第34話 仔喰の狼
唐突に突き立てられたその大剣がシドの判断を鈍らせた。彼の行動の一手が遅れ、続く大剣のなぎ払いを防げず、シドの小さなが体が瓦礫に向かって吹き飛んだ。痛みはない、ダメージもないが。心が痛む一撃だった。
「どうして……」
「どうして?わかっているだろう、お前が一番……」
弱々しくシドは自分を吹き飛ばした相手を見つめた。
頭のてっぺんから足の爪の先まで灰色一色で統一したボロコートの男。左腕が不定形に変形し、無数のピースとなって空中に赤熱して浮かんでいる、異形の剣士。
「シド。俺はお前を今でも友人だと思っている。あの時の何もかもが楽しかったあの頃のお前を、な」
「今でも楽しそうだろ?」
違う、とその男は言った。言葉の裏には明確な怒気をはらんでいた。ただ、違う、と男は自戒であるかのように紡いだ。それだけで男が何を憤っているか、シドには察せられた。
「今のお前はただ取り繕っているだけだ。あの日のお前を再現しているに過ぎない。俺はそんなお前を望まない!」
「エゴだな。俺がどうあろうと俺の勝手だ」
「そのためになぜ……なぜアイツの遺骸を弄ぶ!わかっているはずだ、お前の願いが成就したところで訪れるのは人の時代のその先程度の領域だってな!」
ゲオハイド、の怒声にシドは反射的に魔術で反撃した。絶妙なカーブを描いた風の刃がゲオハイドの左腕のピースを薙ぎ払った。平時ならばこの程度で薙ぎ払うことはできない硬度の左腕があっさりと地面に落ちた。まして弱点でない属性で。
陰惨な笑みをシドは浮かべる。
天上の雲を裂いたせいでシドの魔力は半分も残っていない。そんな中ゲオハイドに強襲され、死を覚悟した。だが、彼の体も限界だと知ったとき、邪な感情がシドの中に現れた。
「《零落するは過福、すなわち荒涼なり》」
シドの周囲の空気が金切り声を上げ始める。無数の風の刃がゲオハイドの体を襲った。
もはや、なんで彼が生きているだとか、そういうことはどうでも良かった。生存本能が刺激され、確実に目の前の脅威を倒すことしか頭になかった。
親友と呼んで差し支えない存在の体に容赦なく風の刃を畳み掛ける。相応の魔力を消費して初めて成る極めて攻撃的な魔術だ。礼装のないシドではこれ以上を望めば半分以上魔力を消費せねばならない。
「舐めるなよ、このクソ魔術師がぁ!」
しかしゲオハイドとてただ黙って死を待つほど愚者ではない。すぐさま、ゲオハイドは「天軀」で後ろへと下がる。デッドゾーンから逃げおおせ、ゲオハイドは自分の足元へと視線を送った。
「シド、旧友からお前への手向けだ。頼むから抵抗してくれるなよ」
一瞬、ゲオハイドの足元がねじれた。それはやがて塊となり一つの獣の姿を招来させた。
灰色の美しい毛並みの巨大な
日光に照らされ眩しいまでの艶を発する目の前の銀狼は最低でもレベル100はくだらない、と魔杖を取り出しながらシドは考察する。今の自分ならギリギリ勝てる、といったところ。
装備しているアイテムも合わせれば無傷とはいえないが、さほどのダメージもなく倒せる。
「《
魔力残量を考慮して、シドは魔術語で魔術を行使する。炎で形どられた無数の蝶が銀狼へと放たれた。それらは銀狼へ近づくと同時に爆発を起こした。
銀狼の弱点となる属性を考えた一手だ。銀狼は氷属性と陰属性の二重属性のモンスターだが、その比率は氷属性に偏っている。所有しているスキルも多くが氷に関連する。
「(まぁ、それよりも俺は別のことが気になってるんだけどね)」
シドの知るゲオハイドはモンスターの召喚系スキルは有していなかった。準戦士職であるゲオハイドにとってはモンスターは壁役となりえない。むしろ戦闘の邪魔だ。
そのゲオハイドが召喚系スキルを使う、ということがシドには理解できなかった。
放浪の途中で壁役を必要としたか。
いや、ここでの推測は無意味だ。
まずは情報を集めなくては。
「――どういう風の吹き回しだよ」
「何がだ?」
「なんで、お前が召喚系スキル使うんだ?そもそも召喚系スキルって回数制限だからお前の職業と相性悪いだろ」
召喚系スキルは召喚魔術のカテゴリーに入るが、魔力を消費することはない。代わりに回数制限が存在する。一日十回というゆるい縛りのものもあれば、一週間に一回、一ヶ月に一回という飛び抜けた縛りのスキルも存在する。
当然のことだが、回数制限の縛りが厳しくなるほどスキルは協力なものになる。今シドが相手をしている銀狼クラスのモンスターを召喚する、となれば三日に一回の縛りでもゆるいくらいだ。
そしてこれは戦士職と相性が悪い。
ゲオハイドのように防御力がある程度ある戦士職のニンゲンは兎にも角にも突っ込むのが仕事だ。
そんなニンゲンにとって回数制限の壁役は非常に使い勝手が悪い。近接役の方が敵に近づくことが多いため、致命傷を受ける可能性が後方支援役よりも跳ね上がる以上、危機的状況というのは頻繁に発生する。
いざ危ない、と思ったときにもうスキルは使用できません、では話にならない。また壁役のモンスターに頼りすぎ、とっさの危険に対処できない、という問題も発声する。
「それを押してお前が召喚系スキル?意味がわからないな。よっぽど壁役が欲しい事態でもあったか?」
「――聞きたいのはそんなことか?」
「はぁ?」
「――もういい。あ、それとこれ召喚系スキルじゃないぞ?」
ゲオハイドの言葉にシドが眼を細めると同時に銀狼がはじけ飛んだ。ぐちゃんぐちゃんと肉が潰れる音を発しながらゲオハイドの足元に転がっていく。
ゲオハイドは転がったソレを冷たい眼で一瞥したかと思うと、まるで用無しだと言わんばかりにいともたやすく踏み抜いた。直後、彼の影の中につぶれた銀狼の体が取り込まれ、そして再び空間がねじれた。
「次はこういう手でいかせてもらおう」
出現したのは灰色の毛並みが美しい
表情をしかめる中、シドの頭の中では疑問符が踊っていた。召喚系スキルでない、というゲオハイドのセリフの意味がわからなかった。何もない空間からモンスターを召喚するならば、それは召喚系スキルでないのか。
ゲオハイドが魔術を習得しても高レベルモンスターを召喚することはできないから、という職業のメリット、デメリットも相まってより一層わからなくなった。
しかも目の前にいるセルベロスは火属性と暗黒属性の二重属性に加え、高い耐久力と攻撃力で有名なソレイユ・プロジェクトを代表する上位モンスターだ。しかも常に「監獄の狂気」という精神異常デバフを垂れ流している面倒極まりないモンスターでもある。
「《
とはいえ、近づけなければどうということはない。水の拳を作り出し、シドはまっすぐ打ち出した。セルベロスは持ち前の耐久力で防ごうと身構えるが、ゲオハイドがすぐに避けるよう指示を出す。
「《
それを見越してシドは水の拳を爆発させる。内部で爆発がおこり、ぐっしょりと両者が濡れる。
「《
続く氷結魔術でゲオハイドとセルベロスが凍っていく。特に水属性の攻撃はゲオハイドにとっては弱点となる属性だ。さほど協力でない魔術語の魔術であっても、今の彼には大ダメージになるに違いない、と踏んでの一撃だ。
しかしセルベロスは違う。元より氷属性の攻撃はさほど効果がない。火属性だから、というのもあるが、陰属性にも氷属性は効果が薄い。
「GRRRRRRR」
雄叫びとともにセルベロスは氷を砕いてシドに特攻する。だが、それは彼にとっても予想範囲内だ。
杖を二振りしてシドは水の球を作り出す。それらを複雑な軌道に乗せて時間差ではなった。二つの球の間を縫うようにセルベロスは翔ける。
「甘いんだよ」
水球を避け、シドに迫った矢先、背後からの強襲によってセルベロスの四肢がはじけた。躱したと思った水球が急なカーブを描いて背後から直撃したのだ。火属性である以上、水属性の攻撃はセルベロスにとっては弱点となる。しかも一点めがけて放たれた攻撃はセルベロスの足をもぎもした。
「さぁ、次はどんな手で来る?」
セルベロスが戦闘不能になったのを確認し、シドはほくそ笑んだ。ここまでゲオハイドが召喚したモンスターの推定レベルは90から100だ。うまく魔術を駆使すれば倒せる程度の実力しかない。
ゲオハイドいわく召喚ではないらしいが、どう考えても召喚系スキルだ。変なブラフでこちらを煙に巻こうとしているのか、と鼻で笑った。
「どんな手、だと?そうだな……じゃぁ。こういうのはどうだ?」
ゲオハイドの背後の空間がねじれ、無数の獣の頭部が顔を出した。
出てきたのは大小様々な獣だ。
犬、ワニ、象、獅子、ととりとめがない。それらはすべて異形、と言わざるをえない不格好な生命で、さっきまでの銀狼やセルベロスのような洗練されたデザインではない。
頭だけが異様に大きかったり、牙ばかりが肥大化していたり、鼻が人の顔だったり、瞳の位置と鼻の位置がちがったり、ととにかく寒気を感じる獣ばかりだ。どこか、進化の過程で生まれる奇形児ばかりが子を成したように見える。
それは歴史の影でおぞましいと呼ばれた存在達の系統樹。この世に憎しみを感情を持つ獣達が結託して成した世界に対する復讐の証明だ。
「シド、頼むからこいつらにただ喰い殺されてくれ。このジェヴォーダンの獣達に」
ジェヴォーダンの獣。
それは18世紀のフランスに出た、という正体不明の怪獣だ。狼ともハイエナとも言われるその生物は結局仕留められたかどうかもわからず、様々な憶測を呼んだ。一説には、悪魔ではないか、とすら言われているその獣。
「召喚系スキル……ではない。まさか……使役……?」
最後の可能性をシドは口にする。だが、それだとゲオハイドが一匹もモンスターを連れてなく、矛盾する。第一何もない空間からモンスターを出すのは召喚系スキルか召喚術の領分だ。
シドの常識で考えて使役スキル、つまりモンスターを使役するスキルは必ず近くにモンスターをはべらせている必要がある。それを無視してモンスターを出し入れしているゲオハイドのからくりがシドにはわからなかった。
「使役スキル、は近いな。別にバレたって問題はないからネタ晴らしでもしてやる、か」
総数にして十は軽く獣をこの場に呼び出し、ゲオハイドはそれらを従えた。獣王を自称するプレイヤーの国家元首に会ったことがあるシドですら、今のゲオハイドの方がその二つ名が似合っていた。
「俺のスキル、ジェヴォーダンの獣の獣が使役スキルってところまでは結構いい推測だ。だが、このスキルの真価はそんなところじゃぁねぇ。
系統樹を使役する、と言っても過言じゃない。俺そのものに刻みつけられた『獣』の設計図がここにあるってなぁ!」
刹那、シドの脳裏で思考が加速した。ゲオハイドの言ったセリフ、一字一句がまるでパズルの抜け穴を埋めるように彼の悩みを埋めていった。脳裏にかかっていたモヤが晴れ渡り、ただ唯一の答えが導き出された。
「つまり感覚で言えば人がゲロ吐いてるようなものか。系統樹になったお前自身が吐瀉物なり、液体なりみたいに獣を体から吐き出している、と」
シドのその品のない例えにゲオハイドはげんなりした様子で口をへの字に曲げた。シド自身もちょっと例えがアレだった、と自覚しているが、他に例えようがなかった、と自己弁護の論を心の中でつぶやいた。
「吐瀉物と同じ感覚で獣を出している、と過程すれば召喚系スキル、ではないな。アレはこの場にないものを遠距離からでも呼び出すスキルだ。でも、お前の場合はすでにここにある。
面倒なスキルだが、吐瀉物である以上限界があるんじゃないか?」
「それを俺が教える、と?」
「まぁ、そうだわな。あとついでにもう一つ聞きたいんだが、あの炎髪女に殺されたよな、お前」
攻撃している最中は気にもとめなかったが、攻撃をやめて頭を冷やすと疑問に思ってしまう。確かに目の前でガラクタになったはずの親友が動いている、というのはおかしな話だ。
「なんだ、そんなことか。簡単だよ。俺はあの時、自分の体の八割で戦っていた、それだけの話だ」
「……分割した背中、か」
そういえば、とシドはノウムスクの廃屋でゲオハイドが言っていたことを思い出した。背中の部分を失った、と言っていたはずだ。それがブラフだった、嘘だった、という簡単な話だ。
体をいくつものピースに分割できるゲオハイドならできない芸当ではない。ホッケウラからシスクまで随分とご苦労なことだ、と呆れないわけではないが。
結果として二割も体が残れば、ゲオハイドの意識はそちらに移る。あるいは少女と戦っていた固体が壊れる寸前で二割の固体を起動したか。
どちらにせよ、大した芸当だ。体を分割できるオールドアクトロイドならではの詐術だ。
「で、それが冥土の土産か?」
「バーカ、俺がこんなところで負けるかよ。だから長話して時間を稼いだんじゃねーか」
獰猛な笑みを浮かべ、シドは今の彼の残量魔力をすべて一撃に集約させる。自分の足元、少女を貶めた魔法陣に残った陽光の輝きも集約させる。それくらいの大盤振る舞いをしなければ目の前の獣達を倒せない、と肌で感じていた。
さっきまで相手していた銀狼やセルベロスとは格が違う、と思わせる強者の風格がゲオハイドの背後の獣達にはあった。おそらくは彼の系統樹の中でも上位の存在。龍種や竜種、上位悪魔や上位天使に匹敵する存在だ。
「そんなのと真正面から殺り合ってたまるか。《零落するは」
だが、ゲオハイドがおとなしくシドの攻撃を受けてくれることなどありえない。彼が強襲を命じると十体の獣は我先にとシドに襲いかかった。
ちぃ、と舌打ちを交え、六発の火球を獣達へ撃ち出したが、ダメージが入っている素振りを見せない。すぐに移動しようとシドが足を踏み出した瞬間、鋭く細い針が彼のかかとを貫いた。
血は出ない。しかし足という移動機能に支障は出る。
構わずスキル「偶像」で傷を塞ごうとするが、魔術師のシドよりも獣達の方が速度は速い。鉄槌ほど重い一撃がシドのみぞおちに叩きつけられ、彼の体が宙へ舞った。
ただ吹き飛ばされるだけでダメージはない。「物理無効化」が働いた証拠だ。これが熾天使であれば大ダメージだったろうが、今彼を吹き飛ばした存在は魔力を帯びた攻撃をしてこなかった。
これ幸いとシドはデリーターの固有スキル「
だが、今は少しでも魔力が欲しかった。陽光から集めた力を合わせても、まだ足りない、と直感したから。
「春夜夢」により魔力が四割ほどまで回復するのを感じた。代わりに生命力が残り六割ほどしかない。真正面からやって眼下の獣達に勝てる量ではなかった。
まずは牽制の目的で火球を、と魔術語で火球を発生させる。残り四割の魔力を大事にしなくてはならない。作る火球の量も、込める魔力も最小限だ。常の火球よりも多少大きい、しかし見てくれだけの火球を放ちながら、シドは建物の上へと移動する。
そして手早く、魔法陣を書き始めた。極めて小さいソーサーほどの魔法陣を屋根の破片に描くと、それをどこと知れずぶん投げる。
直後、巨大な熊に似た獣がシドめがけて右手を振り下ろした。グリズリーの五倍はある巨大な熊の一撃をシドは真正面から受け止める。魔力がこもっていなければ自分にダメージは与えられない。
そう思うと、初手でかかとを貫いたのは、と崩落する屋根に紛れ込みながらシドはゲオハイドの獣達を観察した。どれがかかとを射抜いたのか、見極める必要がある。
しかし、猶予などは当然だがなかった。瓦礫をかきわけ目と鼻の位置が入れ替わった豚がシドに食らいついた。だが噛み砕けない。
これも違う、とシドは残りの七体に焦点を当てた。自分を空高くぶん投げた鼻が人面の象、でかい熊、そして今絶賛左腕を噛んでいる豚、この三体はあとで時間をかけてつぶせばいい。
ゲオハイドも傷を癒やしているのか、攻撃をしてくる気配がない。
「だからまずはお前が邪魔だ!」
口内で風の刃を発生させるが早いか、異形の豚は人に似た鳴き声を発し、苦しみだした。ざまぁみろ、とシドが思ったその瞬間、再び熊が彼を吹き飛ばした。
「軽さが仇になった、か。こうも何度もふっとばされちゃな」
グリグリと噛まれた方の腕を回しながら、次の手に移った。地面に高速で魔法陣を書き上げる。そしてそれを瓦礫で隠し、シドは屋敷から出た。
その直後、巨大な毒々しい色の犬がシドの足元をさらった。彼がずっこけると同時にどこからともなく現れた獅子がその強靭な牙の武威をシドに浴びせかけた。かつてない激痛がシドの左腕に襲いかかった。
よく見るとその獅子のたてがみがところどころ発光しており、また尻尾も似つかわしい炎のゆらぎを見せていた。
となると、と激痛に耐えながらシドは考察する。おそらくは火属性の獅子。しかも内包する魔力量からして神聖属性も入っている。別に弱点ではないが、純戦士職だろう獅子の一撃は生命力をじょじょに削っていった。
「いい光景だな、シド」
「ゲオ……悪趣味……いて……」
「まだ、俺を愛称で呼んでくれるんだな。ほんと、最初の三人でお前が一番ニンゲンらしいよ」
広大な通りにただ一人立つ友人は悲しげな笑みを浮かべていた。その手には二メートルを超える大剣が握られ、背後には九体の獣を従えていた。平時の蒼ではなく、赫に発光している大剣を見て、シドはため息をついた。
砕けた大剣もブラフか。
本当に嘘だらけの旅だった。
「シド、色々後腐れがないようにもう一つ冥土の土産をくれてやるよ。お前にわたした、あの魔法陣が描かれた紙切れな。アレを俺は盗んだんじゃないんだ。
殺して、奪ったんだ」
シドの表情に動揺の色はない。ただ左手が痛いと思っているだけだ。まったく反応がないことにゲオハイドはため息をついた。せっかく隠してた真実を教えたのに、といった様子だ。
「あの二人組の親玉、お前が言う包帯男を殺したってことか?」
「そうだな。易い殺しだったよ。後ろから能力強化してグサ、だからな。魔術師の紙装甲なんて簡単に貫ける」
「あとは、話した通りか。……てことはあの二人には相当恨まれてたんじゃないのか?」
「だろうな。ホッケウラで俺を見たときは半信半疑だったろうが、シスクではマジで俺を殺そうとしてきたよ。多分、お前が首をみせろ、とか言わなくても俺に引き寄せられたと思う」
「ふーん。で、ここに来たのは俺を殺すため、と?」
「当然だ。亡霊に取り憑かれているお前じゃ、この国は終わる。いや、世界そのものが終わる」
世界ねぇ、とシドは嘲笑う。百六十年前からすでにその在り方は決めていた。世界は大事だが、それは今の世界ではない、と。
だから、まだ死ねない。
「ゲオはさ。昔っから真面目だよな。真面目に嘘をつくし、真面目に仕事をする。真剣に嘘をつけるニンゲンって結構少ないんだ。だから、俺もセナもみんな騙された。
嘘がバレるっていうのは、本当に誤魔化そうと思ってないからなんだろうな。本当に誤魔化そうと思えば、絶対に矛盾はつくらない。いや、矛盾に気づかせようとしない」
残った魔力をすべて、この一撃に。
「だからさ、昔からそういうところが好きだったよ」
魔杖をゲオハイドに向け、一振りする。詠唱は必要ない。すでに種は巻き終わった。たった三つしか作り出せないが、事足りると思いたかった。
「《零落するは事象、すなわち矛盾なり》」
シドが投げた二枚の魔法陣が起動する。それぞれが線と線で結び合い、ゲオハイドや獣達をその圏内に入れた。突然地面が光だし、ゲオハイドは困惑の色をうかべたが、すでに魔術は発動していた。
「簡易版だが、《
それは残った魔力すべてを放出して、さらに陽光の光も放出してようやく放たれる光柱だ。本来なら礼装なしでは達成できない魔術の境地だが、無理やり現象として起こしているのに近い。
ただ魔法陣をセットしてできる芸当でもない。予め陽光の光を浴びた魔法陣の上でなくては成立しない、プロセスを魔力の総量のゴリ押しですっ飛ばしているため、効果も本来のものと比べれば微々たるものだ。
大地から湧き上がる膨大な魔力の本流がゲオハイドの体を焼いていく。ただ純粋な殺戮の意志が彼を、彼の獣達を煉獄の炎で焼き尽くさんとしていた。逃れるすべは存在しない。いかに火属性に耐性のあるゲオハイドでも、耐えきることなどできはしない、とシドは確信めいたものを感じていた。
「しぃぃぃぃいぃっっっっっ」
だが、彼の予想を裏切り、蒼い炎の中からソレは現れた。全身を見にくくただれさせ、衣服もぼろぼろな一人の戦士。彼の右手に持つ大剣を前にしてシドは何もできなかった。
すでに魔力はなく、立つ力すら残されていなかった。
ゲオハイドの大上段からの一撃がシドの右肩を武装ごと切り飛ばした。本来なら切断される直前に装備の防御効果が発動するところを、貫通して右腕を切り飛ばした。
「『空間断裂』か」
防御貫通、空間切断の2つのバフを与える超攻撃的スキル。切断された箇所は再生されず、また回復薬を用いても再生することはない。シドやリドルといった精神生命体には効果は薄いが、純粋な威力としては破格の性能を有している。
事実、シドの生命力を著しく減少させた。元が紙装甲の魔術師だ。防御貫通など食らった暁には通常の倍近いダメージを食らうだろう。
右腕がもげ、左腕だけになったシドがゲオハイドを睨んだ。彼の背後の獣達は満身創痍だが、まだ生きている。シドの左腕を噛んでいた獅子も体の半分が黒ずんでいるが、まだ息があった。
「(失敗、だな)」
もう打てる手がなかった。魔力も、魔法陣にためていた陽光の力も使い切った。打てる手をすべて打って、それでも勝てなかった。
「けど、な」
ゆっくりとシドは立ち上がる。右手がないため、バランスがとりにくい。弱々しく立ち上がるシドをゲオハイドは蹴りつける。
シドが大の字になって倒れた。
「諦めるのは俺の性分じゃない。俺の百六十九年間を無駄にするわけにはいかねーんだよ」
「立ち上がる、か。なぁ、シド。もうやめにしろよ。俺の体もどうせ長くは保たない。魔力ものこりわずかだ。一緒にまた……どこか別の
ゲオハイドは一瞬でシドとの間合いを詰める。シドは拳を握りしめ、ゲオハイドを殴りつけようとするが、戦士職であるゲオハイドの攻撃の方が速い。
シドの振り上げた拳が切り飛ばされ、続く次手でゲオハイドはシドの心臓部を、本体を貫こうと剣を返した。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます