第50話 メンタルをやられた女

私は、メンタルコーチ。

精神疾患に悩む女性たちを助けるために、

働いている。


しかし、これまで私は彼女たちを半ば馬鹿にしていた。


(好きでそうやっているんだ。

気が済むまでやってなさい。

気が済んだら、

その疾患という心地よい毛布から出てくれば)


くらいに考えて話を聴き、

励ましていた。


だから、神様は私に、

疾患の苦しみを教えに来たらしい。


あるとき、私は一人の男性との関係について悩んでいた。

寝る前、起きた時、襲ってくるネガティブな感情に、

自ら絡んでいった。


本来、そういう時には、ドッチボールの球をよけるように、

あるいは、手にたかった蚊を殺すように、

自分の心に入れない、というのが私の生き方であった。


そうしないと、どんどん心はゴミ箱と化し、

ある日、それがアラーム音を発するのが、

精神疾患である、との考えで生きてきた。


生ごみをゴミの日に出すように、

嫌な考えは、棄てなくてはならないのだ、と。


しかし、私は何を思ったか、

自らの精神を過信し、気まぐれに、

そのネガティブな感情の誘いにのった。

数週間にわたり、

もてあそんでみたのだった。


激辛料理を楽しむように。

ビルの屋上から身を乗り出してスリルを味わうように。

生ごみを出さないで置いておいた。


ある朝それは始まった。


動悸、

息切れ、

めまい、

不安感、

だるさ、

食欲不振・・・。


死ぬかもしれない、と思ったから私は、

死んだあとの保険、

暗証番号、

ひみつのカードローンのこと。


ぜんぶ、大好きな彼に伝えた。

別れが見えていた関係だったけれど、

彼には家庭があったけれど、

私には彼しかいない。

それが真実だったから。


彼は笑った。


(なにが悩みなの)


(わからないから困っている。

更年期障害かもしれないし、

精神疾患かもしれないし、

憑りつかれたのかもしれないし、

とにかくダメなの。

だからもしもの時はよろしくね)


(わかったけど・・・、

俺はいつでも君を愛しているし、

妻はいるけど、

俺は、君を護りたい)


ああ、これなんだ。

これ。

この不安定さよ。


いっそこの男を殺してしまおうか。


しかし、どうしょうもない。

メンタルをやられたんだから。

頼れるものには頼らないと・・・。


私は彼に会った。

抱かれた。

心が嘘みたいに晴れた。

抱かれて、笑って、息がちゃんと吸えた。


私は弱い。

弱いんだ・・・。

だけど、それで良いと思う。

だって、死にそうだったから。

生きるためには、そうするしかないのだ。


そして、メンタル疾患を抱え続ける人は、

強いんだと知った。

彼女たちは、美しいのだ。

美しい生き方を完遂しようとして、

強すぎて、我慢しすぎる。


それがわかった。

だから私は彼女たちに敬意を示した。


私は彼女たちに伝えたい。


『どんなにみっともなかろうが、正しくなかろうが、

もう我慢しなくていい。

ぜんぶ、心をぶちまけて、

今すぐに、我慢をやめていい。

あなたは強い。

弱い私はすぐに感情をぶちまけた。

あなたもどうか私に、

ぶちまけてよ。

ぶちまけても変わらない。

そんな恥はいやだ。

そんなことないよ。

私はもっと恥ずかしい女なの。

どうか、ぜんぶ、ぶちまけてみてよ』と。

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