ひとときの優しい時間

 イサベルは自分の顔を見て"可愛くない"と思った。


"姉上のように美人に生んでくれれば良かったのに"

"姉上のように可愛らしい性格になれたら良かったのに"

"姉上のように皆から愛されるように振る舞えたら良かったのに"


"姉上のように、姉上のように、姉上のように......"


 イサベルはいつもそう思う。それは彼女が何かにつけて彼女の姉と比較され続けてきたためである。



「イサベル公女殿下、テール王子殿下がお呼びでございます」お付きの女官がイサベルの部屋に入ってきて言った。


 ああ、私は王子の顔に傷をつけてしまったわ。テールは"なんともない"と言っていたけれど......イサベルは少ししりごみした。



「イロハ女官長、私は皆から"じゃじゃ馬"と呼ばれています」女官の名前はイロハといった。女官達の長である。イサベルは、しりごみしていることを隠すようにそんなことを聞いた。


「はい。公女殿下は"じゃじゃ馬"でございます」イロハ女官長はそう言って微笑んだ。


 イサベルにとってイロハは数少ない理解者であった。イロハは私のことを分かってくれている、少なくとも彼女はそう思っている。


「なにしろ、ジュノー王家の男子に剣で傷をつけました」


「テールは怒っているのでしょうか?」イサベルは率直に聞いてみた。


「さて、どうでしょうか。もしかしたら違う意味で傷ついているかもしれませんが......」


「違う意味?」


「はい。テール殿下もお年頃の男の子ですからね」と言って女官長はまた微笑んだ。



 宮殿の中をイサベルは自室からテールのいる客間まで歩く。すれ違うこの大公国に仕える者達は、イサベルにうやうやしく礼をしていく。しかし、心の中ではどう思っているかは分からない、とイサベルは思う。



 客間の扉をノックして開くと、当然ながらテールがいた。彼もまたイサベルと同様に鏡の前で自分の顔を見ていた。


「お呼びだてして申し訳ない。俺の方から出向くべきであったろうか?」とテールはイサベルを見て言った。


「いえ、私の部屋へは、たとえジュノー王家の方といえども入ることはできないきまりとなっています」


 警護上の理由から大公家の者の部屋へは特定の人間しか入ることができない。


「それより、王子殿下の顔に傷をつけてしまいました。その......大変申し訳ございません」イサベルは謝った。


 テールは何も言わなかった。彼はまた鏡に向かうと自分の顔についた傷を見た。そして、「むう、なかなかカッコイイではないか。」と言った。


「カッコイイ?」


「うむ。カッコイイだろ? なかなか良い具合に傷がついた」


 私に気にさせまいとしてそんなことを言っているのだろうか? とイサベルは思ったが、どうもそうではないらしい。


 テールは心底本当に気に入ったようにその顔の傷をしげしげと見ているのだ。しかし、浅い傷である。そのうちには治り、傷跡も残らないだろう。


「どうせなら、もっと深く傷がつけば良かったのだ」とテールは言った。


イサベルは可笑しくなり「ふふふ」と笑った。


「む? 何を笑っておるのか?」


「だって、傷がついて喜んでおられるのですもの。男の方ってそういうものなの?」


「傷があると戦士みたいでカッコイイではないか」


 そう思うテールも変わり者であったかもしれないが、イサベルは男の子って不思議と思った。


 "男の子って不思議"......それはイサベルにとって初めて感じた気持ちである。


 目の前にいる少年を自分とは違う性質を持った者であると、つまり、初めて"異性"というものを感じた瞬間だったのである。


「それより、謝らねばならぬのは俺の方だ。無理に剣術の修練に誘って申し訳ない」テールは申し訳なさそうにしてそう言った。


 イサベルは「いえ」とだけ言った。その時は、彼女はまだ自分の中にテールを愛おしく思う感情が芽生え始めていることに気付いてはいなかった。そして、それはテールもまた同じであった。



 窓からは夕日が差し込んでいた。その日のその時は穏やかな優しい時間が流れていた。



***



 さて、この物語はイサベルに初恋の感情が芽生えるこの時をもってひとまず終わりとしたい。この後の彼らの恋愛模様については、二人だけの秘密ということにしておこう。



 ところで、このテールは第三王子である。テールの上に兄が二人いる。歴史というものは ' 時 ' の集積である。' 時 ' は降り積もっては唐突に渦を巻き急流となって流れる。



 運命のいたずらというものだろうか。兄が二人いるにも関わらず、彼は後に『狂王』と呼ばれる王となる。いくつかの戦役がこれから起こることになるのだ。


 そして、イサベルはシエナ大公家の中でも騎士の血をより濃く引いていたのであろう。彼女はジュノー王国騎士団を率いて先陣を切って戦ったという。





◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



この回をもちまして、この物語は(超短編ですが)完結となります。


ここまでお読み頂いた方、誠にありがとうございました。



宣伝になってしまいますが、もし宜しければ「ヨウジョ・ワールズエンド・ノヴァ・スーパーノヴァ」( https://kakuyomu.jp/works/1177354054892169652

)もお読み頂けますと嬉しく存じます。


この物語の別の時代のお話しです。内容的なつながりは(たぶん)ございません。


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狂王とじゃじゃ馬姫 森野うぐいす @novel_namaha

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