第6話 カノジョの流儀
「僕も我慢の限界なんだけど?」
「どうした、いきなり?」
同棲開始数日、フィリアとの生活に英雄は早くも不満が頂点に達した。
「ねぇ、今何時だと思う?」
「夜の九時だ」
「で、今の状況は?」
「パジャマだ。正確に言えば私だけがパジャマ、君は使い古しのジャージではなくパジャマを買うべきだな。寝心地が良くないだろう」
ちゃぶ台は横で、布団は仲良く隣同士。
――もっとも、スペースを開ける余地が無いとも言うが。
ともあれ、二人は自分の布団の上で正座。
向かい合って話している。
「そう言う事じゃないよね? あ、言い忘れたけどピンクのパジャマ似合ってる、もう少しエロいと……、いや、僕のは明日選んでくれる?」
「言い掛けた事は聞かなかった事にする。それで、買い物に付き合うのか? うむ、了解した予定帳に書き込んでおく」
「いや、そうじゃない、そうだけどそうじゃない」
「何が言いたいんだ、私は寝たいのだが?」
ポニーテールではなく、ゆるく髪を纏めた姿も新鮮だが。
今はそういう色気にスケベ心を出している場合ではない。
高校生男子にとって――大切な問題だからだ。
英雄はフィリアの匂いを満喫しながら訴えた。
「高校生が九時に寝るのって早くない? 今時の小学生だってもう少し起きてるよ!?」
「英雄、……以前クラスで話していた時から気になっていたが、君の生活は少々ルーズではないか?」
「どこが? 流石に十二時ぐらいには寝たいと思うけどさ、それまではゲームしたりテレビ見たりしたいんだけど?」
「駄目だ、規則正しい生活が成功を産むんだ。夕食前の間食は禁止、おやつは遅くとも四時まで」
「それで? 夜六時の晩ご飯の後は八時半までみっちり勉強? 遊ぶ暇は無いじゃないかっ!!」
とどのつまり、それが英雄の不満点であった。
「着替えは見せてくれないし! お風呂は一緒に入ってくれないし! 二人でイチャイチャゲームしようよ! そしたら勉強にも付き合うさ、んでもって夜の九時に寝るのも納得する、――――セックスするならなァ!!」
「却下」
「どうして!? なんで!?」
血の涙を流さんばかりに訴える英雄に、フィリアはため息一つ。
冷たい視線で答えた。
「そもそも…………恋人ではないぞ?」
「――――しまったっ!! そうだった!!」
「第一、恋人以外に体を許す女が何処に居るんだ」
「世の中にはセフレという便利な関係があるけど?」
「一般的にはあるかもしれん。――だが、私たちはそう言う関係ではないだろう」
「そこをなんとかっ! 男の子のリピドーを救うと思って!」
必死に土下座する英雄の姿に、フィリアも少しは心が揺らいだ。
(ううむ、少々こちらのルールを押しつけすぎたか? 暴発するのも困るし……困る、困、る……いや、困らないが、色気がないだろう。ならば、少しは遊ぶ時間でも――――はっ、そうかっ!?)
多少は譲歩しても良い、そう思った瞬間フィリアの脳に閃きが走る。
「…………君、わざと性欲を押し出して。遊ぶ時間を確保しようとしているな? 私の妥協を誘ったか!!」
「チッ、気づいたか。えー、えー、そうですよ。最初に無理難題をふっかけて、次に楽なハードルを提示させる。交渉の基本だって海外ドラマでやってた。思ったより気づくの早くて残念だよ」
「私をあまり見くびるなよ! 君の事ならまるっとお見通しだ!」
「わお、熱烈なお言葉ありがと。では僕も熱烈に答えよう、――遊ぶ時間をくれないと、今すぐ押し倒す」
「こいつ、……なんて澄み切った純粋な瞳で!!」
マジと書いて本気である。
英雄としてはブラフ半分、このままイケたらラッキーという淡い期待だったのだが。
宣言通りお見通しなフィリアには、対抗策があった。
「良いだろう、――私を犯してみろ、出来るものならなっ!」
「なっ、そんな腕を組んでおっぱいを強調するなんて……誘ってるの?」
「君、頭まで童貞になってないか? 本気で心配になって来たのだが」
「いやん、マジで心配してる声色が心に刺さるっ!?」
その呆れた目つきも、美しいと絵になる。
それが安アパートの煎餅布団の上で、ピンクのクマさんフード付きパジャマであっても。
「じゃあ童貞ついでに押し倒すけど……いや、仮に押し倒したとして何が起きるのさ?」
「思いっきり抵抗する」
「腕力は僕が上だね、思いっきり殴られても僕の下劣なエロ根性は止まらないよ」
「そして大声を出して騒ぐ、……ふふ、人が来るだろう、警察もだ。そしたら君は性犯罪者だな」
「対応がガチだ!?」
「更に、誰かが助けに来た瞬間。私は舌を噛もう……」
「完璧な護身だっ!! くっ、世間体と将来を捨てて今と取る…………ははっ、楽しくなってきたなあ!!」
「その心は?」
「もうちょい、まけてくれない? 具体的に言えばエロ下着をつけて着替えを覗き見する隙を作ってくれたり、ボディタッチで胸を押しつけてくれたり」
「やはり私の体が目的か君っ! 見損なっ…………いや、困ったぞ? もう見損なうには底が無い」
「僕ってば底辺過ぎないっ!? よくそれで一緒に暮らす決断したねっ!?」
困惑する英雄に、鉄面皮な彼女は口元を少し歪めて。
「…………そうだな、私には利益があったからだな」
「あ、優しい声だね。なら僕にも利益を頂戴?」
「私という超絶美少女と一緒に暮らすのは、君の利益ではないか?」
「確かにそうだけど、もうちょい夢見させてっ!!」
「ふぅむ……、却下すると――押し倒されるな?」
「イエス、イエス、イエス!」
「だが待て、私はこの部屋を気に入り始めた所だ。狭く機能的で余分な所がない」
「ボロいって言ってもいいよ?」
「うむ、ボロい。それだけに精神が鍛えられる」
「それって僕込み?」
「それを聞くには、まだ手順が足りないな英雄。女心を学ぶべき――いや、それだと私が手玉に取れない。うむ、君は是非そのままで居てくれ」
「デレたのか貶されたのか、これは重大な問題だね」
「些細な問題だ」
きっぱり言い切ったフィリアであったが、ともあれ彼の訴えを問題には思っている。
故に。
「では話し合おう、起床時間と食事のメニュー、それから着替え、風呂の時間は別。何より勉学の時間、これは最低限譲れない」
「オッケー、それは同意する。此方は就寝時間と遊ぶ時間が欲しい、後、オヤツとジュースもだ。…………エッチな事は議題に入る?」
「エッチな事は駄目だ。そうだな……君が夜中にトイレに籠もる事は見て見ぬフリをしよう。更に、君の妄想には関知しない、視界は私が気づかなければ百歩譲って良しとしよう」
「関大な御処分ありがと。――てかバレてた?」
「ああ、匂いがするからな。後日私からトイレの芳香剤と制汗剤スプレーを贈ろう」
「わぁい、初めてのプレゼントだ。全然嬉しくないっ!! 女の子からの贈り物がソレ!? 恥だよそれはっ! 僕が買っておく!!」
「トイレはバラの匂い、スプレーは私が選ぶ。何、似合うのを選ぼう」
「ありがと。んじゃあ就寝時間と遊ぶ時間は?」
フィリアは数秒押し黙った。
その真剣さに、英雄も固唾を飲んで待つ。
「――――勉強の時間が終わり次第、遊んでも良い。就寝の準備は十時からだ」
「それって…………今日からっ!!」
「ああ、今日から良いぞ!」
英雄は万歳と叫んで立ち上がった、テレビを付けて、さてゲーム器は何にしよう。
「ひゃっほう! じゃあ後一時間ぐらいはあるよね! 何しよう、何するっ! レースゲーム? それともRPG?」
「それに関しては、私に提案がある」
「ほうほう、それは大変興味深いね」
ワクワクと目を輝かせる英雄に、フィリアは私物の入ったトランクケースからとあるモノを取り出して。
「特別サービスだ。君に世界一、美しくて可愛くて、性格も体も抜群な女の子と…………一緒にホラー映画を見る権利をやろう」
「君ってば最高っ!! ね、ね、コーラとポテチもアリ? いえーいハイタッチ!」
「いえーいハイタッチ! ああ、勿論だ! 今から見るには時間超過するが、特別に今夜だけは許す」
「いよっしっ!! 僕の夢が叶った!! 部屋暗くする? 手は握って良い? 今夜怖くなったらトイレに付き合って貰って良い?」
「馬鹿め、トイレは却下だ。さあ見よう手を繋ぐぞ」
「電気消してぇーー、スイッチオーーン!」
二人は映画を楽しみ、そして日付も変わった深夜。
「……な、なぁ。そこに居るのか英雄!? 居なくなるなよ!!」
「フィリア……、君ってば案外恐がりだったんだねぇ……、ふぁあ、眠いから布団に戻っていい? 大した距離じゃないでしょ」
「馬鹿め、行くんじゃない! 一人で行動した者から殺されて行くんだぞ!!」
「はいはい、僕も殺されたくないから待ってるよ。どうせなら僕にくっついて寝る?」
「それは良い考えだ。腕枕を頼む、ぴっちりとくっついて離れないでくれよ」
その言葉に、英雄の眠気は急激に去った。
(わーお、僕今日寝れるかなぁ……というか、理性持つ?)
ともあれ、ぐっすり眠った英雄であったが。
朝起きてみれば、何食わぬ顔で朝食を作るフィリアの姿に落胆するも。
よくよく見てみれば、その耳が少し赤いの気づきニカッと笑うのであった。
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