異世界で映画を

ゆっくり会計士

第1話

「ねえーブーちゃん」

クラスの黒井マリが話しかけてきた。

「かとうだいすけ」

「タトゥー大好き?」

「加藤大輔って言ったんだよ。俺はブーちゃんじゃないから」

「あー、加藤かあー。タトゥー大好きだって、あはは、ウケるー」

「自分で言ってウケるのか・・・太ってるやつにはみんな『ブーちゃん』って話しかけるのか?」

「男子だけね。今日映研いく?」

「行く。文化祭の出し物決めるから全員集合だぞ」

「えらいねー。適当に決めといて」

このヤンキー女はさぼる気らしい。

入部して3か月たつのに俺の名前も覚えていない幽霊部員だから、こっちも当てにしてないが。

入部した時のあいさつでは

「女優になってみんなにちやほやされたい」

と言っていた。



 映研部室は第二校舎の視聴覚室を使っている。

山の斜面に建てられた西高では学校のてっぺん。

長い階段を登らなくてはならない。

まあ、デブの俺には運動になるからいいか。

嬉しくはないが。

ふうふう

やはり130キロをこれだけ上方向に動かすのはしんどいな。

一度軽い体というものを体験してみたい。


 途中で誰かが後ろから階段を駆け上がってくる音がしたのでわきにどける。

バシイ

と尻を蹴られた。

「邪魔だ、豚ッ」

おっと

よろけながら、蹴った犯人を捕まえようとするが、にやつきながらそいつは俺の手をかいくぐって階段を駆け上がった。

「やっぱりあいつか」

下田紘一。

性格が悪いドちび。

ちびがデブの尻を蹴るのを手柄だと思ってるんだろう。

こっちが追いかけてこないと踏んでいる。

当たりだ。

デブは追いかけない。コスパが悪すぎる。

いつかその場で捕まえたらギタギタにしてやる。


 視聴覚室につくと、俺は自分のアクション映画コレクションから今日見る映画を選んでいた。リーサルウェポンかジャッキー・チェンにしようか。

やはりアクション映画は最高だな。俺もこんな風に動けたらどんなにいいか・・・


「大輔うじ、たいへんでござるよ。文化祭の出し物で結果を出さないと廃部だと言われたでござる」 


 部室に入ってきた2年で部長の吉田忍(よしだしのぶ)の顔は泣きそうだった。

もともと無い威厳が最底辺まで落ちている。

がりがりの痩せで分厚い唇に細い目。そして変なオタクしゃべり。

俺と対極だが、非モテ系なのは同類だ。

映画研究会はこの部長と俺と黒井の三人だ。

黒井が来たくないのもわかる。


「いや、うち研究会で部じゃないし部費とかないし、結果を出すってよくわからんし、あと大輔に氏(うじ)つけるっておかしいんじゃないですか?」

「生徒会役員が見て廃部かどうか投票するらしいでござる。廃部になったら視聴覚室が使えないでござるよ」

「そりゃ困りましたね」

ここはでかいプロジェクターもあるしビデオカメラもある。かなり使える遊び場なのだ。

「じゃあ、あいつらが納得する映画を作りますか」

「脚本は任せたでござる。拙者は撮影監督なので」

丸投げやめて。

「なんかいいネタありませんか」

「う~ん、たしか卒業した先輩がなんか書いてたでござるよ」

がさごそと段ボール箱をあさる吉田先輩。

痩せた忍者が密書を探してるみたいだ。これからはガリ忍と呼ぼう。


「あったあった、これでござる」

「古い大学ノートですね。埃がひどい。雑巾で拭きますよ。

どれどれ・・・え?」

俺はあっけにとられた。

分厚いノートに手書きの細かい文字でびっしり書かれていたのは、とある町とその周辺の様子。

住民のプロフィール。

町の歴史。

天候、環境、宗教、彼らの生活様式、諸々(もろもろ)

現実の町ではない。

剣と魔法の中世ファンタジーの世界だ。

ドラゴンや首なし騎士が闊歩し、人々は城壁で囲まれた町で暮らしている。

その町の名は『トラファルバ』

「これ・・・脚本じゃないですよ」

「設定マニアでござったか・・・いや、最後の方にストーリーがあるかも」

「ええと、最後は、注意書きかな。この世界への行き方ですね。『行けると本気で信じること』らしいです。『想像力は全能だ』って言葉で終わってます」

「ふむふむ」

「ふむふむじゃないでしょう。何ですか、この無駄に大作な設定資料は」

「無駄かどうかまだわからないでござる。ここは本気で信じてみるでござる」

「いや、あるわけないでしょう。本気で信じるとか無理だし」

ガリ忍は部屋の中を歩き回りながら考えている。

音もなく歩けるのか。本当に忍者キャラだな。


「ひらめいたでござる」

ガリ忍は胸ポケットからスマホを取り出し何やらアプリをだした。

「催眠アプリでござる。これで本気で信じるようにできるでござるよ」

「あーエロ漫画によく出てくるやつじゃないですか。なんでそんなのもってるんですか」

「黒井マリにHなことをさせたいのでござる」

・・・こいつ最低だな。



ガリ忍は中世ファンタジーノートの朗読を録音して、ノートとビデオカメラを持ち椅子に座った。

「このアプリ画面の動く模様をじっと見るでござる」

さっき朗読した音声ファイルを再生する。


『この世界には魔法が存在し、それは使う人間のイメージを具象化する。つまり具体的なイメージが重要だ。火や水を想像しよう。それはそこにある』


『トラファルバの町の外には森が広がり、魔獣と呼ばれる生き物が住んでいる。それらは極めて攻撃的で』


アプリの模様と変なBGMに朗読がかぶさると、自分がどこにいるのかわからなくなった。



「ぶひゃあ」

「ござっ」

俺とガリ忍は後ろにひっくり返った。

急に椅子が消えたからだ。

「あれ、どこだここ」

消えたのは椅子だけじゃない。机も校舎も消えて、草原の真ん中に俺とガリ忍はいた。遠くに町の尖塔が見える。教会っぽい。

「ええっと、成功したでござるな」

さっそく撮影を始めるガリ忍の横で俺は茫然としていた。


 20分後、俺たちは信じる、信じない、夢なのでは、という段階を終えていた。

「俺たち帰れるんですか」

「来た時同様本気で信じれば帰れるでござろうよ」

「ここ町の外ですよね。そのノートの通りだと魔獣が出るんじゃないですか」

「魔法で戦うでござる。イメージが大切でござるよ」

「・・・一応やってみます。イメージ、イメージ」

俺は火の玉を考えた。

ショボショボとゴルフボール大のヒトダマが空中に現れた。

「おお、なんか現れましたよ」

「撃ってみるでござる」

「いけーっ!ファイヤーボール!」

ヒトダマは時速30キロくらいのスピードでひょろひょろと飛んでいき、50メートル先でボッと爆ぜた。

「ちょっと遅いでござるな。肉食獣ならかわすでござるよ」

「だったら部長がやってくださいよ」

「拙者はカメラマンでござる」

「俺が主演の映画なんて誰も見ませんよ」

「『炎の少女チャーリー』をイメージして出すとよいでござるよ」

「また古い映画を・・・」

そうぼやきつつ、世間から駄作と言われるあの映画は嫌いではない。

発火の超能力を持つ少女の悲劇のドラマで、名優ジョージ・C・スコットが変態の殺し屋を演じていた。


「炎の少女チャーリー」を思い出しながら発射したファイヤーボールはだいぶましになった。

「うん、これなら肉食獣もイチコロでござるよ」



 草原を町に向かって歩いていると、大型獣の声と戦闘の音が聞こえた。

恐るおそる近づくと銀髪の女が剣で熊と戦ってる。

女は防戦一方で、どう見てもあと1分ももたない。

俺たちは草原に平伏して隠れながらそれを見ていた。

「どうします?助けますか?」

「あの美女が食われるのを見たいでござるか?」

女が倒れた。

熊が襲いかかる。

俺はファイヤーボールを熊に向けて放った。

ソフトボール大の勢い良く燃える火の玉が時速80キロで熊に直進する。

大きさもスピードも成功だ。

だが当たる寸前、熊はファイヤーボールに気が付き、片手で火球をはたいた。

ボウッ

熊の手により火球が爆ぜた。

熊はノーダメージ。

「にっ、肉食獣もイチコロと言ったが、あれは嘘でござる」(震え声)

「こっちに向かってきましたよ。どうすりゃいいんですか?」

「も、も、もっとチャーリーでござるよ」

「チャーリーはだめだったじゃん!」

俺の頭の中にはドリュー・バリモア(チャーリー)ではなく、殺し屋レインバード役のジョージ・C・スコットが浮かんだ。

パットン将軍

「センチュリアン」の警官

その時、俺の手の中にスミス&ウェッソンのリボルバーが現れた。

「アイラブユー、チャアーーリイーーーー!」

パンパンパンパンパンパン

レインバードの断末魔の叫びとともに、俺は熊に向かって全弾撃ち尽くす。

2,3発当たった。

熊がよろめく。ちょっと減速はしたがこのままだとぶつかって、130キロの肥満体とはいえ、吹っ飛ばされて無事では済まない。

俺はジャッキー・チェンをイメージしながら横っ飛びに避けた。

跳んだ?!

生まれて初めてジャンプできた。

軽々と3メートルは空中を移動し、体を丸め、着地と同時にくるりと回って立ち上がった。

熊にはハンドガンでは無理だ。

俺はブローニングAボルトを思い浮かべる。

手の中にブローニングが現れるや否や、眼前の熊に2発ぶっぱなした。

熊が倒れた。

ぴくぴくして、もう起き上がりそうにない。

改めて見ると熊には目が四つあった。


現代人には火の玉より銃の方がリアルに想像できるということか。

攻撃も早いしな。

落とした薬きょうとハンドガンを拾う。

想像をやめてもこれ消えないのか?

ずーっと残ってるの?


「変わった石弓だな」

声の方を見ると、さっき熊に襲われていた女が立っていた。

銀髪、褐色の精悍な顔立ち。

人形のように整った目鼻。薄い青の瞳。

耳がとがっている。

もしかしてダークエルフ?

顔や首にタトゥーが入ってる。

きっと全身にあるんだろう。

長い脚と胸のふくらみ、引き締まった腹部。

すごいな、外人さんは。

手にもタトゥーが、あれ?

剣を左手に持っている。右手は手首から先がない。


「助けてくれて礼を言う。わたしはノアだ。

ああ、この右手か。冒険者をしてて、盗賊と戦って切り落とされた。前はB級冒険者だったのだが、今は薬草拾いくらいしかできない。

それで礼をしたくても金がないんだ。こんな私でよかったら抱いていくか?」


わ、日本語だ。

今なんて言った?

抱いていい?!

マジで?

こんなデブとするの嫌じゃないのかな。


「大輔氏、すごい美人でござる。主役キターでござるよ」

あんた映画のことしか頭にないんかい。

俺が熊に殺されそうなときにも、ちょっと距離おいて撮ってただろ。

「ちょっと黒井マリに似てるでござる」

「いや、ノアさんが100倍美人ですよ」

「どっちもちょっと怖いヤンキー系美人でござる」


彼女が近づいてきた。


「えーと、その右手見せてください」

「べつにかまわんが、、、医者か?」


俺は彼女の手を取って、この人にふさわしい右手をうーんと想像した。

彼女の手首の先に手が現れた。

彼女は呆けたようにその手を見つめ、にぎにぎしている。

「手が・・・ある。なにをした?」

「さあ・・・なんかできた」

「こ、これで冒険者に戻れる・・・」

青い瞳から涙がこぼれた。

「よかったすね」

いきなり彼女に抱きしめられた。

「ありがとう!ありがとーーううぅ」

あ、当たってる。布越しに超いい感じのおっぱいがむにゅむにゅする。


ひとしきり礼を言われたあと、俺たちは自己紹介をし、お礼代わりに映画に出てほしいと頼んだ。


「映画というのがよくわからないが、つまり冒険者の日常をその魔道具で記録したいということか。そんなことならお安い御用だ」


俺と手首が戻ったノアさんは森に入って獣を狩りまくった。

ノアさんは右手さえ使えれば熊ですら相手にできるらしい。

俺は銃を使いつつ、生まれて初めて素早く動き回るという経験に楽しくて仕方がない。リロードしなくても弾は無限に出た。排莢されているのに謎だ。


「大輔は武器もさることながら、動きが素晴らしいな。ただ、なんというか、ちょっとその動きが、面白くて笑えてしまうのだが、、ぷぷ、、思い出しただけで、、」


まあ、ジャッキーのイメージだから仕方がない。

ブルース・リーだとあまりやってて楽しくない気がする。

素早く動くときに、木の枝を見るとつい顔にぶつかるところを想像してしまうのだ。

すると見事なタイミングでぶつかる。

何度かノアさんに爆笑されたが、美人に喜んでもらえるのは嬉しいから問題ない。


「いやあ、素晴らしいコメディーアクションでござるよ、大輔氏

ロスコー・アーバックルみたいでござる」


お前のためにやってるんじゃねーよ。

あと、たとえが古すぎて誰もわかんねえよ。


ゴブリンを30匹ほど狩って右耳を切って集める。

巨大な昆虫にも襲われたが逃げまくって何とか倒し、甲殻を手に入れた。


「ひゃはー、王蟲から逃げてるでござる」


その間、ガリ忍は狩りの邪魔にならないように木から木へ飛び移りながら撮影を続けていた。本当の忍者みたいだ。

お前も手伝えと言いたいが、映画のことしか頭にないんだろう。


ノアさんがささやく。

「大輔、あの従者はただ者ではないだろ。名のある冒険者ではないのか?」

「いえ、ただの撮影バカです」


日が落ちてきたので、俺たちは森を出て草原に戻ってくる。熊の死体はまだあった。

俺は「軽くなれ」と念じながら死体を持ち上げる。

「よいしょ」

頭の上に抱える。うん、実感3キロくらいだ。

「すごい力だな」

この世界では魔法が使える人が3割ていど。

その人たちも各々専門分野があるらしい。

想像するだけで使えるのは転移者特典なのかな。


トラファルバの町に近づく。遠くから見るよりずっとでかい。

町に入る時にはノアさんの冒険者証を見せてもらい、それらしいものを偽造した。

熊を一匹抱えていたので門番が驚いていた。

そっちに注意が向いて、あまり詳しく確認されずに通してもらって助かった。

まあダメなら町の中にテレポートするくらいできそうな気もするが。

ガリ忍にそう話すと、編集しにくくなるから駄目だと言われた。

特殊効果で何とかしろ。


ノアさんと冒険者ギルドに行き、討伐部位(耳)と熊、その他の素材を渡して金を受け取る。

ノアさんが半分差し出したが、いらないと断った。

「一日でこんなに稼いだのは初めてだ。礼をするからうちに来てくれ」

ギルドで何人かがノアさんの右手に気が付きひそひそ話している。

俺のデブをからかった冒険者もいたがノアさんが烈火のごとく怒って、そいつは逃げて行った。

「大輔はお前より100倍カッコイイ」という怒り方も気に入った。

ノアさん、ありがとう、あなたはデブの女神だ。


ノアさんの家に行く途中、ガリ忍が大学ノートを読みながら話しかけてきた。


「ノアさんの妹は体がゆっくり石化する呪いを受けたらしいですぞ。その妹の治療費を稼ぐためにノアさんは必死で働いておったようでござる」


そんな設定まで載っているのか。


彼女の家は小さな一軒家。手入れはされてきれいだった。

家の中には10歳くらいのかわいらしい女の子が椅子に座っていた。

その妹が姉を見た瞬間、目を見開く。

「お姉ちゃん!右手がある、どうしたの?」


「これは、この大輔に・・・」

「こんばんは、おねえさんの友達の大輔といいます。これは従者です」

「従者のニンニンでござる」


「こんばんは。足が悪いので座ったまま失礼します。エレノアです。それで、あの・・・」

「エレノアちゃん、その足を見せてくれないかな」


彼女は戸惑いつつ足にかかった布をめくった。

大理石のようなつるつるで硬い足が現れた。

ノアさんは黙って見ている。

おれは目の前の足が柔らかく、弾力あり、しなやかに動くところを想像した。

エレノアの足が動き出した。


息をのむ姉妹。


「お姉ちゃん!」

「だっ、大輔は治癒師なのに解呪もできるのか?」

「いや、やってること全部おなじなんだけど・・・」


抱き合って喜ぶノアさんとエレノアちゃん。


「うむむ、美人姉妹は何やっても絵になるでござる。

ベン・ハーのラストでござるなー」

・・・あれ母娘だけどな。


立ち上がって歩き回りはしゃぐエレノア。

ノアさんと二人で料理を始めた。

お祝いも兼ねた料理はデブにも十分な量と質だった。


「いやあ、うまいです」

「はっはっは、ギルドで熊の肉を少しもらってきたんだ。さあ飲め。

大輔は泊っていくんだろう。サービスするぞ。私のあっちのテクニックはすごいんだ。明日は立てないだろうな。ははは」


ノアさんは妹の前で何を言ってるんだ。

女が体を使ってお礼をすることはこの世界の常識なのだろうか?

エレノアは赤くなって下を向いている。

やはり非常識な会話のようだ。

ガリ忍は飲み食いしながらまだカメラを回している。

「俺の初体験まで撮影する気ですか」

「当然でござる」

こいつ、超能力を駆使してでも撮る気だ。

「ノアさん、超うれしいんですが、今日は帰らなくてはなりません。こいつを連れずにまた来ますのでその時に改めてお願いします」

「むう、そうか。大輔は恥ずかしがりなのだなあ、はは」

そういうとノアさんは俺の襟をつかんで引き寄せ、チュッとかわいらしいキスをした。


「絶対また来いよ。来ないと承知しないぞ」


耳元でそう囁かれただけで、ちょっとパンツがべたついた気がする。


その日はごちそうになって、ノア家を出た。

辞するときにハンドガンとブローニングをノアさんにあげた。

使い方と狩り以外では安全装置をかけるように指導。


「いいのか?こんな高価な魔道具を」


またまた感謝された。


さて、俺たちは元の世界に戻れるんだろうか?


結論、

元の世界に戻ろうと思っただけで、あっさり帰れた。



その日から撮影した映像の編集が始まった。

ガリ忍とあーでもない、こーでもない話し合いながらやっていたが、結局俺が編集して、ガリ忍がチェックするのが一番効率的だということになった。

ガリ忍の撮影は素晴らしかったし、アドバイスは的確だった。


数日後、俺は再びトラファルバへ行った。

もちろん初体験をするためだ。

もう催眠アプリは必要ない。

彼女の家を訪ね、チョコレート菓子を差し入れると、エレノアが滅茶苦茶おいしいと喜んでいた。

ノアさんは本人が言うほど技巧派ではなく、なんとなくぎこちなかった。

もしかしたら俺が緊張していたのでわざとそうしてくれたのかもしれない。

俺が初体験だと話すと


「では大輔は一生私のことを憶えているな」と笑った。

当然です。



ある日校舎裏からトラファルバに行こうとしていた時、

「豚っ」と叫び声がし、尻を蹴られた。

誰もいないと思ったら、よりによってチビの下田がいたらしい。

蹴られて驚くと同時に、俺と下田は異世界の森の中にいた。

下田は驚いてあたりを見まわしていた。

その無防備な尻に俺は思いっきり蹴りを入れ、即座にこの世界に戻った。

あいつに想像力の欠片でもあれば異世界でも何とか生き抜けるし、この世界にも帰ってこれるだろう。

まてよ、あいつを連れて異世界に行けたのなら、ほかの誰かでも行けるな。

ノアさんと新宿デートも可能なわけだ。


あのノートの最後の言葉は本当だったな。

「想像力は全能だ」



文化祭

映画は大好評だった。

30分短編映画は6回上映され、口コミで後半客がどんどん増えた。

コミカルで動きのいいデブに、特撮(と客は思い込んでる)の町や怪物も受けたが、なんといっても主演のノアさんが評判がいい。

男子も女子も彼女に目が釘づけだ。


腹が立つことに、何もしなかった幽霊部員の黒井マリの人気が爆上がりした。

みんな、ノアさんをメイクした黒井だと思ったらしい。

黒井は黒井で、自分をベースにしたCGだと思い込んで鼻高々だ。


「あんたたち、いつの間にあたしのデータとったのよ」

「やっぱり加藤はタトゥー大好きじゃん」

「あたしのことあんな目で見てたんだーw」


と勝手なことを言っている。

ふざけんな!ノアさんをお前と一緒にするな!


・・・なんてことは非モテ組の俺とガリ忍は言えず、「いやあー」と頭をかいてごまかした。

異世界で撮影したなんて言えるわけない。


「加藤はあたしとチューしたいんだー。試しにちょっとだけつきあってやろうかー?」


うおお、どこまで増長するんだこいつは。

「本当ですか、お願いします」と言ったら

「本気にしてやんの、あはは」と返す気満々のニヤニヤが出てるぞ。

そもそも俺にはノアさんがいる。


「いや、生理的に無理」


そう言ったら顔面に黒井のパンチがめり込んだ。

いいパンチだ。


生徒会は映研の存続を認めた。

部員も増えた。(黒井のファンたちだが)

女優になってちやほやされたくて映研に入った黒井も満足そうだ。




めでたしめでたし。





あのくそデブのシリを蹴った瞬間、わけのわからん森にいた。

もう二日もさまよっている。

山水を飲んだら腹をこわした。

携帯もつながらない。完全に遭難だ。

誰か助けてくれ。


目の前に熊がいた。

あのデブの5倍はある。

そいつは四つの目でこっちを見た。

小便が漏れる。

ここは何なんだ。

俺は逃げようとしたが、熊は俺を後ろから押し倒した。

信じられない重量が背中にかかる。

痛い痛い痛い

尻の肉を食いちぎられて俺は絶叫した。




◆完◆

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異世界で映画を ゆっくり会計士 @yukkurikaikeisi

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