第28話 やらなあかんか訊ーてんねんけど?
「おい! なんやお前! なぁ!」
「ちょ、ちょぉ待てって!」
突然叫びだす拓郎を和夫がたしなめるが、拓郎はそれがまるで聞こえていないかのように、一人の中年の男に向かって一直線に歩き出す。
「もぉ、アカンてたっくん!」
「っさいねん!」
祐奈に掴まれた腕を強引に振り払い拓郎は進む。
「な、なんだね?」
引きつりながらそう言う男からは恐れと侮蔑の感情がありありとにじみ出ている。拓郎はそれに一層腹を立てる。
「お前なにノリさんにメンチ切っとんねん? なぁ?」
今にも殴りかかりそうな拓郎に対し、男は目をそらしながら、心底嫌そうに言う。
「……き、君も奴隷なのか?」
「も? もってなんやねん? シバいかれたいん? なぁ? なぁなぁ? なにキョドってん? なぁ?」
拓郎は”君も”という部分から男がノリスが奴隷であることを知っていて、かつそれを侮蔑していることを感じ取り苛立ちを加速させながら花が当たりそうな距離まで顔を近づけて凄む。
「ちょ、わからんでもないけど! 待て待て!」
「うるっさいねん!」
和夫は拓郎の肩を掴んで静止を試みるが、拓郎は腕を強く後ろに突き出しそれに弾き飛ばされてしまう。
「…ったぁ」
倒れる和夫を一瞥すると、拓郎はまた男に向き直る。
「おい! 訊いとんねん、なんなん? 舐めとん? なぁ?」
「いや……、あの、……君は奴隷ではないのかい? そ、それなら悪かった……」
拓郎の有無を言わせない暴力的な雰囲気にたじろぎながら、男は嫌そうに言う。拓郎はそれに一層腹を立て今にも殴りかかりそうな勢いで言う。
「は? お前きーーてた? 俺はシバかれたいんか訊いてんねんけど! なぁ舐めとん? それか頭悪いん? どっちなん? なぁ、ジブンヤバなイタタタタ!」
拓郎は急激な耳の痛みに思わず振り返る。と、そこには無表情に拓郎の耳を引っ張る祐奈がいた。
その顔にはいつものゆったりとした雰囲気はなく、ただひたすらに怒気と悲しみを含ませている。
「……ちょぉ、いーかげんにしぃや?」
「……邪魔せんといてくださいよ、訊いてたでしょ? このオッサン……」
祐奈は拓郎の目を真っすぐに見つめたあと、後ろを振り返りながら、
「……ちょっとこっち見てみぃや」
言われた拓郎は嫌そうに祐奈と同じ方を見る。祐奈の少し後ろ辺りには、胸を辺りを押さえて座り込む和夫と、元々透き通るように白い肌を更に青白くさせて俯いているノリスが見えた。
それに拓郎はハッとするも、それを気取られないよう努めて苛立った表情を作る。
「……カズくんどついて、ノリくんにこんな顔さしてまでやらなあかんことなん?」
「そうは言うても、このオッサンがノリさんを……」
不貞腐れたように言う拓郎に祐奈は眉一つ動かさず、
「やらなあかんか訊ーてんねんけど?」
「そ、それは、……やらんでええっす」
口ごもって小さく呟く拓郎に、祐奈はイラつきながら、
「なんて?」
「や、やらんでええっす」
ヤケクソ気味に言う拓郎に、祐奈は少し顔を和らげる。
「……せやろ? そしたらもうやめときや」
「……はい、すんませんっす」
拓郎は少し拗ねたように呟く。祐奈は先ほどの男に向かって人懐っこいスマイルを張り付かせると、
「ごめんなぁ、おっちゃん、この子めっちゃアホやねん」
「お、おう、いや、俺は別に……」
「ありがとうなぁ~」
男は引きつった笑みを張り付かせたまま去っていく。
「あのオッサン完全に祐奈にビビっとったな」
いつのまにか立ち上がっていた和夫が言う。
「あ、カズくんもう痛ないん?」
「アホかお前あんなもん別にやな」
「ほんま? じゃあこれ持ってや」
祐奈は素早く拓郎から食材の入った麻袋を取り上げ和夫に渡す。
「は?」
「先帰って、ノリくんと一緒にご飯作っといてぇや」
「お、おう、……まぁええけど」
祐奈は困惑する和夫を満足そうに一瞥すると、後ろでもじもじと俯いた拓郎の手首をつかむ。
「たっくん、ちょっとついて来てぇや」
「……え? あ、いや、すんません、僕、あの」
もじもじと俯いた拓郎に、祐奈は満面の笑みで微笑むと、
「いや、そんなビビらんでも……、なんかちょっとショックやわぁ」
「そういうんじゃないっすよ……」
祐奈は面白くなさそうな声で言う拓郎を満足そうに眺めると、
「まあええわ、おいで?」
「ほなカズくんご飯お願いやで~、すぐ帰るから~」
「おう! なんでもええけど殺すなよ~」
「シツレーやなぁ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます