第4話 戦斧の話


 村の入り口には馬に乗った野盗のリーダーと自警団の二人が対峙している。

 だが、自警団の二人は争う意思はなく、リーダーの周りにいる野盗が暴れ出せば相手をすると言う感じだった。


「ごきげんよう! イーナ村の皆さん! 今日も楽しい徴税の時間がやってきましたよ。私は気が長いですが、部下は気が短いので早く持ってきた方が良いですよ」


 馬上のリーダーは上機嫌で村人に食料などを持って来いと脅す。

 そんなリーダーの前に一人の老人が進み出る。土下座をして頭を下げたままリーダに、


「ネリオ様。一週間前にも徴収を行ったばかりではありませんか。もうこの村にお渡しできるものなど残っておりません」


 この言葉を聞いたリーダーのネリオは不機嫌な顔になり、顎をしゃくって部下に合図をする。

 合図を受け取った部下は村長の前に歩み寄ると高々と足を上げ、村長の頭を踏みつけた。踏みつけられた村長の頭は勢いよく地面にぶつかり、土が血を吸っているのが分かる。


「貴様! ネリオ様の言う事が聞けないと言うのか!」


 唾を飛ばしながら叫ぶ部下の所に丁度到着したマールが足をどけさせ、村長を庇うとタオルを額に押し付け止血する。


「ほう、良い度胸だ。この私に逆らうと言うのかね?」


「とんでもございません、ネリオ様。今、村人に言って持って来させますので暫しお待ちください」


 そうネリオに言って服従の意思を示すと、村長に小声で「ここは我慢をしましょう。生きていれば何とかなる」と囁く。

 本来野盗は村を襲うと全てを奪って行く物だが、この野盗は村人を生かし、生きている間は搾れるだけ搾ると言う事を行っている。

 村長も懇願すれば待ってくれるのではと言う思いがあったのだが、そこは野盗。抵抗すれば生きていられる保証は何処にもないのだ。

 事実、マールの到着がもう少し遅れていたら村長の首と体は離ればなれになっていただろう。


「皆の者、ネリオ様の指示に従うのだ。各々出せる持ってここに集合じゃ」


 村長は力なく村人にそう指示をする。静まり返った村ではその小さな声でも十分村人たちには聞こえた。

 やがて一人、二人と食料や装飾品を持った村人が家から出てきて、続々とネリオの前に今回献上される品物が山を作っていく。

 中には泣きながら食べ物を運んでくる者が居たが、野盗共は抱えていた食べ物を奪い取り、村人を蹴飛ばして持って来た物を吟味する。


「リーダー! 全然ダメだ。質も量も全く足りないぜ」


 この一週間で新たに食料を貯えられる程、裕福な村人は居ないので、持って来た物の質も悪ければ、量も少ないのは当たり前だ。


「チッ! 仕方がない。今回はこれで我慢してやるが次までにはちゃんと用意しておけ!」


 舌打ちをし、満足の行く物ではないが仕方がないと割り切り、ネリオは部下に品物を回収する様に指示をする。

 部下はネリオの指示に従い集められた品物を荷車に載せていくが、これがネリオの最後の指示となった。


 食事を終えたトゥユは席から立ち上がり、軽く準備運動を始める。


 ──剣での接近戦は得意じゃないから、今度は遠距離から戦ってみようかな。


『トゥユよ、野盗を倒した所でそれ程、食料が手に入るとも思えんが、それでもやるのか?』


「うん、やるよ、あんな不味い食事を毎日しているなんて可愛そうじゃない。それに一つ思いついた事が有ってそれを試してみたいんだよね」


 トゥユは子供が飛びっきりの悪戯を思いついたような笑顔でマールの家を出る。

 外に出たトゥユは人差し指を唾で湿らせ、自分の上の方の風向きを調べると微風だが向かい風が吹いているのが分かった。

 次にトゥユは上に伸ばした人差し指をそのまま顔の前まで持ってきて腕を伸ばすとネリオまでの距離を測り始める。


 ちょうど村の大通りの所にネリオが居るため、遮蔽物はないし、村人たちが集まってきているが、ネリオは馬の上に乗っているので、村人が邪魔になるような事もない。

 陽が落ちてしまって暗くなっているのだけが不安なのだが、ネリオの周りには火が灯されており、周りが暗い事によってその位置ははっきりと見えた。


 ──あの男の人までは凡そ二百メートルぐらいかな。邪魔になるような物もないし、風も問題ない。行けるね。


『トゥユよ、狙いは下の方にしておくのだ』


 ──ありがとう、ウトゥス。ちょっと下を狙ったほうが良いんだね。


 トゥユは伸ばしていて腕を戻し、持っていた剣を回転させながら真上に投げた。


 ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 と風を斬りながら時計のように剣の中心を軸として回転し、トゥユの身長の倍ぐらいの位置まで上がると、回転を維持したまま落ちて来る。


 ──狙いを定めてっと。ここだね!


 剣が丁度トゥユの胸の辺りまで来た時、下から前方に回転した剣はネリオに対して剣先を向ける位置となった。

 その瞬間を狙っていたトゥユは右手を思い切り後ろに引き、剣の柄頭を思いっきり殴りつけた。


 ガーン!!


 とても人と金属がぶつかったような音とは思えない金属と金属がぶつかるような音がした。

 後ろから前方に進む推進力を得た剣は、ロケットが飛び出すような勢いでネリオに向かって飛んで行く。その様は正に弾丸。


 ──良し! 良い感じ! 上手く行ったんじゃない?


『うむ、良い感じだな。真っすぐ飛んでるし申し分なかろう』


 トゥユは自分の思っていた通りの軌道を見せる剣が上手くネリオの所まで行く事を確信する。

 その確信の通り剣は真っすぐネリオの元に向かって飛んでいくのだが、トゥユの胸辺りの高さで発射されたのでネリオの所に届くには高さが足りていない。

 それが分かっているように剣は回転によって得られた上への慣性力を利用し、徐々にだが高度を上げていった。


 ネリオが自分に向かって来る剣の存在に気が付いたのは、ほんの数メートル前の事だった。

 後コンマ何秒で到達する剣に対しネリオが出来る事は何もなく、唯一出来たのは「うわぁー」と驚きの声を上げる事だけだった。


 ゴン!!


 剣先は見事にネリオの口に命中し、剣身でネリオの顔を引き裂いていく。鍔が顔に到達した時、歯と鍔が当たったためかそんな音が聞こえてきた。

 ネリオは剣を銜えるような格好になっていたが、ネリオにそれを認識する命は残っていなかった。

 剣に押された勢いで、ネリオは馬から後ろに引っ張られるように落ち、口から大量の血を吐き出す。


「キャァァァァァ!」


 村人の一人が悲鳴を上げると、その場は一気にパニック状態に陥る。

 村人たちは急にネリオが倒れたのを目撃し、自分たちに流れ弾が当たらないように地面に伏せたり、その場から逃げ出し自分の家に帰ってしまう者もいた。

 野盗達は何処から攻撃されたのか分からず姿勢を低くし、倒れたネリオの所まで来ると、二人掛で引き摺り村から逃げ出していく。

 その姿を見た村人たちはパニック状態から解放され、自分たちが持ってきた献上品を急いで回収し始めた。


「やったぞ! 二度と来るんじゃねぇ!」


 村人たちが歓喜の声を上げている中、マールはネリオを倒した者をこの目で目撃していた。

 村長を守るために村長と野盗との間に入っていたマールは自分の家の方を向いている姿勢になっており、その視線の先には暗闇の中、一人の少女が部屋の明かりに照らされて立っていた。

 その少女が剣を上に投げ上げた後、剣が向かってきたのだ。

 マールは急いでトゥユの所まで駆けて行くと、トゥユは悪戯が成功した子供のようにはしゃいでいる。


「アハハハッ。上手く行くとは思っていたけど、これ程までとは思っていなかったよ」


 トゥユは目から涙が零れそうになるのを指で拭きながら笑っているが、マールは大変な事になったと思い、トゥユの両肩を掴み一気に捲し立てた。


「トゥユちゃん、何て事をしてくれたんだ! こんな事をしたら野盗共が報復を……。いや、それは良い。それよりもトゥユちゃんはすぐに逃げるんだ。奴らは必ず君を狙ってくる!」


 野盗に村が襲われる事よりトゥユの事を心配したマールはトゥユにすぐに逃げるように言ったが、当のトゥユはマールが何を言っているのか理解できなかった。

 何故ならトゥユの中では野盗は皆殺しにするのは既に決定していたからだ。


「マールさん、私は逃げないよ。それより何か武器になる物はないかな?」


 肩にあった手をどけてマールの顔をしっかりと見つめるその顔からは、おどけた表情は消え、これから戦に行く兵士のような顔になっていた。

 その表情を見たマールは背中が寒くなるのを感じたが、落ち着きを取り戻し、再度トゥユを説得する。


「トゥユちゃん、悪い事は言わない。俺の言う事を聞いてくれ。例え俺たちが手伝ったとしても何人もいる野盗に勝てるとは思えないんだ」


「別に手伝いなんて要らないよ。武器さえあれば私一人で十分だし」


 マールはトゥユから出てくるこの自信が何処から来るのか分からなかった。大人である自分でも多人数の野盗を相手にするのは厳しいと思っているのに、この少女は武器さえあれば問題ないと言う。それは只の蛮勇かそれとも……。


 ともかく一旦落ち着くため、マールはトゥユに家に入るように促し、椅子に座らせた。冷めてしまったお茶を淹れ直し、マールも席に着く。

 マールは淹れたてのお茶を一口啜り、不味いと思いつつも口を潤す。


「トゥユちゃん、君は一体何者なんだい? 普通、野盗に狙われていたら逃げようとするのだが、君は迎え撃つと言う。騎士でも何でもない只の少女が、だ」


「アハハハッ、私は私であって他の何者でもないよ。野盗には私の目的のための踏み台になって貰うだけ、ただそれだけだよ」


 あっけらかんと野盗は踏み台でしかないと言い放つトゥユを見て、マールは肌が粟立つのを感じた。


「トゥユちゃん、君の目的とは?」


 一瞬、言ってしまっても良いのか考え、言い淀んだが、問題ないと判断し、素直に目的を話す。


「私の目的は殺したい人を殺す事。そのためには利用出来る物はすべて利用するし、立ち塞がる者は全て殺す」


 トゥユの真剣な表情を見て、マールは溜息を吐き、説得諦める事にした。だが、トゥユをむざむざ殺させる気はないので最大限協力することを心に誓う。

 マールは無言で立ち上がると扉の前に歩いていき「付いて来い」と言って外に出て行ってしまった。


「何か怒らしちゃったかな? でも、本当の事を言っただけなんだよね」


『付いて来いと言うのだから付いて行って見れば良いだろう。謝るならその時でも遅くはあるまい』


 ウトゥスに促され、トゥユも急いで家を出る。辺りはかなり暗くなっており、早くしないとマールを見失ってしまいそうだ。

 マールは家を出た後、家の裏側に回りそこにある小さな小屋に入って行く。トゥユも続いて入るとそこには何個かの武器や防具が置いてあり、炉の近くには鞴、金床がある。

 マールは置いてあった武器の一つを取り、それをトゥユに手渡す。細身で先端の鋭く尖った刺突用の片手剣のレイピアだ。


「トゥユちゃんの体格を考えるとレイピアなら軽くて扱いやすいからピッタリだろ」


 そしてもう一本ダガーを渡し、ダガーで相手の攻撃を受け、レイピアで止めを刺すと使い方まで教えてくれた。

 トゥユは何度かレイピアを振ってみたが、やはり剣は歯車に小石が挟まっているような感じでしっくり来ない。


 ──やっぱり剣て私に合わないんだよね。すぐに折れちゃいそうで怖いし、振っていてもしっくり来ないんだよね。


『こればっかりは合う合わないが在るからな。色々なのを使って自分の合うのを見付けるしかないだろ』


 小首を傾げてレイピアを眺めていると、目の端に何やら大きなものが映りこんでいた。

 そちらの方を見ると一本の戦斧が壁に立て掛けてあった。トゥユは一目見た瞬間その戦斧に心を奪われ、マールに尋ねる。


「マールさん、あの戦斧は何?」


 マールは指を指された方を振り向くと、すぐにこちらに向き直し、頬を指で掻いて恥ずかしそうにしている。


「あれは失敗作じゃよ。若気の至りと言うのかの俺がまだ王都で鍛冶屋をやっていた時に、ある貴族から金はかかっても良いから最強の武器を作ってくれと言われて作ったんじゃ」


 その当時の事を思い出し、上を向いてその時の事を話し始めた。


「それから何カ月もかけ何処にも負けない武器を作って貴族の所に持って行ったら、貴族は持ち上げれんかった。お望み通りの使えれば最強の武器じゃったんだが貴族は使えんかった。それで貴族が怒ってしまって王都を追い出され、今じゃあこんな田舎でしがない鍛冶屋の親父じゃよ」


 大笑いをしてトゥユを押しながら鍛冶小屋を出る。どうやらこれ以上はあの戦斧の話に触れられたくないようだ。


 ──あの武器気になるんだよね。何か主を探しているって感じがして……。


 後ろ髪を引かれる思いで鍛冶小屋を出たトゥユは再び母屋の方でマールから話を聞くことになった。


「野盗共は多分、十人ぐらいでこの村に来るじゃろう。俺と自警団の二人で八人を相手にするとしてもトゥユちゃんには二人は相手して貰う事になる」


「えっ!? マールさん達も戦うの? そんなの危ないよ、私一人が戦えば済む話だし、何もしなくても大丈夫だよ」


 マールと自警団の二人も一緒に戦うと聞いてトゥユは協力を断ろうとしたが、


「ばかもん!! 一人で何とか出来る人数じゃないわい! それに野盗共の首領は元王国軍に居た男で百人長の地位まで上り詰めた男じゃ。一対一なら勝てんと思っていい」


 急に怒鳴られてたことでトゥユは思わず頭を引っ込めて、恐る恐る目を開けるとマールは厳つい顔を柔らかくしていた。


「トゥユちゃん、全て一人で何とかしようとしても上手くは行かん。俺たちは仲間だ仲間を信じる事も大切じゃよ」


 そこまで言って貰ってはトゥユは加勢を断る事が出来なくなってしまった。


 ──本当は一人の方が戦いやすいんだけどな。でも、一緒に戦うって事ならこの人たちを死なせちゃいけないよね。


『フハハハッ、思わぬ所で枷が出来たな。だが、一緒に戦うって事も経験しておくのは無駄ではないだろ』


 マールからの申し出を受け、トゥユは一緒に戦う事を決める。

 窓の方を見ると外は既に明るくなりかけており、いつの間にか夜通し話していたようだ。


「腹も減って来たし、そろそろ飯にするか」


 そう言って席を立ったマールは両手にパンを抱え戻って来た。どうやら朝食もこの堅いパンを食べるようだ。

 流石にあの雑草のお茶と一緒に食べるのは辛いと思い、トゥユは自分の持っていた干し肉をスープの出汁にして貰うように願い出た。

 薄っすらと肉のエキスが感じられるスープは雑草のスープより断然美味しく堅いパンをスープに付けると潤けて丁度良い硬さで食べる事が出来た。

 変な時間になってしまったが、一度寝ておいた方が良いとの事でトゥユはマールに用意して貰ったベットで寝ることになった。


 ──ベットなんて何年ぶりだろう。藁よりフカフカで気持ち良い。


 久しぶりのベットに燥いでいたトゥユだったが、思いの外、疲れていたようですぐに眠りについてしまった。


 次の日、野盗の襲撃はなかった。いつ来るか分からない者を待つのは辛い物が有ったので、トゥユは村を見て回ることにした。

 まず分かったのはこの村には守るのにとても向いていないと言う事だった。村は柵で囲われているのだが、この柵は野生動物が襲って来れないようにするための物で野盗の侵入を防げるような物ではない。

 物見櫓はあるのだが、それだけで野盗の襲撃を止めることは無理そうだった。


『これでは攻められたら守るのは難しいな』


 ウトゥスが正直な感想を漏らす。村を見た感じトゥユもその意見には同意した。


「村に入られて自由に暴れられたら手の付けようがなくなっちゃうから入り口の所で何とかするしかないね」


 更に村を見て回ると村の外に何面かの畑を見つける。何か食べ物があるんじゃないかと近づいたが畑の作物は全て収穫されているか、まだ野菜の生る前の状態だった。

 何か野菜が有ればスープの味も少しは変わると期待したのだが、肩透かしに有ってしまった。


 一通り村の様子を見終わると時刻は夕暮れになっており、鍛冶小屋から戻ったマールは何時も通り、堅いパンと雑草のお茶を淹れてきた。

 トゥユは早く美味しい料理が食べられるように祈りながらパンに齧り付いた。


 ネリオを殺した二日後、朝食をマールと一緒に取っていると、半鐘がけたたましい音を奏で村全体に響いた。

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