第15話 海岸

「今日という今日は絶対に!! つかまえて話をするわよ」

ラシスはとても意気込んでいた。

彼女はこの秋からこの高校へ来た転校生。

前はLAに住んでいた。

これで何度目かの転校。

慣れたといえば嘘になる。

が、持ち前の明るさで知らない環境にもすぐ順応するのが取り柄と思っていた。

行動力もある彼女はすぐクラスの人気者になった。

クラスのリーダーをかってでるほどのバイタリティの持ち主。

それが彼女。

その彼女の目が、クラスの中で唯一自分に関心を示さない人物に向けられた。

バーンだった。

クラスの中でも一際浮く存在である。

誰とも話さない。

関わらない。

笑ったり、怒ったり、表情がでることが自分が知る限り一度もなかった。

何を考えているのかわからない。

友達は耳元でささやいた。

「あいつには関わらない方がいい」と。

そして、あの『噂』を語りはじめる。

聞いてはいたが、信じてはいなかった。

そんな先入観を持って人と接することは、彼女のプライドが許さなかった。

そんなある日のこと。



生徒専用の駐車場で彼女は腕を組みながら、彼を待ち構えていた。

いつも真剣に話をしようとする彼女を彼は何も言わず、さも煩そうにあしらっていた。

待つことしばし。

彼が車に乗って、学校から帰ろうとやって来た。

突然、彼女はその車の前に立ちはだかった。

キキーッと甲高いブレーキパッドの音が響き渡った。

車は彼女の前すんでのところで止まった。

まだ車体が前後に激しく揺れていた。

バーンは彼女をフロントガラス越しに睨んだ。

そんなことお構いなしに、彼女は車の助手席に乗り込んできた。

「…おい」

「何よ」

「………」

無言で圧力をかける。

ラシスも負けずと睨み返した。

「人がいる学校ところじゃ話ができないって言うなら、邪魔が入らないところで話しましょ」

「………」

「どこへでも付き合うから連れて行って。」

「………」

バーンはもう一度彼女を睨んだ。

が、彼女は涼しい顔をして前を向いていた。

ふうっとため息をつくと、仕方なく車を発進させた。



学校から車を走らせること、小一時間。

大小様々なヨットが停泊するピア・ミュア。

そのすぐそばにある海岸に彼らはいた。

白い、細かい砂。

寄せては返す波が静かに静かに繰り返されていた。

車から二人は降り立った。

結構、強い海風が彼女の髪を揺らしている。

そんな彼女の横顔をバーンは見つめていた。

深い藍色の瞳が、眼の前に広がる海の色と同じに見えた。

あまりの風の強さに、バーンも手で右眼を押さえた。

「いい眺めね」

彼方に霞んで見えるSFの市街を見ながら彼女は言った。

午後の太陽がそんな空気を晴らすように照っていた。

「いつもそんなに無愛想なの?」

彼の顔をのぞき込むように彼女が言った。

「………」

彼は表情も変えずに黙っていた。

「私ね、あなたに興味があるの」

「………」

「何かの縁で同じクラスになったんですもの、仲良くしたいわ」

彼女はスニーカーを脱ぐと裸足になった。

バーンはあまり答えたくなさそうにしていた。

できることなら、もうこれ以上関わりたくないと思っていた。

どうしたら、彼女をあきらめさせられるか考えていた。

「…噂を知らないのか?」

無表情で冷たく言い放った。

「知ってるわ」

「………」

「でも、噂は噂」

「………」

「ほんとかどうかなんて転校生の私にわかるわけがないじゃない」

にこっと何の問題もないように笑っていた。

片手にスニーカーをもったまま波打ち際へ進んでいき、足を海水につけた。

「つめた~い」

子供のような笑顔で波と戯れ始めた。

彼女は一筋縄ではいかない。

そう、思った。

真っ直ぐに自分に向かってくる。

あまりにも長いこと彼女にかまっていて、最悪の事態を招きたくなかった。

彼女のこの眩しい笑顔を消してしまいたくはなかった。

あの『強迫観念』を現実のものにはしたくなかった。

バーンはため息をついて、最後の手段をとることを決意した。

「……じゃあ、証拠を見せるよ」

両手で右眼のカラーコンタクトをはずして、彼女を見た。

金色の右眼が見える。

左眼は透き通るような蒼。

このアンバランスな状態で彼女の方を見た。

さっきと様子の違うバーンを見て、一瞬、彼女もたじろいだ。

「気味悪いだろ…?」

いつになくお喋りになっていた。

彼自身もなぜかはわからなかった。

いつもなら、無言のまま何も話さない。

そうすれば、人はその雰囲気に耐えきれずに離れていく。

しかし、彼女は違っていた。

「どうして?」

本当に不思議そうにたずねた。

波打ち際からあがりながら、彼の方に近づいてきた。

「………」

そして、飾らない言葉でこう続けた。

「綺麗じゃない。」

「!」

「うん。私は、綺麗だと思う…な」

バーンはその言葉を聞いて彼女の顔が見ていられなくなった。

自分はこの眼を一度も彼女のいうような思いで見たことはない。

疎ましい右眼。

魔物のような金の瞳。

この眼をしていたがために、自分はどれだけの人間を『死』へと追いやってしまったのだろう。

なぜ?

なぜ、全能なる主は自分を他の人と同じようにしてくれなかったのだろう。

これは、旧約聖書のカインのような“刻印しるし”なのだろうか。

自分が咎人とがびとであるという“刻印しるし”なのだろうか。

「でも、悲しそう…」

「………」

バーンは息をのんだ。

彼女は彼の眼を一瞥して、その心の奥まで見透かしてしまった。

こうもすんなり言われるともうどうして良いかわからなくなっていた。

「その眼が原因だと言いたいの?」

「………」

「それは違うわ。他の人と違うから気味悪いとか、これを理由にあなたを排除しようとするのはその人達がおかしいのよ!」

風に吹き流される髪を手で押さえながら、彼女は言った。

こんなことは初めてだった。

自分の眼を見てこんな反応を返してくる女性ひとがいることは初めてだった。

不思議だった。

誰もが自分を拒絶する中にあって、初めて肯定された気がした。

初めて自分を認めてもらった気がした。

「噂、噂っていうけど、あなたが危害を加えたわけじゃないんでしょう?」

「………」

肯定も否定もせず、横を向いたまま、彼女の言葉を聞いていた。

「あなたが意図的にやっているならともかく、状況はむしろ逆じゃないの!?」

なぜか彼女は怒り出した。

「………」

「なぜ言い返さないの?なぜ黙っているのよ?そんなこと、私なら耐えられない。」

感情を爆発させる彼女を少しうらやましそうに見ていた。

「………」

彼女は本当に信じているのだろうか?

本心からそう言っているのだろうか?

どうしてそこまで?

「会って間もないのに、変な事いうと思うかも知れないけど。」

「………」

「ううん。だから言えるのかもしれない。私は、あるがままのあなたでいてほしい」

「………」

右眼それはあなたのひとつの『個性』じゃない。なぜ隠すのよ」

彼の中にあの『強迫観念』とは別の感情が湧き上がっていた。

この感情は何だろう?

今まで忘れかけていた…この?

遠い昔に、持っていたようなこの感情は一体?

「………」

「金色の眼があろうが、なかろうが、バーンあなたバーンあなたでしょう?」

「………」

その思いを許さないかのように、彼はいつもの彼に戻った。

あのつらさを彼女にあじあわせてはならないと思いながら。

彼女は自分と違う世界で生きなくてはならない。

真っ直ぐに太陽に向かって伸びて咲くひまわりの花のような女性ひと

「何も…知らないから、言える…」

彼女に聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。

「え!?」

「いや。」

今までの思いを振り払うかのように、彼は彼女に告げた。

「帰ろう…」



帰り道、海岸を歩きながら再びラティは話し始めた。

「ね? バーン?」

「………」

相変わらずバーンは、何も話さない。

彼の右眼はコンタクトをはずした状態だった。

金色の凶眼。

前を向いて歩いていた。

ゆっくり彼女の歩幅に合わせて歩いていた。

努めて彼女の方は見ないようにしていた。

しかし、聞いていないふうでもなかった。

「人はなぜ、何のために生きるのかってきかれたらなんて答える?」

長い長い沈黙のあと、バーンは重い口をようやく開いた。

「…さあね。俺には関係ない」

間髪おかずにラティが、つっこんだ。

「関係あるわよ。生きているんだから」

「………」

ちょっと気を取り直して、対岸の景色を見ながらこう続けた。

「私はね、自分がこんな性格だからかもしれないけど、こう思ってる」

バーンの方へと視線を移した。

「………」

「人と関わるため。まだ出会っていない人と出会うためって思う」

「………」

バーンはその視線を感じていたものの、彼女の方は見なかった。

「この世界に人は独りではないわ。自分独りだけで生きていくことはできはしない」

「………」

「自分以外の人を知ること、思うこと、理解しようとすることが自分にとってその人が・・・その存在というのが何にも代え難くなるんじゃないのかな?」

「………」

「『カルペ・ディエム』って言葉を知ってる?」

「………」

「ラテン語のことわざなんだけど。今では私の行動原理みたいなものなの」

ようやく、バーンがラティの方を横目で見た。

彼女は前を向いて、真剣な表情でつぶやいた。

「『いま、この瞬間を生きる』」

「………」

「一生に一度の機会。この一瞬に全てをかける。この一瞬を大切にする」

「………」

「もう二度とないのだから」

そう言ってラシスは黙り込んだ。


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