Scene:5「異能者」

 オルクスとフォルンからの増援と合流した一同。

 彼らは現在、敵を排除したバンガローで簡易な作戦会議を繰り広げていた。


「当然だけど、人数が少ない以上こちらがとれる手段は多くない」

「奇襲で数を減らして優勢かせめて互角にもっていく――か」


 部隊長の言葉にオルクスは静かに頷く。

 幸い敵の本隊はこの拠点が襲われ全滅している事をまだ知らない。

 通信設備はアンテナに細工をして通信を受信できないようにしておいた。

 当然、それまで通信できていたものが受信できないようになっている事を怪しまれるだろうが、装置の故障と思わせる余地が残っている分そのままにしておくよりはマシなはずだ。

 本隊がやってくるであろうルートについては検討がついている。

 森林の中を蛇のように曲がりくねって伸びる車道。そこを通ってくるはずだ。

 理由としては二十人規模の人数である以上、向こうの移動手段が複数の車両を用いた移動しか考えられないからである。

 で、あるなら通れる道はそこしか考えられない。

 オルクスが考えた作戦は炎使い、遠視系の異能者がいるという前提のもと、以下の流れで展開される。

 まず敵に遠視系の異能者がいる場合に備えて囮部隊が狙撃。

 これで遠視系の異能者の意識を彼らに釘付けにさせ、同時に狙撃部隊を後退させる事で対応に動いた部隊を本隊より引き離し数を減らす。

 一方、シュウ達は離れた山頂にて待機し囮部隊が動き出したと同時に一気に下山。

 停止している車両群の背後に回り、これを奇襲する。

 最優先目標は敵異能者。

 初撃はフィアの異能で位置を誤認させて混乱させる。敵に遠視系の異能者がいるなら、すぐに看破されるだろうが、それでも数秒気を引くことはできるだろう。

 また、そのアクションで誰が遠視系の異能者か判明させる事もできる。

 加えて奇襲予定ポイントは左右の木々の枝が道路の真上まで生い茂っている。仮に炎使いが森林へ攻撃しようものならその炎が彼らの真上にまで燃え広がって巻き込むという寸法だ。

 気が付かなければ彼らに大打撃を与え、気がついても炎使いの攻撃をある程度封じる事ができるという狙いである。

 無論、不安要素もない訳ではない。

 まず一つは遠視系の異能者の能力の詳細を知らない事だ。

 遠視系異能の多くは遠く離れた地点に視界を飛ばす。つまり、まるでその地点にいるような感覚でその地点の視界情報を習得するのだが、個々人で異能の詳細が異なる以上、全員が全員。そうだとは限らない。

 これは他のカテゴリーでも同様だ。炎使い一つとってもベリルの敵のように時間差で炎を発生させる事できる者もいれば既に存在する炎しか操る事のできないシュウの炎バージョンのような者だっている。

 カテゴリーとはあくまで異能の能力を把握しやすいよう大雑把に集め区分してまとめた目安に過ぎないのだ。

 故に異能者と戦う場合、彼らの能力の詳細を把握する事は必須事項ともいえた。

 詳細を知れば異能から逃れる方法も考えられるし、弱点を突くこともできる。そうすればどんなに強力な異能だろうと倒せる可能性は見えてくる訳だ。

 しかし、そういう思考がある以上、当然異能者を保有する側も異能の詳細が他の勢力に漏洩しないよう様々な方法で対策をとっている。

 異能者の力が強力だと評されるのはひとえに既存の法則を無視して様々な現象を結果として起こしているからだ。

 それはつまるところ既存の対策の裏を突けるという事でもある。しかし、それも種が割れていない間だけだ。

 種が割れてしまえば後はそれを前提に対策を組めば終わりである。

 攻撃能力を持った異能も攻撃能力を見極められたら防げる防具を用意されてしまう。

 例え既存の防具を越える攻撃能力があったとしても軌道を把握されてしまえば攻撃軌道から逃げられて当たらない。

 硬い防壁を生み出せる異能も防御能力を把握されてしまえば、それを貫通あるいは破壊できる武器を用意されるだろう。場合によっては防御範囲の外から攻撃するだけでいい。

 遠視系の異能者もその範囲が知られればその外から狙撃する手が使える。場合によってはその範囲情報から隠れ場所を推測する事だって可能である。

 無論、戦術とは対策一つとればそれで解決する程甘いものではない。逆に相手の対策の情報を掴めたのならその対策の対策をとる事だって可能なのだから……

 とはいえ、対策のいたちごっこをはいたずらに労力が掛かってしまう。

 そのため異能情報の秘匿が異能者が優位に戦うための簡易かつ堅実な対策になるのであった。

 情報とは武器であり防具である。だからこそ、判明していない情報は状況を覆しかねない危険要素となるのだ。

 オルクスの遠視系対策は一般的な遠視系という前提で組まれているため、その遠視系異能者の詳細が一般的なものと違うなら、最悪逆手にとられ全滅する可能性だってあり得る。

 とはいえ、彼らも漫然とした理由でこの対策を採用した訳ではない。

 過去のベリルの動きとその結果。そこから彼らは件の遠視系異能が広い視界を有してない事を導き出した。

 視界が範囲が狭いなら進行先を警戒するにしても進行しながら森林の中全てを索敵する事はまず不可能だ。ならば、優先される警戒範囲は自ずと絞られる。

 そう考えての今回の作戦なのであった。

 隠れ場所が山頂なのもそこなら遠視系の敵の警戒範囲に入っている可能性が低いと考えたからだ。


「狙撃部隊。準備はいいか?」

『こちら狙撃部隊。準備が完了しました。いつでもいけます』


 今回狙撃部隊に回した人数は四人。狙撃手二名、観測手二名という形で編成されていた。残る十一人は奇襲用の部隊となる。


「最初の関門。それを超えられるかは君達の働きに掛かっている。どうかよろしく頼む」

『わかっています。そちらもどうか無事に作戦を達成してください』


 そうして狙撃部隊との通信が終了した。以降は互いの存在を知られないために無線封鎖がなされる事になっている。こちらとしては後は狙撃が始まるのを待つだけだ。

 シュウは山頂の木々に身体を預けて装備を確認する。

 サイレンサー付きの拳銃が一丁とナイフが四本。そして増援の部隊が持ってきた小銃が一丁と手榴弾一つ。それが今のシュウの装備であった。

 フィアの方を見ていると彼女は渡された小銃を構えて、その感触を確かめている最中のようである。

 腰には拳銃一つに手榴弾、スモークグレネードがそれぞれ二つずつ。

 これは彼女の異能をフォローするためのものだ。

 彼女の異能はその特性上、速射に向かない。それ故にその面を小銃でフォローする訳である。

 また小銃による牽制で物陰へと誘導し、異能でとどめを刺すというのも彼女の得意とする戦術の一つだ。

 一般的に遠距離射撃系の異能があるなら銃は必要ないと思われがちであるのだが、実際の所、そういう事はなく異能には異能の、銃には銃の利点がきちんとあるのであった。


「――見えたぞ」


 と、道路を監視していた仲間の一人が双眼鏡を構えたまま声を上げる。

 それに釣られて道路へと視線向ける一同。

 見ると確かに遠くの方で群となって動く光群があった。

 光群の正体は集団をなして進む車両群のヘッドライトだ。

 その様子に自然と圧力を感じてしまうシュウ達。

 ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が耳に届いた。

 徐々に近づいてくる車両群。その様を眺めながら彼らは姿勢整えいつでも動ける構えへと入っていく。

 狙撃部隊が狙撃を始める位置に車両群が辿り着くまでもう少し。

 その結果を確認するためシュウは双眼鏡を構える。

 車両は大型車が二台と中型車が一台。

 大型は運転席と助手席の後ろが荷台になっており、恐らくそこに兵士を乗せているのだろう。荷台が幌で覆われているので中は見えないが大きさ的に六~八人くらいは乗せられそうだ。

 中型車には四人乗っており、つまり、多くても二十四人くらいとなる。

 数としては想定の範囲内というべきだろうか。

 中型車の運転席に座っているのは運転役の兵士だろう。その隣の助手席には十七歳くらいの青髪の少年。

 後部座席には二十代前半の茶髪の女性と双眼鏡を構えて一帯を見渡す兵士の姿があった。

 恐らく女性と少年が異能者だとあたりをつけるシュウ。想定通りならどちらかが遠視系でどちらかが炎使いのはずである。部隊長らしい者の姿がいないのはそれを兼ねているからなのか。


(――とはいえ、現状じゃ確定させるのは難しいか)


 何せ材料が乏しい。ひょっとしたら問題の異能者は荷台の方に乗っているかも知れないし、そもそも来ていないかもしれない。

 可能性は高いと言っても推測は推測だ。あまり思い込み過ぎない方が良いだろう。

 故にシュウは一旦思考をリセットする事にした。

 目を瞑って深呼吸をし、頭が空っぽになったタイミングで己の意識がどこかに沈んでいく姿をイメージする。

 深く、より深く。抵抗らしい抵抗もせずに沈んでいく自身の意識。周囲は暗く見えるのは己の姿だけ。しかし、だからこそ揺蕩う意識は自然と見える己と見えぬ行き先へと割り振られる。

 それは先程の思考で乱れた精神を落ち着かせ一つの方向へと導いていく形となる。

 やがて自身の姿が意識の外へと外れ、全ての意識が見えぬ底へと向けられる。

 そうしてより底へ底へと意識が沈んでいった所で――シュウは己の意識を現実へと引き戻した。

 既に思考はさざなみのように落ち着いている。集中力も雑念で散り散りになっていた先程と比べればかなりマシな状態だ。意識的なコンディションは回復したと言っていいだろう。

 もう一度、双眼鏡で車両の位置を確認するシュウ。

 三台の車両はもう間もなく狙撃予定地点へと到達しようとしていた。

 中型車の車上では運転手と助手席の少年との間で軽いやり取りが行われているようだ。

 そうして車両が狙撃予定地点に到着。

 直後、一発の弾丸が先頭の中型車の横を掠めた。


 それを合図に一斉に動き出すシュウ達。目元から離した双眼鏡の向こうでは射撃に気付いた敵達が慌てて対応に動き出している。

 予定通りの展開。けれども、シュウは眉をひそめていた。

 狙撃が行われた際、何か妙な事に気がついたはずだからだ。『はず』であるのは具体的に何が妙だったのか本人すらもわからなかったからである。

 だが、既に状況は動き出している。違和感も感じながらも身体は作戦通りに動かすシュウ。それと並行して先程の記憶を掘り起こす。

 別に弾丸が防がれた訳ではない。弾丸は真っ直ぐ妙な減速をする事なく飛んでいた。

 外れた事もおかしくはない。遠距離からの狙撃。それも動く目標である以上、百発百中等夢物語だ。外れる可能性は十分あり得る。

 一体何がおかしかったのか?

 思考しながらも身体は全速力での下山を続けている。両者の距離はもう間もなくシュウの異能で敵部隊の会話を聞き取れる範囲に入るだろう。

 異能を発動しつつ、思考は再度狙撃の瞬間の映像をリピートさせる。

 狙撃前。車上では運転手と助手席の少年との間で軽い会話がなされたくらいだ。どんな会話かはわからない。

 ただ少年が運転手に話しかけ、運転手はそれに不思議そうな顔をしながらハンドルを軽く切って――


『追撃中止!! 背後から敵襲だ!! クラリッサは先にそっちを確認しろ!!』


 違和感の正体が判明したのと敵部隊側の少年がそんな指示を飛ばしたのはほぼ同時だった。

 その瞬間、シュウはオルクスに向かって叫ぶ。


「マズイ!! オルクス!! 敵部隊の中に未来予知の異能者がいます!!」


 違和感の正体は狙撃の直前に回避行動をとっていた事。あまり大きく曲がってなかったのでそれ程不自然には感じなかったが、それでも射撃が始まる前に対応に動いた事でシュウの無意識の感覚が警鐘を鳴らしたのだ。

 そして今の敵の言葉。明かりを消し、木々に遮られたこちらが視認されたとは思えない。

 指示の内容から考えれば遠視系は別の人間で間違いないし、その上で先に襲撃や狙撃に反応したのは指示を出した当人。それもまだ起こってもいない内容が口に出てる事から見ても十中八九未来予知系の異能だ。


「!?」


 シュウの警告に驚愕する一同。しかし、足は止まらない。

 既に賽は投げられたのだ。このまま飛び込むのが危険なのは承知したが、さりとてどうしたらいいかはわからない。とりあえずオルクスから中止の指示が出てない以上、作戦は継続という事で下山を続けるしかないのだ。


「スモークグレネード。準備!! シュウはそのまま敵の情報を教えてくれ」

「「!!? 了解!!」」


 そこへオルクスの指示。その意図を理解し、すかさずフィアを始めとするスモークグレネード持ちの兵達が準備に入る。

 一方シュウの方は下山しながら敵の会話に耳を傾けていた。

 状況が想定外の事態に直面した以上、ここから先はアドリブで対応するしかない。

 そして正しい判断をするためにはより多くの情報を集める必要がある。

 幸い敵はシュウの存在にまだ気付いていない。ストラの情報の中にシュウの情報と思わしき音使いの異能者の情報もあったものの現状はフォルン単独と敵部隊は判断しているのかもしれない。


『!? 糞が!! 下がれ!! 連中、スモークグレネードを投げ込んでくるぞ』


 敵がそう指示を出した直後、オルクスによるスモークグレネードの一斉投擲の指示が下された。

 今の反応から見てどうやら未来予知は数秒先が限界らしい。一秒でも早く対応すべきこの状況でこの時間なら、さらにそれ以上先の未来を見れるという事はほぼないだろう。

 加えて先程から反応がピンポイントな事から可能性列挙ではなく確定予知の系統だというのが推測できる。

 投げられたスモークグレネードが煙を吹き出し辺り一帯が白く染まっていく。

 視界が煙に塞がれ互いが互いを視認できない状況。


「フィア!!」


 そこにシュウとフィアは一石を投じる。

 シュウが少年(既に彼はこの時点でこの未来予知を持つ少年こそがこの部隊の隊長だと確信している)の位置を彼女に教え、それを受けて彼女が自身の異能を放ったのだ。

 射撃方向を絞らせないために光線が山なりの軌道を描いて落ちていく。

 少年が咄嗟に回避できたのは自身を撃ち抜かれた未来を見たからだろう。だが、先程よりも反応が悪い。

 どうやら未来予知も白煙の影響を受けてるようだ。恐らく自身の主観で未来を見ているのだろう。

 と少年の向きがこちらへと変わる。その直後――


『リヒト。見つけました。位置は――』

『ああ、わかってる』


 女性の声が煙内に響いた。その声よりも先に少年が動いたのは未来予知でその内容を先に知ったからだろう。


「!! 遠視系に見つけれました」

「全員後退!!」


 その声を拾ったシュウが急いでオルクスに見つかった事を報告すると彼はすぐさま後退を指示。一同は急ぎ森の中へと戻っていく。


『そんな反応が早すぎる!?』

『――声を拾われているのか。報告にあったストラの音使いだな。絶対に見失うな。 マルス!!』

『おう!!』


 声色からして男だろう。細かなやり取りは必要ないと言わんばかりの応答の後、シュウの耳が強く踏み込む足音を捉えた。

 通常の人間ではあり得ない程の力を宿したその音を聞いてシュウは男の正体に思い至る。


「敵身体強化系。突っ込んできます」


 直後、力強い足音が彼らの耳に届いた。

 通常なら何十歩と掛かるその距離をテンポ良く半分近くの歩数で近づいてきたその者は視界に標的を見つけると一番近い者に向けてその方向を修正する。

 身体強化とはその字の如く身体能力を上昇させる異能の事だ。

 一口の身体強化といっても強化される項目や上昇量は個々によって異なる。

 各所の筋力や肌や骨の頑強度、五感に反射神経、思考能力に記憶能力。そういった身体に備わった能力を数値的に上昇させる。それが身体強化の特徴であった。

 人間という常識を超えた速度に狙われた兵士は慌てて反撃しようとするが遅い。そのままマルスと呼ばれた男が持つ大斧によってその身体を真っ二つに断たれ――ようとしたその時。両者の間にオルクスが割り込んだ。

 いつの間にと思う程の速度。そのままオルクスはマルスの振り下ろしを両手に持つ大剣で防ぐ。

 響く轟音。そこからマルスの一撃がかなり強力な事が伺えるが、オルクスの方もそれがどうしたとばかりに平然とその一撃を受け切る。

 受け切れる理由は単純。彼もまた異能者だからだ。それも敵と同様の身体強化系の……


「ほう。受け切ったって事はてめえがオルクスか」


 事前の情報で彼の正体に辿り着いたのだろう。身体強化系とまともに力比べができるとなればまず浮かぶのは身体強化系、その上でフォルンの身体強化系となれば自然とオルクスとなる。


「そうだと言ったら降伏してくれるのかな?」

「冗談。折角面白くなってきたってのに――よ!!」


 最後、喋りながら力を込めて距離をとるマルス。

 それを見てフィアが異能で牽制。飛んできた光線をマルスは跳躍で左へと避けるとそこを狙って他の兵士達が射撃を放つ。


「!! 敵部隊。スモークから抜けます」


 大斧を盾にしながら後退をしていくマルス。と、そこへ白煙から抜け出した敵部隊が反撃を放ってきた。


 直前にシュウが気付いたおかげで味方部隊はマルスを追うことなく即座に森へと後退を始めている。

 木々が障害物となって銃弾が中々通らない。無論、全ての弾が防げる訳がなく何発かが彼らに襲いかかるが幸い傷付いた味方はいなかった。

 こちらの反撃のメインはフィア。彼女の放った光線は木々という障害物を悠々と回避して全弾が敵部隊に襲いかかるが向こうには未来予知の異能がある。

 リヒトと呼ばれた少年が標的を予知する事で味方に回避を指示し対応していた。

 無論、他の味方もチャンスがあれば銃撃を見舞っているがこちらの射撃も木々のせいで敵になかなか当たらない。

 状況は膠着状態。奇襲は失敗したが、その後は上手く立ち回れたおかげで数で負けているにも関わらず劣勢にならずに済んでいた。

 現在、敵は数名を車両に残し、ほとんどの手勢をこちらに向けている。恐らく車両に残っているのは戦えない非戦闘要員だろう。

 三名も異能者を投入してきた事、奥の手が未来予知だったのは想定外だったが最悪になる前に対応できた。

 ならば、後はどうやって戦況をこちらの優位に傾けるかとそんな事を考えていた時だ。シュウは気付く。敵達が森の中へ入ろうとしない事を。


「――まさか」


 全員ではない。森の茂みをへと近づく敵兵がいるのをシュウの耳は捉えている。

 だが、だからこそある可能性が浮かび上がるのだ。

 それを急いで味方に告げないといけない。


「近づいている敵を止めてください。そいつ森を燃やす気です」


 その言葉を受けて味方の射撃がその敵兵へと集中される。

 オルクスも大剣を構えて近づくが、射撃も接近もマルスが大斧を盾とする事で防いでいた。


「させねぇよ」

「くっ」


 接近を阻まれ後退するオルクス。それと同時に森へと接近していた敵兵が一本の木に触れた。

 瞬間、触れた部分から炎が生み出される。

 生まれた炎はそのまま木全体へと燃え広がりそのまま巨大な火柱へと変化していく。

 火柱は火の粉を周囲に撒き散らし、火の粉を浴びた周囲の木々はその箇所から燃えだしていく。

 しかし、全ての木々が燃えているわけではない。主に燃えているのはシュウ達側に広がっている木々だけで境部分の木々は火の粉を浴びても燃えだす様子を見せない。さらには火柱となった木も道路上にまで伸びた枝にまでは火の手が広がっていなかった。どうやらあの兵士が件の炎使いのようだ。しかも延焼の範囲も制御できるらしい。


「なあ、フィア。予想を外した感想を聞いてもいいか?」

「そうね……相手が正気じゃなかったみたいだから仕方ないってのはどうかしら?」

「いきなり相手のせいか」


 交わされる軽口の応酬。それは二人にまだ余裕のあるという証である。とはいえ、そんな二人でさえベリルが保有する異能者全員をこの作戦に投入していたというの意外な事であった。

 現状、異能者はどの勢力にとってもかえの効かない貴重な戦力だ。戦いに出せば失うかもしれず、それ故に一つの戦場に全員を参加させるというのはなかなかに度胸が必要な事であった。


「ベリルってそこまで追い詰められてましたっけ?」

「それなら脱走者や寝返りの噂が出てきてもおかしくないはずだけど……」

「そういう情報はなかったよな?」


 シュウの疑問にこの場にいる者達が次々と意見を出して答えてくる。

 そんな彼らを会話を止めるようにオルクスが呟く。


「向こうがどういう真意があるにしろ、現状こちらが不利なのは事実だ」


 それは間違いないだろう。

 現在、敵部隊をこちらを丸焼きにしようと森に火をつけた。延焼の操作ができる以上、火の手が敵部隊を飲み込む事はない。

 こちらとしては急いで火の手から逃れないといけないが一番近い安全場所が敵部隊のいる地点なのが問題だ。

 そこへ向かおうとすれば敵部隊はこれを妨害して堅実にこちらを潰してくるだろう。

 下がって出直すという手もあるが敵は車両で来ている。下手するとシュウ達を無視して戦力の減っているフォルンを正面から攻略する可能性も考えられる状況である以上、出来れば仕切り直しは避けたい所であった。

 考えている間にも炎は広がっている。あまり思考時間割いていては選択肢を狭める事になってしまうだろう。


「オルクス。どうする?」


 ストラの部隊長がオルクスに尋ねる。

 オルクスは先程から考え込む素振りを見せていたが、部隊長の声を受けて彼の方へと振り返った。


「仕切り直しはしません。ここであの部隊を止めます」

「どうやってだ?」


 こちらの対応は未来予知によって読まれて対応されてしまう。そうでなくても遠視によって捕捉されているだろう。

 敵の数は未だ多く加えて身体強化もいるためオルクス頼りの突破もあてにできない。

 そして何より、現状炎使いによって追い詰められつつある。

 止めるならこれをどうにかしなければならない。それができないのであればその意思は夢物語だ。


「あの炎使いどうみますか?」

「む?」


 そこへ唐突な問い掛け。その事に部隊長は眉をひそめるが話を進めるためにその問いに答える。


「先程の様子だと接触点を起動地点とするタイプだったな。巨大となった炎で直接こちらを攻撃してこないという事は操作できるのは延焼のみなのだろう。時間差のカラクリは延焼操作の応用と見るべきか」

「恐らくそうでしょうね。最初は延焼を抑え、後に延焼を一気に広げる形にすれば擬似的な時間差発動をする事も可能でしょうから」


 しかも先程の様子から見ても、延焼の操作に関しては対象に触れる必要がない。つまり一度触れさえすれば後は安全な距離から炎を広げる事が可能だという事である。

 施設を燃やす時などに便利な異能だと言えるだろう。


「――ただ、延焼の速度はそこまで早くならないようですね」

「のようだな。できるならとっくに俺達を飲み込んで全員火達磨にしているはずだ」

「つまり、敵異能者の中に明確な遠距離攻撃者はいないという事です」


 確かに延焼の時間が掛かるなら離れた敵を即座に攻撃できる者が敵の中にいないという事になる。


「――撃ち合いならフィアがいる分、こちらが有利だと言いたいという事か? だが――」

「ええ、フィアがいるとはいえ人数で負けている以上、真っ向からの射撃戦は不利です。ただ厄介な未来予知もシュウのおかげである程度対抗できています」


 そう言ってシュウの方を見るオルクス。

 シュウのおかげで未来予知に対抗できているのは伝達するために言葉を発さなければならないからだ。

 無論、シュウの異能を知られた以上、口数は少なくなるだろうがそれをゼロにする事はできない。会話なしの連携等どだい無理な話なのだ。


「遠視系の異能は互いに視認しあえる間は一般の兵士とそう変わりません。実質、異能者三人と戦うと見ることもできます」

「それは了見が狭い。その遠視系のせいで我々は隠れるという選択肢を封じられているという事を忘れるな」


 それは事実である。戦況への影響は何も見える所だけに影響を及ぼしている訳ではない。見えない所、それこそ思考の中に影響を与えている時すらあるのだ。


「わかっています。その上で僕は正面から挑もうと考えています」

「この中で突破能力があるのは君だが、恐らくそれを予知した向こうは先の身体強化系をぶつけて抑えようとするはずだぞ」


 実際、その流れはシュウも頭の中で考えていた。しかし、部隊長の言う通り同じ身体強化系で抑える手段をとられると考えシュウの中でも没となっている。 


「承知しています。その上でフィアには全体に牽制を掛けてもらいます」

「倒す必要がないなら可能だとは思います。ですけど――」

「遠視系はともかく炎使いと未来予知がそれで抑えれるとは思えないが……」


 彼らの言う通り、遠距離攻撃系の異能を持つフィアをそう使うのであればまず炎使いと未来予知は完全に封じれないだろう。

 特に向こうの戦術の核である未来予知はかなりの脅威で対策をしなければ敗北は必至だ。

 

「先程のを見る限り、敵の未来予知は短期的な未来予知だけで長期的な未来予知はできないと予測できます」

「それについて同意するが、それが一体……」

「――で、あるならそれを一時的に無効化する術があります」


 その言葉に一同は一瞬沈黙した。

 無論敵側の警戒は怠っていないが、それでも時折、視線がオルクスの方へと投げ掛けられている。即ち『その話は本当か?』と。


「そのためにも敵部隊に近づき逃げられないようにしたいのです。どうか協力してください」


 真剣味を帯びた声で頼みながら頭を下げるオルクス。一同はそれを様々な表情で眺めていたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Scene:4「異能者」:完


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