんなにひた隠ししなきゃなんねーか?

 俺が相手だって打ち明けて、堂々と真っ向勝負しちゃいけねーのか?


 …まあ…

 ずっと紅美に…長い片想いをしてた俺としては。

 ちゃんと女と付き合った事がないから。

 もしかしたら…配慮不足とか…?

 紅美が望んでるような事をしてやれてねーとか…


 惚れた女以外と付き合うって頭がなかった。

 それが叶わねーなら、何なら一生独身でもいいとさえ思ってた。

 …女と何もなかったわけじゃねーけど、特別な関係は築かなかった。

 それほど、俺の特別は紅美に向けられてたからだ。


 だが…こんな事なら、恋人が望むあれこれを勉強する意味もこめて、二・三人と付き合うべきだったか…?


 何だって俺は…

 無駄になんでも出来る癖に、恋愛になると…



「……」


 ルームを出かけて、思い留まった。

 今のは…大人気なかったよな。

 沙都とルームで一夜を過ごした。

 …姉弟みたいな二人だ。

 何もなかったって紅美が言うんだ。

 信じればいいだろ…俺。


 …でも、紅美と沙都は…姉弟みたいだが付き合ってたんだ。

 俺と酔っ払って寝た時も、紅美は…一晩中沙都の名前を呼んだ。

 それが愛とか恋とかいう感情じゃないとしても、紅美は常に沙都を心のよりどころにしてたし、それに気付いた時…沙都と恋に落ちた。


 …………あー…何なんだよ…

 それが何だよ。


 紅美は今、俺と付き合ってる。

 それだけを信じればいいだろーが。

 何悩んでんだ…俺。


 紅美は…

 海でもなく、沙都でもなく、俺を選んだ。

 それだけだろ。



「……明日、一緒に行こう。」


 ゆっくり向きを変えて言うと、紅美は少し尖った唇のまま顔を上げて。


「…考えとく…」


 暗い顔でうつむいた。





 ………はあ。





 〇早乙女さおとめ詩生しお


「ははっ。ほんと、双子みてー。」


 俺がその画像を見て笑うと。


「それ、母さんが若くて?それともあたしが老けてて?」


 華月かづきはいたずらな目つきで俺を覗き込んだ。


「母さんが若くて、の方だな。でも華月、この笑顔…いいな。」


 本当に。

 撮影でも、以前より笑顔のものが増えたが…

 この笑顔は、作ったものじゃないからな…


 華月の両親は、F'sのボーカル神 千里と…SHE'S-HE'Sのボーカル桐生院知花。

 超豪華な両親だ。

 ボーカリストとして大先輩であり、俺が尊敬する二人を両親に持つ華月。

 だが華月は音楽の道は選ばず。

 モデルとして、着々と実績も…


「……」


 今日の午後、DEEBEEのスタジオに華月が高原さんと見学に来た。

 華月が来るかもしれないってのは…何となく聞いてたけど。

 まさか高原さんまで来るとは。


 高原さんは、華月の祖父。

 それが公けになったのは…近年だけど。

 ちゃんと血の繋がった家族。


 その家族の中には…DANGERのギター、ノン君もいる。

 ずっと秘密でギターを弾いてたみたいで。

 パッと出て来た時には、すでに出来上がってた…って言うか…

 まだまだ、あの人は伸びる。

 誰に遠慮してるのか、もっと弾けるはずなのに抑えてる。


 華月の兄貴だけど…

 昔から知ってる兄貴的な存在だけど…

 …実は、俺にとって、今一番…脅威な人物だったりする。



 ずっと笑顔で聴いてた華月の隣で、高原さんは最初こそ笑顔だったが…

 途中から、シビアな顔つきになった。

 そんな顔をされた所で、俺はびくともしないけど。

 ただ…その表情の真意は気になった。


 俺も練習中に一つだけ、妙に気になった事があったからだ。


 希世が、いつもと違った。

 やけに力のこもったドラミングで、それは…すごくいい事だったし、俺もそれに対して応えるほどの熱を持って歌えたとも思える。

 だけど…いつものようにやりたいのが、彰だ。

 途中、何度か希世を見て首を傾げていた。

 やりにくかったのかもしれない。


 終わった時、高原さんは華月と拍手をして『お疲れさん』と言ってスタジオを出て行った。

 俺は一旦ルームに戻ると。


「…希世、何かあったのか?」


 さりげなく聞いた。


「え?何で?」


「いつもよりパワフルだったな。」


「あー、沙也伽の代わりにDANGER行って来たんだ。いい感じでウォーミングアップ出来てたのかも。」


 希世は、笑顔で頷きながら、そう答えた。


 …DANGERか…

 俺が脅威と思ってるように…彰もまた、ノン君自体を脅威としているようで。


「…別に、嫁さんの代わりに叩かなくても。」


 小声で、愚痴った。



 ノン君自体はすごくいい人だし…頼りになる兄貴的存在だけど…

 …俺、何にビビッてんだろ…。



「見て。父さんの写真。」


 華月が俺に顔を近付けて言った。


「ん?」


 そこには、インスタグラムに投稿されてる神さんの…


「ぷっ…この格好…」


 神さんのラフな格好なんて珍しくて、つい笑う。


「こんなプライベート、upして良かったのか?」


 華月の肩を抱き寄せて言うと。


「これ、ルームで撮ったのよ?」


「…え?」


「父さん、今日はこの格好で事務所来たの。」


「……」


 俺はスマホを手にして、マジマジと神さんを見る。

 パーカー姿なんて…初めて見た。

 で、いつもの…斜に構えたキメ顔…


「母さんにも『らしくない格好』させたから、自分もって。」


「……」


 華月から両親の話を聞くたびに、神さんの…奥さんを想う気持ちに胸打たれる。

 あんなに大きな愛を持った人だ。

 俺に多くを望むのも仕方ない。

 それでなくても、俺は一度信用を失った。

 慎重にならなきゃいけないのは、当然だ。

 だけど、もうそろそろ…結婚したい。

 本音は、それ。


 神さんは手強いけど…


「…負けねーぞ…?」


 小さくつぶやくと。


「ん?何に?」


 華月が俺を見上げた。


「……」


 その顔があまりにも可愛くて。


 チュッ。


 小さく音を立ててキスすると。


「もうっ…不意打ちはずるい…」


 華月は赤くなって唇を尖らせた。


「じゃ…キスしたい。これでいいか?」


「…聞かないでよ。」


「どっちだよ。」


「…はい。」


 今度は華月の唇が来て…俺はそれを頬に受けながら、華月のスマホで撮った。


「あっ。もう…」


「upしよーぜ。」


「…詩生、父さんに殺されちゃうよ?」


「神さん、これ見てんの。」


「見てると思う。」


「じゃ、今のはやめて…華月、笑って。」


 俺は再びシャッターを押す。

 パシャッと音がして、頬寄せ合った俺と華月の笑顔が撮れた。


「神さんのパーカー姿と、どっちの『いいね』が多いかな。」


「もー…父さんと張り合う気?」


 華月は笑いながら、それをインスタグラムにupした。

 華月は時々俺の歌う姿もupするし、二人で飯食ってる様子もupする。

 俺は全然SNSを使わないが、華月はインスタグラムを大活用。

 始めて半年ぐらいか?

 今のフォロワー数は15万人。

 だがそれは、毎日増え続けている。


 その『shio♡kazuki』には、みるみる『いいね』が押されて…

 それを何となく…ニヤニヤして二人で眺めてると。


「あ…父さんからLINE…」


 華月が通知をスライドした。


『わかってんだろうなぁ(スタンプ)』


「…チェックはえっ。」


 俺が笑うと、華月も笑って。


「えいっ。」


 なぜか掛け声と共に…


『なにそれ(スタンプ)』


「おいおい…大丈夫かよ。」


「平気よ。朝、父さんの買い物に付き合ったんだから、少しぐらい大目に見てもらわなきゃ。」


 華月がそう言うと…


『あー…そーゆーこと言う?(スタンプ)』


 すかさずスタンプが。


 なんつーか…神さん、めったに文字打たないらしい。

 けど、LINE始めたばっかで、こんな猫のスタンプ使いこなすとか…


『諦めて寝ろ。(スタンプ)』


 華月が強気にそんなスタンプを送信すると。


『必ず行くから待っとけ。(スタンプ)』


「えっ。」


 つい同時に驚いた。


「待っとけって…」


「ルームにいるってバレてるのかな…」


 コンコンコン。


 不意にドアがノックされて、俺と華月は身構える。

 するとドアの外から…


『詩生ー、神さんからお叱りの電話が来たぞー?何してんだ?』


 まだ残ってたらしい親父が、声を張ってそう言った。




 神さん…



 こえー‼︎

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