第4話 「…………」

 〇二階堂紅美


「…………」


 あたしはー…

 あたしは、真っ青になってた。



 夕べ、打ち上げに行くも、ノン君と連絡が取れなくて。

 少し腐り気味のあたしに、沙都がお出掛けの話を持ち掛けてくれた。

 だけど…それはそれ。

 楽しみではあったけど、F'sのライヴの後に一緒に居れなかった事が寂しくて。

 二次会にも行かず、トボトボと歩いて帰ってる最中…


 ダリアで。

 ノン君を見付けた。

 女と一緒だった。

 楽しそうだった。


 あたしは少しポカンとした後、たくさん瞬きをして歩き始めて。

 だけど納得いかなくて、もう一度ダリアの通りを挟んで向かい側まで戻って。

 ええい、ここからじゃよく見えない。って思って、思い切って…通りを渡った。


 ハッキリは見えなかった。

 だけどノン君は間違いなく…そこにいた。

 そして…とにかく、楽しそうだった。


 少しイライラした。

 …あたしだって…F'sのライヴの後、こんな風にノン君と話したかったのに…


 何だって、違う女と!?


 ……いや…いやいやいやいや、あたし…醜いよ。


 ダメだ。

 落ち着いて。


 耳のいいノン君だから、もしかしたら…あたしがお店に入ったら気付いてくれるかも?

 ノン君がいたのを知らないフリして、中に入るとかしちゃう?


「……」


 ダリアの入口で立ち止まったまま、あたしは少し頭を冷やした。


 あたしは…基本、ヤキモチ焼きだと思う。

 以前も、コンビニでバッタリ出会った薫さんと出掛けたまま帰って来なかったノン君を、戻って来ても家に入れなかった。

 まあ…戻って来たのが朝だったから…ってのもあるけどさ…

 待ってたのに。って素直に言えなくて。

 薫さんと盛り上がって、そのまま同期の人の家に行ったって聞いて…

 ああ、あたしは蚊帳の外だ。なんて思った。

 あたしも行ってみたかったなー。なんて言えば、ノン君の事だから…今度紹介してやるよ。ぐらい言ってくれただろうに。



(たぶん)知らない女と並んで座ってるノン君。

 その人誰?って、後ろから笑顔で声をかければいいのに。

 どうしてだろ…

 あたし、こういう時は必ずと言っていいほど…引け目を感じる。

 やっぱりあたしなんか…って。


 …イトコだし…デカいし…がさつだし…



 それで結局…あたしは事務所に戻って、ルームで飲んだ。

 やけ酒ってやつだ。

 あたしのやけ酒はタチが悪い。

 本当に。


 朝、目が覚めると…父さんと母さんから着信の嵐だった。

 あー…バカだー…


 時計を見ると、10時半。

 何やってんのあたし_| ̄|○


「……」


 LINEが、二件。


 一つはノン君。

 それは…何となく、後の楽しみにした。

 夕べのあたしからの連絡を無視した謝罪?と思って。


 それで…もう一つのLINEを開くと…


「…………」


 何、これ。




 あたしの顔から、血の気が引いた。




 〇二階堂 海


「………」


「…坊、顔が…」


「はっ…あ、すいません…」


 つい、にやけてしまって。

 それを浩也さんに指摘された。


 ああ…ダメだダメだ。

 帰国してからと言うもの、平和で幸せ過ぎて…

 顔が緩みっぱなしだ。



 最初に帰国した時は、桐生院家で華音に殴られたりもしたが…今ではみんなが、盛大に受け入れてくれている。


 俺が仕事で、咲華とリズを残して渡米した間。

 咲華は『あたしは海さんのお嫁さんなんだから、二階堂にいた方がいいんじゃないの?』と、気にかけてもくれたが。

 渡米したら会う事もままならないんだから、と…うちの両親も咲華とリズを桐生院におかせてくれている。


 そうは言っても、咲華は二階堂の嫁として気負う事も過剰に気遣い過ぎる風でもなく。


「ただいま帰りました~。」


 と言ってリズと帰って来て。


「行ってきま~す。」


 と言って、桐生院に出掛ける。

 そんな様子は二階堂の誰からも歓迎されているようだ。


 元々、子供の頃に出入りしていた場所だし…

 最初は、沙耶さんと舞さんに気遣ってコソコソと帰っていたようにも思うが。

 俺がいない間に何かあったのか、あの二人とも随分と打ち解けていた。


 …志麻は、帰国しても自宅に戻っていない。

 そして、すぐにドイツかイタリアに出向いている。

 時間が必要なのは分かるが…ずっと一緒に育って来た仲間…と言うより、弟のような存在。

 いつか、志麻とも…分かり合える日が来るといいのだが…



「リズ嬢のお写真ですか。」


 俺がスマホを眺めてると、浩也さんが少しだけ覗き込んで笑った。


「可愛いでしょう。」


「とても。」


「これなんか、ほら…」


「ふ…ふふっ。これは…おてんばにお育ちになる予感がしますね。」


「間違いないです。」



 帰国して、プライベート用のスマホを持った。

 今までは二階堂で支給されているそれだけだったが。

 桐生院家は、家族間での連絡も頻繁で…

 それを富樫に相談すると。


「ボス、プライベート用と使い分けてらっしゃらないのですか?」


 と…


 どうやら、二階堂の若者の大半は、通信アイテムは使い分けているらしい。

 当然、本部に行って登録をしたりもしなくてはならないが。


 プライベート用のスマホを咲華に見せると、すぐに『LINEしろって言われるわよ?』と眉間にしわを寄せた。

 咲華は意外と面倒臭がりだ。

 感謝の言葉もメールで一括送信。

 それならむしろ、LINEグループは楽なんじゃ?と思うが。


「既読って分かるじゃない?返信しなきゃいけなくなるのがね~。」


 …咲華の双子の兄である華音は、結構ちゃんと返信してくるけどな。


 向こうにいた頃も、咲華は家族からメールをもらって。


「分かったー。」


 とディスプレイに答えて、返信していない姿をよく見かけた。

 いや…おまえは分かっても、相手には通じてないぞ?


 そんなわけで。

 俺も桐生院家のLINEグループに招待された。

 が…

 みんなの返信の早さと、息ピッタリな突っ込み具合に戸惑っている。

 スタンプも、何を使っていいのやら…



「浩也さん、LINEってしてます?」


 俺がスマホを手に問いかけると。


「してますよ?」


 ちょっと意外な返事が。


「スタンプ、使いますか?」


「恥ずかしながら…使っております。」


「……」


 それは興味津々だ。

 浩也さんは俺が小さな頃から、何においても完璧な人で大人だ。

 LINEをしてる…って事にも驚きなのに、スタンプを使うって…


「どんなスタンプですか?」


「……」


 俺の問いかけに、浩也さんはポケットからスマホを取り出すと。


「…これです。」


 それを見せてくれた。


「…Deep Red?」


「さくらに買わされました。」


「……」



 さくらさん!!




 〇二階堂咲華


「はい、リズ。あーん。」


「あああーん。」


「はいっ、ごちそうさまでした。」


「あーーーーーん!!」


「えっ、まだ食べるの?」


 あたしがリズの『もっとちょうだい』って顔にしかめっ面で答えると。


「ははっ。食欲旺盛だな。」


 おじいちゃまがお茶を飲みながら笑った。


「リズ、こっちおいで。『なつじー』がリンゴをやるぞ?」


 おじいちゃまにそう言われたリズは、すぐに言葉を察知したかのように…


「ええええええ…」


 ものすごい勢いで、おじいちゃまの元に這って行った。


「麗と咲華に次ぐ食いしん坊さんねえ。」


 おばあちゃまがニコニコしながら、リズの頭を撫でる。


 う…

 反論できない…。



「さっき千里が帰って来たみたいだが、もう出たのか?」


「ええ。知花の服を取りに帰ったんですって。」


「あんなに心配したのに、前よりバカップルよね。」


「こら、咲華。親の事をバカップルって。」


「みんなそう思ってるクセに。」


「……」


「……」


 おじいちゃまも、おばあちゃまも反論しないって事は…ほんと、みんなも父さんと母さんをバカップルって思ってる。

 それは、二人の世界に入りこむと周りが見えない所だけじゃない。

 何度も同じことを繰り返すってバカさも!!


 母さんはあんなにすごい人なのに、なんで父さんの一言やちょっとした事で自信をなくすのかなあ…

 父さんも、母さんの気持ちを、もう少し読んだり察したりしてよー!!


 って。


『空気読めてない』って、いつも華音と聖から言われるあたしが言う事じゃないかもしれないけど。



「まあ、千里と知花は生涯あんな調子だと思うぞ。」


 おじいちゃまが、優しく笑いながら言った。


「あんな調子?」


「好き過ぎるからこそ、不安になる知花と。それに『何でそうなるんだ』って腹を立てながらも、形にして応える千里。」


 形にして応える…


「歌にするって事?」


「そうだな…知花のためになら、自分が使えるものはなんでも使うな。俺にマノンをくれって言ったみたいに。」


「えーっ、何それ。なっちゃん、マノンさんのお父さんみたい。」


 おばあちゃまが笑う。


「千里がF'sを組んだのも、知花を取り戻すためだったからな。ほんと、あいつは…手段を選ばない。」


 父さんと母さんが、昔一度離婚してたのは知ってる。

 それでも、母さんを取り戻すために…父さんが必死になってた事も。


「でもあたし…二人の別居には…言い方は悪いけど、感謝してる。」


 リンゴを食べ終えて満足したのか、リズはおじいちゃまの腕の中で眠たそう。

 あたしは、そんな…何とも言いようのない穏やかな時間に、胸の奥の方にくすぐったさを覚えながら…話す。


「父さんとゆっくり話す機会なんてずっとなかったし…自分が結婚して親になって…色々思う事も増えて…改めて、両親に感謝する事が出来たなあって。」


 母さんは、ずっとあたしの味方だったけど…父さんは、あたしの事嫌いなんじゃないの?って思う事も多々あった。

 だけど、思い返すと守られてたなって思うし…

 実際は、あたしの事…すごく可愛がってくれてた事も、大事にしてくれてたのも…分かる。


「子供はずっと子供のまま、親は親のままって言うけど、それぞれが色んな想いや事情を抱えてる。今回の騒動、あたし…父さんと母さんの関係修復もそうだけど、あたし自身が成長出来た気もして…二人には本当に感謝してる。」


 ガーゼのハンカチを握りしめてそう言うと。


「バカップルって言ったクセに。」


 おじいちゃまは笑って。


「咲華、いい子。」


 おばあちゃまは、あたしの隣に来て…ギュッと抱きしめてくれた。


「もうっ…いい子って歳じゃないよ。」


「ううん。今もあたしの中では『二階になる』って可愛い夢を持ったままの咲華よ?」


「…それ、恥ずかしいから言わないで_| ̄|○」



 口では笑いながら『バカップル』なんて言うけど…

 本当は、あたし達の前でも平気でくっつく両親の事、当たり前だって思ってたし…大好き。

 だから、海さんが沙都ちゃんと曽根君の前でも、サラッとあたしを抱き寄せるのも…嬉しい。

 海さんの場合、アメリカナイズされてるか、血迷ってるだけかもしれないけど。



 …あたしも幸せを手に入れた。

 もちろん、今から…まだまだ苦難は待ち構えてるかもしれないけど。

 あたしは…海さんの事、信じて一緒にいるだけ。



 ♪♪♪


「あっ!!ぱーっ!!」


 おじいちゃまの腕の中でウトウトしてたリズが、LINEの着信音で起きた。


「すごい、リズちゃん。パパからの連絡だってわかるのかしら。」


 おばあちゃまが感激してる。


「今日は早く帰れそう…だって。良かった。」


 あたしはおじいちゃまに抱っこされてるリズの写真を撮って、それを海さんに送る。

 そして『お待ちしてます』って猫のスタンプ…(父さんが使ってる猫のスタンプ、買ってしまった…)

 すると、間もなくして…


『ありがたき幸せ!(スタンプ)』


「………」


 あたしが『え』の口のまま固まると。


「どうしたの?」


 おばあちゃまが、スマホを覗き込んだ。


 海さんが…

 まだうちの誰も使ってない、猫田風太郎のスタンプ使ってるーーーー!!




 ふふっ。


 ……平和だぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る