第28話 神王の弓

 ヤシュニナ唯一の不凍港を有するホッケウラは一大都市だ。軍港であるノボルスク港の他、多数の漁船港を有し交易の場としても高い優位性を帯びている。大都市たる活気があり、スコル大陸南方やハティ大陸の珍しい品が毎日のように商船に積まれて送られてくる。


 港の市場は商人や冒険者、魔術師、軍人などが行き交い、酒を片手に馬鹿騒ぎすることが日常茶飯事だ。時として喧嘩は起こるがそれもご愛嬌だ。激しくなれば駐留軍が動くし、それよりも早く周りのニンゲンが止めに入る。


 都市の人口は十万人程度だが、これはヤシュニナの全人口から見れば決して少なくはない。首都であるホクリンでさえ五十万人程度だ。百万人都市はあるにはあるが、南部に集中している。


 あくまで産業の基盤は南部であり、ホクリンやホッケウラが置かれている東部は経済が主な主軸となっている。

 だが、ホッケウラに限れば都市全体の人口は来訪者も含めれば三十万人は難くない。観光地のようなもので、常に都市のどこかで外国人の姿を目にすることができる。それほどまでに船でこの地に来るニンゲンは多い。


 快笑や苦笑が入り混じる混沌とした都市は今日も積雪の中活気で賑わう。常に物流の中心であり、何人たりともその流れを止めることはできないのだから。


 「言うて、リストグラキウスと戦争してから少しだけ入ってくるニンゲンは減ったがね」


 ホッケウラの中心街に設けられたレンガ造りの政庁でシドはぽつりと苦言を呈した。彼の手元には今月から半年後にかけての利益予想の見積表があり、それはやや下降傾向にあった。


 視察の名目で急遽ホッケウラへと出向いた矢先の冷ややかな歓待に思わず涙を浮かべそうになる。

 ――リストグラキウスとの戦争は予想以上の経済的悪因となっていた。


 リストグラキウスとの戦争により、ヤシュニナはハティ大陸までの海洋航路を一部勝ち得た。沿岸部にあり、東の脅威が薄いヤシュニナにとって海洋航路を得ることは値千金の価値がある。


 しかし同時にいくつかの弊害も生じていた。

 まずひとつはリストグラキウスにある港を経由してヤシュニナへと向かっていた商船の一部が来なくなったことだ。リストグラキウスはハティ大陸北東に位置する国家であり、南方国家の商船がヤシュニナなどに向かう際の経由地として使われる。


 そんな中突然リストグラキウスが潰れ、他国が侵略してとなればどうなるか。

 まず商人が考えそうなのは関税だ。

 船を停泊させる税や独自の商法などにより前までよりも多くの関税をぼったくられる可能性がある。


 次にあるとすれば、禁輸などだろう。特にリストグラキウスが潰れたことで領土を接するようになったサフィールやグアンといった陸上国家にとってヤシュニナが肥えることは避けたいはずだ。


 さすがに回りくどくありえなさそうな話だけど、と思いつつもシドは頭の片隅にその考えを残しておく。


 他にもいくつかの予想はつくが、今頃経済産業省のヴィクターあたりが対処してるだろう、と思考を止める。そもそも経済知識のあまりない自分が考えても不毛なだけだ。


 それよりも、とシドは市長に用意させたここ一週間のエメリフからの渡航者リストとクリメントからもらった盗人リストを交互に見比べた。一致している名前があったら同姓同名の別人の可能性も考えてとりあえず朱色で線を引いてく。


 未だ5月であり、そのホッケウラ以外の港は凍り使い物にならない以上必ずエメリフからの刺客兼盗人はここを使う、という算段だ。加えてクリメントからの情報がまだ新しい以上、一週間という猶予を以て臨むことにメリットがあった。


 それにしてもすごいな、とクリメントから貰ったリストを見てシドは感嘆の息をもらした。疑わしいニンゲンがずらりと並べられ、ご丁寧に顔写真まで添えられている。


 さすがはスパイマスターと賞賛したくなる情報収集能力の高さだ。警察は警察でも秘密警察NKVDに近いところがあるのがクリメントの率いる諜報機関だ。

 ことヤシュニナの地に足を踏み入れて、クリメントらが察知できないことは少ない。冒険者のような流浪のニンゲンは裏取りが難しいが、国籍を取得しているニンゲンはまたたく間に身柄を暴いてしまう。


 その結果が渡航者リストに引かれた朱色の線の数だ。軽く十は超えている。中には同姓同名の別人もいるだろうが、それは身柄を確保したあとで考えればいいことだ。そう思いつつもシドは盗人リストで線が引かれていないニンゲン二名から目が離すことができない。


 渡航者リストに名前がなかった二人だ。


 「多分、こいつらが本命なんだろうが……」


 エメリフからの渡航者リストに名前がなく、盗人リストにだけ名前があるのが何よりの証拠だ。おそらくは密航でもしたのだろう。しかし密航や密輸を行う可能性がある船舶は後日の検挙のために泳がされ、随時監視するのがクリメントのやり方だ。


 添付されている写真がフード姿なのもそれが理由だろう。かろうじて二人目のフード頭が少し尖っているため、亜人種か異形種だと見分けることはできるが、どの種かはわからない。


 盗人本命二人の名前はリリアとジャオとリストには書いてあった。名前は現場に居合わせた機関員の情報から、とされており、偽名の可能性も大いにある。それを言っては朱線を引いたニンゲンも偽名の可能性はあるが、同姓同名のニンゲンがこうも一週間の間にヤシュニナに現れるというのはできすぎた冗談だ。


 まさかこの世界のニンゲン全員が田中太郎ではないのだから。


 「リリアとジャオ、この二人は今ホッケウラ、か」


 クリメントからの最新の情報によると、だ。ひょっとしたらゲオハイドの情報を得て別の都市に移動しているかもしれないが、足を踏み入れることは無駄ではない。


 「ゲオ、行くぞ」


 席から立ち上がり、シドはひっそりと壁に背を預けていたゲオハイドに視線を送る。ゲオハイドという純戦士職のプレイヤーに撤退を選ばせるほどの実力者ならば、自分が行っても意味がないことはわかる。しかし、危機感よりも興味の方が勝ってしまった。


 「リリア、ジャオ。聞かない名前だ。だがその内どちらかが俺が逃げた相手なのかもしれない……けど」

 「そもそも名乗ったのか?」

 「いや、まったく。俺を襲ったのは包帯男だと言った。男か女かもわからん」


 ひょっとしたらミイラかも、とシドが口にすると低い音でゲオハイドは笑った。アンデッドの代表種でもあるミイラは魔術攻撃に秀でた種族だ。ダンジョンで遭遇したらそこそこ厄介な存在であり、ヴァリエーションも豊富だ。


 しかし物理耐久がほとんどなく、アンデッドの中ではスケルトンやゾンビと並んで紙装甲と言われている。


 「俺的にはリリアってやつかな、ミイラマミーなのは。ジャオってのは角があるっぽいし」

 「さぁな。見当つかん」


 自信のなさげなゲオハイドとのなんということのない会話がシドにはなつかしく思えた。自然と頬がゆるむ。普段とは違う相手と話すことがここまで楽しいとは思わなかった。いつもは殴られたり、蹴られたりするだけだからなぁ、と追憶に身をひたすシドをゲオハイドは少し小突く。


 一緒に歩をすすめるのも新鮮だ。特にヤシュニナの国務長官となって以来パーティーを組んで冒険をする、ということもなかった。ゲオハイドとツーマンセルを組むのも百何年振りだろうか。


 「それはそうと、ゲオが戦った包帯男ってどんな奴だったんだ?」


 市中を顔を変えて歩きながら、シドはふと思いついた疑問を口にする。実のところ昨日の今日でホッケウラに来てしまったため、さほど情報があるわけではない。一通りの相手の情報は掴んでいるが、ゲオハイドが戦った相手の情報はさほどわかってはいない。


 ただ魔術師としかわかっていない。具体的な能力もわかっていない。ならば道すがら、とシドが話を振ると、ゲオハイドは落ち着き払ってこう言った。


 「強いて言うならお前によく似た魔術師だよ」


 ふむ、とシドは顎に手を添える。

 自分によく似た魔術師ということは元素エレメンタル術士ウィザードだろうか。だとすれば自分とは相性がいいかもしれない、とシドは考える。


 しかし、疑問も生じる。


 「俺と同じような魔術師ってことは四元素を使うってことだろ?それとお前が対峙して負けるか?」


 シドの魔術は高次を堕落させる魔術だ。彼が使っている炎や流水もすべて元々はニンゲンの手がとどかない位置にある神の火だったり、神水だったりする。端的で表せばプレイヤーがレイドボスの通常攻撃をしているようなものだ。


 しかし弱点もあり、消費する魔力量と操作の緻密さから、開発者のシドでですら礼装の補助なしに使用することはあまりない。使えはするが規模は小さくなり、また威力も下がる。


 ゲオハイドのような純戦士職を相手取るにしてはいささか威力が劣る、というのもまた弱点の一つだ。レイドボスの通常攻撃程度で決定打になるほど上位プレイヤーは甘くはない。


 「あるとすれば魔術式とかかな?ゲオは俺の魔術を受けても多分あんまダメージ負わないだろうけど、さすがに魔術式喰らえばタダじゃ済まないだろ?」

 「まぁ、そうだな。なんと言えばいいんだろうな。お前によく似た魔術師だったんだが、魔術式は……よくわからん。何かをされたのは憶えているんだけど」


 不利だな、とシドはアイテムボックスから予備の杖を取り出しながら思った。今のシドは一応全身を神話級武装で覆っているが魔術礼装を持ち合わせていないため全力の力を出せない。


 手にしている杖も幻想級とワンランク下のアイテムだ。しかも魔術礼装ではなく、ただの魔杖であるためもうワンランク下、伝説級レジェンドの武器だ。


 しばらくは自分が動くことはない、と思い礼装の材料を収集してなかったツケだ。今のままでは魔術式はおろかいつも使っている魔術は使うにしても時間がかかる。


 相手の手の内が知れていればまだ対策はできるが、ゲオハイドの情報では教祖様が元素魔術使いとしかわかっておらず、追っているリリアとジャオのどちらかがそれかも不明だ。


 「それでも相手の根城に足を運ぶのは俺がプレイヤーだからか?」


 ホッケウラの外れにポツンと置かれた家屋のドアの前でポツリとシドはつぶやいた。古びたドア、古びた建物、窓だけが最近設置したであろう新品さが残る代物の廃屋が連中の根城と知ったときは目を丸くしたものだ。


 調べてすでに取り壊しが決まっている建物と聞いた時はいかにもな隠れ家だと思った。人などいないと思われる場所に隠れるのはやましいことがあるニンゲンの考えそうなことだ。


 大きさからして大人数が長時間住める場所でないのは明らかで、いてもせいぜいが二人か三人だろう、とシドは予測する。


 「まず俺が扉を壊す。そのあとゲオが突入してくれ」

 「シドは後衛か?」

 「そりゃ魔術師ですから。パーティー的にはもう一人前衛、そして回復役が欲しいところだけど」


 ないものねだりをしてもしょうがない。クリメントから情報をもらってすぐさまこの地に来たのだ。連れてきたボディーガードも置き去りにしてしまった。


 「ま、いいさ。それとバフをたのむ」

 「あいよ。『力を増せアル・ポエル速さを増せアル・イグニス』『水を打ち消せネアン・エレクル』『土を打ち消せネアン・ベルゴー』。まぁ、こんなところか?」


 ゲオハイドの弱点となる属性を打ち消した後シドは自分の魔力残量を確認する。「魔術語」を用いた魔術の行使はさほど魔力は消費しないが、相手が未知の敵であろう以上気にする必要はある。


 「じゃぁ、いくぞ?」

 「ああ、『零落するは王、すなわち廃滅なり』」


 シドの杖から炎の玉が飛ぶ。古びたドアは燃えるよりも早く砕け散り、中で爆発が起こった。舞い散るホコリの中、ゲオハイドは蒼い光る筋の入った大剣を手に廃屋へと突貫していく。シドもそれに続いた。


 刹那、何かが彼の頬をかすめた。魔術師程度の目では追えない、高速の攻撃にシドは魔術障壁を展開する。


 続いて飛んできたのは黒球だ。無数の黒い球が容赦なく彼らに打ちかかってくる。だが、それらはまるで意味をなさない。


 シドには障壁があり、ゲオハイドは大剣の影に隠れてやりすごしたからだ。黒球がなりをひそめると今度はゲオハイドが動き出す。薄暗い室内で彼はスキル「夜目」を使い、相手の居場所を探した。


 狭い家屋では不利とおもわれる大剣を縦横無尽にあやつり、ゲオハイドは自分達に攻撃を仕掛けてきたニンゲンに大剣を振り下ろした。


 血しぶきがほとばしった。


 生暖かい血の感触がゲオハイドを襲った。


 「ゲオ、待ってろ。今明かりを灯す」

 「いや、いい。それよりも……なにか変じゃないか?」


 暗闇の中、ゲオハイドはゆっくりとシドに近づいていく。シドは目は見えないが、足音から彼が近づいていくることは察せられる。


 そして確かに、とシドもゲオハイドの問いにうなずく部分があった。せっかくの暗闇を利用せず、攻撃してこないのは不自然だ。闇が続けばこちらも目が慣れてくる。先程の黒球が終われば本来ならば間髪入れずに次の手を打つべきだ。しかしなにもない。


 「さっき、何かを斬った」

 「人か?」

 「ああ、多分な。血の感触が肌を伝ったよ」


 だとすれば盗人の一人は死んだということだろうか。それはあっけなさすぎる、とシドは自分の中での盗人の評価に陰りを生じさせた。魔術師として高い技量を持ち、ゲオハイドを撤退させるほどの実力者かあるいはその部下という認識が間違っていたのだろうか。


 いや、その可能性は低い。ゲオハイドの戦力認識が間違っていたことなどこれまでなかった。ヤシュニナで大将軍として活躍した八十年間、ゲオハイドは常勝無敗の戦績を有し、彼が突然去った時は国民の半分が涙を流したほどだ。


 直後、地鳴りに似た音が彼らの頭上から響いた。


 とっさにシドは自分の魔術障壁の強度と範囲を拡大し、ゲオハイドを中に入れる。

 そしてその行動は正しかった。


 シドが障壁を強化すると同時に赤紅の光柱が彼らがいた廃屋を直撃した。その膨大なまでの熱量は周囲の雪を溶かし、こげ茶色の芝生を表出させるばかりか、おおきく地面と溶かし廃屋そのものを消滅させてしまった。


 魔術障壁が保ったのが奇跡だとシドは胸をなでおろす。すでにいつもの顔はいつもの彼のものに戻っており、また出ないはずの汗をかいているような、不思議な感覚に襲われるほど、自分は安堵していた。


 ちらりとゲオハイドへと視線を移すが、彼も無事だ。未だ煙のせいで周囲の様子はわからないが、立ち上がった黒煙を見て駐留軍が来ないかだけが心配だ。大地がマグマのように脈動するほどの攻撃を繰り出す相手と相対すれば消し炭になることは確定だ。


 「あっは♡やっぱ潰せてないじゃーないですか!もぉ、ジャオさんちゃんとしてくださいよ」


 シドが心配と安堵を繰り返す中、ひときわ高い声が頭上から聞こえた。思わず彼らが視線を向けると、空中に声の主は立っていた。いや、正確には立っているニンゲンの上に乗っていた。


 深い緑色のフードに身をつつみ、空中から眼下の自分達を見下ろす二人組。その姿だけで彼らにとって狙うには十分過ぎた。


 相手の自己紹介も待たず、まずゲオハイドが動いた。スキル「天軀」を用いフードの二人組との距離を一瞬で詰めていく。しかし彼が同じ高さに到達する目前で何かが彼を雪上へと叩き落とした。


 「『炎の蝶よアルフォ・ラァマ』」

 ゲオハイドが落ちる中、シドの魔術が飛ぶ。炎で形どられた蝶が二人組の周囲を囲っていった。


 「『滅せよエルフォード』!」


 そして瞬時にその蝶は爆発した。一体一体の爆発は小さくとも連鎖的に起こった蝶の爆発は並のニンゲンならば致命傷だ。だがこの程度で倒れるならばゲオハイドが逃げることは有り得ない。


 シドは爆炎が晴れるよりも早く、さらに多くの蝶を生成する。細かな動作をするため消費する魔力は多い。自身のオリジナルよりもこちらの方が今の自分には向いているから使っているが、いかんせん威力も火力も全く足りない。


 事実爆煙が晴れ、姿を現した二人組は平然として空中にたたずんでいた。


 一人は小柄な少女。派手な白いドレスに身を包み、顔も含めて汚れた包帯を体に巻いている。あかぬけた子供っぽい声とは裏腹に不気味な印象をいだかせる少女だ。


 もう片方は恐らくは上位種の蜥蜴人リザードマンだろう、とシドは推測する。しかもだ。


 神龍を先祖とするリザードマンの中には稀に先祖返りする固体が生まれる。彼らは例外なく頭部から祖とされる神龍と同じ形の角を生やしており、その角には生まれてからずっと膨大な魔力が常に溜め込まれている。


 目の前のリザードマンの角は三日月型だ。つまり月桂龍ルーリオン・コウハの血筋なのだろう、とシドは推測する。しかも上位種とくればその力は未知数だ。


 「リリアよ。アレはなんだ?」

 「んー?さぁわかんない☆魔術語とか使って攻撃するなんて、まだまだ見習いなのかなぁ?」


 リリアと呼ばれた少女の小鳥のような声にシドは薄い笑みを浮かべる。放とうとした次手の魔術をとりやめ、くるりと魔杖を左回転させた。

 切り替えだ。


 儀式魔術でもないのに魔術語を使う魔術師は三流だ。社会人になってもひらがなばかりの文章を書いているようなものだ。シドの魔術師としての矜持が彼の感情の高まりに拍車をかける


 「まずは、そこから落としてやるよ。『零落するは星雲、すなわち破局なり』」


 シドが詠唱をすると同時に彼の魔杖に無数のヒビが入った。彼の内包していた魔力も一気に減っていく。魔術礼装なしで大規模な魔術行使をしようとした反動だ。


 彼の手に持つ魔杖はもう使えない。幻想級の魔杖を使い潰してまで放たれる一撃にリリアとジャオは備えようとする。


 しかし彼らが障壁を展開するよりも早く、雪の中から一筋の影が飛んだ。ゲオハイドの蒼い太刀筋が二人をその場に釘付けにする。ジャオの魔術障壁とまともにぶつかり合うが、ゲオハイドにとってその程度は紙切れも同然だ。


 ジャオの障壁が砕かれるのと同時に彼らの頭上に影が落ちた。


 思わず二人が頭上を見ると、それは落ちてきた。


 ゆっくりと落ちてくると感じるほど速いそれは大質量、大熱量兵器となって眼下の三人へと無数に降り注ぐ。


 「いんs……来ぃ?」

 「は!やりおるわ!星を落としてくるか!」


 逃げようとする二人をゲオハイドは攻撃を繰り返すことで釘付けにする。自分自身を巻き込む形で繰り出される攻撃は容赦なく大地をえぐり、ジャオが作った穴がかわいく見えるほどの無数の穴を小規模で発生させた。


 近くに構造物や人がいない場所だからこそできる派手な攻撃だ。威力も絶大、普段起こす爆炎に十倍する威力の無数の流星雨を前にして傷を負わないなどありえない。

レイドボスですらこれに当たれば生命力HPバーを一本は一瞬で削ることができるのだから。


 紅白の煙が地表から立ち上がった。グツグツと煮られていく地面からマグマにも煮た赤黒いどろりとした塊が生成され、大地を溶かしていった。小規模に無数の隕石を落とした末、生じたのはとても深い大穴だった。


 「って殺す気かぁ!?」


 突如、泥をかぶって何かが大穴の縁が飛び出してきた。それは無数のパズルピースであり、シドの目の前でまたたく間に元の形を形成していった。


 「お前が魔術使うと思って釘付けにしたけど、なんだありゃあ?どんだけ隕石落とすんだよ!俺の生命力半分も残ってねーぞ!」


 元の形に戻った矢先、ゲオハイドは涙を浮かべてシドに詰め寄った。見ればところどころ体がくぼんでいたり、凹んでいたりする。彼の種族を考えればよほどの大ダメージだっただな、とシドは他人事のように考える。


 ゲオハイドはオールドアクトロイドと呼ばれる機械生命種だ。サイゴウのようなロストアークと似通った種族ではあるが、少し違ってサイゴウらの種族は長い年月で武具や鎧に生命が宿った、という設定だが、アクトロイドは元々自意識を持っている種族だ。


 初期段階で鋼の肉体、高い火属性、風属性の攻撃への耐性を有し、動きも人間種や亜人種の比ではない。しかしいくつかのデメリットがあり、例えば魔術が使えない、飲食ができない、パーツが破損したら機能が大幅に低下する、などがある。


 それは最上位種であるゲオハイドにも当てはまる。しかも彼の場合は無数のパズルピースへと自身の体を分解できる、という種族特性をもつ反面、分解したピース一つ一つに生命力があり、それらはゲオハイドの生命力を分割したものだ。つまり、ピースとなれば被弾面積が広くなり、弱点になるのだ。


 「つっても欠けてるところはなさそう、だよな?」

 「そうでもない。服で隠してるが背中スカスカなんだよ。全力は出せないな」


 困ったな、とシドは大穴の底を覗きながらため息をついた。倒したかどうかもわからない相手がいるかもしれないのに、手負いのプレイヤー二名は割に合わない。


 「あ、そういえばお前服はどうしたんだよ。服とか武器は分解できないだろ」

 「アイテムボックスに投げた。例の流星雨が当たる直前にな」

 「器用なことするなー」


 感嘆の息を漏らしながらシドはアイテムボックスをまさぐる。さっきまで使っていた魔杖はもう使い物にならない。修理すればまた使えるが、今はその手段がなかった。


 こんなことなら予備の礼装を作っとけばよかった、とシドはぼやいた。彼の持つ武器は基本は魔杖だ。神話級とはいかなくとも幻想級の魔杖は常に数本アイテムボックスの中に入れている。


 しかしその性能は一度でも威力の高い魔術を使えばヒビが入るほど低い。それもそうだろう。すべてシドがツナギとして作らせた量産品だ。性能は均質化され、装飾もすべて同じ。


 いつか自国の魔術師部隊に装備させよう、と画策して頓挫した高すぎる量産品だ。性能もたかが知れており、遺跡やダンジョン、ドロップアイテムの幻想級アイテムとは雲泥の差と言ってもいい。


 ないよりはマシだが、使い勝手は悪い。

 作らせた末に自分が下した悪評のレッテルを持つ魔杖を自分が使うことになるとは思わなかった、とシドは絶望感に満たされたかのようなため息を吐いた。


 「おいおい!ため息なんてついてくれるなや。こっちはまだ終わっちゃいないぜぇ?」

 「応ともよ!ワシらを舐めてもらっちゃぁ困るぜ!」


 土石流にも煮た濁音と共にその声の主は大穴から飛び出てきた。衣服はボロボロだが、まだ戦う意志を残しており、彼らの中の魔力は烈火のごとく滾っていた。


 即座にシドは魔術で爆炎を起こす。『生命力測定』『魔力測定』で見る限りはこの爆炎だけでも十分な殺傷能力を持つからこそ選んだ一手だ。


 シドが魔術を放つと同時に間髪入れずにゲオハイドが大剣を引き抜き、リリアへと突進した。その間にジャオが飛び込むと彼は障壁を展開する。爆炎を防ぎ、なおかつゲオハイドの本気の一太刀も防ぐ強度の障壁だ。


 続くゲオハイドの二連撃すらジャオは防ぎ切ると、黒い球を右手の中に生成しゲオハイドめがけて撃ち放った。

 ゲオハイドが大剣で防御しようと身構える。その最中、リリアが魔術で横合いからゲオハイドを襲った。


 彼女が両の手の平をゲオハイドめがけて合わせると、飛沫に似た黒い鏃が彼めがけて撃ち放たれた。


 とっさのことにゲオハイドの反応が遅れる。舐めるなよ、とシドはその鏃を防ごうと障壁を彼の周りに展開した。鏃は障壁に当たると打ち消された。


 残る魔力量もいくばくもなく、シドは燃費の良い火の球を一つ、リリアに向かって放った。彼女はその一撃を見てほくそ笑むと人差し指をくるりと回す。回すと同時に火の球が爆ぜた。


 目を丸くシドにリリアはさらに追い打ちをかけるように黒い鏃を放つ。超高速の攻撃だが、障壁を張れば問題はない、とシドはほくそ笑んだ。鏃自体の消費魔力もかなり少ないだろう。しかも、そのすべてが打ち消すのに苦労しないほど、脆い。


 速度と生成スピードにすべてのリソースをつぎ込んでいるのだろうか、と魔術攻撃の基礎理論を思い出しながらシドは考える。


 一般的に火の球や水弾といった魔術攻撃は消費する魔力の中で速度や威力を調節する。速度に偏れば当然威力はない。シドの火の球は威力に充填が置かれているため速度はそこまでないが、若干の追尾機能を有している。


 放つ魔術にもよるが随時速度や威力を調整することは可能だ。ただ、戦闘状況でそんな細かな作業を行えるニンゲンは少ない。


 「魔力も残り少ないからなぁ。全体の30パーセントくらいってとこか?」


 障壁を維持するのにも魔力を消費する。同時に魔杖の耐久値も考えなくてはいけないのだから大変だ。下手に大技を出せば魔杖が砕ける可能性もある。


 「んふふ、随分と硬いじゃん。でもこういうのはいかが?」


 リリアは笑い声と共に五度手を叩く。手を叩く、それが彼女の魔術の発動条件なのだろう。手軽でロスタイムも少ない。

 シドは火の球を2個生成し続く彼女の魔術に対応しようとする。


 「はは♡そんなのでアタシの攻撃に対応できるとか思ってんのぉ?」


 彼女を中心として空間が歪んだ。歪んだ空間は伸縮を繰り返し、その中心から一本の矢を招来せしめた。鏃は神の血塊、矢羽は神々の抜け毛を散りばめた、神代の代物だ。


 大きさはさほどない。リリアの等身に合わせた程度の大きさで実際の矢と遜色ない大きさだ。

 しかし内包する魔力量は文字通り桁が違う。とても彼女の残量魔力では生成できないほどに。


 「あーなるほどね。お前の魔術って召喚系だった?」

 「さぁ、ねぇ?」


 とぼけつつも笑みを浮かべている辺り、真実だろう。だとしたら先程まで飛ばしてきた黒い鏃はどこかに貯蔵されていたものなのか?これまで、速度重視の魔術攻撃ばかりしてきたおかげで、てっきりリリアは手数で勝負する魔術師なのだとシドは勘違いしてしまっていた。


 「ジャオ!こっち来て!アレやるよ!」

 「応さ。というわけで、だ。そろそろこっちも大技出させてもらうぜぇ?」


 追おうとするゲオハイドを跳ね飛ばし、ジャオはリリアの手から矢を受け取る。彼の手に矢が渡り、ジャオは獣らしい獰猛な笑みと共に魔術を行使した。


 「『座して照覧あれ、これぞ天上一の弓なれば』!」


 ――巨大な弩がジャオの手の中に生成された。それは鏃と同色同質の血塊で形作られ、弦は黄金の幾重にも束ねた髪から成る、神々の至宝だ。


 「シャーランガ……?」


 そしてそれはまっすぐ、放たれた。


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