第29話 放出される女

ついにこんな時が来た。

夫がUターンをするのだと言う。


『私は行かないわ』

そう言ったら、

『じゃあ、退職金も財産もやらない』

『東京での生活費の援助もできない』

『自立して』

だって。


夫の退職金と、田舎の少しだけ広大な家屋敷や田畑を思い浮かべた。


ん?


私、損するの?


欲しいの?


なんかよくわからなかった。


ただ、ひとつだけ言えるのは、

今のままで良いわけがない、ということだった。


私は変わりたい。


私には、夢があった。


到底かなわない夢ではある。


だけど、

だけど・・・。


いつかは必ずかなえようと思って、

何度もこの世に生まれてきている気がしている。


それは、女優になる、という夢だった。


あ、やっぱり。


ね、みんなそうやって、笑うんですよね・・・。


こんなに醜く、年をとっただけのおばさんが・・・って・・・。


けれど、それは私の純然たる夢なのだ。

舞台に上がって、色んな女を演じてみたい。


唯一、他人がそれをやっていて、妬ましいと感じる職業だ。


職業?


なのかな。


女優って職業なの?


芝居をして金を稼げる人は、

プロの女優だから職だろうよ。


私はどうなのよ?


毎日、笑顔を作って仕事をして、

家事をして、

金は稼げないけど、

女優なんだよ・・・。


私はゾクゾクする。


間もなく夫に放り出されるのだ。


そうしたら、『劇団わたし』を作ろうと思う。


他人が作った劇団のオーディションなんか受けるもんか。

受かりっこないし、受かりたくもない。


この年になって、どうして人の意見を聴かなくてはならないの。


いうことを聞くのは、夫と子だけで十分だ。


私は私の書いた本で、

歌って踊るの。


どこで?


うちで。


観客は?


いない。


カメラで撮るの。


それでネットにあげるの。


どうかしら?

・・・・。


(・・・ほらね?

夢なんて、見たってみじめな暮らしが待っているだけよ。

夫にくっついて、

ド田舎で、ド田舎のしきたりに忍耐して、

立派な墓に入りましょうよ・・・

ね?)


とんとんとん、と肩をたたく、

もう一人の私が言う。


何もするな、何かをしても恥をかくだけだ、と。


私は放出されるその日のために、

『劇団わたし』を創ろうと思う。


いや、私は何もしないで

ド田舎で我慢をしようと思う。


どっちにしようか。

ねぇ、どっち?


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