第4話:噂の根源、独善的な俺と彼。

 ニヤリと彼は微笑んだ。

 その顔は今までの出来事を語るように、彼女に不気味な笑みを見せていた気がした。


「誰か知らんけど、空気読んでもらえますかね? 今デート中っての見てわかんないの?」


 第一印象からこいつは霞に近づけさせてはダメだと思った。過去に何があったかは知らないけどこいつはダメなやつだと本能が言っている。


「君さ、新しい彼氏? 悪いことは言わないから彼女とは別れてくれるかな? 君には釣り合わないよ」


 何を言いだしたかと思えば……。ナルシストかこいつ。似合うのは自分だ。みたいな意味が孕んでるのが丸見えだぞ。


「それを決めるのはお前じゃない。霞だ。それに俺たちの関係に第三者がいちいち口出してくんな。急に話しかけてきたと思えば、別れろ? はっ! 誰がお前なんかに言われて別れるか。デリカシーもクソもないな。場所考えろ場所」


 苛立ちを抑えようとしても、前面に出てきてしまう。朝原先輩とは違ってこいつは最初から敵意剥き出しだ。

 元彼なのか知り合いなのかそんなことはどうでも良い。

 俺たちを否定する権利は何処にもない。人を貶して、愉悦にでも浸ってんのか? 趣味が悪すぎる。


「君は初対面の人に対して、その態度はどうなのかな? 人が出来てないなぁ」

「名乗りもせずに、急に話しかけて来る馬鹿には、これくらいがちょうど良いと思ったんですよ。なんでわからないかなぁ」


 クイクイっと手を引っ張られ、彼女の顔を窺った。どうやら彼女は早くこの場を立ち去りたいらしい。


「千草……もう良いよ。行こうよ……」


 霞の行動をみた目の前の男は少し不服そうな顔をした。その顔の意味は理解できないけど、今はそれどころじゃない。


「……霞、そんなに僕が嫌い? 僕はすごく君が心配なんだよ」


 はい? 何を言ってるのか俺には全然理解ができない。


「お前、ふざけたことばっか言ってんじゃねーよ。どう見てもお前の事嫌いだろ。何処見て自分の事好きだと思うんだよ」

「別に僕はふざけた事言ったつもりはないよ。噂のことも知ってるんだから」


 何故、高校が違うのに噂のことを知ってるんだ? こいつもしかして……。


「ごめん。霞、俺こいつと少し話がしたい。だからちょっと外してくれるか? すぐ終わらせるから。終わったらすぐ電話する」

「えっ……でも……」

「大丈夫だから心配しないで。霞からのプレゼント楽しみにしてるから」

「わかった……終わったらすぐ電話してね。早くね……」


 霞は少し戸惑っていたが、何とか納得してとぼとぼと店から出て行った。


「勝手に話を進めないでほしいなぁ」


 無機質な笑みを浮かべながら言うが、俺と話す事は満更でもなさそうに見える。


「まあ、良いじゃないですか。あんたも少し話したいことあるんでしょ? ここで話してても迷惑なだけなんで上の喫茶店で。もちろんご馳走しますよ」

「年下のくせに生意気だなぁ。でも奢りなら遠慮なく奢ってもらおうか」


 視線が交錯する。互いの腹を見せまいと。

 霞をあまり待たせるわけにもいかないので、すぐ移動した。


*****


 上の階の喫茶店に移動して、アメリカンを注文し、運ばれて来るまでの間、お互いに無言を貫き通した。

 その間、彼は携帯を取り出し、ぽちぽちと誰かに連絡を送っているように見えた。

 コーヒーを受け取り、一口飲んで彼が一息ついて、「で?」 と一言。その続きは言わんでもわかるよなと目が語っていた。


「そうですね、まず礼儀知らずの貴方のお名前を聞きしましょうか」

「まるで尋問だね。構わないけど。僕は豊田夏樹とよたなつき、霞の元彼」

「知ってるかもしれないけど一応、俺は月城千草です。霞の彼氏です」


 この一言で彼はどういう反応をするか、手始めのジョブを入れてみることに。


「知ってる」


 まあ予想通りの反応。ここで少しでも苛立ちを見せようもんなら、霞に未練があるとしか思えんからな。てかこいつ霞に未練しかないのでは? 気持ちわるっ!


「じゃあ次、お前は霞に何をした?」

「単刀直入に聞くなぁ。さあ? 何だろうね。嫌われてる理由が知りたいくらいだ」


 あっけらかんとそう言った。手をひらひらさせ、さっぱりわからないと。

 しかしだ、あそこまで彼女の顔が強張り、怯えて、手も震えていたのに何もない筈がない。嫌悪感を持っていたし、早くあの場から立ち去りたいと思っていた筈だ。なのに知らないなんて嘘もいいところだ。隠してる、何かを。


「嘘はやめましょうよ。何もない筈がない。嫌われてる自覚がないのは嘘だ。見てれば分かるだろ、彼女はお前が嫌いなんだよ。ふざけるのも大概にしろ」


 語気が荒くなり、彼の適当さに腹が立つ。眉間にシワを寄せ、睨みつけるように目を細めた。


「君は彼女と本当に付き合っているのかな? 僕はそうは思えないし、それに君、急に出てきたよねぇ。せっかく終わりにしようと思ってたのにさ」


 彼は質問には答えず、話を変えて俺たちの関係性を指摘してきた。洞察力の高さに少し身が竦んでしまう。目の付け所が嫌に刺さった。 

 側から見たら俺たちはカップルに見えないのだろうか。加えて最後の一言が妙に引っ掛かる。

 コーヒーを一口飲み、その質問を返す。


「急に出てきたとは? 終わりとは?」

「僕は霞に話しかけていたのに、邪魔するように入り込んでさ、すごくうざかった」

「こちらこそ。で、本意は?」


 間髪入れずに返す。言葉の裏を読まれないとでも思ったのか。彼の顔が少し歪む。それを見逃さないし、逃さない。ここで離したらまた後回しになるし、この先ずっと霞の問題は解決できない。こいつは何かを知っていて、関わってるようにしか思えない。


「噂だよ。邪魔しないでほしいなぁ。僕の霞なんだから。付き合ってないんでしょ? 本当は。知ってるんだよ。折角チャンスだったのに。本当に邪魔だなぁ」


 あぁ、くそ。今すぐにでも殴ってやりたい。

 こいつは何も知らない。知ろうとしてない。分かってない。

 言いたいことは大体わかった。


「そうですか。話はおおよそ見当がつきました。知りたいことは知れたんでもういいです」

「逃げるんだ? それは肯定と取るけどいいのかい?」

「勝手にそう思ってればいい。お前がしたことは決して許さない。それにお前がどう足掻こうと意味がないことを教えてやる。残念ながら霞は俺が大好きなんだよ。例え俺が彼女と離れた所で付き合えるなんて思い上がりだ。最後に一つだけ言わせてもらう」


 立ち上がって、彼の顔に近づいて耳打ちする。

 最低に、嫌味ったらしく言ってやる。

 やってない事を。

 嘘を堂々と。

 悟らせないように。

 お前が出来なかったことを。


「あいつはいい女だ。最高だったよ」


 ぐっと歯を噛み締め、顔を歪ませ、睨み付けてくる。

 意味は十二分に伝わったはずだ。

 俺はそんな事おかまいなしで財布から千円を取り出し、机にボンッとおく。


「二度と面を見せるな」


 そう吐き捨てて店を後にした。


*****


 結局の所、俺も彼も、あまり変わらない。

 ただの自分勝手で、独りよがりで、何も彼女の気持ちを考えていない。

 今こうして彼女と離れ、彼と話す事が本当に大事だったのだろうか。感情で動いてしまったが故に、彼女は一人で考える必要のない事を考えてしまっているのかも知れない。

 これは俺の自己満足にすぎない。ただ眼前にあった害悪を取り逃がさないという目的を果たして、格好つけてるだけだと。まるで自意識過剰で自己に浸ってる気持ち悪い奴だ。ただの傲慢。思い上がりクソ野郎だ。


「くそっ! 何してんだよ! 俺は馬鹿やろうか」


 冷静さを一人になってからやっと取り戻し、間違っていた行動に後悔する。

 優先すべきは噂の撤回なんかじゃない事は自分がよく分かってることじゃねーか。何してんだ。無意味とわかっているのに……。

 今すべき事は彼女を一人にさせてはいけない。すぐにでも彼女に会いに行かないと。

 走り出した。

 彼女に電話を掛け、コールが続く。………何コールすれば出るのだろうかというくらいにコールが続く。

 出ないと思って切ろうと画面を見ると、通話時間が表示された。


『もしもし……』

「今どこ?」

『パルコの……裏の公園』


 ずずっと鼻をすする音が聞こえてきて、俺は焦る。


「わかったすぐ行く。ごめんな」


 電話を切ってからもごめんごめんと心の中で謝りながら、急いで向かった。


*****


「はぁはぁはぁ……」


 膝に手をついて、呼吸を整える。

 公園に着いたものの、広過ぎて何処にいるのか分からない。

 それに茜色に染まっていた空も、いつの間にか真っ暗になっていた。

 荒く、肺の中であったまった白い息が風にさらわれていく。

 辺りを見渡しても、イチャつくカップルや、スケボーをやっている人はいるが、一人で座ってる女の子の姿は見当たらなかった。

 連絡を取る為に携帯を取り出し、電話をかけようとした時、後ろからぽすっと優しく冷えた華奢な身体に抱き付かれる。


「遅いよ……」

「ごめん」


 背中に頭を押し付け、少しだけ腕に力を入れ、きゅっと更に抱きついて来る。


「……しないでよ」


 弱々しく、寒さに震えているのか、それとも一人が怖くて震えているのかは、考えなくても分かってる。


「一人にしないでよ……」


 申し訳ない事をしたと空を仰ぐ。出てくる言葉は一つだけしかなくて、それ以上に言葉が出てこない。今の俺には謝ることしかできなくて。


「ごめん」

「……考えなくても……いい事考えちゃうじゃん……。一人でいることが……怖いよ……」


 俺はこうなる事をもっと早く気付くべきだった。

 人は、突然に一人になると不安に駆られることがある。当たり前が当たり前じゃなくなるその瞬間が。経験した事がある俺が一番分かっているのに。

 慣れというのはとても恐ろしく、酷く当然のようについて回る。日常にある当たり前は、全て自分が慣れていっているだけ。当たり前じゃないんだ。

 抱き締められている手を解き、正面に向き直しそっと手を引き、優しく包み込む。


「ごめん」

「やだ……許さないよ……」


 嗚咽を漏らしながら、肩口に額を当て、彼女は言葉を続ける。


「今日このまま、ばいばいなんてやだ……」


 すんと鼻を鳴らし、見上げた彼女は本当にずるい。そんな顔されたら帰せないし、俺も帰りたくなくなるだろ……。


「そうだな……どうしよっか?」

「千草の……家……行きたい」

「はっ!?」


 驚いて、声が裏返ってしまう。


「だめ……? 私はもっと一緒にいたい。誕生日も一緒に迎えたい……だめかな……」


 え!? はっ!? え!? それがしは何を言ってござろうか? それは泊まると言っているでよかろうですかござろうですか?


「でもそれはほら、親とかがなんていうかなぁ……あははは……」

「一人で暮らしてるって晴人くんから聞いた」


 あいつ何言ってんだよ……。個人情報漏らすなよ……。

 その抱きついたまま、上目遣いで見られたら、そんなん無理でしょ。断れないよぉ。


「霞の親が……まあ良いって言うなら……」

「ほんと!? じゃあ早速電話しよっと!」


 態度がけろりと変わる。いそいそと携帯を取り出し、電話し始めた。


「あ、もしもし? お母さん? 今日千草の家泊まるね! え? 避妊? 大丈夫大丈夫するから!」


 ねぇ、何言ってるの? お母さんも何言っちゃってるの? しませんから。しないよ? ホントダヨ。


「はい! 千草!」

「何!? えっ? 俺? まじ?」


 携帯を渡され、耳に当てる。


「代わりました。初めまして、月城です」

『もしもし? 千草くん? 初めまして母の楓です。突然ごめんね。今日、霞をお願いしても良いかしら?』

「まあ……はい。全然大丈夫です」

『お言葉に甘えさせてもらおうかしら。ちゃんと避妊はするのよ?』


 ちょっとお母さん? あなたどういう教育方針なのか今度聞かせてもらっても良いかしら? 


「えっ? いやっあのっ、はい。大丈夫です……」

『冗談よっ! あははは。大事にしてやってね。霞、結構めんどくさいとは思うけど。それとここだけの話、最近帰ってはあなたの話ばかりなの。相当あなたの事好きみたいだから。よろしくね』


 もうなんて話を返したらいいのかわからんし、隣にいる奴は「何の話してるのー」と身体をゆっさゆっさ揺らしてくる。酔うからやめて。あとうるさい。


「あ、はい。わかりました。秘密で」

『じゃあ後はラブラブしちゃってねぇ〜またねぇ〜』


 ブチっと電話が切られ、俺は無になる。耳元に携帯を当てたまま。棒立ちし、体は揺れていた。


「終わった? まだ? 何が秘密なの?」


 あなたさぁ、さっきまでのあれは何だったの? 演技じゃないよね? そうだと言って? 

 ともあれ、少し元気になったならそれはそれで良しとする。


「あぁ、終わったよ。秘密は秘密」

「わかったぁ。じゃあいこ?」


 ぷくっと膨れっ面で少々ムッとしながら手を引かれる。相変わらずその顔かわいいなおい。結構お気に入りだぞ? その顔。


「そうだな……行こうか……」


 あっ、俺の部屋綺麗だっけ? と少しばかり心配になった。

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