可愛すぎる彼女は、積極的。

第5話:いたずらな彼女。

 現在、時計の針は六時三十分を示している。

 俺たちは公園を後にして、我が家の近くにある小さなショッピングセンターに来ていた。

 その理由は今日、彼女が泊まるから。と言えば良いのか、それとも先程のデートの続きと言えば良いのか、難しい所である。

 小さいとはいえど、それなりにお店は入っている。

 るんるんと言わんばかりに、テンションが上がっているこの女。さっきまでの態度はどこに行っちゃったんだろうか。

 彼女は手を繋ぐところか、腕を組んであざとく胸を押し付けてくる。や、柔らかいよぉ。それに歩きづらいったらありゃしない。そのうえ店内は暖房も効いてるわけで暑い。

 離れてくれないかな……と思ってると急に立ち止まる。歩いていた俺は引っ張られ、少しだけ仰け反る形になってしまう。わざとやってるつもりでは無いのはわかってるから仕方ない事なんだが……。


「ここ! 目的地!」


 視線を横にずらすと、そこにはとてもじゃ無いけど男は入れない、女性の神聖な場所だった。そう————下着屋さんだ。


「ちょっ、無理。俺は入れないだろ……。一人でいけよ……」

「良いじゃん! 誰も見てないって! 気にしない気にしない」


 めっちゃ気にするわ! 今はいなくても後から来るかもしれないだろ。それにレジにいる人見ろよ。ものすごい顔でこっち見てるから! 無理無理無理! 刺激が強すぎるよぉ。しかも何? 選んで欲しい感じ? そんなん想像しちゃうからだめだぞっ! めっ! 

 自分を叱責しながら、断る。


「いやぁ、本当に無理だから……本当にいい加減にしてくれぇ……」


 それでもなお、彼女は店の中に連れてこうと必死に引っ張ってくる。

 やーめーてー! と心の中で叫びながらの必死の抵抗をする。まるで散歩に出て、もう歩けないと地べたに張り付く犬みたいになってしまう。


「いいじゃんー。ケチー。……じゃあ何色が良いかだけ教えて?」

「紺だな。むしろそれ以外はないな」

「そこは即答なんだ!?」


 当たり前だ。店には入りたくはないが、君のパンツは見たい。……あれ俺変な事言ってるな。

 即答され驚きつつも、紺か……確かにもってないかも……とぼやいている。それでもなお、まだ彼女は文句を言っていた。


「俺あっち見てくるから。じゃ」


 そんな彼女を無視して歩き始めた。俺にだって買いたいものあるんだよ。ほら、明日誕生日なんでしょ? まじで察しろ。


「早く戻って来てね! 約束ね!」

「わかったから早く買ってこいよ……」


 ぷらぷらと手を振って、彼女と別れた。

 やっと解放されたので、プレゼントを探しに行くとしよう。

 携帯で『女性 プレゼント』と検索。

 画面に表示されたものは、もらって嬉しいプレゼントリスト。誰が書いたかもわからないページが出て来た。

 そこに出ているのは、やはり女性が好む光り物ばかりだった。いやぁ、付き合ってないのにそういうものはどうかと……。画面をスワイプして消す。

 早足で歩きながら、たくさんの店をちらちらと見て回る。

 四店舗くらい回っただろうか。最後に寄った店で良さげなオサレアイテムを見つけた。


「マフラーか……悪くないな」

「いらっしゃいませ、彼女さんへのプレゼントですか?」


 不意に後ろから話しかけられたので、びくっと肩が揺れる。独り言をぼやいていたのを聞かれていたみたい。


「あ、まあ一応。これ値札ないですけどいくらなんですか?」

「値段は五千円になりますね」


 割とするなぁ。だが、チェックで落ち着いた色合いでベージュがベースになっており、ミルクティーのような濃い色と薄いグレーがマッチしている。

 何より大判マフラーというものらしくとにかくでかい。寒くなった時は膝掛けにも使えるし、そして羽織ることもできるのでちょっと大人の女性的な感じにもできる。3wayと使い勝手が良い。


「これにします。プレゼント用に包装お願いします」

「ありがとうございます。少しお待ちを」


 結局欲しい物ではなくて俺が勝手に決めてしまった。喜んでくれると良いんだが……。これで微妙な反応されたら俺死ぬぞ。

 会計を済ませ、プレゼントを受け取り鞄に仕舞い込んだ。これを渡すのは今日の夜か明日にしよう。そんなことを考えつつ、彼女のいる場所へと向かった。


「おっそーい!」


 合流して、開口一番怒られた。そんなに時間経ってないはずなんだけど……。


「すいません。色々見て回ってたもので」

「女の子を待たせるとか千草はなかなかのやり手です」


 何のやり手だ……。


「そんなことはどうでも良いんだけど、結局何色にしたの?」

「なんですと!? まあ良いんだけど、秘密。また後でね?」


 何、見て欲しいの? 見せたいの? 見ないから。うん。ゼッタイミナイカラ。


「じゃあ行きますか」


 スーパーに立ち寄って、夜ご飯の具材を買うことに。今日の夜はキムチ鍋で決定した。


*****


 自宅に着き、少しだけ玄関前で待ってもらう事にした。だってほら、えっちな本とか隠さないとね? それに汚かったらちょっと恥ずかしいし……。

 別に良いのにと言われたけど、俺は良くない。例え付き合ってなくても、それなりの配慮はする。

 とはいえ、実際に部屋に入って確認したものの、高校生とは思えないほど綺麗にしてあった。むしろ生活感ない。部屋の汚れは心の汚れ。と言う事は僕の心はとても綺麗なのだ。


「お待たせ。どうぞ」

「……お邪魔します」


 意気揚々としてたくせに、いざとなると恥ずかしがるの可愛いなおい。


「そんな広くないけどゆっくりして下さい」


 彼女は遠慮しながら、そわそわとしているが、そんな大層な部屋ではないし、親が帰ってくることもない。ただのごく一般的なアパートの1LDK だ。

 うちは、母が小五の頃に死別して、父は仕事で忙しくほぼ家に帰ってこない。というか会社の近くで家を借りている。昔は一緒に暮らしていたが、お金が勿体ないから高校上がる時に一人暮しして、もっと家賃の安い所で暮らすと父に言った。それを父は了承し、家賃、光熱費、食費を貰ってやりくりしている。前に比べれば親父の出費も随分抑えられているはずだ。


 一人という一抹の寂しさや不安を俺は小さい頃から経験してるからこそ、彼女の気持ちはわからなくもない。

 母が亡くなって、家で独りぼっちだった時は本当に辛かった。どうしようもない事ばかり考えては泣いてを繰り返して。過去には戻れない、母は帰ってこないと分かっていても過去に縋りついていた自分はどうしようもなかった。


「とりあえず、先シャワー浴びてきなよ」

「え? 一緒に入らないの?」

「えっ?」


 この子大丈夫かしら。自分の貞操は自分で守れるのかな? 男は狼だぞ?


「なーんて嘘だよーん! 着替えだけ借りても良いかな?」

「用意しておきます」


 脱衣所に案内して、自室に行き、タンスからパーカーとスウェットのズボンを取り出し、脱衣所へ再び持って行った。

 シャワーの音を聞くだけで、なんだかいやらしい気分になってしまう。それに扉一枚挟んだ向こう側に、裸の女の子がいるのは、何ともえっちで悶々とする。

 だめだめと頭をブンブン振りながら、淫靡いんびな考えを消す。だがそれも目に入ってしまったブラジャーとおパンティーに上書きされる。

 紫色の官能的な下着に目が奪われてしまった。


「本当に紫穿いてたんだ……」


 てかちゃんと見えんように隠しとけよ。と言ってしまえば……彼女の返答まで想像できるので言わないでおく。


「下着ばっか見てないで早く入ってきたらどう? こっちのがよくない?」

「ふぁっ!?」


 少しだけ扉を開け、顔を覗かしていた。

 ちょっと待て、あんたいつから見てた? 扉開ける音聞こえなかったんだけど? もしかしてパンツ眺める事に集中しすぎた?


「興奮するのはわかるよ。でも一緒に入ったほうがもっとじゃない?」

「ばばばばばっかじゃにゃいのぉ!?」


 慌てて脱衣所から飛び出し、バンッと扉を閉めた。


「あはははっ。照れちゃってぇー」


 扉越しにケラケラろ笑う声が聞こえる。多分腹抱えて笑ってんだろうな。こっちの気も知らずに。あぁムカつくなぁ。


「じゃあお言葉に甘えて入ろうかなぁ」


 扉を開けて、脱衣所に再び入った。それを聞いた彼女はまた顔を覗かせた。


「そんなことしても私には効かないよーだ」


 ベーっと舌を出し、余裕な表情を見せる。くっくっく……その顔ができるのも今だけだぞ。

 ニヒルな笑顔だけを彼女に返し、ブレザーを脱ぐ。ネクタイも緩め、シャツも脱いだ。下に着ているTシャツも脱いで上半身裸になる。


「えっとぉ……」

「何? すぐ入るから待ってて」


 よしよし。焦ってきた。


「あの……千草くん……? 待って? えぇ本当に? 本当に入ろうとしてるの?」

「え? いいんでしょ? 入ってほしそうじゃん」


 カチャカチャと音を立てながらベルトを外す。


「だだだだだめっ! 冗談だからっ! ごめんなさい。本当にごめんなさい!」

「今更、そんなん言われてもなぁ」


 ズボンのファスナーを下ろす。


「ごごごごめんってばぁ! 許して! ちょっとからかい過ぎたのは謝るから! だめ! お願い! 心の準備がぁ……」


 この辺で勘弁してやるか。相変わらずの反応で可愛いなぁ。


「くくくっ! 冗談ですよ! お返しでーす!」


 やり返せた事が嬉しすぎて、肩を盛大に揺らして笑ってやった。


 彼女を見ると、ホッとして肩を落としたのがわかるくらいに安心していた。


「うん……びっくりしたぁ。ちょっと入ってもいいかなって思ったんだけど……」


 何言ってるの? そんな事言ったら入りますけど?


「じゃあ……今度一緒に入りましょうね」

「うん……。いいよ」


 恥ずかしげに返した彼女の言葉は嘘でなく、本心な気がした。

 それにどう返事をしたらいいのかわからなく、冗談で言ったのに真に受けられるとどうも言葉が出ない。冗談の一つも出なかった。


「ねぇ……早くあっち行ってよー。なんか恥ずかしくて身体洗いづらいんだけど……」


 掛けられた言葉にハッとして、俺はその場から離れた。

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