Scene:12「介入」

 それを最初に見つけたのは先頭を逃げる強盗の男だった。

 止めてあった単車に跨り、迷わずベリルから逃げ出す事を選んだ彼が見たのは都市の外、暗闇の砂漠の中に蠢く影だ。

 最初、敵の別働隊かと思った。だが、近づくにつれ、それが人ではない事に気が付く。

 周囲と同じ色をした体。形こそ人であるが顔に当たる部分には目や耳といったパーツなくのっぺらぼう。そしてそれと全く同じ姿をしたものが後方に何体もいる事。

 それは砂でできた人形であった。数は一体何体ぐらいいるだろうか。少なくても多いと呼べるだけの数がいるのは確かだ。

 この光景を見て男はこのまま進むのは危険だと判断する。しかし、敵が背後から追ってきているかもしれない現状、止まる訳にはいかない。

 そこで彼は方向転換。信号機の落下した十字路を左に曲がる事で別の方向から街を出ることにした。しかし――


「な!?」


 方向転換先にも砂の人形。もしやと思い背後を振り返ると、そちらの方向からも砂の人形が群れをなして進行してきていた。

 三方を囲まれた状況。こうなれば彼も覚悟を決めるしかない。

 男はアクセルを踏み込み、単車の速度を上げる。速度と火器によって強引の突破を図ろうというのだ。

 左手でハンドルを握りながら肩に掛けてあったベルトを右手で手繰り寄せて銃を握る。

 銃身をハンドル部にのせて狙いをつけているため、命中性は悪いが離れた所から撃つつもりはない。このまま近距離まで近づいてその土手っ腹に派手に射撃を叩き込もうという腹だ。

 そうして両者の距離が十分に詰まり――男が引き金を引く。

 射撃音と共に放たれた銃弾。それがいくつも人形の土手っ腹を貫き背後へと通り抜けた。けれども、人形はまるで何も食らっていないかのように平然と男の乗る単車へと迫ってくる。

 その様子に驚愕した男は、それならばと人形を轢き潰そうと速度を上げた。

 そのまま人形と正面衝突する単車。衝撃は思ったほどこなかった。

 衝突した砂の人形はそのぶつかった衝撃で粉々に砕け散る。

 その成果に満面の笑みを浮かべる男。だが、単車はそのせいで減速してしまっており、次の砂の人形を砕く事はできなかった。

 砂人形の両手に捕まる単車。慌てて男はアクセルを上げていくが単車はびくともしない。

 そうしている内に男の左右から砂人形が迫ってくる。

 囲まれてしまった男に逃げ場はない。そのまま男は拘束され首を締め付けられるのであった。

 男の末路は同様に逃げていた他の者達の目に入っていた。

 砂人形達が彼らの方へと振り返る。それで次のターゲットが自分達だと悟った彼ら。

 砂人形達が一歩を踏み出すと、途端に彼らは背を見せ逃げ出した。けれども、そんな中の一人が突然道路に倒れ込む。

 いきなりの事態に一斉のその倒れ込んだ者の方を見る彼ら。

 うつ伏せに倒れた男。しかし、よく見るとその後頭部には小さな穴が血を流しながらできていた。

 瞬間、彼らの脳裏に『狙撃』という名の言葉が過ぎり――直後、二人目の犠牲者が生み出された。

 後は狂乱だ。狙撃から逃れるため彼らは乗り物を乗り捨て路地の中へと駆け込んでいく。それを追って同様の路地へと入り込んでいく砂人形達。そうして繰り広げられるのは生死を賭けた鬼ごっこだった。

 人々は砂人形に銃撃を浴びせながら逃げ、攻撃を受けながら砂人形は平然と進んでいく。

 捕まれば死。そうして恐怖の雄叫びと銃声が街中のあちこちでこだまするのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 強盗討伐組の中で戦場の変化に気付いたのはビルの中に隠れて次の方針を相談していたシュウ達だった。

 フレイやフィアと話している最中、離れていったはずの敵の声と足音が戻ってきたのだ。それも悲鳴を伴って。何かあったと考えるのが自然だろう。


「妙です。どういう訳か敵が戻ってきてるようです」


 そう言いながら異能で音量を増大させ情報をかき集め始めるシュウ。

 彼の報告を聞いてフィアは窓際に寄ると、すぐさま眼下の様子を探り始める。


「確かに戻ってきてますね。様子的には何かに追われている感じでしょうか」

「何かとは?」

「『砂人形め』とか言っているのでどうやらゴーレム系の異能者が第三勢力として介入してきたのかもしれません」


 ここで言うゴーレムとは『異能によって動く非生物存在』の事を指す。肉体の構成物は水や土、炎等多岐に渡り、加えてその動作も手動で動かすものから単純な自動動作、果ては自立思考を行える者までと様々な種類が存在している。

 性能もピンきりで作れる数も一体しか作れない者から数百体も作れる者もいるなど幅広い。

 今回はあちこちから聞こえる戦闘音の数から大量のゴーレムを生み出せるタイプだと予想するシュウ。


「どうしますか?」

「とりあえずオルクスに知らせましょう」


 これまでシュウ達は敵に自分達の位置を悟られないために無線機の電源を切っていたが、ことこの事態に至ってはそういう訳にはいかない。

 すぐさま通信機の電源を入れオルクス達と連絡を取り合い始める。


「オルクス。聞こえますか?」

『ああ、聞こえている。何かあったのかい?』

「どうやら第三勢力の介入があったようです。逃げたはずの強盗団がこちらに戻ってきています。こちらから見えるにどうやら逃走先で砂で構成された人形――要するにゴーレムの襲撃を受けたようです」

『――異能者の場所は?』

「少なくてもこちらの視界内にはいません」


 眼下を見渡しても異能で音を拾い上げてみても範囲内にそれらしい情報は上がってこない。

 恐らく砂人形だけを送り出したのだろうとそうシュウは推測した。


『わかった。強盗団も襲われているならこれ以上、ここに留まる理由もないね。なら引き上げよう』

「了解しました。ただ撤退ルートはどうしますか? やはり反対へ?」

『……何が言いたいかはわかるよ』


 今の所、砂人形は一方向からしかやってきていない。なので、脱出するなら砂人形がきていない方へと逃げるのが定石であるのだが……どうにもあからさま過ぎるのだ。

 まるでそちらの方へ逃げてくれと言わんばかり。そのため、シュウ達は罠の可能性を疑っていた。


「自分達が先行して調べましょうか?」

『そうだな……頼む』

「わかりました」


 そう返事して二人に視線を向けると、二人の方も心得たとばかりに頷きを返す。

 そうしてシュウ達三人は味方の脱出を支援するため、脱出ルートの確認に赴くのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 脱出ルートを確認していくシュウ達。

 やり方としてはまずは脱出ルートを目視で確認。そこから伏兵が潜みそうな場所を予測し、次にその場所を確認しに向かう。

 シュウの異能による索敵もあるのでいるのであれば発見できる可能性は高いはずである。

 しかし、今の所、それらしい存在が発見される事はなかった。


「気のせいだったのでしょうか?」


 拍子抜けの結果にフレイが首を傾げる。


「まだ油断はできません。砂の人形という事は異能の内容次第では『砂になって隠れている』というケースも考えられます」

「……ありえますね」


 とはいえ、そういった可能性まで上げてしまうと際限がなくなってしまう。『~~かもしれない』というのは重箱の隅をつつくアラ探しのようなものである。

 探せば必ず見つかる。何せ可能性は無尽蔵に広がっているのだ。どんなに可能性を潰していった所で人間にそれら全てを潰す事など不可能である。

 故に実現性の高い可能性だけを考慮する。

 この襲撃者は自分達と強盗団の戦いの最中、それも大方の大勢が決まったタイミングで介入してきた。

 この段階で強盗団側の味方の可能性は消える。同様にこちらの味方の可能性もない。もしそうなら攻撃を仕掛けるより先にこちらへの接触があるはずだ。

 つまるところ、第三勢力なのは間違いないだろう。このタイミングで仕掛けたのは漁夫の利のためか?

 だがシュウ自身、その考えには疑問を持っていた。

 漁夫の利を狙うなら最初に仕掛けるべき対象は優勢であった自分達の勢力のはずだ。

 既に戦闘継続の意志を失った連中に攻撃を仕掛けた所でただの遊びにしかならず、寧ろ健在なシュウ達を警戒させるだけの無駄なカードの切り方なのである。

 ならば、漁夫の利ではないと判断する。砂人形の速度から考えるとあの位置にいたのは事前にあそこから行くように指示した、あるいは配置したからだろう。

 つまり、襲撃の順番はその結果でしかなく、それよりも着目すべきは砂人形達の襲撃方向は予め決められていたという点だ。

 それは要するに敵――即ちシュウ達――の逃走方向を誘導できるという事でもある。

 自分達が敵ならまず間違いなくその方向に何か仕掛けを施す。そう考えて探っているのだが現状、何も見つからない。

 自分達の考えは間違っていたのか。そんな考えが頭を過ぎった時だった。

 突如、通信機から呼び出し音が鳴り響いた。


「オルクスですか?」

『ああ。そっちはどうだい? こっちは件の砂人形と交戦を開始した』


 その報告で三人は残り時間が幾ばくもない事を悟る。


「砂人形はどんな感じですか?」

『動き事態はそれ程でもないけど、攻撃に対して怯まがないのが厄介だね。おかげで銃撃が効かない。ただ破損してもそのまま放置されている状態で勝手に元に戻っていくという事はないようだね』

「行動に何か法則性とか見られます?」


 今度のはフィア。ゴーレムの動きから操作系か自動動作かを判断しようとしているのだろう。


『囮に何度も引っかかってる感じからして自動で動いているんだと思う。恐らく事前に入力された命令に従ってるんだろう』

「動きに変化がないという事は……やはり、異能者本人は付近にいないと考えるべきですね。砂人形自体も現地で生み出したんじゃなくて、離れた場所からわざわざ向かわせたのかも」

「なら砂人形の数も有限の可能性が高いか」


 ゴーレムを生成できる範囲は基本的に異能者の付近のみである。例外の異能がない訳ではないが、基本的にはそれを前提にして考えるべきだろう。


『それでそっちは?』

「砂人形は発見できず、現状は安全と言う他ありません」

『わかった。それじゃあとりあえずそちらに退避する事にする。何かあったらすぐに連絡をくれ』


 その言葉にシュウは了解と応えると通信機を切り、再び周囲を見渡した。

 相変わらず周囲の風景に変化はない。彼の異能で増幅して聞き取っている耳にも何かが近づいてくる音は聞こえてこない。

 先程、オルクスに言ったように安全。しかし、どうしてもその事実に納得がいかない。

 そのため、何があっても良いようにシュウは静かに集中力を高めていく。

 隣を見ればフィアは同様だ。目を閉じ深呼吸に意識を回すことで集中力が余計な所に散らないようにしている。どうやら彼女も安全という今の事実に懐疑的なようだ。

 そんな二人の様子をフレイは訝しげに見ていたが、余計な事は言わない。

 これまでの会話で二人がこの地点を警戒している事はわかっている。なら、これらの行動はそれに関する事なのだろうと理解しているからだ。

 静かに周囲の変化を探り続ける三人。

 そうして味方の集団が三人の警戒する一帯へと足を踏み入れた――その瞬間、それが起こった。

 アスファルトの上やひび割れの中、それに瓦礫や地面。それらから小さな何かがいくつも浮かび上がったかと思うとそれぞれが複数の箇所で集まり始めたのだ。

 やがて集まったそれ――即ち砂の塊は己の形を変え始めたかと思うと人の形へ変わっていく。つまり突如としてゴーレムが現れたという訳だ。

 そんな光景にシュウとフィアは驚くと言うよりも納得の顔を浮かべている。自分達の警戒が正しかったとわかったからだ。

 フィアが光線を放つための光弾を生み出すと同時にシュウは通信機へと手を伸ばす。


「オルクス!! そちらが領域に入ると同時に砂人形のゴーレムが形となりました!!」

『そこで生成したという事か?』

「いえ、恐らく『指定の場所に着いたら砂に戻って待機する』よう命令していたのかと」


 そして『一定以上の数を超えた存在が近づいてきたら元に戻ってそれを襲え』といった感じの命令も同時に出していたのだろう。

 少数では反応しないようにしたのは偵察から逃れるため。どうやら敵も警戒される可能性をしっかりと考慮していたらしい。


『――なるほど。見事な応用だ』


 シュウの説明を聞いて納得と感嘆の息を漏らすオルクス。けれども、その間にも事態は進行中である。

 人型へと戻った砂の人形はオルクスの部隊に迫っていく。気がつけばシュウ達の周囲も包囲されつつあった。


「移動しましょう」


 シュウがそう言ってフィア達を先導していく。

 幸い砂人形の動きはそれ程早くない。周囲を把握できるシュウのおかげで包囲を突破するのにそれ程苦労は必要なかった。

 浅い柵を一飛びで飛び越える。

 オルクスの言っていた通り砂の人形はただ命令に従って動いているだけで思考する能力はないようだ。砂人形達はシュウ達が飛び越えた柵を同様に飛び越えるのではなく、ただ強引に前進で突き破ろうとしていた。


「あの様子なら包囲さえされなきゃ振り切るのは問題なさそうですね」

「柵や壁を飛び越えれば、それだけで向こうの足止めになるものね」


 フィアとそんなやり取りをしながら通信機を取り出し、その事をオルクス達に伝えるシュウ。

 

『わかった、それなら建物内を通っていくルートで脱出しよう。窓を通るようにすれば自然と向こうを引き離せるだろう』

「敵の位置には気を付けてください。数で囲まれたら詰みですので」


 砂人形は決して倒せない相手ではない。ある程度の割合の体を失えば、崩れて砂に戻るのが既に確認されている。だが、問題はそれを叶える手段が非常に少ない点なのだ。

 銃弾や短剣では少量の砂を削るだけが関の山。オルクスの大剣ならもっと多くの砂を削れるが、それでも五十歩百歩といった差でしかない。

 一応、手榴弾なら体内に埋め込む事ができれば一発で倒せるが、それでも絶対数が足りなかった。

 そのため主な砂人形に対する対処法は『戦わない事』。

 幸い砂人形達は鈍重で判断能力も低いときている。そのため、しっかりと地形を選んで逃げる事ができれば振り切る事は不可能ではないだろう。

 ただそれは逆をいえば逃げきれなければかなり厳しい事になるという事でもある。そして数で囲まれてしまえば逃げる事も叶わず、突破する事も厳しい。

 と、なれば相手がとる手段としては囲んで逃げれないようにするか、あるいは――


「――逃げる先に別の手段を用意するか、だよな……」


 ふと、そんな言葉がシュウの口から漏れる。


「何か?」

「私ならできる事なら別の異能者を用意する所ですね」


 彼の呟きを聞きとがめたフレイが問いを返したのに対して言葉の意図を即座に理解したフィアが自身の考えを口にする。

 確かにフィアの言う通り、アドリブの効かない事前命令だけの遠隔操作では相手を倒しきれるか不明確だ。であるなら別の手札――異能者――を投入を考えるのが自然。

 砂人形で敵を動かし、誘導先にて別の異能者が待ち構え仕留める。そういう流れだ。

 ただ、どんな異能でくるかまでは情報が少なすぎて絞りきれない。それに待ち伏せが確定している訳でもないのだ。


「一応、撤退先が罠の可能性は頭に入れておくべきだな」

「索敵はあなたの数少ない特技なんですから、しっかりと見つけてくださいね」

「わかってます。その代わりそっちも取り逃がさないでくださいよ」


 互いに軽口の応酬をしながら先へと進む二人。

 進む道は細い路地。挟み撃ちで逃げ場を塞がれるリスクはあるが、視界を切れるので誰かに見つかる可能性は低い。それに挟み撃ちのリスクも事前にシュウの異能によって発見できるなら、それ程恐れる必要はない。

 それよりも大事なのは敵に簡単に見つからない事。

 悪い予想通りに待ち伏せがあったなら、その相手に見つからないに越したことはないのだ。


「――シュウ」

「大通り……少なくても範囲内には隠れている人間はいなさそうですね」


 その中で二人が一番警戒しているのはこの先にある大通りだ。片側二車線、左右合わせて四車線の道路でそれが左右に真っ直ぐに伸びている。道路は都市の外まで伸びており、そこを辿っていけば別の都市へと辿り着く。

 見通しが良く待ち構える相手としては絶好の場所。当然、二人もその事を理解していた。

 そのため、すぐには飛び出さない。路地で一旦立ち止まり、まずはシュウが異能を用いて周囲を探ってみる。


「どう?」

「……やっぱり、範囲内に息遣いはなし」


 とはいえ、それで安全が確定した訳ではない。遠距離から狙われている可能性だってあり得るのだ。


「どうします?」


 選択肢としては一旦戻って他の路地からも索敵をしてみるか、あるいは実際に大通りにでるかの二択となる。

 待つという選択肢はない。砂の人形に追われている以上、一応時間制限はあるようなものなのだ。


「――私が出てみます」


 そんな彼の問いに応えたのはフレイ。二人が視線を向けると、それを受け止めたフレイが自身の考えを口にする。


「この三人の中で一番倒れては不味いのは探知のあるシュウさんです。その次は彼と同様に異能者であるフィアさん。で、ある以上この危険な役割を担うべきなのは私以外にいません」

「一応、戻って別の路地へと向かう手もありますよ」

「ですが、それで見つかるとは限りません。時間もない以上、いたずらに探索に時間を掛けるのは得策とは言えません」

「「――」」


 彼女の提案に無言になる二人。そのまま互いの視線を交差させる。

 当たり前であるが、彼女の提案は相当危険なものだ。

 フレイは何かあれば~~といっていたが、まずその『何か』で死ぬ可能性の高いものなのだ。というのは死ぬ確率が高いものである。当然、彼女だってわかっているはずだ。

 つまり、彼女は自身を犠牲にしてこの大通りの危険度を測ろうと言っている訳だ。

 一般の感性からすれば間違った提案だと言われるだろう。

 しかし、ここは死の身近な戦場。幾度も知り合いの死を見、自身もすらも死にかけた事もある彼らにしてみれば時に味方を感情ではなく理性、つまり数字で見なければならない時がある事も知っている。

 一人の死で勝てる戦いがある。一人の犠牲で死ぬはずだった他の味方が助かるケースだってある。

『感情は間違っていると思いながらも、理性はそれがベターな選択肢だと言っている』

 それが現在、シュウやフィアの中で渦巻いている思考。正直、なんとも言えないざわざわした感覚だった。

 正直慣れたいとも思わないが、残念ながら以前経験した時よりも感情の揺れは少ない。むしろ余裕があるくらいだ。


「……お願いします」


 苦渋の末にその提案にのる事にしたシュウ。見ればフィアも自身と同様の顔を浮かべている。

 そんな二人の苦悩を察して苦笑を浮かべるフレイ。


「二人共お気になさらずに。では」

「お気をつけて」

「ご武運をお祈りしています」


 そうして大通りに飛び出したフレイを送り出すシュウとフィア。

 彼女は大通りに飛び出すと周囲を確認。視界内に敵らしき存在がいない事を確認すると手近な廃車の影に身を隠した。

 そして改めて周りを再確認。今度は双眼鏡も用いて遠くの方も伺う。

 高い廃ビル、建物屋上、窓、けれども、いずれにも敵の姿はない。

 やはり、敵は砂の人形だけなのか、と彼女がそう思った時だ。


――直後、一発の銃弾が彼女の頭部を貫いた。


 それを眺める事になったシュウとフィア。

 銃弾に貫かれた遺体はそのまま仰向けに倒れたかと思うと、軽く跳ねてその後動かなくなる。

 一瞬、駆け寄ろうとする衝動に駆られる二人。だが、すぐさまそれを自制する。二人の中にある本能がそのまま飛び出せば危険だと告げてきたからだ。


「シュウ!!」


 飛び出せなかった悔しさの変わりにシュウの名前を叫ぶフィア。叫びの意味はシュウにしっかりと届いている。


「方角はこの大通りはまっすぐ突っ切った先……つまり、砂漠地帯からの長距離狙撃だ」


 街の外まで真っ直ぐ伸びた大通りの先。そこに少し盛り上がった砂の丘がある。恐らく狙撃はそこから行われているのだろう。

 告げられた報告を聞いて歯噛みするフィア。流石にそれだけ距離あっては彼女の異能も射程範囲外。当然、携行している銃器もまず届かないだろう。


「オルクス!! 大通りには飛び出さないでください。狙撃手が待ち構えています。フレイさんがやられました」

『!? 彼女の状態は?』

「頭部を撃ち抜かれました。まず即死かと」

『――そうか』

「そちらに狙撃銃はありますか?」

『いや、残念だけど持ち込んでない』


 と、なれば誰かが近づいて仕掛ける以外に狙撃手を抑える手はないだろう。


「自分とフィアで狙撃手を抑えに向かいます」

『できるのか?』

「被害を抑えるのなら、そうするしか手はありません。幸い、先の狙撃で方向は絞れました。動かれる前に近づく事ができれば可能性はあるかと……」

『……どうやって接近する?』

「建物中を突っ切ります」


 先の狙撃音は聞き慣れたもの。つまり、銃器を用いて普通に放たれたという事だ。決して異能によるものではない。

 と、なれば建物の中を通っていく事ができれば移動中狙撃される可能性は低くなるという事である。加えて言えばこの案なら砂人形を振り切る事も可能。まず間違いなくベストな接近方法だ。とはいえ――


『街内までならそれでいいけど、外はどうするつもりなんだい?』


 そう敵の居場所は郊外の砂漠地帯。そして街の外から砂漠の丘までは遮蔽物は何もない。

 つまり、このままでは街を出た場合、その時点で気付かれ狙われる事になる訳である。


「考えはあります」


 その考えを通信機越しにオルクスに告げるシュウ。


『――確かにその予想が当たってれば勝機になるけど、本当にその通りになるのかい?』

「狙撃場所が縛られている以上、自分が敵の立場なら必ずその保険を打ちます。ちなみにフィアも同意見です」


 視線で同意を求めるとフィアは仕方ないわねとばかりに軽く縦に首を振る。


『――わかった。シュウの案を採用する。タイミングはこちらで指示する。それまでに郊外ギリギリまで向かう事。わかった?』

「「はい!!」」

『――』


 小気味よく重なった返事に対して苦笑の漏れ出た音が返ってくる。それをGOサインと受け取りシュウとフィアの二人は駆け出し始める。

 まずは窓を割って手近な建物の中へと入っていく。丁度、そこへ二人を追いかけてきた砂の人形が追いつき始める。

 砂の人形は二人を捕らえようと迫ってくるが、既に二人は窓の向こう側。それを追いかけようと窓へと近づくが、壁が邪魔で追いかけられない。

 それでも構わず窓に体を潜り込ませようとする砂人形。まるで壁にぶつかったゲームの操作キャラのようだ。

 その間に既に二人は建物反対側の路地へと裏口から飛び出し、更に奥の建物へと侵入していく。

 時には配管や突起物を足場に二階へと駆け上り、建物から建物へと飛び移ったりも。

 そうやって郊外付近までやってきた二人。今いる建物を出るともう遮蔽物となるものはどこにも見当たらない。

 それでもためらう事なく二人は建物を飛び出すと、そのまま目前に広がる丘へと向かって駆け出すのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Scene:12「介入」:完

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