第30話 しかもなんと、今からパンが食えるねん!

「おう、お疲れ」


 ノリスの家に帰ってきた拓郎と祐奈に、和夫は軽く手を挙げて応える。


「ただいま~、ご飯出来た?」


「……お疲れっす」


 満面の笑みで返す祐奈とは対照的に、拓郎はうつむき気味に小さい声で答える。それを見た和夫は目を細めて小さく嘆息すると、


「まあええわ、飯出来たからはよ食おや」


 ☆


「うわ~、すごぉ! パン! かずくんパンあるでパン!」


 祐奈は皿にのせられたバターロールを手に取りはしゃぐ。


「せやろ! パンやねん! パンあるねん! しかもなんと、今からパンが食えるねん!」


「「いぇ~い!」」


 和夫もめずらしくはしゃいだ様子で、二人はテーブル越しに身を乗り出し力強くハイタッチする。


「……え~っと、二人ともそんなにパン好きなの?」


 少し引き気味にノリスが言うと、和夫と祐奈は得意げに胸を張り、


「ちゃう! まともな飯が久しぶりやねん!」


「知らんやろ~? 天かすってな? そのままいっぱい食べたら気持ち悪なるねんで!」


 二人の無駄に力強い不幸自慢にノリスは更に引き気味に、


「……そ、そーなんだ、と、とりあえず食べようよ」


 ☆


「うまい! あぁ~~~! パン! パンうまい!」


「え? 何これ? しゃけ? このびっくりするぐらい美味しいのってしゃけ?」


 和夫と祐奈の二人は、バターロール二個にゴブリントラウト(オレンジがかった身で調理するとサーモンに似ている顔面が凶悪な魚)のムニエル、そして野菜のスープというこの世界では一般的な家庭料理を、むさぼるように食らっていた。


 ノリスはそんな二人を微笑まし気に眺めながら、


「まだ材料はあるから、足りなかったら言ってね」


「も、もっと食いたい……、けど今いきなりそんな食ったら吐いてまう気ぃする」


「せやでー、気ぃつけなあかんでー、飛行機墜落した時とかそれで死んでる人おるねんから」


 真剣に悩む和夫達を見て、ノリスはほくそ笑む。一方拓郎は黙って手に持ったパンを食べもせずただひたすら睨みつけている。


「なんやねんお前、パンに親でも殺されたみたいな視線向けてるやん」


 拓郎はゆっくりと和夫を一瞥し、そしてノリスを見据えると、口の中でつぶやく。


「……すんませんっした」


「え?」


 ノリスはキョトンとした様子で問い返す。


「あの、さっきは僕がいらんことしたせいで、ややこしいことなってもてホンマすんません」


 絞り出すように、それでも力強く謝罪を口にする拓郎に、ノリスは軽やかに微笑む。


「ううん、別に……」


 と、そこで小さくかぶりをふると、


「っていうよりは嬉しかったかな。僕のことであんなにも怒ってくれたのなんて、初めてだったし」


「……でも、それのせいでノリさんこの辺で目ぇつけられるかも知れんし」


「いいよ別にそんなの。元々目なんてつけられてるようなもんだしね」


「……いや、すんませんっす」


 かたくなに頭を下げ続ける拓郎に、ノリスは少し困ったように息をつく。和夫はそんなノリスを一瞥すると、ニヤニヤと拓郎に向き直る。


「おう、お前俺にはなんもないんかい」


「和夫さんも、すんませんっす」


 テーブルに手を付き、更に深く頭を下げる。


「ほなこのパン食うていい?」


 拓郎の返事を待たず、拓郎の皿からバターロールを奪い取り口に突っ込む。


「あー! カズくん最悪や~、たっくん成長期やのにー、ただでさえこんな死にそうな顔でパンを……、ぷふっ、たっくんが、死にそうな顔で、……パン取られてる」


 数をは必死で笑いをこらえる祐奈を流し見ると、


「いやお前の方が最悪やろ、拓郎はこれでも真剣にやな」


「あ~、カズくんあれやろぉ? たっくんが落ち込んでんのカワイソーやからわざとふざけたんやろぉ? やさしーなぁ」


 ニコニコと指さしてくる祐奈に和夫はムッとすると、


「何言うとんねん、俺はただ三つ目のパンをやな……」


「ノリくん見て見てー! こういうのあれやねん、ツンデレって言うねんで? 知ってる?」


「ツン……デレ?}


 ノリスは首をかしげる。祐奈は身を乗り出すと、


「あのなー? ホンマはみんなのこと大好きやのになぁ、大好きすぎるんバレるんが恥ずかしーからわざとツンツンする人のことやねん!」


「なるほど、……確かに」


「確かにってなんやねん、俺はただこのボケのしょぼくれた態度がやな……」

「……すんませんっす」


 力なく謝罪する拓郎に和夫は少し辟易する。


「あ、……いや、別にお前は別に悪ないというか、どちらかと言えば気にしすぎなんがうっといというか」


「あー、ほらぁ、カズくんやさしー」


「うるさいねん」


 ☆


「で、そんなんはどうでもええねん。さっきお前らが帰って来る前にノリオに訊いたんやけどよ?」


 全員が食事を終えたタイミングで和夫は祐奈、拓郎と視線を向け、問いかけるように言う。


「ノリオはあれやねん、なんや生い立ち話に出てきたメアリーって女おるやん、そいつのことなんやめっちゃ惚れてるらしいねん」


「ちょ! それ言っちゃうの?」


 慌てるノリスを見て、和夫はニヤニヤしながら続ける。


「別にええやんけ、拓郎なんか出会う女全員妄想の中でそれはもう多種多様なエロいことを……」


「何勝手なこというとんすか、そんなんせんっすよ」


「一回も?」


「……それは」


「してるねやんけ」


 無駄に素直な反応を見せる拓郎に、和夫は目を細める。


「いや、そんなことはどーでもえーねん。そんでよ? 俺らは泊めてもらった恩もあるしやな、やることも言うてないしやな、そのメアリーって女、一緒に探したらん?」


「ええっすね!」


「ええやーん、おもろそー! 見つけたらちゃんとコクるねんで?」


 和夫の提案に拓郎と祐奈は目を輝かせて同意する。


「いや、いいよそんな!」


 ノータイムで迷わず同意する2人を見て、ノリスは少し涙ぐむ。


「……それに、僕みたいな奴隷に今更会いに来られても」


 和夫は尚も渋るノリスの肩に手をポンと置く。


「ほなようはノリオがええ感じに奴隷じゃなくなるか虐げられんようになるかなんかしたらええわけやろ?」


「え?」


「なんや、アカン?」


「いや、……気持ちは嬉しいけど、そんなの絶対皆が危ない目に」


「世の中に危なないことなんかないねん。それにお前、ちょっと危ないことってのはめっちゃおもろいねんぞ」


「嘘やでー、カズくん危ないことめっちゃ嫌いやでー、こないだなんか包丁でちょっと指切っただけで泣きそうに……」


「うるさいねん! お前そろそろことあるごとに俺の恥ずかしい話すんのやめてくれん?」


「でもそんな……」


「おもろそーっすねー、任してくださいよ? 今度はいきなりイチャモン垂れたりしませんし」


「なんかその言い方やと計画的にイチャモン垂れそうやな」

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