Scene:6「勝敗」

 炎が渦巻く森林の向こうから手榴弾が投げ込まれたのはリヒトと呼ばれる少年が炎使いであるヘルカに『連中を炎で包囲せよ』と命じようとしたその時だった。

 当然、予知で把握していた彼は共にいる仲間に危機を伝えて退避させる。

 光線が飛び回り、その中を銃弾が飛び交う戦場。時折、向こうの身体強化使いが強行突破を試みようとするが、それを読んでこちらの身体強化使いであるマルスで抑えさせる。

 戦況はこちらの優位で経過しており順調だ。

 そうして爆発。

 以外な事に手榴弾が爆発したのは彼らのいる手前。森林の境界一帯だった。

 その直後にリヒトの未来予知の視界に再びスモークグレネードが投げ込まれる映像が映る。

 彼の未来予知は発動中、常時主観情報という形で彼に指定先の未来情報をもたらすものだ。

 感覚としては通常の五感と指定した未来先の五感、その二つを二重写しのような感覚で知覚する。

 未来情報の伝達時間は現実時間と同速。つまり五秒後の未来予知をするなら未来予知側の五感は常に五秒先の未来情報を取得している訳である。

 現実の世界を知覚しながら未来の世界を観測する。この際、未来を改変する行動を起こした場合、起こした直後に未来予知の知覚は改変後へと更新される。

 例えば五秒後の未来を見ていたとして、その五秒後に自身が刺される未来を見ていた場合、それを回避する行動をとれば、その行動をとった直後に未来予知の知覚は回避行動をした後の五秒後の未来へと更新される訳である。


 欠点は観測できる未来の先が短い事と主観情報故に五感が潰されれば未来を観測できない事、そして未来を改変した場合、現在と更新後の未来予知との過程を観測できない事。

 リヒトはこの大陸生まれの異能者だった。

 両親は武装蜂起の際に亡くなっており、残る家族は幼い妹二人を残すのみ。

 過酷な環境。けれどもそんな身の上話、探せば簡単に見つかるほど当時はありふれた話だった。

 人が他者を助けられるのは自身にその余裕がある時だけである。

 争いによって財産を、食料を失った人々は己を守るのに精一杯でとても他の人間を助けられる余力などない。いたとしてもそれでも数人が限界で目前に広がる全ての不幸者を救える者等どこにもいなかっただろう。

 当然だが不幸であろうがなんであろうが人は生きるために糧を得なけれならない。

 それはリヒト達も同様で、寧ろ彼らの場合、妹二人が幼いために彼一人で三人分の生きる糧を得なければならなかった。

 当然、手段を選べる余裕のない彼らの生活は真っ当ではない生き方にならざるを得ない。

 盗み、スリ、仕事に芸。とにかく思いつく限り方法で彼はその日の食料をどうにか手に入れ日々を三人で生き抜いてきた。

 ベリルの流れ着いたのはそんな中での偶然である。とあるトラブルで小さな集落から逃げ出した彼らはとりあえず手近な集落を目指しベリルへと辿り着いた。

 リヒトがベリルに抱いた最初の印象は『終わりの見えた勢力』。

 形だけは残った広大な都市の残骸を根城とした勢力。けれども、その中に食料を生み出せる土地はない。

 外部から食料を得なければならない土地等、いずれ干上がることは幼いリヒトでも理解できる。

 ある程度、身体を休めたら別場所に移ろう。この時、彼はそう考えていた。

 事態が変わったのは彼が異能に目覚めたからだ。

 最初に感じたのは違和感。今思えばいつもの感覚にさらに別の感覚が重なっているのだからそれも当然だ。

 そうしてそれが異能だという事を理解した彼は早速それを己の生活に利用しようとした。

 最初に行ったのはスリや盗み。未来がわかるので相手を振り切るのが楽になった。

 ただ、それも長くは続かない。

 新たな力に興奮して使い過ぎたのが敗因だったのだろう。そのせいで未来予知に感づかれてしまった。

 どれだけ未来がわかろうともわかった時点でどうにもできないのなら対抗のしようがない。気づいた時には妹達に接触されていた。

 接触してきたのはベリルの兵達。彼らはこれまで罪の帳消しと好待遇の代わりにその異能をベリルのために使うことを要求してきた。

 ベリルにしてみれば選択の余地はない。こうして彼はベリルの兵となったのだった。

 とはいえ、この話、彼にとって悪いばかりの話という訳でもない。

 兵士となれば配給される食料の量が増える上に生活の面でいろいろと厚遇される。さらに彼の場合、それらとは別に他の特典まで用意されている。

 農耕に適した土地がないベリルにとって食料は希少で価値の高い物資であると同時にトラブルを生み出す元凶だ。そのため、勢力が直接管理し配給という形で住民達に配られていた。

 その勢力から優遇を得られる話をもらったのだから、リヒトにしてみればチャンスでもある。

 妹を人質にとったような向こうの交渉は正直、苛立ちもあったが最終的には安定の生活を得られるという欲望の方が勝った。

 交わした約束はすぐさま履行された事もあり、リヒトはベリルの戦力としてその力を存分に振るう事となった。

 確かに先の不安な勢力だ。だが、こんな機会、断れば次いつ訪れるかわかったものではない。

 それにその不安もこの勢力が大きくなるのであれば話は変わる。寧ろ、自分の力を使って大きくすれば良いのだ。

 勢力が大きくなって周囲の勢力を併合すれば食料の問題は解決するし、自身の待遇も良くなり生活はさらに楽になる。

 そう考えるようになった彼はより精力的にベリルに貢献するようになった。

 リヒトの異能の隠匿はベリルからの指示である。

 未来予知は目に見える現象を起こす類の異能ではないので、初見ではそうそう気付かれにくい。それを利用してベリルは当初から彼をベリルの切り札にしようと考えていたのだ。

 リヒトの方も使い過ぎてベリルにばれた反省もあってその指示に従うことにした。加えて言えばそこには家族に矛先を向かせたくないという思惑もあったようだ。

 結果、派手な活躍こそないものの、彼は密やかにその異能の力で味方の危機を救ったりいくつもの作戦を成功に導いてきた。

 戦ってきた敵の中には自分と似たような境遇の者もいる事は理解している。中には無理矢理戦わされている連中だっているはずだ。

 けれども、リヒトにとって優先すべきは家族の生活。そのためなら他者を犠牲にする覚悟を持って彼は戦場に立っていた。

 

「――下がれ。スモークグレネードがまた来るぞ!!」


 吹き出す白煙からリヒト達は距離を取る。

 敵の狙いは予知を使わなくてもある程度予想がつく。

 手榴弾の狙いは攻撃ではなく道を作る事。爆発で炎を吹き飛ばす事で延焼を防ぐのが狙いだ。

 スモークグレネードは自身の予知に対する対策だろう。先程同様、視界を潰して未来予知を妨害するつもりだ。

 故に白煙から離れる。

 白煙に隠れて敵の姿が見えなくなるが味方の状況は把握できる。ならば問題はない。敵がどうであれ自分がいれば味方がそう簡単に崩れる事はないのだから。

 とはいえ油断はしない。伏兵対策としてクラリッサには周囲の警戒を指示している。

 身体強化系で押してくるならマルスで抑えさせればいい。

 光線の攻撃は未来予知と相性が良い。どんな軌道を描こうとも未来予知で標的とその軌道が事前にわかるからだ。後はその標的に指示を出して避けさせればいい。

 何もしてこないなら予定通りヘルカの炎で追い詰めるだけ。

 そうしてリヒトが敵の出方を伺っていた時だ。

 彼の未来予知の視覚に敵の攻撃が映された。だが、白煙からではない。左右に広がっている木々からだ。

 攻撃の種類は光線で方向は左側。白煙を囮に木々や茂みに隠して回り込ませてきたのだ。

 予想外の方向からの攻撃で未来予知の視覚では気付くのが遅れ味方が貫かれた

 だが判明した以上、その未来が実現する事はない。


「そこ、左の茂みから攻撃が来るぞ!!」 


 その指示を受けて即座に回避行動をする兵。直後、彼のいた場所を茂みから出現した光線が貫いた。

 だが、攻撃はそれで終わりではない。更新された未来予知の聴覚が新たにクラリッサからの攻撃を報告を受け取ったからだ。

 位置は現在のリヒトの真後ろの方向。先の攻撃で身体を左に振り向かせたために出現位置は未来予知の視界からは死角だ。

 けれども、その未来予知の視覚が自身の身体を光線が貫くのを目撃し、狙いが自身だと確信。その場から身体を動かす。

 結果、未来予知は更新された。

 回避した未来予知の視界に映るのは道路に飛び出して反対の木々に飛び込む光線の光景。

 その動きに視界が釣られた直後、兵が名前を叫ぶ声と共にまたも背後からの光線に貫かれた。

 先の光線は気を引くための囮といった所か。どうやら最初の光線は回避されると予想し回避先まで読んでいたようだ。

 視界を動かし死角から襲う。それが光線使いの狙いだと見抜いたリヒトは背後からの光線を回避しながら身体を回す。

 これまで目撃した光線は四。報告書や先程までの戦闘で光線は一度に八つまで生み出せるのを確認している。なら、残り四つがどこかから襲ってくるはずだ。

 その予想通り白煙から二発の光線が飛び出すのを未来予知の視覚が捉えた。だが、その光線は途中で軌道を変えて他の味方へと襲い掛かる。

 リヒトを狙いと思わせてのフェイント。だが、未来予知がある限り意味はない。事実、リヒトが指示を下した事で狙われた味方は避ける事に成功した。

 これまでの交戦で敵もこちらの異能は把握しているはず。にも関わらず何故こんな無駄な事をしてきたのだろうか?

 湧き上がる疑問。だが、その思考は新たな攻撃を未来予知が見つけた事で中断された。

 背後の森からの一発。囮となっていた三発目だろう。それに合わせて七発目、八発目が茂みから姿を表す。

 狙いはリヒト。正確に今いる位置に向かっている光線が飛んできているのを見る限りとここまでの流れを光線使いは読み切っていたとしか思えない。


(――まさか、誘導された?)


 攻撃の狙いを調整する事ができるのなら任意の場所を狙う事で回避先を限定させ誘導させる事はできる。だが、ここまで精確となると技術以上に相手の心理を読む能力が必要になってくる。

 それだけの相手となるとこれだけで攻撃が終わるとは思えない。必ずもう一手を指しているはずだ。


(!! 待て、これまでの攻撃――周囲からしか来ていないだと?)


 光線の軌道の設定ができるなら周囲からだけではなく、縦つまり上からの攻撃だってできるはずだ。だが、それをしなかったという事は――


(本命は上か!!)


 未来予知の視界は周囲しか見てない。それはつまり、リヒトが上からの攻撃に対して無警戒だという事を知らしめている。

 未来からの情報を得て辿り着いた着想。それと同時に未来予知通りの攻撃が三方同時に襲ってくる。

 未来予知が変わったのはリヒトが顔を上げ始めた直後、その予想通り彼の未来の視界には頭上より降り注ぐ五つの光線を目撃した。

 恐らくこれまで外れた光線。あれらはどこかで衝突等して消滅したのではなく、そのまま茂みや木々に飛び込んだ後、上へと登ったのだ。

 周囲からの光線に気を取られていたためその事に気がつかなかった。

 だが、気付いてしまえば避ける事ができる。

 上の光線の狙いはリヒトではなく味方。リヒト狙いでない辺りが嫌らしい。


「全員動け!! 上から攻撃が来てるぞ!!」


 個別に指示を出すのも手間だったのでそう指示を下す。

 狙われてない人も動かすことになるが、個々に指示を出して時間を掛けるよりもマシだ。

 そうして空を切る光線。

 敵の猛攻を凌いだリヒトは笑みを浮かべ――そして気付いた。未来予知の視界が白煙に包み込まれた事に……


(!? まさか――)


 慌てて視線を上に戻すとそこには光線に混じってスモークグレネードが落ちてきている。白煙を生み出した原因はこれだ。


(――この猛攻。俺達をスモークグレネードの範囲に入れるための囮か!!)


 気付かなかったのは光線に気を取られていたから、というよりも光線を見つけたせいで他の攻撃が混じってるとは思いもしなかったという方が大きい。

 だが、今更逃れようとしてももう遅い。全員が回避に注力していたため、すぐさま離脱行動がとれないのだ。そのままスモークグレネードが生み出した白煙の中に飲み込まれてしまう。

 それでも中に居続けるメリットはない。すぐさまリヒトは味方に白煙から逃げるよう指示を出そうとした――その時だ。

 未来予知の聴覚でリヒトは聞いた。


 それこそが敵の本命だと気付き急ぎ言葉を作る。


「全員、何も考えずとにかく白煙から脱出しろ!!」

「待て!! その声は音使いが作った偽物だ!! 騙されるな!!」


 だが、彼の言葉は直後に彼の声によって否定される。

 偽の声の主は偽物が発した通り、音使いだろう。声の方向からして既に味方陣の中に紛れ込んでいる。これでは味方には判別のしようがない。

 唐突に告げられた言葉に味方の動きが止まる。後者の指示に従ったからではない。どっちの声が本物なのか迷ってしまったから止まったのだ。それが敵の狙いであるにも関わらず……

 そんな彼らに目掛けて襲い掛かる射撃と光線の雨。

 未来予知で攻撃を知ったリヒトは回避しつつ味方に攻撃の到来を告げるが、直後に自分の声による否定が飛んだ事で味方に迷いが生じる。

 従った者と従わなかった者。それが彼らの運命を分けた。

 結果、従わなかった者は撃ち抜かれ、従ったものの反応の鈍かった幾人かは負傷を負う事となった。

 今回、ベリルが投入した戦力は二十一人。内、戦える者の数は十七人である。

 それが今の攻撃で十三人まで減ってしまった。間違いなく甚大な被害だ。

 数だけで言っても敵に負けてしまっている。

 この結果に憤慨するリヒト。こうまで見事に相手の策に嵌ったのは彼にとって初めての事だ。

 だが、熱くなってばかりもいられない。

 なんとしてもここから戦況を挽回しなければならないのだから……

 敵の策略は白煙と音使いを用いた未来予知妨害。

 視界を悪くし、偽の声で偽りの指示を下す事によって、未来予知の指示の信用性をなくすという訳だ。

 偽物と本物の区別がつかない以上、多くの人は矛盾した二つの命令にパニックとなるだろう。逆に慎重な人間は様子見で動かない事を選ぶ。そして仮にどちらかの命令だけを聞くにしても偽の命令を信じてしまえばその時点でアウト。

 最初の一手目の狙いはこちらの動きを止める事。そういう意味では絶妙な台詞選びだった。初見ならまず大抵の人が動きを止める事になるだろう。

 こうなると考えるべきは次の行動だ。

 最優先は生き残った味方を白煙から脱出させる事。だが、それは向こうも予想しているだろう。まず妨害されるとみて間違いない。

 白煙の中にいるせいでこちらは敵の位置がわからないが、向こうは音使いのおかげでこちらの位置を把握できている。

 数で負けている上に目隠し付き。そんな状態で強行突破ができる訳がない。必然、別の手段をとるか次善の策を選ぶ必要がある。

 この場合、次善の策とは敵の策の核を排除する事。つまり、音使いを倒すという事だ。そうすれば敵は妨害と探知ができなくなる。


(こんな所で死ねない。死ぬ訳にはいかない)


 家族の生活のためにもリヒトは生きて帰らなければならない

 故に彼は必死で生き残る可能性のある手段を模索していた。

 通信機経由での指示なら自身だと判断してもらえるか? 否、味方が倒れされた今、音使いはそこから通信機を奪う事ができる。この手段は確実ではない。

 やはり、直接顔を合わせるのが確実。そう結論を下してリヒトは駆け出す。

 手掛かりにしたのは最後の配置の記憶。恐らく味方がいるならその付近だ。

 最初に合流すべきは遠視を持つクラリッサ。白煙の中では視界は悪いが、自身よりは人探しに向いている。

 まずは彼女と合流して警戒と味方を探す。そう判断しての行動。

 しかしその結果、彼が見つけたのは弾痕で穿たれた彼女の死体だった。

 頭部に一発。他に傷はない。

 この正確さ。間違いなく彼女の位置や姿勢を正確に把握していないとできない芸当である。つまり、下手人は音使いという事だ。

 近くに音使いがいる。その事実に自然とリヒトの視線が周囲へと走る。

 視界は未だ白く何も見えない。だが、それでも僅かな影の動きも見逃さぬよう目を凝らすリヒト。

 と、そこへ未来予知の視界が短剣の飛来を知らせてきた。

 未来の自分の喉を突き刺したそれを持ってる銃で防ぐリヒト。

 短剣は盾にされた銃に深く刺さったがそれ以上は進まず、喉元まで辿り着く事はなかった。

 その刺さった短剣を引き抜きつつ、リヒトは即座に短剣の飛んできた方向に目をやろうとするが、その直前に未来予知の聴覚が背後からの銃撃音を察知する。

 左横に飛びつつ旋回し銃弾が飛んでくるであろう方向へと銃口を向ける。そうして銃弾が飛んできたのを見計らってその発射地点に向けようとした所で――

 光線の雨に撃ち抜かれる未来を今度は目撃した。

 即座に攻撃動作をキャンセルして避けるための動作に切り替える。

 左足の力を抜き、射撃態勢だった姿勢を崩す。

 そうして身体が左へと傾き、左膝が曲がったところで跳躍。左足に力を入れて自身を左へと飛ばした。

 先程まで自身がいた所に光雨が降り注ぐ。揺れ動く光と影の変化。それで光線の到来を感じ取りながらリヒトは飛ばした身を前転させて移動と体勢の立て直しを同時に図る。

 既に未来予知の視覚が次の攻撃の到来を知らせている。

 音のしない銃撃で撃たれ倒れたという光景。恐らくサイレンサーによるものだ。そんな装備を所持しているとしたら音使いくらいだろう。

 故に先手をとる。

 前転から起き上がりながら銃口を発射される方向へと向ける。銃口が向き終えば後は引き金を引くだけだ。

 千載一遇の機会。だが、そのチャンスは唐突に未来が更新された事でふいとなった。

 新たに映し出された光景は先程とは少し違う体勢で撃たれ倒れたという光景。既に撃たれた後のためどこから撃たれたのかはわかるはずもない。

 攻撃まで間がない故にその過程が飛ばされ渡された予知情報。だが、既にリヒトの身体は光景が映し出されたと同時に反射的に回避動作を始めていた。

 彼の戦場の感が、生き残りたいと思う生存本能が攻撃まで時間がないと気が付いたからだ。

 思考を置き去りにして最短、最速で動き出した身体はとにかく今の場所から逃れようと跳躍動作を実行した。

 直後に白煙の向こうから発砲音もなしに弾丸が飛来し跳躍直後のリヒトに襲い掛かる。

 右足を掠めた。右腕を負傷した。

 だが、死んでいない。なら、まだ終わりではない。

 急ぎ姿勢を立て直し牽制の射撃を放つ。

 狙うのは銃弾が飛んできた場所を中心とした一帯。銃口を左右に動かしながら数発毎に銃弾をばら撒いていく。

 銃口より飛び出したら銃弾はそのまま白煙の向こう側へと消えていく。

 当たったかどうかはわからない。ただ今は敵の動きが鈍ればそれでいい。

 おかげで周囲に意識を向ける余裕ができた。耳を澄ましてみると、あちこちで発砲音が聞こえてくる。

 時折、剣戟の音が混じるのはマルスが戦っているからだろう。

 着実に味方を削られている。

 その事実がリヒトに即座の行動を促させるが、彼はそれをなんとか抑え込んで冷静になろうとする。

 しかし、そこへ銃撃。

 未来予知で気付いたリヒトは射線から逃れて即座にそちらへと発砲するが、その直後に別方向からの射撃を未来予知で見る。

 それを避けると今度は頭上からの光線数発。明らかに攻撃の圧が先程よりも上がっている。

 ここから推測できるのはそれだけの人数をこちらに回せるだけの余裕が敵側にできたという事、つまりそれだけ味方の数が減ってきているという訳だ。

 このままだと追い詰められる。

 いくら未来予知があるといっても敵の攻撃から逃れ続けられるのはリヒトが万全の状態であればこそだ。

 負傷や疲労で動きが悪くなっていけばいくらわかっていても逃れることができなくなる。


(――潮時か)


 思案は一瞬。それでリヒトは決断を下した。仲間を見捨てるという決断を。

 これ以上、攻撃の圧が上がっていけばその一人だけ逃げるという選択肢すらもとれなくなる恐れもある。

 自分一人なら未来予知を使えば逃げ切れる可能性はあるだろう。

 作戦に失敗し味方を置いていったとなれば今の立場はなくなるかもしれないが、死ぬよりはマシだ。

 一応、他の選択肢としては投降という選択もあるにあったのだが、その場合、捕虜として拘束され長期間ベリルに帰れない可能性が出てくる。

 リヒトとしてはそれは容認できない。

 結局、彼は仲間よりも己の家族を優先し彼らを置いていくという選択を下したのだった。

 彼らはリヒトを恨むだろう。それはベリルにいる彼らの家族や同僚達も同様だ。

 だが、リヒトはそれでも構わなかった。

 恨まれて当然だとは思っている。自分だってされればそう思うに決まっているのだから。だが、それらを浴びる覚悟をした上で彼は家族を優先する事を選んだ。それだけ二人の妹は彼にとって大切な存在なのだ。

 罰として投獄されるかもしれない。あるいは死ぬまで酷使されるかもしれない。

 だが、現状と比べればそれの方がマシだ。

 ここで死んだら妹二人は守れない。そう、何かが起こってもいなければ守る事ができないのだ。だから必ず家族の元へと帰らなければならない。

 それが彼、リヒトの覚悟であった。

 そうして彼は全力で駆け出す。

 方向は射撃のあった二方向の間。恐らくそこなら人がいないはずだ。

 未来予知の視覚が二方向からの射撃を映し出す。

 けれども、リヒトは怯まず駆け抜ける。未来予知は多少の被弾はあったようだが、五体満足の結果を映し出している。ならば、ここは未来予知に従うべきだと判断した。

 頬を掠め、身体のあちこちに赤い筋を作っていく銃弾。けれども、それらがリヒトを貫く事はなかった。

 そのまま射撃手の間を通り抜け、白煙の外へ抜けようとする。

 視界が晴れ、燃える森が熱と輝きが未来予知の視界を眩ませた直後、未来予知の触覚が何かに貫かれたのを感じ取った。

 そのまま未来予知のリヒトは倒れていく。

 正体はわからないが攻撃だと判断した彼は足を止める。だが、そうして更新された未来は背後より光線に撃ち抜かれるというもの。

 すぐさまサイドステップで回避。直後、彼がいた場所を光線が掠め、それと同時に未来が更新。今度は真横からの爆発だった。

 その瞬間、現実の耳が小さな落下音を聞き取る。

 リヒトも慣れ親しんだその音の正体は手榴弾。

 即座の判断でそれから遠ざかろうとするがその眼前には五つの光線。

 未来予知で軌道を読んで通り抜けようとしたリヒトだが、未来予知の結果を見て愕然とする。

 光線の軌道は完全に遅延の狙いの軌道をとっていたからだ。

 光線から負傷せず逃れようとすれば時間が掛かって手榴弾に飲まれ、かといって手榴弾の範囲から逃れようとすれば光線による負傷を覚悟しなければならない。事実未来予知の自身は光線からの脱出に手間取り手榴弾の爆発に飲まれ重症を負ってしまった。

 どちらを選んでも待っているのは負傷。またも敵に嵌められてしまった事に怒りが湧き起こるが、それを原動力に変えて彼は手榴弾から逃れる道を選ぶ。

 致命傷だけは負わないように両手で己の身を守りつつ強引に光線を抜けていく。

 そうして後方で爆発。爆風で身体が飛ばされ破片がいくつも突き刺さったが、これでも最悪よりはマシな方である。

 そのまま白煙から脱出。

 ようやく外に出られた事にほっとした気持ちになるが、まだ助かった訳ではない。

 先程、飛ばされた時に銃を落としてしまっている。

 残っている武装は拳銃と短剣と手榴弾が一つ。加えて言えば全身傷だらけで身体の動きも悪くなってきている。

 はっきり言って攻撃を予知しても反応しきれるか怪しい所。こうなればもう逃げの一択だ。

 茂みをかき分け森へと飛び込む。

 車両の方には逃げない。そちらは先回りされている可能性もある上にその存在があるからこそ、彼らはここから迂闊に離れにくくなっている。

 つまる所、彼らにも囮になってもらうという訳だ。

 車両にいる連中は戦える訳ではないが、敵も別に鬼ではない。

 戦えないとわかれば降伏を促すだろう。

 そう自身に言い訳をして彼は戦場より離れていく。

 追っ手が掛かっている気配はない。どうやら逃げた敵は追わないつもりのようだ。

 その事に安堵しつつリヒトは思考をこれからの事へと切り替える。

 ここからベリルへとどのように帰還するべきか。

 まずはこの負傷だ。これが癒えなければ帰る事も難しい。

 移動手段や日数などは後回しにしてまずは近くの集落を目指すべきかとそんな事を考えている内に彼は崖に辿り着いた。

 下を覗けば断崖絶壁、落ちればまず助からないだろう。

 負傷でフラフラ状態の自身には危ない場所だなとそう思った直後、未だ起動状態だった未来予知の視界が自身が足を踏み外す未来を知らせてくる。

 それ見たことかと思って崖から離れようとした瞬間、彼は身体をふらつかせた。

 これまでの怪我や疲労からきたものなのだろう。恐らく未来予知の踏み外しもこれが原因だ。

 だが、問題なのはこれによって彼の身体が崖側に傾いた事。このままでは崖へと身を投げる形となってしまう。だが、力の抜けた肉体に自力で体勢を戻す術があるはずもない。

 必死に掴まれるものがないか探し――見つけた細い枝へと必死に手を伸ばす。

 だが、当然といえば当然なのだが細い枝が彼の体重を支えられるはずもなく枝はポキリと折れてしまった。

 折れた反動でさらに崖へと落ちていくリヒトの身体。最早、どうしようもないのは明白なのだが、現状を認められない彼は必死に生き残るための手段を模索する。

 死ねない。ここで死んでしまったら仲間を置いていった意味がないし、なによりも家族を守れなくなってしまう。

 加速していく身体。既に速度が十分乗っており、最早枝で和らいでも助からないだろう。

 それでも彼は助かるための思考を模索し続ける。

 目指すべき目的地ゴールには笑顔で駆け寄ってくる二人の妹の姿が映り――

 そうしてその光景を最後にリヒトは崖下の地面へと激突した。

 即死である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Scene:6「勝敗」:完

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