第1章 崩壊都市新宿

追い詰められた先で

 荒廃都市新宿と言われるようになって早十年。

 それはすなわち新宿を中心として巨大な地盤陥没が起こってから十年経ったと言う事になる。


 交通機関は新たに作り直され不自由はしなくなったが、今も新宿は十年前のまま廃墟として取り残されている。しかし廃墟と言っても建物によっては変わりなく建っているものがほとんどで、倒壊の危険を孕んでいる事さえ承知すれば人だって住む事が出来る。


 職と家を失ったものや徒党を組む者たちがそこに住みだし、今や無法地帯とかした新宿に足を向ける一般人はいない。


 大都会東京の中にありながら人々が目を背ける地域が話題に上がったのは2週間前の事。当初は警察官を新宿内にも配置させる意見があったのだが、それ以前に企画書段階の新宿再建を始めろとの声に圧倒され、結局どちらも実行されることなく今日に至る。そんな新宿で起こった浮浪者殺人事件。1週目は5人殺され、2週目には腕っ節の強さで有名だった不良を含め9人の刺殺死体が見つかった。マスコミはこぞって新宿内の取材を試みようとしたが政府から許可が下りず、無許可に新宿内に入って消息を絶った記者が2週目7人目の犠牲者だった。


 スマホアプリでのニュースサイトを運営している兄を持ち、なおかつ自分自身もそこで記者をしている笹良慎二ささら しんじが新宿区内に足を踏み入れたのは二週目の1日目の事。

 

 住人からの視線を痛く感じながらも駅前を過ぎ、歌舞伎町と呼ばれていた町中を歩き路地裏を行き、2週目一人目の犠牲者の死体を見つけた。その後警察から強く注意されて編集長でもある兄からも新宿には近づかない方がいいと言われていたが、3週目二人目の犠牲者が出た直後に笹良慎二は再び新宿区内に足を踏み入れた。


 東口付近から駅に入り、もはや駅としてはなんの機能もしなくなった構内を歩き、西口に出る。駅を出てまず目に入ったのは巨大なモニターの残骸。地盤陥没によってモニターは地上に落下し、続いてモニターが設置されていたビルも横倒しに回りのビルを巻き込んで倒れている。そのせいで道はふさがれて、駅方面から歌舞伎町に向かうには今までよりも遠回りしなくてはならない。笹良がため息つきつつ遠回り野道に足を進めてると、通り過ぎた住人の姿が消えたように見えて、首だけで振り返ってみるとやはりそこには誰もいなくて。そこにいた人物は倒れたビルの上まで移動していた。倒れたとはいえビルの上までは数メートルある上に足場も安定していない。瞬時に移動するには無理がありそうなものだが、首を傾げつつそれ以上考えるのをやめて再び顔を前に向け手足を進める笹良。


 元山手線の線路沿いに道路を歩き、車の通行が全くなくなった大通りを横断して、やはりまだ線路沿いを進み、さらにビルの崩壊がひどく、それまでの道が原形をとどめていない地域へと足を踏み入れ、左へ右へと奥へと進み、どこをどう曲がったのかが思い出せなくなったと気づいたのは、背後から物音がして振り返ったとき。


「誰か……いるのか?」


 口にしてから気がついたが、いつの間にか、それまでどこにでもいた荒廃都市の住人の姿が1人もいなくなっている。この地に住む人なら気がついていたのだろう。

 そこは危険だと。


「気のせいか?単なる気のせいなのか?」


 口にしないと自分が不安になってくる。

 物音がした曲がり角の先をのぞき込むように近づいて


「誰かいるんだったら出てきてくれよ? 今だったらあまり叫ばずにいるからさ」


 結局叫ぶのかと自分に突っ込みながら、細い通路の中でなるべく距離を取りながら曲がり角の先を見る。そこには


「……気のせいだったか」


 誰もいない。

 倒れたビルで出来た道を覗くのをやめて、多少落ち着きつつ振り返り、そして出会った。人に。

 いやそれは人か? いや確かに人だった。少なくとも外見だけを見ればそれは笹良同様に人に違いない。


 胴体があって頭があって、手足がついている。ただし、右肩が異様に盛り上がり、二の腕だけでも女性の腰回りほどもある。右腕だけがまったく別のパーツを取り付けたような不格好な人形の様だが、それは確かに笹良の目の前に立っていて、動いている、生きている。


 生きていて、つい先ほどまで生きていたのだろう住人の体を真後ろに投げ捨てた。


「冗談……だろ?」


 冗談として認識しておきたい出来事にその人物を指さしている指は震え、体が後退して行っているが背中が壁にくっつく。そして笹良が下がった分だけバケモノが前に進む。

 瞳は黒く染まり、表情らしい物はなく、微かに開かれた口元から吐かれた息は時期的におかしいのに白く染まっている。


「いやいやいや、冗談は見た目だけにしてくれよ!」


 引きつりながらも笑顔を作り、震えそうになっていた足に力を入れて走り出す。

 走り出して気づく。笹良はここまでどこをどう曲がってやって来たのかを記憶していなかった。崩壊前からややこしかった歌舞伎町の地形がビル崩壊でさらにややこしくなり、今や天然の迷路状態。

 そこでただがむしゃらに走り出せばどうなるか。


「ッ! 行き……止まり!?」


 元々は道路だった場所が倒れたビルでふさがっている。狭い道路で行き止まりに突き当たったために他に迂回路が見つからない。唯一の迂回路が、戻る事。しかし。


「……あ」


 振り返った笹良が目にしたのは唯一の迂回路を塞ぐように立つ先ほどの人物。それ以上逃げる事が出来ない事が判っているのか、ずいぶんとゆっくりと笹良に近づいていく。


「……あ……!」


 左右のビルはとても人が上れる高さではない。背後の倒れたビルは登れない事もないが、そんな悠長な事をしている時間が果たしてあるかどうか。いや、無いだろう。

 ゆっくりとは言えその人物は近づいてくる。近づけば近づくほどにそれが普通の人ではない事が判ってくる。そんな異様な人物の接近に、笹良は下がるものの背中がビルの残骸に当たり、それ以上下がれなければ他にどうする事も出来ない。


「おっ、お前が一連の殺人事件の犯人か!」


 なんとか声を絞って口にする笹良。しかしその人物からの返答はなにもない。代わりにその人物からの行動があった。腕を伸ばし、その先にある笹良の首をつかもうとする。当然それから逃れようとする笹良であったが、すでに立っている場所から下がる事も、角に追いつめられたのでその人物をすり抜けて逃げる事も難しい。

 顔を引きつらせながらしゃがみ込み、ここまで首を突っ込んだ自分の愚かさを恨み、目を閉じ最後の審判の時を待った。


 暗闇の世界の中、その時を待ったが一向に訪れない事を不思議と思い、おそるおそる閉じた瞳を開けて、そこで目に入った光景に目を見開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る