第5話 野盗の話


 エアハルトはイーノ村から戻って来た部下の報告を聞いて持っていたワインの入ったグラスを落とした。

 入っていたワインはイーノ村とは別の村から徴収した物であり、グラスもさらに別の村から徴収した物だった。

 ワインもグラスも市場に出ればかなりの高値で取引される物であったが、それを落としてしまう程、エアハルトはショックを受けていた。


「どういう事だ! ネリオが殺られただと!? そんな事が有るはずがない!」


 部下からの報告にエアハルトは納得がいかず数百メートル先に居ても聞こえる程大きな声で部下に叫ぶ。

 部下は起こった出来事をそのまま報告しただけだが、エアハルトの剣幕に親に怒られる子供のように小さくなっている。


 エアハルトはネリオの事を大変気に入っていた。ネリオには三つの村を任せており、その全ての村で徴収量が非常に良く、期限に遅れる事もほとんどなかった。

 そんなネリオを次期首領として期待していて、何かと目を掛け、首領としての心構えを教えていた。ネリオは頭も良くエアハルトの教えた事をスポンジのように吸収していった。

 ネリオはエアハルト程ではないが、剣の腕も立ち王国兵だとしたら十人長ぐらいの実力が十分あり、ゆくゆくはエアハルトさえ超える腕前も持っていた。

 そんなネリオが殺されてしまったと聞いてエアハルトが普通の状態でいられるはずがなかった。


「ネリオを殺ったのは何処のどいつだ!? 確か今日はイーノ村の徴収だったな。だとするとあの自警団の奴らか!?」


「それが誰が殺ったのさっぱり分からないのです」


「何だと? そんなはずがあるか! お前たちは一緒に行っていたのだろ!!」


 火に油を注ぐ発言となったことに部下はますます委縮してしまう。ネリオを失ったばかりかネリオを殺った相手の情報が全く入らない事にエアハルトは憤懣遣る方ない表情を浮かべる。

 怒りの収まらないエアハルトは一つの決断をする。


「明日の朝、イーノ村に出発する。全員に伝えろ! 略奪だと」


 野盗が一番恐れるのは村の反乱である。ある村で反乱があると続いて違う村でも反乱が起こる可能性があるからだ。

 なので、一度でも反乱の意思を見せた村には全員で村を襲い、徹底的に略奪を行うのだ。それはその村を滅ぼす事であり、誰一人生かしてはおけないのだ。


「ウォォォォ! 久しぶりの略奪だ!!」


「待ってました! 皆、祭りだぞ!!」


 部下の中にはこの略奪を楽しみに待っている者もいる。奪い、犯し、殺す。この時ばかりは何をしようが自由となるので部下の中には略奪の事を祭りと呼ぶ者までいる。


「お前等! イーノ村の人間を誰一人逃がすなよ! 存分に暴れろ!!」


 エアハルトがさらに煽りを入れると、部下達のテンションは最高潮になった。前祝いと称し、宴会が始まるが、今夜はネリオの送別も含んでいるため止める事はなかった。

 徹底的に飲んで、騒いで、疲れて眠ってしまった野盗は、次に日には珍しく全員が出発前に揃っており、やる気に満ちた表情でイーノ村へ出発した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 マールは半鐘の音が聞こえると素早く立ち上がり、壁の剣を手に取って扉を出た所で立ち止まった。


「トゥユちゃん、君は逃げな。君が逃げても誰も何も言わない。これで村が潰されるならそれがこの村の運命だったってことだ。君は若い。生きるんだ」


 トゥユの方に振り向きもせずマールは逃げろと言い残し、野盗が来た方に駆けて行った。

 トゥユの他に誰もいなくなった部屋は水面のように静まり返っている。その静寂を破るようにトゥユが席を立ち、レイピアをマールが持って行った剣の所に掛け、「ごめんね、マールさん」と言って家を出た。


 マールが村の入り口に着いた時には自警団の二人が先に来ていた。他の村人たちは全員家に入り、最悪すぐに逃げ出せる準備をし、窓の隙間から入り口の方を覗いている。


 トゥユは知らないのだが、ネリオを倒した後に村では村長の家で今後の事が話し合われていた。

 ネリオを殺してしまった事で野盗が村を襲って来るのは間違いない。だが、村で戦える者と言えば自警団の二人とマールだけだ。

 他の者が出たとしてすぐに殺されてしまうか、足手纏いになるかのどちらかで戦力として数える事はできなかった。


「この村を一旦捨ててしまうのはどうだろう? ほとぼりが冷めたら戻ってこれば良いじゃないか」


 村人の一人が提案するが、それに賛同する者は現れない。特に年長の者は少しであってもこの村から離れるのは我慢できないのだ。


「ネリオを殺ったのはあのガキだろ? だったらあのガキを差し出せば……」


 その続きはここに居る村人たちの視線で遮られた。村人たちもこのまま野盗の言いなりになっていた所で村が持たないのは分かっていた。

 分かっていたのだが安全かどうか分からない橋を渡る事ができなかった。だが、今回、先陣を切って橋を渡る者が現れた。これに続かなければ村に未来はない。

 だからトゥユに感謝こそすれ、裏切るような真似は決してできなかった。


「じゃ、じゃあ、どうするんだよ! 野盗が来ちまうじゃないか!」


 その問いに応える者は居なかった。折角訪れたチャンスなのだが村にそのチャンスを掴むだけの余力がないのだ。


「それなら、あのトゥユと言う方に助力して貰うのはどうでしょう?」


 他の村人とは少し雰囲気の違う何処か高貴な感じのする女性が手を上げてトゥユに助けて貰う事を提案する。


「レリアさん、それは駄目だ。あの子はあくまでも部外者。村の者ではないんだ」


 マールはレリアの提案を受け入れる事ができなかった。だが、拒否ばかりしていては解決策が見つからない。


「自警団の二人と俺が戦う。村の人たちは何時でも逃げられるように家の中で準備をしておいてくれ」


 マールは戦う覚悟をすると同時に、最悪の場合を考え、他の村人には逃げる準備だけをお願いする。

 村人たちも他に案がない以上、マールの提案を飲み、家に隠れている事にした。


 程なくして野盗が入り口の手前に来てエアハルトの命令で立ち止まる。その数はマールが予想したより多い二十人程の人数だ。

 マール達三人は予想より多い人数に絶望の色が顔を挿す。一人当たり六人を相手にするなんてとてもできる物ではない。それでも気持ちだけはしっかり持ち、野盗の方を睨みつける。


「これはこれは、イーノ村の自警団の皆さん、お出迎えいただき恐縮です」


 わざと遜った挨拶をするエアハルトにマール達は苛立ちを覚える。


「今日はネリオを殺った奴を探しに来たのですが、誰が殺ったのか知っていませんか?」


「……」


 何も言わないマール達を見てもエアハルトの態度は変わらない。


「そうですか、知りませんか。知っていればその者を渡してくだされば今日は帰ろうと思ったのですが……」


 と言って愍笑を浮かべる。自警団の二人は野盗の甘言にトゥユの事を言ってしまえば助かるのではと思った。

 二人同時にマールの方に顔を向けると、マールの顔を見て、その考えが余りに甘い考えだと自分を戒める。

 事実、エアハルトはネリオを殺った奴が分かれば、そいつに与えられるだけの苦痛を与えた後、村人を殺そうとしていた。もし分からなくても村人を殺してしまえばその中に居るか、何処からか出て来る物と思っていた。


「俺たちは恩人を売ったりなんてしない。用が済んだならすぐに帰れ!」


 マールの放った一言に眉の端を上げたエアハルトは、ここで会話をしても仕方がないと判断し、部下に命令を下す……はずだった。

 だが、部下に命令が下される事はなかった。何故なら遠くから何か重い物を引き摺る音が聞こえて来たからだ。


 ズズ、ズズズズ、ズズッ。


 その音は少しずつだがこちらに近づいてきており、やがて朝靄の中から引き摺る音と一緒に一人の少女が姿を現した。

 姿を現した少女はマール達の前まで来ると後ろに下がっているように言い、野盗の前まで来て歩みを止める。その手にマールの鍛冶小屋にあった戦斧を手にして。


「私その人の事知っているよ。その人はとても可愛らしい少女で、とても良い子なんだよ」


 既にウトゥスを顔に着けているトゥユは自分の事をそう言って仮面の中で満面の笑みを浮かべる。


『トゥユよ、我を顔に着けている時に笑みを浮かべても相手には見えんぞ』


 ──そうなの? 折角良い顔したと思ったのに……残念。


 トゥユの思いと裏腹に表情が見えない事がエアハルトにとっては不気味に思えた。


「ほう、じゃあその少女はどうやってネリオを殺したか聞いても?」


 エアハルトは仮面を着けた少女にネリオが殺された真相を聞く。


「あれはね、残念な事故だったんだよ。偶然有った剣を上に投げたら偶然パンチが当たって偶然顔に刺さちゃった。本当に世の中は不思議な事が一杯だね」


「なるほど、なるほど。貴様は命乞いをする訳でもなく無残に殺されたい……そう言うんだな」


 言葉では冷静を装っているエアハルトの顔は徐々に厳つい物に代わっていく。


「命乞い? なんで私が屑共に命乞いをするの? アハハハッ、悪い事をしているのはそっちでしょ? なら謝るのはそっちじゃない?」


「あぁ、もう分った。まず貴様の足を切り落とそう、そうすれば土下座できるようになるだろう。それから腕を切り落とそう、そうすれば顔を地面に付けられるだろう。最後は首を切り落とそう、そうすればこの世に後悔を残し死んでいけるだろう」


「アハハハッ、それ良いね。私も同じ事をしようと考えていたんだよ。村人に寄生する事でしか生きていけない蛆虫共め!」


 お互いの視線が熱を持って交差する。これ以上の会話は必要ない。

 エアハルトは顎で部下に指示を出すと三人の部下が一斉にトゥユに襲い掛かる。


 ブオン!!


 トゥユは右手で引き摺ってきた戦斧をそのまま遠心力を乗せて横に一閃する。重い風斬り音を上げた戦斧は思った以上に遠心力が強かった為、真後ろに居たマール達の腹部にあと僅かで届く位置を刺先が通り、一回転して止まった。

 マールは自分の直ぐ近くを戦斧が通った為、驚いて自警団の二人を巻き込んで後ろに倒れこんだ。


 向かって来ていた三人は既に物言わぬ屍となっており、瞬時に三人失ってしまった事にエアハルトは声も出ない様子だった。


「首領、俺がやっていいか?」


 固まっているエアハルトに声を掛けたのは二メートル程も身長がある腹の出た大男だった。


「お、おう。グッチオか。お前の好きなようにしろ」


「ウォォォォ! 任せろぉぉぉぉ!」


 エアハルトから許可を貰ったグッチオが雄たけびを上げ、ゆっくりとトゥユの前に進むとトゥユの戦斧と同じ位の大きさの斧を肩に担いだ。


「お嬢ちゃん、ちょっとおいたが過ぎるな。だが、優しい俺はお嬢ちゃんの足を砕くだけで我慢する。そしてお嬢ちゃんのキツキツの所に俺の大きいのを入れて調教してやる」


「アハハハッ、おじさんのじゃ何度突かれてもいけないよ。大人しくお母さんのおっぱいでも吸っていた方が良いんじゃない?」


 グッチオが顔を真っ赤にして振り上げた斧を振り下ろした。トゥユは軽々避けるが、斧は地面を叩き、地面に罅が入った。

 その様子を見たトゥユは同じように戦斧を振り上げる。グッチオは斧を振り下ろした影響で体勢を崩していたので、トゥユはわざとグッチオに当たらないギリギリの所に戦斧を振り下ろす。

 地面とぶつかった戦斧はクレーターのように窪みを作っており、両者の武器を振り下ろした跡を見ればどちらの方が威力があるか一目瞭然だった。


 グッチオは力でいえばネリオより上で、エアハルトにも負けないと思っていたのだが、この少女はそれを上回る力で戦斧を振り下ろしたのだ。

 真っ赤になっていた顔が真っ青に代わり、グッチオは力に任せて滅多矢鱈と斧を振り回してくる。

 そんな適当に振り回される斧を口笛でも吹きそうな感じで避け、太鼓のように出た腹に刺先を突き刺す。


「さよなら、おじさん。あの世でお母さんのおっぱいを吸って我慢してね」


 冷笑を浮かべ、突き刺した刺先をそのまま上に引き上げると、グッチオの体が裂け、花火のように大量の血と内臓をを巻き散らす。

 全身に血を浴び、肩に付いた臓物を手で払うとトゥユは戦斧を肩に担いだ。


『トゥユよ、今のは美味かった。久しぶりの良い食事ができたぞ』


「アハハハッ、ウトゥスが喜んでくれて嬉しいよ。でも、まだまだあるから沢山食べてね」


 グッチオが倒されてしまった事で怒りが頂点に達したエアハルトは全員で攻撃するように命令する。

 一斉に動き出した野盗は、互いに体をぶつけ合い自分達で動きを制限してしまう。軍隊なら一斉に攻撃した所で連携を取って行動するのだが、野盗にそれを求めるのは酷であった。

 動きが制限された所に横薙ぎの一撃を入れるだけで複数人の野盗の体が宙を舞う。人数が減ったことで多少動きやすくなった野盗が各々手に持っている武器をトゥユに向けて一斉に突いて来た。


「残念。そこにはもう居ないよ」


 トゥユは突かれた武器を飛んで避けると、武器を突き出してきた野盗の首を刈り取った。

 トゥユの着地したタイミングを狙っていた野盗が後ろから迫るが立ち上がったトゥユが戦斧を肩に担いだ所に丁度頭があり、意図せず野盗の頭をかち割った。


「あら、ごめんなさい。でも、注意を疎かにすると駄目だって教訓になったね。死んでからだけど」


 首だけを振り向いて野盗に指導をしてあげると、エアハルトの方に向き直す。

 あれだけ居た手勢が瞬く間に自分を含め三名となった事に怒りを抑えられないエアハルトは部下に向かって叫ぶ。


「お前たち何をしている! 早くこのガキを何とかしろ!!」


 エアハルトの命令も空しく、野盗の一人は逃げ出し、もう一人は腰が抜けてしまって動く事ができない。

 情けない部下の姿を見たエアハルトは下馬し、腰を抜かしている部下の頭に剣を突き刺す。


「弱者は要らん! 死んでいろ!」


最後に残った部下をその手で殺すと剣を構えトゥユの前に立ち塞がった。

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