第31話 右からシバかれたら左からもイカれたったらええ

 『……大丈夫だよ、別に辛くはないから』


 和夫は悩んでいた。


 拓郎が祐奈の慰めに股間を膨らませている間、和夫はノリスから話を聞いていた。


 奴隷としての暮らしについて、奴隷というものに対する人々の態度について。


 それはある意味では和夫の想像通りのものであったし、ある意味では想像を超えていた。


 勿論、暴力によって所有者に支配されない立場を勝ち取ったノリスは、他の奴隷よりは幾分マシな生活をしているのだろう。


 それでも力なく話すノリスからは、たくさんの"諦め"が見られた。


 夢を持つこと。


 愛されること。


 自分の気持ちに正直になること。


 そんな大切なことを諦めるということは、いったいどれ程悲しいことなのだろう。


 人に迷惑を掛け、嫌なことからはトコトン逃げ回り、ヒドい目にあいはしても仲間に恵まれながら自分を好きで居続けられた和夫には上手く想像することができかった。


 それにひどくモヤモヤしてしまう。



 ☆



 拓郎が絡んでたオッサンの顔が頭から離れない。


 それはどこか怯えているようで、でもなんかちょっとイキってて、そんでメッチャ怒りに燃えてた。



 それは何かをこれから奪われようとしている人間の心が色濃く滲み出ていた。


 『筋違いやんけ!』


 って言うてまうのは簡単やけど、


 なんかひっかかってまう。


 正直、ノリオの奴がこの状況をどう思ってんのとかようわからんし、


 拓郎のアホンダラがなんでそんなイライラしとんのかもようわからん。


 そもそも俺はアホやから、


 いい事とか悪いこととかもようわからんねん。

 けどよ? 


 俺はひどいよりは優しいのが好きやし、冷たいよりは熱いのがいい。


 それがいいのか悪いのかはわからん。


 それは沢山の人を不幸にするのかも知らん。


 けどよ?


 そんな知りもせん、それによって幸せになるかも不幸になるのかもわからん沢山の誰かよりも、目の前におる奴。


 少なくとも俺はこいつをええ奴やと思ってて、


 なんとなくこいつが好きで、こいつが今よりもええ感じの毎日を過ごせたらええやんけ、嬉しいやんけって思える、そいつを優先する方が、


 ええやん?  


 って思うねん。


 ワガママか?


 悪い奴か?


 そう言われたら言い返す言葉もないわ。


 俺はマジで会った事もないやつなんか興味ないし、責任なんてもんの背負い方なんか考えたこともない。


 俺が感じるままに、


 ええ感じやって方を選びたくて、


 おもんないことをシカトしたいって、


 ただ単にそれだけやねん。


 ええ年こいてまるっきり子供やとは思う。


 ……そう言えば、思い出したわ。


 そういえば、


 そんなくだらん事で悩むのが嫌で、


 下むいてまうんがダサくて、


 俺はええこちゃんでおるんをやめたんやってことを。


 あん時の俺に会えるなら聞いてみたい。


 俺は……、ええ感じになれたか?


 俺は、……ええこちゃんじゃ手に入らんもんを手に入れたか?



 あん時の俺は言うてくれるんやろか?


『多分手に入れれてるで』


 って言うてくれるんやろか?



 言うてくれんねやったら俺は、……それを手放したくないねん。


 俺だって知ってる。


 世界の人々はそんなに強くはないってこと。


 誰かを犠牲にしないと保てない秩序やらなんやらは多分一杯あって、奴隷やらなんやらもそういう類いのもんで、だからこそあのオッサンはあんな必死こいて、守ろうとする。


 それをただ、くだらんもんやと切り捨てて、壊そうとするってことが決して正義ではないってこと。


 ……けど、


 たとえ駄々っ子みたいやったとしても、


 メチャメチャ迷惑やったとしても、


 俺はノリスを優先するし、なんかイライラしてる拓郎を優先するし、なんややたら拓郎を心配してる祐奈を優先する。


 そらぁ俺はあいつらが割とす……


「……和夫さん?」


 ……と、拓郎は恥ずかしいことを考えていた和夫の肩を軽く掴む。


「うわっ! ……びっくりしたぁなんやねんお前!」


「……着きましたよ? どこ行こうとしとんすか」


 拓郎が親指でクイクイと指し示すのは、『冒険者ギルド』である。


 ノリスの力になろうとは考えても、そのために動くには状況に対する認識が足りない。


 そう感じた和夫は、実際に奴隷がどう扱われているのか、直接肌で感じるために拓郎を連れてやってきた。


 人のイヤラシイ部分を見るのが目的であるため、場を無意識に和ませてしまう祐奈は連れて来なかった。


「……おう、せやったな。……何回も言うけど絶対暴れんなよ?」


「いやいや、この尼の十字軍と呼ばれたこの僕がんなことするわけないっしょ」


「……お前十字軍が何か知ってるん?」


「なんかキリスト教のやつでしょ? 右からシバかれたら左からもイカれたったらええみたいな、なんかマゾっぽい感じのやつっすよね?」


「……心配やなぁ」


 和夫は拓郎に見えないように少し顔をそむけると、頬を緩めて小さく息をついた。


 

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