番外編(2)

ジャーナリストと銃は無縁のはずである。

両親を亡くして以来、兄はバーンの学費を稼ぐためにNYでジャーナリストの仕事をしていた。

NYとLA、東海岸と西海岸に分かれて暮らすようになってから5年が経過していた。

本当にこうやって時折思いだしたようにしか会いに来ることのない兄。

昔と変わらずに接してくれる唯一の人物でもあった。

血の繋がりのある唯一の肉親。

自分のことを親身に心配をしてくれるただひとりの人物。

自分のことを本気で怒り、相談にのってくれるただひとりの人物でもあった。

そんなことお構いなしに、アレックスはいつもの調子で話しかけてきた。

「それより、何か食おうぜ。腹減った」

脱いだものを後ろのソファーに無造作に放った。

アレックスはバーンの横をすり抜けて、ダイニングへ入った。

冷蔵庫の扉を開けて中のものを確かめ、メニューを考え込んでいた。

そのあとを追うようにバーンもやって来た。

「俺が……作るよ、兄さん」

バーンはアレックスの背後に歩み寄った。

アレックスはちらっと彼の顔を見ると肩を叩いて、向きを変えた。

「変に気ぃ回すなよ。たまにはいいだろ?俺が作ってやってもさ」

灰が落ちそうになった煙草を指でつまむとシンクの上で数度弾いた。

そして再び冷蔵庫の中を覗き込んだ。

そこから卵や牛乳や何やらかにやら両手に抱え込んで、扉を閉めた。

「………」

その様子を無言で見守る彼に気がつき、ふと補足説明を加えた。

「あっ、別におまえが作ったのが不味いっていう意味じゃないからな」

妙に神妙な顔でアレックスが言った。

久しぶりに会った弟の様子を探るかのように。

その反応で今の彼の気持ちを知るように。

兄の思いを悟ったのか、バーンの眼が少し穏やかになった。

自分が気を回す以上に、兄は自分のことを心配しているのだ。

その思いがうれしかった。

こんな気持ちになれるのは久しぶりだった。

少し何かから解放された気分になった。

「………」

アレックスはバーンの表情の変化を目で追っていた。

いつもならまったく動かない彼の表情が微かに動いていた。

兄の前では気負うことなく、いられるからかもしれない。

少しバーンは吹きだした素振りを見せた。

それを見てアレックスも笑った。

「じゃ、コーヒーとトーストを頼まぁ。思いっきり濃いヤツな」

バーンはうなずきもせずに、トースターにパンを入れてセットした。

そしてコーヒーサーバーを手に取った。

兄弟でキッチンに立つのは久しぶりだった。

両親が亡くなってからは、しばらくはこんなふうにふたりで家事を分担してこなしていたことを思い出した。

あの当時、自分は10才、兄は15才だった。

アレックスは甲斐甲斐しく弟の面倒を見ていた。

それは彼の高校卒業まで続いた。

卒業と同時に彼は家を出た。

ある伝手を頼って、東海岸NYで働きはじめたのだ。

生活していく上で、それはいた仕方のないことだとわかっていた。

11才から、独りここで暮らしてきた。

毎日が寂しくなかったと言えば嘘になる。

毎日がつらくなかったと言えば嘘になる。

それでもここで生きてきた。

父と母の思い出が詰まったこの家で生きてきた。

これまでの5年間のことを思い返し、バーンは微妙な顔をした。

家の中に引きこもり、外に出るのも嫌になっていた時期もあった。

囁かれる噂に心を痛め、ノイローゼのようになっていた時期もあった。

それなのに、今は。

高校へ行くのが楽しいと思っている自分がいた。

朝になるのが待ちどおしいと思っている自分がいた。

一体何のために?

一体誰のために?

バーンは照れくさそうにそっぽを向いた。

その様子を見て少し安心したようにアレックスがつぶやいた。

「こないだ来た時より、表情がいいな」

いつもよりも穏やかなバーンに気がついていた。

彼はフライパンを火に掛けた。

ボールに卵を数個割って落とし、混ぜ始めた。

熱くなったフライパンにバーターをひとかけ落とした。

香ばしい香りが広がる。

「………」

バーンは黙ったまま、手際よくフィルターをセットして、コーヒー豆を計量して入れた。

いつもより1人分多くして。

アレックスに言われた通り濃いめになるように。

「顔色もいいし」

卵を流し込んで、フォークで混ぜ始めた。

半熟になったところに、ハムとチーズを落として形を整えていった。

片手でリズムを取りながら、オムレツをひっくり返した。

空を舞った黄色い物体は裏面が表になり、キツネ色に焼き上がっていた。

予想以上のできにニヤリとしながらこう言った。

「何かいいことでもあったか?」

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