第13話 男の子はそ〜いうとこ意地あるもんな〜?

「いや、ちゃうねん! 俺らあれやねん、ほら、あの、カ、カジノに来ると、……その、地面這いつくばりたくなる症、……候群?」


 和夫は焦った様子で黒いスーツの男に

手をあわあわと動かしながら話す。


「そ、そやね〜ん、や、……やっと治ったかな〜思て外出てきてんけどまだちょっとあかんくて、……あかん?」


 祐奈は乾いた笑いを張り付かせながら首を傾げて上目遣い。目元がピクピクと揺れ動くその姿は、只々不気味である。


 3人は、あれからカジノに入り只々ひたすら床に這いつくばってメダルを集めていた。日本のスロットマシンよりも遥かに爆裂する"ジャックポット"を搭載したカジノのスロット。見事ジャックポットを引いた客は、こぼれ落ちたメダルを拾うなどというケチくさいことはしないため、床には大量のメダルが落ちていた。だからこそ彼らは、店員に見つかっているなどとは知らず咎められるまで地面に這いつくばり続けた。


「……ではその症候群が完治して、お金もある時にまたお越しください」


 黒服の男は、あくまでサラッとした様子で帰りを促す。こういった事態にはなれているのであろう。


「こ、……このメダルは?」


 和夫は気まずさを感じながらも、一応ダメ元で訊く。彼がお椀のように広げる両手の中には山盛りのメダル。こんなに沢山集めるまで這いつくばっていれば当たり前に店員に見つかることに気付けないくらいには彼らも心が困窮していた。


「……はぁ、預かりましょう」


 黒服は軽くため息をついてからメダルを受け取ろうと手を伸ばす。きっと優しい人なのであろう。


「……か、換金は?」


 和夫のしつこさに黒服は一瞬こめかみをピクリとさせる。


「……裏、来ますか?」


 黒服の男は軽く凄むように言う。彼にもこなさなければならない業務がたんまりとあるのだ。こんな惨めな奴らの相手などいつまでもしてはいられないということをわかってあげたい。


「あ、……ありがとうございました〜」


 3人は、慌ててカジノを立ち去った。




 カジノを追い出されたあと、3人はあてもなく通りを歩いていた。


「はぁ〜、ホンマどーすんすか?」


 言いながら拓郎は和夫をジロリと睨む。そこには、『元はと言えばこいつのせいでこんなことになった』とでも言いたげな不満感が滲んでいる。そもそも自分が原付を盗もうとしなければこんなことにならなかったであろうことはすっかり忘れているあたり、彼もまだまだ青い。


「……何やねんお前さっきからどーすんすかどーすんすかってよ? お前もちょっとは考えろや」


「うっさいっすわ、地面這いつくばりたくなる症候群は黙っといてくれます?」


「は? ……お前ケンカ売っとん?」


「やります? ええっすよ?」


 言いながら拓郎は嗜虐的な笑みを浮かべる。ケンカが好きで仕方が無いのであろうその態度に和夫は困惑する。


「ちょちょ! ……もー、仲良ーしぃやぁ! どーせカズくんが負けるねんからケンカなんかしても意味ないやろ?」


 すかさず祐奈が二人の間に割って入る。和夫がビビッたことを直ぐに察知してしかもそれを指摘せず、ただ単に二人がケンカするのが嫌だと言わんばかりの態度は称賛に値する。が、後半のいらない部分をワザワザ言ってしまうあたり、彼女もまたフザケたがりの大馬鹿者である。


「は? なんで俺が負けるねん」

 

 和夫は視線を泳がせながら言う。モロバレであることを自覚してはいても、ビビッているのを認められない気持ちがヒシヒシと感じられるなんとも間抜けな表情で。


「……じゃあとことんまでやり〜や? 見といたるから」


 祐奈はニヤニヤと煽る。


「え?」


 心底びっくりしたような和夫の表情からは、『え? 止めてくれるんちゃうん? え? 俺ケンカせなあかんの?』という焦燥感が強く透けて見える。


「え? ちゃうねん、ケンカしたいんやろ〜? カズくんが怪我するんは心配やろけど男の子はそ〜いうとこ意地あるもんな〜?」


 普段から、バレバレな強がり方をする和夫を若干鬱陶しいと思っている祐奈はここぞとばかりに語尾をニヤニヤと伸ばし和夫に追い込みをかける。


「え? あ、あ〜、いや、……よう考えたら俺も、その、大人やし、ほら、中学生とマジであれするとそれはかっこ悪い、……ことに今気付いたわ……俺もまだまだというか……」


「……ぷふっ」


 しどろもどろに早口で喋る和夫を見て、祐奈は吹き出す。その横では拓郎が声を殺して笑っている。

 和夫は焦っているのか腹が立つのかよくわからない感じになり、大げさな身振りをつけて反論を続ける。


「なんやねんお前、俺はあれやんけ! 大人としてのアレを取り戻しただけでやな……」


「はいはい、カズくんは大人やなぁ、かっこええわ」


 終始ニヤニヤとしたままの二人に和夫はふてくされてしまう。


「……」


 それを見て、先程まで笑っていた拓郎も少しは悪いと思ったのか、和夫の肩に手をポンと置いて、


「すんませんすんません。……もう、大人やねんから拗ねんといてくださいよ〜」


「……拗ねてへんわ」

  

 拓郎は『仕方ないな〜』とばかりに和夫の背中を叩くと、


「……もう、わ〜かりましたよ、僕がなんか考えますわ」


 それを聞いた祐奈が即座に反応する。


「あかんで!」


 拓郎は、数十分前金欠状態を脱しようとカツアゲを試みたことを思い出し、即座に否定する。


「しませんしません! あれっすよ、ほら、

もっとクリーンな形でなんか考えますっ……」


「おい、あれなんやねん?」


 和夫は拓郎の言葉を遮るように一軒の建物を指差した。先程のカジノのようには電飾もなされておらず、人間の膝から胸あたりだけを覆った両開きの扉が西部劇の酒場を連想させる。しかし、その向こう側に見えるのは酔っ払った荒くれ者達ではなく、何やらカウンターに向かって並ぶ人々。


「わからへんけど、入ってみる?」

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