第7話 隠す気あるの?




「では、帰るぞ英雄。今日の予定は忘れていないな?」


「勿論! いやー、一緒に買い物するなんてドキドキワクワクものだね!」


「では諸君、また明日」「ばいびー、まったなー」


 帰りホームルームもそこそこに、英雄とフィリアは仲良く帰って行った。

 残されたクラスメイト達は首を傾げるばかりである。


「なぁ、変だよな」「ああ、おかしい。あの二人がなぁ……」「裏切り者よコロスベシ」


「上手く行ってるんだねぇ」「あたし、絶対駄目かと思ったわ」「え、何々、何の話?」「アンタ、女子のグループメッセ見てないの?」


「いやまー、そうなるって拙者、確信してた」


 先の昼休みにあーん事件の記憶も新しいが、脇部英雄と這寄フィリアの仲は、全校生徒に知り渡っている程に有名だ。

 口を開けば言い争い、水と油、ハブとマングース。

 共通する認識は、仲が悪い、天敵、ともかく相容れぬ仲。


(いやホント、英雄殿と姫に何があったのでおじゃ?)


 親友である栄一郎もまた、彼らと同様に首を傾げる。

 仲良く下校など、これまで一度も目撃されず。

 ましてや一緒に買い物なんて。


「放課後デート! ちくしょおおおお! なんでアイツがっ!!」「この前誘ったら冷たく断られたのにっ!」「いや、オマエ顔見ろよ」「つってもさ、英雄っちも別にイケメンじゃなくね?」


「フィリアさんも、何が良いんだろうねぇ……」「や、あたしジョークだと思ってたわ」「私もー、嫌みか何かとばかり」「ワキベもさー、変人だけど悪い奴じゃないワケだし?」「でも恋人って言われるとナイわー」「ナイナイ」


(あ、これ女子は何か知ってるにゃーね? 知らぬは我輩達オトコノコのみって?)


 クラスの動揺を静かに見守っていた栄一郎は、さて、誰から情報を入手しようかと思案し始めたその時だった。


「ツークーエーくーん? テメェ絶対ヒデオと姫のコト知ってるだろ! 吐け! 吐くんだ!」


「ふおおおおっ!? 放すでゴザルよエテ公! 拙者もわりと初耳でゴザル!」


 クラスのキラキラネーム筆頭、越前天魔えちぜんてんまことエテ公がアームロック。


「よしやったれエテ公!」「コイツなら絶対知ってる筈だ!」「脅迫か? くっそう! 卑怯な! 脇部ならやると思ってたぜ……!」


「ああ、マイベストフレンドへの信頼が厚すぎて朕、悲スィ!! というかギブギブギブ! 余、死んじゃう!」


「参ったか! さぁモテない同盟の裏切り者の情報を言え!」


「あ゛ー、苦しかった、というかマジで拙者も知らないんだけど?」


 解放された英一郎の言葉に、エテ公を始めとする男子全員がむむむ、と唸った。

 だが嫉妬の殺意は収まっておらず、親友としては何とかするのが友情というモノだ。


「取りあえず落ち着くでゴザルよ。この件については拙者も知りたいのでおじゃ」


「ふぅーん? 何が知りたいの兄さん?」


「勿論、英雄殿と這寄女史の――…………、愛衣あい? マイシスター?」


「あ、机妹じゃん」「妹ちゃんやっほー」「……あれ、これってヤバイんじゃね?」「あー、そっか」


 絶妙なタイミングの声に、思わず答えてしまった事を後悔したが。

 時、既に遅し。

 彼女から漏れ出す圧迫感の前に、男子はすすすと離れ、女子もガンバ、とクラスを出て行く。


「ねぇ兄さん? 今、わたしの愛しい英雄センパイと、あのお姫様の名前が聞こえて来たんだけど?」


「いやー、何のことじゃ? 最近めっきり耳が遠くなって物覚えがのぅ……」


「下手な誤魔化しを言うと……、わたしの竹刀が脳天を唐竹割りします」


「嗚呼! 今日も綺麗だね我が妹よ! 長い髪と健康的な肌が眩しい! そして芸術的なペタンコボディ「――成敗!」


 スパンと良い音と共に、栄一郎は頭を抱えた。

 彼女は机栄一郎の妹、机愛衣つくえあい

 剣道部所属の和風美人で――、英雄に思いを寄せる下級生である。


 彼女は竹刀の先で、床をトントンと叩きながら兄に大輪の笑み。

 這寄と親友が言い争う頻度と同じくらい、妹が親友に媚び媚びの笑顔を向ける光景を見てきた兄としては。

 大変、大変に心臓に悪い。


「ねぇ兄さん? 最近、わたしのクラスにも話が届いているのよ。這寄フィリアが英雄センパイとあーんしあってお昼を食べたとか、二人はデキてるとか、仲が悪いのは二人の関係を隠すブラフだったとか」


「奇遇でゴザルな、ウチのクラスでもその話題で持ちきりですぞ?」


「まあ勿論、わたしはそんな噂なんて信じていませんし。とはいえ事実確認は必要だとこうして足を向けた次第ですが」


「スマホで聞けば良いのでは?」


「あ、それ無理です」


 簡素な返事に、栄一郎は頭にハテナマーク。

 以前、何度も連絡を取っているのを見ているのだが。


「ちょっとエスカレートして、十分に一回メッセージ送ってたら電話の着信ごとブロックされました」


「お兄ちゃん、妹のそんな事情知りとうなかった……」


 項垂れる兄の頭に、ふと気が付いた事が一つ。


「あ、それで最近。拙者のクラスに顔を出さなかった訳じゃな?」


「押して駄目なら引いてみよ、ここぞという時に奇襲を……とした筈でしたが。どうやら不発に終わったみたいで」


「引いてみよ、は分かるにゃですが、奇襲とは? お兄ちゃん聞いてませんよ!? 英雄殿にアプローチをかけるなら、まずマネージャーである我輩を通してからにしてくれないかっ!!」


「馬に蹴られて死ね! 兄さんは熟女のお尻でも追っかけてたらいいの!」


「え、今日は追っかけても良いんです?」


「馬鹿っ! ~~ああもうっ! 兄さんは英雄センパイの事が心配じゃないんですかっ!! もしかしたらあの女狐に弱みを握られ脅迫されてるのかもしれないんですよっ!!」


「確かに心配ではあるがにゃあ」


 振り返る限り、わりと友好的な。

 それも英雄からアプローチをかけている様な言動も見受けられる。


「うーむ、気になるなら明日の放課後までに、またクラスに来ればいいでおじゃよ」


「思い立ったら直ぐ行動よ兄さん! さあ、一緒に英雄センパイのアパートまで行きましょう!」


「えー、でも妹と一緒に下校して噂されたら恥ずかしいし……」


「古いゲームのネタ言ってないで、とっとと立つ! さもなければ母さんに兄さんの趣味、バラすからね!」


「サー! イエスマム! いやぁ、拙者も心配だったでゴザルからなぁ! さあ、英雄殿のホームへゴー! のり塩のポテチを手みやげにすれば、無碍にはされまいて」


 栄一郎はあっさり立ち上がった。

 そして……。


「ひーでーおーくーん、あーそーびーまーしょー」


「英雄センパイ! 可愛い後輩の愛衣ちゃんが来ましたよー! 開けてくださーーい!」


「…………出ないな」


「…………出ませんね」


「仕方ないにゃあ、じゃあ明日学校で――」


「――待ちますよ兄さん!」


「サー! イエスマム!」


 呼び鈴を押すも不在、返ってくるのは無音のみ。

 兄妹が英雄の部屋の前で立ち尽くす一方。

 噂の二人はというと。


「いやー、悪いね。制汗剤って話だったのに香水買って貰っちゃって」


「何、安いものだ。一緒に暮らす以上、君の匂いも私の好みである事が好ましい」


「でも僕、香水の付け方知らないんだけど?」


「仕方のない奴だな、帰ったらつけてやろう」


「頼むよ。――それより、晩ご飯何する? 僕、カレーって気分なんだけど」


 駅前のデパートで、ショッピングもとい放課後デートの最終項目。

 晩ご飯の材料集めに勤しんでいた。


「カレーか……ルゥに肉、ジャガイモと人参」


「作り置きすれば数日持つし、どう?」


「いや、作り置きはしない。だが、――同じ材料で別の料理はどうだ?」


「ほほう? というと?」


「肉じゃがだ。君はどうやらステレオタイプな趣向が好みだろう。私の様な美少女の手作り肉じゃが……夢、だったのではないか?」


「…………――――愛してるって言ってもいい?」


 フィリアの言葉に、英雄は小躍りした。

 そして叫ぼうとした直後、ふと我に返る。


「まて、まてまてまてよ? 変だよフィリア」


「何がだ?」


「君が僕の好みを覚えたのは素直に嬉しい、……だけどさ、這寄フィリアという僕の天敵が目的も無く、僕の好物を作るとは思えない」


「ふぅむ……私の好意を疑うと? しっけいな! 当たりだ!」


「ほうら、やっぱり! 目的は何さ!」


 アチョーと構える英雄に、フィリアは鞄から薄い紙袋を取り出して。


「今日の勉強の後、昨日のレースゲームの続きをやる予定だっただろう」


「ああ、勝敗が付かなかったからね! 今日はコテンパンにノしてやるぜ!」


「――これは、君への挑戦状だ。受け取るが良い」


「え、何これゲーム? …………っ!?」


 袋を開けた英雄は驚愕した。

 中に入っているのは、ゾンビを倒すアレ。


「前からやりたいと思ってたヤツ! でも別の買って買い逃してたの!」


「これは取引だ英雄。――夜、トイレに付いてきて貰う代わりに」


「これで協力プレイして、ゾンビを駆逐するんだね! ひゃっほう! 喜んで! フィリア、君ってば最高の女の子なんじゃない! 日本一! いや、世界一だ!」


「うむ! もっと誉めろ誉めろ! 風呂上がりに髪を乾かして梳く権利もやろう! 光栄に思うことだな!」


「やるやる! 僕、喜んでフィリアの髪を手入れするよ! ひゃっほう、同棲万歳!」


「同棲万歳! いざ行かんレジへ!」「レッツゴー!」


 差し迫る危機も気づかず、浮かれていたのであった。


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