142857(8/8)

加奈子の「映像」が見える。過去か未来か、オフィスで快活に働いている姿はわずかな時間で途切れて、替わりに八つのスペードマークが浮かぶ。

四枚目のカードは「八」。初めての黒いカード。

目をつむると、一、四、二、八と並んだ数字に、エコー検査の画像らしきものが重なった。輪郭をはっきり持たない物体が消え、唐草模様に似た渦巻きがいくつも現れる。

耳鳴りがして、セーラは山のいちばん上のカードを裏返す。

ハートの五。

一、四、二、八、五……五枚のカードが横幅二十センチほどのスペースに整然と並び、加奈子が身を乗り出す。

再び目をつむったセーラを急激な頭痛が襲った。頭蓋骨の内側が抉(えぐ)られる感覚。何かを思い出すために脳が意思を持って頭皮を突き破る感覚だ。

こめかみを押さえると、次第に痛みは薄れ、五つの数字の残像が忙(せわ)しく明滅した。しかし、具体的な映像はない。

深く息を吸い込んで、六枚目のカードをめくる。

目の前にいる加奈子に別の容姿の加奈子が被さった。瞼を閉じて、新しい映像に身を寄せていく。

ベッドの上で加奈子が号泣している。傍らの夫が憔悴した表情で彼女の手を握っている。お腹に赤ちゃんのいないことが布団の平らなラインから分かる。

「西脇さんのそばには……やさしい旦那さんがずっといます」

セーラは言った。当たり障りなく、小さく短く。

夫婦に訪れる出来事や幸不幸(こうふこう)の度合いは分からないものの、少なくともそれは事実だ。

「ほんと?うれしいわ。ありがとう。赤ちゃんのこととか、詳しく知りたいけど……」

加奈子の明るい声に、とまどいとためらいがセーラの胸を行き来する。

「……ごめんなさい……あまり見えないんです」

「ありがとう、セーラさん」

言ったあとで、加奈子は右手でお腹を愛しくさすった。そうして、テーブルに並ぶカードを凝視して、「この数ってすごいわ」とつぶやいた。

一、四、二、八、五に続く最後の数字は七だった。

「ねぇ、こんな偶然ってあるかしら?この六つの数字……セーラさん、分かる?」

言うやいなや、加奈子はキャビネットから今度は電卓を取り出して、142857の6桁の数字を液晶画面に表示させた。

「二を掛けるとね……」

人指しで電卓を操り、表示したデジタル数字をセーラに見せた。

285714

「これに三を掛けるわ」

857142

「ね、不思議でしょ。六までの数字の何を掛けても、同じ数字が順番を変えて並ぶのよ」

説明がてら、もう一度[142857]を表示させてから、「×」と「4」のボタンを押した。

571428

マジックでも披露されている気分で、セーラは画面を見続ける。たしかに、それらは並びを変えるだけで別の数字を生み出すことはない。

「ずっと前に、旦那が教えてくれたの。不思議でしょ?」

順番を変えるだけで変わることのない数字。加奈子に促されて、セーラも電卓で試してみる。

142857

428571

714285

「どうしてそうなるのかは分からないけど、決められたとおりに変わっていくのね。なんか、人の運命みたい……セーラさんとわたしが、いまこの部屋にいるのも運命。きっと、あらかじめ決められていたことが起こっているだけ。でもね……」

加奈子は饒舌な言葉を止めて、セーラをまじまじと見つめた。

「……わたしは、運命は変えられると思うの。たとえ、セーラさんの見る映像が不幸なものでも……人の未来は変えられると信じたいわ」

鼻の奧がツンとして、セーラはベランダに目線を移した。

風で揺れるハンガーが水の中に潜ったようににじみ、瞬く間に視界のすべてがかたちをなくす。

「西脇さん……わたしも運命なんか……信じたくない……」

かろうじて言うと、セーラはわっと声をあげた。

そして、憚ることなく、生まれて初めて感情をあらわにして、体を震わし、涸れるまで泣いた。


おわり

⬛単作短篇「142857」by TohruKOTAKIBASHI

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短篇小説「142857」 トオルKOTAK @KOTAK

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